2017年10月29日

招き猫の誘惑(Tenax 1)その2


猫型ロボット・ドラえもんならぬ、猫型フィルムカメラ・東独ツァイス・イコン(VEB)のTenax 1が長旅の末、ポーランドから我が家に到着した。

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さっそく点検。予想はしていたが色々と不具合を発見した。金属のネジと歯車でできているアナログカメラは不思議なもので、長い間人間の掌に触れていないと身体硬直を始める。アナログカメラの好事家が始終カメラを撫で回し空シャッターを切ったりヘリコイドを繰り出してファインダーを眺めるのもそれなりに理がある。ドライボックスに入れても放っておけばカメラは各所の動きが悪くなるから、たまに出してマッサージを施す必要がある。

このTenax 1は身体硬直していた。こういう場合は無理に動かさずに悪い箇所を点検しメンテナンスする必要がある。メンテナンスといっても修理の専門家ではないので限度はある。

点検した結果、
1. 猫招き(フィルム巻き上げ手)の戻りが悪い
2. フィルムの巻き上げが渋い・5枚目あたりから猫招きが下ろせない程固い
3. レンズフィルターの口径が合わない
4. レンズも含め全体に経年の汚れがある
5. シャッターが1/10以下で開いたまま閉じない(BはOK)

メンテナンス(できる範囲)
1. 猫招き(フィルム巻き上げ手)の戻りが悪い

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(スプリングの端部の係る位置も変更した)


軍艦部の覆いを外す。猫招きの戻りはトーションスプリングの回転方向に対しての反発力を利用している。スプリングが経年で反発力が落ちているのだろう。スプリング部分を取り外してペンチで角度をつけ、この機構周りを清掃し若干の注油を施した。結果、戻りが良好となった。このトーションスプリングの単純なトラブルは以前フレクサレットIV(Flexaret IV)でも経験済(拙稿「フレクサレットIV(Flexaret IV )不具合」)。

2. フィルムの巻き上げが渋い・5枚目あたりから猫招きが下ろせない程固い

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フィルムの巻き上げ試験は繰り返し行う必要がある。そのたびに新しいフィルムを使うわけにはいかないので、撮影に失敗し現像せずに放ってあったパトローネ使うことにした。フィルムは引き込まれているので、ハクバのフィルムピッカーでベロを出す必要がある。なお、このTenax 1に付いていたフィルムスプールはeBayでの説明ではオリジナルスプールとのことだったが、プラスチックの汎用スプールだった。この汎用スプールを用いる場合に最悪フィルム破壊(パーフォレーション破壊)となるフィルム送りの固着問題が発生することが周知である。その原因はスプールの形状にある。具体的にはカメラのフィルム室のスプール受け(凸)に適合するスプール端(凹)の開口が大きい為に遊びが大きくがたつきが発生すること、フィルム室の内壁と本来当接する筈の鍔の径が小さいためにスプールが傾斜した状態となることによって、フィルムが傾いた状態で巻き上げられ固着することが判っている。さらに、パトローネもフィルム室で若干遊びがある。これら各所の僅かな傾きがフィルム搬送に支障をきたす。

先ず、スプールについて。汎用スプールを改造して用いる手もあるが、オリジナルのスプールを用いるのが一番だろう。何がオリジナルのスプールなのか?ネットでどなたか指摘されていたか、IhageeのExakta Varex IIに付属している金属製スプールが本来のスプールの形状だったらしい。幸い、私はExakta愛用者なので、金属製スプールなら幾つも手元にあった。

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(ihagee Exakta Varex II)


汎用のスプールと比べれば、その金属製スプール端(凹)の開口も鍔の大きさも違いが明らか。スプールの軸部の太さまでも違う。鍔の部分はフィルム室の受け部と正しく適合し、さらにそれ自体は自由回転するのでフィルム室と当接しても軸の回転は自在である。考えてみれば当たり前で、Tenax(姉妹機のTaxonaも含め)もExaktaも、東独製。東独VEBの当時の標準スプールがもっとも適合するのだろう。スプールは着脱可能な構造なので、使用している内にオリジナルのスプールは紛失し易く、代わりにと西側のプラスチックの汎用スプールを使うと若干形状などに違いがあって、それがTenaxにとっては致命傷となっていたわけである。IhageeのExakta Varex II用の金属製スプールならeBay辺りで簡単に見つけて手に入れることもできる。汎用スプールを改造して使うまでもないだろう。

