2017年07月24日

もりかけ五輪万博カジノという安倍政権<竜頭蛇尾>ぶり


追記:
衆議院と参議院で開催された予算委員会(24〜25日)。
加計問題は安倍首相自身の汚職(贈収賄)へと疑惑が発展する様相となった。
利害関係者に該当する加計孝太郎氏から食事やゴルフといった供応接待を安倍首相は受けていることから(安倍首相は「私が(加計孝太郎氏に)ごちそうすることもあるし、先方が持つ場合もある」と認めた)、国家公務員倫理規程違反であり、国家戦略特別区に加計学園が申請していることを「今年1月20日初めて知った」とする安倍首相の発言は、その日付以前の国家戦略特別区域諮問会議の期間中の加計孝太郎氏からの供応接待が汚職(贈収賄)とみなされないための弥縫である。つまり、「今年1月20日初めて知った」が汚職(贈収賄)疑惑への分水嶺であって、嘘と知りつつも安倍首相なりに譲れない一線なのだろう。「今年1月20日初めて知った」なる嘘が崩れたとき(早晩詰むことになる)、安倍首相の政治生命は終わるだろうね。その前に持病を理由に降板するかもしれない。

小池都知事は25日、都内で講演し、報道各社の世論調査で安倍内閣の支持率が軒並み低下したことについて「びっくりしている。小さなことが反感を呼び、支持率低下につながっているのではないか」と述べたとのこと(日経新聞報)。憲法を蔑ろにし民意に耳を傾けない安倍首相の政治姿勢は「小さなこと」なのだろうか?

「こんな人たち」の反感は「小さなこと」に向けられているとするのが小池氏の認識だとすれば、いずれ彼女も指を突き立てて「こんな人たちに負けるわけにいかない」と言い出すだろう。都民も心しておかねばならない。

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先日(7月23日)、TBSのサンデーモーニングで寺島実郎氏が安倍政権の経済政策を「竜頭蛇尾」と言い表していた。国家戦略特区なんて聞いたらドキっとするような言葉で、この政権の特色として一億総活躍とか、仰々しい言葉がはねるが、じゃあそれがどうなったかというと、知り合いとか友人に事業機会(それも国家戦略に値しない事業)を提供するという結末にガクっとなってしまう、といった趣旨であった。然りである。

アベノミクス三本目の矢の的が、もりかけ五輪万博カジノという安倍首相のお友達ごっこであることが国民に判ってしまった。関係者は全て安倍首相のお友達である。こんなコンクリ箱物と賭博を「レガシー」と宣って「お友達ごっこ」をしている間に欧米諸国は着々と国家百年の計に値する経済施策を打っていた。

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2017 年6 月7日及び8 日にエルマウで開催されたG7サミットで採択された首脳宣言の中で「陸域を発生源とする海洋ごみに対処するための優先行動」についてわが国がいかなる行動を国際社会に示すのであろうか?

海洋ごみの約70%を占めるプラスチックゴミは年間480万トン〜1,270万トンに上るとされている。このうち大きさが5ミリメートルを下回るものを「マイクロプラスチック」と呼び、元々、スクラブ剤として製造使用されていた「(一次)マイクロプラスチックビーズ(球状で数ミクロン〜数百ミクロンの目に見えない位の大きさ)」もその中に含まれる。いずれも、陸域で回収されることなく下水道や河川などによって海洋に運ばれたものである。清掃助剤として洗顔料や歯磨きに使用されているポリエチレンやポリプロピレン製の「マイクロプラスチックビーズ」は消費者の洗面所やバスルームから下水道を経て下水処理場を通過して(あまりに小さく回収不能)河川・海洋に流れ込んでいる。ちなみに、一本(100〜130g)に含有される「マイクロプラスチックビーズ」の数は洗顔料であれば約4万個、歯磨きであれば約24万個となる。

海洋生物への影響としては、摂食器官または消化管の物理的閉塞または損傷(海鳥などの誤飲)、摂食後のプラスチック成分の化学物質の内臓への浸出及び吸収された化学物質の臓器による摂取と濃縮が考えられ、プラスチックに残存する合成有機化合物(特にポリ塩化ビフェニール=PCB)は環境ホルモンとなって内分泌かく乱や発がん要因となるが、非生分解性ゆえに生態系に一旦取り込まれれば半永久的に残存し生物濃縮によって上位捕食者ほどその化学物質濃度が上昇することが判っている(最上位に人間が含まれる)。

初めは塊として海面を漂うプラスチックゴミも、波などの機械的力に加えて太陽光(紫外線・熱)による光化学的作用によって、徐々に劣化崩壊しやがてプランクトンが誤食する程度の微少な「(二次)マイクロプラスチック」の大きさとなって海中を漂うようになれば最早人間の手によって回収することは不可能。年間の世界のプラスチック消費量は2億8000万トンでその量は増大の一途。

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「(一次)マイクロプラスチックビーズ(球状で数ミクロン〜数百ミクロンの目に見えない位の大きさ)」以上に、地球規模の生態系に対する負荷が懸念される技術開発としては、カーボン・ナノ粒子がある。ナノ粒子は極めて微小であることから、人体の血液脳関門さえも通過する。環境(水、大気、土壌など)に放散された場合の影響、食物連鎖による生態系全体への影響等、未知の部分が多く(鋭い繊維状の形状はアスベストと同様に丈夫で変化しにくい性質のため、組織に取り込まれると長く滞留し線維化・ガン化し易いことなどは動物実験から明らかになっている)、ナノ粒子の特性や挙動が時間の経過と共に(特に環境中に放出された後に)、どのように変化するのかは、一旦、環境に拡散してしまった後では見極めることは困難(回収も困難)。またナノ粒子の環境へのリスク評価(有害性評価、暴露評価)に向けた研究は細々と大学等で行われているだけで、その技術発明について特許はそういった懸念とは別に開発企業に付与され、技術は次々と市場化されている。

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小泉政権が掲げた知財立国ビジョンは現政権まで引き継がれ、日進月歩の企業活動の先端技術開発のインセンティブを後押ししている。しかしながら、言うまでもなく、開発と環境は場合によっては表裏の関係であり、特に先端技術についてはその開発の方向性や利用の仕方によって、生態系を含む地球環境にその経済効果を上回る重大な障害を将来もたらすと予測されるものも含まれている(原子力開発と原発事故との関係にみるように)。

過去の数々の薬害問題にあるように、国が一旦、新たな技術を認可してしまえば、企業はそれをインセンティブにして企業活動を行い、結果として重大な被害が出ても認可した当時は予測し得なかったとして誰の責任にもならないといった事態が頻繁に起きている。

先端技術開発の企業にとってのインセンティブは、その技術に対する国の認可であり、具体的にはその技術発明に対して国から特許を付与されることであろう。製品又は方法の発明に特許が付与されるために、市場での販売又は使用を規制する法律上の要件を満たしている必要はない。例えば、医薬化合物についてその技術発明に特許が付与されることと、薬事法での治験を通らない限り商品化ができないことは法律も要件も別である。人間に対して使われたとき安全又は有効であるかは(クリニカルテスト)、特許法とは別に規制する法律上の要件を満たしているか否かが問われるが、生態系を含む地球環境にどのような負荷をもたらすのかについては問われずに市場化される場合が多い。上述の洗顔料や歯磨きにスクラブ剤や清掃助剤として添加される「マイクロプラスチックビーズ」がその一例である。

特許という国のお墨付きがあれば、その特許権は企業活動における市場からの資金調達の糧となるため、権利が売買され、開発したとは別の会社がその技術を別の思惑で経済活動に利用することが想定され、一旦市場に出てしまえば、環境評価は困難な上、常に後手にまわる。知財立国と言いながら、一企業の利益に任せたビジョンは企業活動のインセンティブを「市場向けの科学技術」にばかり期待する点で、旧態依然な範疇に留まっている。

エルマウの首脳宣言にあるように、生態系を含む地球環境保全の観点からは、一企業の利益に任せた開発スタンスが手放しで許される時代でないことは明らかで、「地球環境保全」は棚に上げてこのような「市場向け」に特化する旧来の政策を大胆に転換(パラダイム)すべき時期に来ているのだろう。

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特許についてさらに言及すれば、大命題とすべき「地球環境保全」は蚊帳の外に、いかなる基準で技術発明に特許権を付与すべきかについて(実体事項)についての国際的な議論ばかりが“SPLT”(実体特許法条約)などの形で行われ、技術上/法文上の命題にのみ議論が集中している。また、エイズ治療薬の問題にあるように、特許権の使用料を支払えずその薬を利用できない国の人命は開発企業の手のひらの上にあるといった特許を持つ国と持たざる国との間での深刻な対立も特許制度にとっては蚊帳の外の議論である。このような事態は行き過ぎた「市場向けの科学技術」政策や「プロパテント」の弊害であり、全人類的な課題(例えばエイズ克服)を前にして、開発した技術を個人の占有から解放し(開発企業のインセンティブを殺ぐことなく)、共有するための新しいモデルが必要ではないかとの議論が沸き起こりつつある。