なお、フィルム巻き上げの爪が入り込むスプールの別端の凹部については、ネットでどなたか指南されていたが、爪の遊びを最小とする為に凹部に詰め物をしてみた。具体的にはウレタンの小片を凹部内に適当に詰めてみた。

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(右:詰め物をしたスプール)


また、パトローネ側のフィルム室内壁にはパトローネと当接する箇所に植毛紙を貼って、パトローネががたつかずに収まるようにした。さらに、カメラ側のパトローネとスプールの受け部(凸部)にそれぞれぐらつきを防ぐ為の処置をした。これは、ダイソーで売られているボタン電池(LR44)のパッケージを利用するというネットの知恵者の大発見である。ボタン電池を覆っているパッケージ部をカップ状に切り出してその中心部分にスプール受け(凸部)がぎりぎり通る穴を開けて装着するだけのことだが、よくもこんなことを見つけ出したものだと感心する。

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(左:LR44ボタン電池、右:Exakta Varex IIに付属していた金属製スプール)


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(措置を施したスプール受けの凸部と植毛紙を貼り付けたパトローネ側のフィルム室内壁)

これら措置を施しフィルムを実装する。カメラを振ってもフィルムががたつく音はせず、しっかりフィルム室に収まっている。さらに巻き上げの試験をしてみた。フィルムの巻き上げも良好で最後まで滞ることなく巻き上げることができる。猫招きの重さ(指で引き下げる)も措置前のゴリゴリと指先が痛くなるばかりかフィルムが今にも破断するような感じから比較すれば、シャカシャカといった具合で軽くなった。

3. レンズフィルターの口径が合わない

フィルターはE18(スレッド径17.5mm)でカメラのレンズ側のスレッドより若干径が小さい。この為、ねじ込みができずポロっと外れてしまう。明らかにミスマッチであった(eBayの出品者には適合品でない旨をクレームしておいた)。セットとなって届いたフィルターにはカラーフィルターばかりでなくクローズアップ(2種類)も含まれており、これらを使わない手はない。そこで、セットに含まれていたグリーンフィルター(このGフィルターだけ Panchromar E18と刻印があった)のガラスを抜いてこれをカメラのレンズ側に木工ボンドで装着し他のフィルターとの接続リングとして用いることにした。使うことのないグリーンフィルターであれば惜しくない(アナログカメラのフィルターについては「フィルターについて」が詳しい)。なお、反射を抑えるためつや消しの黒のエナメルでリングの内面を塗装。元々、奥目の広角レンズ(37.5mm)なのでフィルターを装着しなければリングそのものがレンズフードの役割をするが、さらにその上にフィルターを搭載すれば焦点距離によっては撮像の周辺部にケラれが発生するかもしれないがやむを得ないだろう。

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なお、クローズアップレンズ(2種類)は220 I (100 - 50cm)、220 II (50cm - 33cm)と説明書が付いているが、接続リングを仲介することになるので、あらためてフィルム面で焦点が合う距離を確認する作業が必要になる(次回記事で紹介の予定)。

カメラの絞りリング周縁部の指点(・)があまりに小さく見辛いので、小さな突起を付けることにした。ヤフオクで1mm角立方体のネオジウム磁石4個を300円程で求めた。元々磁力があるので接部の面積が小さい場合に都合が良い上、積み上げ易い。指点(・)の上に突起を設けてみた(磁力だけだと外れるので爪楊枝で瞬間接着剤を差して固めた)。これで視認性が上がった。

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4. レンズも含め全体に経年の汚れがある

レンズ部分は幸い傷や黴はなく、埃が付着している程度だったのでブロアーで埃を飛ばした後、無水アルコールを綿棒の先につけ前玉の前面とシャッターを開けた状態で後玉の表面を拭った。綿棒の先が真っ黒になる程汚れていたが、光にかざしてスカッと抜けて見えるようになったのでこれで大丈夫だろう。レンズを解体して清掃する必要はなかった。カメラ外装部分の清掃については、金属部にはGlanolを用いた(ドイツ製)。これは貴金属専用の磨き上げ剤なので傷がつかない(くれぐれも家庭用クレンザーなど使わないように!傷だらけになる)。銀器の黒ずみを磨く為に東急ハンズで以前買ってあったものを利用した。ピカールよりも使い出があってお得だ。薄く塗って綿棒の先で細かく磨き最後は布で拭き取ると元々の光沢が戻った。黒い部分は薄い本革。中性洗剤を水で希釈して拭えばヤニなどが取れて綺麗になる。カメラケースについてはストラップ部分が経年でやや劣化しているが全体としては美麗。ミンクオイルなど塗り込めば良いのだろう(いずれ措置する予定)。