従来の「市場向け科学技術」にばかりコミットした施策や判断から脱却して、新規性・進歩性などの特許要件において特許性が認められる技術発明であっても、その実施において地球環境への負荷がある指数以上に推認される発明については、特許を付与しない/又は付与するとしても負荷に応じた税(その負荷を解消する為の技術開発に充てる)を開発企業に課するといった、基準/指針(「産業上の利用可能性」に加えて「地球環境に対する保全性」)を世界に率先してわが国は提案すべきではないだろうか?

医療に関わる医薬/生化学/遺伝子工学の中で全人類的課題の解決に不可欠な発明については、開発企業や研究機関からその発明を国や国際機関(例えばWTO)が買い取る等してプールし、経済的貧富の差からその技術の恩恵を受けられない国に与えるなどの施策を行うための、基準/指針、仕組みこそ特許政策上で国際的にハーモナイズすべきであって、その中心的役割をわが国が果たすことが、国際社会でのわが国のイニシアティブを発揮することに繋がるのではないだろうか?

環境評価の基準としては、例えば、その技術発明を実施するにあたって、利用する資源と仕入れ商品・購入部材で利用する資源の採取から加工までに必要な消費エネルギー、直接消費する消費エネルギー、CO2 排出量などを総和したものを指数化した数値、その技術を用いた製品のリサイクル度、環境(水、大気、土壌など)に放散された場合の影響等、生態系に対する負荷(環境ホルモン/食物連鎖等)がある。この基準を特許の実体審査段階に採用し、お墨付きを与えるか否かの審査段階から生態系を含む地球環境保全を強力に目的化する施策が必要で、これは地球という病気の患者に医師/薬剤師/栄養士がそれぞれの基準で与えるべきもの/与えてはならないものを決めると同じことだろう。特許の実体審査段階に反映させることで、企業の開発トレンドも大きくシフトすることになると予想される。そういう企業に銀行は金を貸すことになるだろうし、また、消費者も、単に安くて便利なサービスや製品を提供する企業よりも、多少価格は張っても地球環境保全の基準をクリアしたサービスや製品を提供する企業を評価する意識に変わることが予想される。

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科学技術の進展がそろそろ「技術的特異点(Technological Singularity)」の近傍にあるのではないかといわれている。即ち、科学技術の指数関数的な進展が人類の技術開発の歴史から推測して得られる未来のモデルの正確かつ信頼できる限界に近づきつつあるという考えである。未来モデルは1972 年ローマクラブの報告書「成長の限界」ですでに提起されていた。事実、地球資源レベルでは人間の経済活動は地球の生物生産力をすでに超えている。例えば、WWF のLiving Planet Report 2006によれば、世界のエコロジカル・フットプリント(需要)は、地球の生物生産力(供給)を2003 年時点ですでに約25%超過している。その後のラディカルな技術革新に伴う開発スピードと品質のトレードオフ(非両立)の常態化、地球環境変動の激化など、今までの統計学的/演繹的な変化予測が及ばない次元に入りつつあるのではないかという漠然とした不安を抱く人は多い。また、人工知能(AI)の産業への活用は、モノ・サービスの生産・流通コストを飛躍的に低下させ消費者の選択肢が格段に増えることと比例し、企業間競争の激化の結果として労働者の社会的立場は不安定となり、社会の二極化・差別化が顕著になる(オールドエコノミー=終身雇用・年功序列の終わり)。ここにも、同様の特異点(Singularity)が間近に迫っている(拙稿『「AI本格稼動社会」への大いなる懸念』)。

このように、「市場向けの科学技術」は各技術分野において、技術的特異点の近傍に到達しつつあり、地球環境保全の観点からは、企業利益に任せた開発スタンスが手放しで許される時代ではないようである。「地球環境保全の科学技術」と従来型の「市場向けの科学技術」のバランスの上に、科学技術開発の次のパラダイムを模索すべき時期に差し掛かっていると考える。