5. シャッターが1/10以下で開いたまま閉じない(BはOK)

スローガバナーにアクセスして分解清掃し組み上げ直せば良いのだろうが私にはその技量はない。1/10以下のスローで撮影することもないのでこのままとした。1/100以上のシャッターの開きは正常だと思うが実写で判断したい。シャッター羽に油滲みはない。

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以上が点検・メンテナンスの報告。

クローズアップレンズが利用できる状態となれば、接写時のパララックスをファインダーで補正したくもなる。Tenax 1のファインダーにはその機能はないので、35mmで同じくましかく写真(24mm x 24mm)が撮影可能なRobotのアクセサリーを利用することにした。Robotの軍艦部にはアクセサリーシューがあるので、パララックス補正用のユニバーサルファインダーを装着することができる。

そこで、Tenax 1の固定ファインダーを着脱可能にし、上述のようなユニバーサルファインダーの搭載可能になるような手はないかと考えた。シューを設けることも考えたが、それでは元々の固定ファインダーがその高さ分浮き上がる上、見た目も大変悪い。

固定ファインダーを取り外し、軍艦部のファインダーが載っていた部分の裏側に磁石を貼り付けて磁力でファインダーを固定する方法を思いついた。ただし、軍艦部内の構造体と干渉する可能性があるので、ネオジウムの1mm厚の薄い磁石をペンチで割って小片とし、干渉の有無とファインダーのつき方を実際に確認しながら貼付する位置を探ってみた。

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固定ファインダーをリベットで留めていた穴(3箇所)にはゴムのラバーで封じ、磁石はその中央部からやや外れて配置してあるが、干渉を防ぐ為には止むを得なかった。

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(措置後の軍艦部)


Tenax 1の固定ファインダーは鉄製なので、上述の措置によって軍艦部に正しい位置で貼り付けることが可能となった。磁力ゆえに着脱も容易。逆さにしたところで落下する恐れはない。

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使わなくなったオリンパス Sixの正方ファインダー(アルミ製)の底面に鉄片を貼って、マウントしてみた。

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(オレンジフィルターも搭載)


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(距離計も搭載可能)


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Robotのユニバーサルファインダーは近々入手予定。かなり大きく重量がある一つ目なのでファインダー側にも磁石を設けて付勢する必要があるかもしれない。

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曇天続きで秋空はなく冬になってしまった。招き猫は私に色々と触られてようやく長い眠りから目覚めたようだが、窓外の天気を恨めしそうに眺めている。

(おわり)

追記:
ihagee Exakta Varex II用の金属製スプールを用いる場合、一つ注意点がある。
Exaktaの場合、テイクアップスプールとパトローネの位置はTenaxとは反対なので、スプールにフィルムのベロ(リーダー)を差し込む方向も逆になっている。スプールの軸にはフィルムを挟み込むための金属の覆いがあるがこの覆いは従って、フィルム室を正面から見て、右手からベロを差し込む形状。

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上の写真のスプールで説明すれば(天地を逆にして見てください)、軸の上に金属の覆いが被さっているが、切欠が直線の部分が本来フィルムのベロを差し込む側。切欠の中央部がへこんでいる部分には覆いを軸に留めるためのビスが一箇所ある(金属の覆いに一箇所穴が開いて見える部分)。Exaktaのスプールとして使う分にはその挿入の仕方で良いのだが、スプールとパトローネの位置が反対のTenaxでは、このへこんだ部分にフィルムのベロを入れなくてはならない。フィルムのベロの先端が当たる部分にビスがあれば差し込むことができない。従って、ビスを外して使う。マイナスネジなので簡単に外すことができる。覆いを軸に固定するビスを外したところで、覆いは軸から外れることがなくしっかりとフィルムを挟んでくれる。

左手シャッターの左指巻き上げのExaktaゆえのテイクアップスプールのベロを挿入する方向の違いに起因するものだ。ちなみに、Exaktaは左利きの人が設計したに違いないと噂されるがそれは間違い。顕微鏡にカメラを据えてファインダーを覗きながら試料をセットしたりメモを取る場合は右手が自由である必要がある。よって、左手でカメラは操作可能に設計されているワケだ。街撮りのカメラとしてよりも、研究機関の撮像装置としての目的が優先していたということらしい。





posted by ihagee at 10:40| VEB Zeiss Ikon Tenax 1

2017年10月23日

Voigtländer Superb 顛末記 - その16



Voigtländer Superb (Skopar 75mm F/3.5)で撮影したフィルムを再度スキャンし直し(Scanner: Epson GT-X980)、トリミングとトーニングを施してみた。

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上掲のようにトーニングはデジタル処理のエフェクトで簡単に付加できるがやはり不自然感は拭えない。本来フィルムでのトーニングはフィルムを現像する際、またはパライダ紙に焼き付ける際の物理的色付けでありその程度の幅は一律でない。フィルムと感光紙を要素とする化学反応という複雑且つ一回性のプロセスで生まれる色合いに勝るものはない。フィルム自体に演出を行うのなら、カラーフィルターを装着するか、レッドスケールフィルムを露出オーバーで撮影するとノスタルジックな色合いになる。

以下、レッドスケールでの作例(フィルム:Lomography Redscale XR 50 - 200 カメラ:Bencini Koroll 24 S、Scanner: Epson GT-X980 エフェクトなどデジタル処理は一切加えていない):

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スキャンの時点でデジタル処理じゃないかと言われればその通りだが、少なくともフィルムになるまでのプロセスはアナログである。つまり人間の意識が働かなくてはならないプロセスがそこにはある。デジタル撮影よりも高揚感・達成感があるのも意識が働くからだろう。

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人間の意識が働くことを省略化・単純化するのがデジタル社会。それにどっぷり浸かるということは、その人の思考も行動様式も割り切り・単純化されていくということである。あるかないか・白か黒かの二元論はとても判りやすい。右か左かという政治イデオロギーと同じで勝ち馬の側に乗れば他者を意識する必要がなくなる。「こんな人たち(には負けない)」とか<排除の論理>はこの割り切り・単純化の際たるものだ。しかし、人間社会そんな簡単に割り切れるものではないし、生身の体は正直にアナログのままである。遺伝も細胞分裂も排泄も老化も生死も全てありのままでしかない。二元論など通用する筈がない。「トロッコ問題」に代表されるようにAI技術を入れたところで同じだ(拙稿『「AI本格稼動社会」への大いなる懸念』)。脊髄反射的なわかりやすさにかまけて、論理的思考を停止する危険性がある。ありのままを素直に語るよりもバラ色のスローガンや五輪といったプロパガンダの花火に無意識に惹かれる人々が増える。ありのままとは、この国が抱え込んできた様々な社会問題である。それを素直に語るということは本来地味な政治を志向することになる。複雑且つ難しい論考をしなければならない。負(マイナス)は負として国民に正直に語る政治・議論や論理を尽くす政治を安倍政権は否定する。福島の事故原発、国の財政問題や国民年金など、サラッと虚飾・粉飾をすべきことではない。

このように、ありのままを素直に語れる社会がどんどん遠のいていくような気がしてならない。その反対に大政翼賛的な大義のためなら全員右を向かなくてはならない<いつか来た道>の社会に戻っている。歴史はその先に何が到来するかはっきり示している。歴史に学ぼうとしない愚民になってはならない(拙稿「私たちはどこまで階段を登っていますか?」)。安倍政権支持層のコアは生まれた時からデジタル社会・バーチャリティに囲まれて育った若い世代(10〜20才台)だとも言われている。安倍政権がデジタル媒体を積極的に用いるのも当然だろう。都合が悪くなるとリセットボタンを押しまくる。「未来志向」なる言葉で過去から積み上げてきた議論や認識をバッサリと切り捨てて構わないとする論考のない政治。バーチャルで思いつき的ゲーム感覚の政治。その政治にデジタル社会・バーチャリティは格好の培地なのだろう。その培地で育つ世代はある意味で時代の申し子だろうが、その結果が近い将来身に降りかかるのは自分たちだと彼らは認識していない。安倍首相は「全ての子供達の幼稚園や保育園の費用を無償化」を消費税引き上げの使途とする選挙公約をしている。子供達のためだといいながら、子供達を含む将来世代の財布からカネを無心するに過ぎない。財政問題の将来へのツケ送りの為の方便として将来世代が使われているだけのことだと、若者たちは気づかないところに悲劇がある。気づかせない政権の狡猾さがある。欧米の先進国なら世代間でしっかり話し合うべきことを、我が国では何も行っていない。廃炉に向けた脱原発は本来、将来世代が現世代に強硬に要求すべきことである。現世代が経済的恩恵を原発に受けたのであれば、現世代でその片付けを始めるのは当然の責任論だ。将来世代は現世代の責任を指摘しなければダメだろう。五輪を開催するカネがあるのならその責任に費やすべきだ。首都圏の経済的繁栄のために福島に置かれた原発の事故である。なのに、福島を踏み台にして(「アンダーコントロール」)尚も五輪で首都圏の経済再生を図るその傲岸不遜に呆れるばかりである。ドイツでは社会倫理として現世代の果たすべき責任論から脱原発に政策を転換した。責任なき現世代を象徴するのが安倍政権と言っても決して過言ではない。