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G7サミット首脳宣言の中の「陸域を発生源とする海洋ごみに対処するための優先行動」に合わせて、環境政策に関する国際社会への提言(環境政策にリンクした新たな特許政策を世界に表明すること)といったブレークスルーをわが国が率先することは夢のまた夢なのかもしれない。五輪だ万博だカジノだのと「レガシー」なる古びて陳腐化した発想の貧困に取り憑かれているようではダメだ。そうこうしている内に「マイクロプラスチックビーズ」の使用が法律で規制されていないのは先進諸国ではわが国だけになりつつある。脱原発(廃炉技術)でも電気自動車でもドイツや欧米諸国にデファクトを許し、わが国はその後塵に甘んじる状況は嘆かわしい限りである。

「竜頭蛇尾」はそのまま安倍首相の人となり(アンバランス)を表している。頭から総取っ替えしなければいつまでたっても「竜頭蛇尾」のままである。

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(名は体を表す・体は心を表す)


(おわり)


posted by ihagee at 18:31| 政治

2017年07月21日

Canon AL-1 - 虫眼鏡(単玉)レンズ(その1)


虫眼鏡(単玉)レンズでのフィルム撮影に旧東独VEB・ペンタコン・ドレスデンのExakta RTL-1000を用いてきた。

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(作例)


TTL露出計以外は全て機械式マニュアルのカメラは信頼感がある。Ihageeの嫡子ではない継子扱いのカメラであるが、Exaktaを名乗るゆえにCarl Zeiss JenaなどのExaktaマウントのレンズが使えるのも(膨大なレンズ資産を継承できる)、そうでないプラクティカ系のカメラよりも有利であり、本家Ihageeにはない設計上の利点も数多く備えている(縦走りメタルフォーカルプレーン、1/125X接点、TTLファインダーなど)。

しかし、個人的に総メタルゆえに重いのが難点だった。もう少し軽く、虫眼鏡(単玉)レンズも含めExaktaマウントのレンズ資産を継承可能なカメラはないものかと思案した。ExaktaマウントのSLRには他にトプコンRシリーズがあるがこれも総メタルで且つRTL1000よりも設計が古い。

また、絞りのない虫眼鏡(単玉)レンズを用いるのであれば絞り優先のマニュアル式カメラが欲しいところだ。そしてハタと思い当たるカメラがあった。Canonの異端児<Canon AL-1>である。「絞り優先なんか本当は作りたくなかったのに、仕方なく作らさせられた」なるこのSLRには幸いにも、Exaktaマウントレンズが装着可能な純正レンズマウント(Canon Lens Mount Converter E)が用意されている。(AL-1については、愛情をもって紹介しているサイトがあった)

折良くヤフオクで極めて程度の良いAL-1(純正のFDズームレンズ2本付き)を手に入れることができた。

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ただでさえ人気のないCanon Aシリーズの中でさらに異端児であることが幸いして格安である。このカメラのアキレス腱は壊れやすい(必ず壊れる)電池ボックスの蓋であるが、出品者の巧みな細工によって改良されている点も気に入った。

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そして、絞り優先AEという設計の新しさゆえに、絞り固定でシャッタースピードを自動で選択してくれる上、フォーカスエイドは老眼の進んだ眼には有るに越したことがない機能である。また、フォーカスエイドはあくまでも「エイド=補助」であって機構的にシャッター操作を邪魔しない点も良い(つまりオートフォーカスでなくマニュアル操作を尊重している)。全面マットのスクリーンはRTL1000のセンターがマイクロプリズムのスクリーンよりもコントラストがはっきりして視認性に優れる。そしてこのフォーカスエイドがレンズに依らずカメラ本体のみで完結している点はFDレンズを含めレンズ資産をそのまま活用できる。ファインダー内のインフォメーションもシャッタースピードが表示される点は安心感がある(シャッタースピード優先のSLRとは発想が逆だが、絞り固定のレンズを使う場合はむしろ有利になる)。


(80年代の雰囲気たっぷりのAL-1のCM)

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(AL-1のファインダー)


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(RTL1000のファインダー)


シャッター時の音やミラー振動もRTL1000より少ない。そして筐体も比較すれば小振りで何よりも軽い。上述の純正レンズマウントはEbay UKから同様に格安で手に入れることができた。

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(Canon Lens Mount Converter Eを介して虫眼鏡(単玉)レンズを装着したAL-1)

さっそく、虫眼鏡(単玉)レンズをマウントしてフォーカスエイドなどカメラ側の機能をチェック。いい加減なレンズでもそれなりにピントを指示し適切なシャッタースピードを割り出すことが確認できた。ExaktaマウントのZeissレンズはレンズ側の自動絞り込み機能をオフにする必要があり開放でピントを合わせることができないが、フォーカスエイドはF11程度まで頼りになることが判る。