(おわり)







posted by ihagee at 19:29| Voigtländer Superb

衆議院議員選挙結果への一言



少なくとも私の周辺の人々の政治意識が「またも」反映されない衆議院議員選挙結果となった。<現実感>がないバーチャリティの臭いが芬々とする。

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(安倍自民党総裁・秋葉原駅前での立会演説会模様)


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(同上・動員された人々または支持者)


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(枝野立憲民主党代表・秋葉原駅前での立会演説会模様)


・・どちらがバーチャルであるかは一目瞭然。
通行人や一般聴衆を規制線の外に置かなければ演説一つできない安倍さんとは一体なんなのだろうか?警備上の問題よりも、安倍さんのメンツを保つために事前に色々とお膳立て(演出)しなければならないのだろう。それにしても国旗を自民党旗のように使って良いのだろうか?「安倍総理」と横断幕を掲げさせて良いのだろうか?日本国民=自民党員ではない。安倍総理大臣・首相=行政府の長。政党議員として活動するのなら安倍自民党総裁。

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デジタル社会になってからこの<現実感>のなさは社会の隅々まで顕著となりつつあるのではなかろうか?レンズばかりか被写体さえ不要なAI社会のカメラのような不気味さが忍び寄っている。バーチャリティでその通りの結果となるのなら、選挙自体不要なのではないか?と疑わせる程の<現実感>のなさだ。


(任侠映画ではお馴染み)


選挙前の与党やマスコミの予測通りの票割となっていることも驚きである。スパコンを用いた天気予報よりも予測精度が高いとは一体どういうことなのだろうか?昨年のイギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票でも米国大統領選挙でも予測通りにならない結果なのに、なぜか我が国の国政選挙では近年予測通りの結果が続いている。

「法の支配と秩序」が確立されていない国で横行している選挙システムの不正。我が国は「法の支配と秩序」が確立されているから不正など疑う必要はない。ということだそうだ。「法の支配と秩序」が確立されているか否か、<選挙システム>自体に我々国民の目は一切入っていない。だから、疑う必要はない、ことすら疑っていないのである。「法の支配と秩序」とはどこまでも国民の目が入ることであって、それがある先からは入らないというのであれば、そもそも「法の支配と秩序」の前提自体に「本当か?」と常に疑問を抱きチェックすることが本当の「法の支配と秩序」ということになる。意識なきシステムにどっぷり身を委ねていてはダメだ(拙稿『<意識なきシステム>で「世界一」となる国』)。投票前の時点で「世界一」の当落予測精度を誇る<選挙システム>がそれであってはならない。

つまり、投票用紙に始まって開票・集計作業全般(選挙システム)の公正性は国民の監視に付託されていないのである。平たく言えば、薬局で用いる計量秤が狂っていれば、下手をすれば投薬された人の命に関わる大ごとと同じで、だから用いる計器は計量法の下で、国際的に統一された計量基準と各種計量器の正確さを維持するためのトレーサビリティの維持が義務付けられている。同じことがこと<選挙システム>には義務付けられていないのである。公職選挙法第204条に選挙の効力に関する訴訟を選挙人などは提起できるとあるが、あまりに敷居が高い。

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公職選挙法第204条に規定の選挙の効力に関する訴訟を中央選挙管理会を被告として選挙人又は選挙候補者(候補者政党)が選挙の日から30日以内に高等裁判所に起こすことができる。手作業による再集計なり使用済み投票用紙のチェック(上述のマーキング等の細工の有無)を求めることもできよう。

「どうせ門前払い」と諦めることもない。地方議会選挙に係る過去の最高裁判例(最高裁判所第3小法廷判決/昭和31年(オ)第843号、最高裁判所平成14(行ヒ)95第一小法廷判決)では、選挙管理委員会以外の人間が行った不正であっても訴因となること、「選挙結果への異動を及ぼす虞がない(公職選挙法第205条第1項)」は選挙管理委員会が「虞がないこと」を証明できない限り、選挙の無効を訴えることができることを判示している。国政選挙においても同じであろう。

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さて、その<選挙システム>について我々は全くブラックボックスに置かれている。読み取り・仕分け・集計に用いるソフトウェアのソースコードは一行たりとて開示されていない。投票所の係員の誰一人としてそのシステムの詳細を説明することはできないだろう。このように「法の支配と秩序」が主体的にこのシステムの内側を照らすことはないのである。選挙という民主主義を支えるシステムの根本が、一民間業者に委ねられ、且つその業者の守秘義務は国民の知る権利よりも勝る状態であれば、そもそも、「法の支配と秩序」があるのかと疑っても当然だろう。



昨年、4月の衆院北海道5区 の選挙に関連して、上述と同じ趣旨の記事を掲載した。
以下、ブログ記事を再度掲載したい。(拙稿「<蟻の一穴・アキレスの踵> 選挙の公正」も同様の趣旨である)

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衆院北海道5区、自民党新人の和田義明氏=公明党、日本のこころを大切にする党推薦が当選した。

先日、行きつけの床屋の某週刊誌に阿川佐和子さんと岸井成格氏の対談が掲載されていた。

岸井 スポンサーがらみで言うと、これは自民党幹部から直接聞いたんだけど、「数字だって今や操作はいくらでもできるんですよ」って。
阿川 数字って、視聴率のこと?
岸井 そう。視聴率ってビデオリサーチ一社が測定していて、測定器を置いているのって関東地区で六百世帯くらいでしょ? 官邸はどこの家庭に測定器があるか全部知ってるわけ。
阿川 やだ、恐ろしい。
岸井 だから、もし本気で何かを操作しようと思ったら、方法がないわけじゃいない。「岸井さんも気をつけて」と言われました。

つまり、自民党幹部が岸井氏に対して、“視聴率などいつでも操作できるぞ”と告げていたというのだ。

大変気になる発言である。
この中で、視聴率がもし得票率であるとすれば、である。開票集計は以前は手作業で行われていたが、現在は機械による自動読み取りが主流のようである。実際に手書きされた文字と読み取った結果が一票残らず一致しているか否か、誰も検証していない。一票といえども権利である。今回の補選が自動読み取り機による集計であるのなら、手作業による再集計を池田真紀氏に投票した道民は要求すべきであろう

普通に考えても検証がないことはおかしい。仕事でもスキャナーを用いたOCRで画像原稿から文字起こしをすることがあるが、読み取った結果を目視でチェックせずにそのまま使うことは決してない。いかなる筆跡であろうとその画像データが正しく文字に変換されるOCRなどこの世に存在しない。したがって、読み取りに間違いがあることを前提に正しいかを後追いでチェックして当然なのである。選挙ともなれば絶対に必要なことであろう。

憲法というこの国の根幹まで都合解釈して捻じ曲げる政権だから疑いたくもなる。大もとで不正がまかり通るなら選挙の意味がなくなるどころか民主主義でなくなる。不正なき選挙結果であったことを事後再確認することは与野党を問わず異議がない筈である。誰も異議がないのであれば衆目監視の下、手作業で再集計すべきであろう

手書きの投票が電子投票にでもなれば筆跡や指紋といった証拠すら残らず、データの改ざんなど容易にできる。選挙という民意はどんなに手間がかかろうとも、機械ではなく人間の手と目を信用すべきなのである。機械に神話があってはならない。原発安全安心神話の崩壊で懲りた筈なのに、相変わらず<意識なきシステム>を神の如く信奉しそのご託宣に運命とばかりに身を委ねる我々の意識に大いなる問題がある。<選挙システム>に神話があってはならない!

我が国の表現の自由度ランキング72位の前後には、選挙制度に不正が横行する民主主義の後進国が踵を並べている。そんなランクに我が国を落とした安倍政権であれば、我々が同じ疑いの目を向けるのも当然。国連の表現の自由調査官を袖にしている場合ではない。選挙監視団が派遣されてくることすらあり得る国々と同じランクに落ちたと認識し、我々はこの国の「法の支配と秩序」を<選挙システム>についても疑うべきなのだろう。

(おわり)

posted by ihagee at 06:21| 政治