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Exakta RTL1000には少し休養を与えて、Canon AL-1 - 虫眼鏡(単玉)レンズでフィルム撮影を試みようと思う。防湿庫で眠ったままのZeissやSchneiderのレンズも出番を待っていることだろう。

(おわり)

posted by ihagee at 05:15| Canon AL-1

2017年07月20日

いつまでも「うそつきロボット」で良いのか(原発事故なる国家の宿痾(治らない病)続き)


かつて命が輝いていた町は、死の町になった・・
チェルノブイリ事故被災者の言葉。

そして、我々はこれを見ても、何度でも同じ過ちを繰り返すのだろうか? (お役立ち情報の杜サイト)


(図(原発事故の避難基準) 出典:阿部憲一氏のフェイスブック投稿資料)

そして、ヒアリの大騒動は国民の耳目を政権醜聞から逸らすためのフェイク(ウソ)、稲田朋美防衛相の答弁は虚偽(ウソ)だった。

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ウソを振りまきウソをつくことが、この政権の常套手段となっている。この政権のウソの本源は原発事故にあり、「アンダーコントロール」なる虚飾・粉飾(ウソ)でこの国はすっかり汚染された。ウソの主体が首相と取り巻きであることは言うまでもないだろう。正確には首相個人の性状(性質と行状)に由来する。もうホトホト、ウソにはうんざりした。

「この様に息を吐くようにウソをつかれたら、やってられません!国民は。」と西尾氏。

以下、拙稿を再度掲載したい。

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2016年12月2日、北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏が参議院のTPP特別委員会で意見陳述を行なった。
医療の現場を統括する立場からTPPによって生ずる看過することができない問題点を鋭く指摘している。



TPPについての意見陳述であったが、放射線治療の専門家として最後に東京電力福島第一原子力発電所の事故についてこう述べて締めくくっている。

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「最後に、大変深刻なのは、今、福島から出ている放射性物質、これは微粒子として浮遊してます。残念ながら。そういうものと、農薬も含めた化学物質が人間の身体に入った場合、相乗的に発ガンするって事が動物実験で分かってます。こういう多重複合汚染の社会になって来て、恐らく2人に1人がガンになるっていわれてますけども、多分20〜30年経ったら3人のうち2人はガンになります。僕はとっくに死んでますから、若い議員さんは是非確かめてください。この場で西尾が嘘を言ったかどうか確かめて欲しい。本当にガンがどんどん増える社会になります。自分たちの国でキチッと法律で、ある程度規制出来る様な体制を作る為には、決してTPPに加入すべきではないと私は思っております。」

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TPPを容認すれば「多重複合汚染の社会」が到来すると警告する。
原発事故が招来した(し続けている)内部被曝という「国家の宿痾(治らない病)」を直視すれば、食品を含めた放射線防護が政治の最優先の課題であるにも関わらず、内部被曝と相乗する要因を市場の原理に委ねて敢えて取り込むTPPには断固反対するという意見陳述である。

対米関係で医療・食品という国民の生命に関わる分野で国家としての自主性を発揮できない経済協定はTPPに限らない。TPPに代わる日米間のFTAでも同じだ。

2011年あの原発事故の後、4ヶ月ほど経過した梅雨明けの頃、首相官邸下三宅坂(私の通勤経路)の道路脇の植栽が一斉に赤く枯死した。あまりに異様な光景だったので写真に撮った。撮影後、一週間ほどでおおぜいの道路作業員が枯死した植栽を撤去していた。その一人にこんなことはいつもあるのか?とたずねると、経験したことがないとのことだった。生まれてこのかた経験のない突然の大量の鼻血に見舞われたのもこの頃だった。半日ベッドで仰向けになっても止まらず、喉の奥に黒い血餅がべったり貼りついた。指の関節がキリキリと痛み、咳が止まらなかったことなど、身体中が異常を感知していた。そして今、駅の階段を降りる際に以前は早足で降りていたのに、蹴つまずきはしないかと足元を気にしながら降りるようになった。

そんな身体の警告すら「風評被害」やら「放射脳」とあざ笑って、なおも「福島の影響は及ばない」などとウソをつき、その影響がさらに深刻になるような要因を一部の富裕層の金儲け目当てに招き入れようとする政治に対して、西尾氏は「(政治家以前に)一人の人間として、共に生きる社会をどう作るかっていう事を本当に真剣に考えて頂きたい。」と憤っているのだろう。

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「この様に息を吐くようにウソをつかれたら、やってられません!国民は。」と西尾氏。
いつまでも「うそつきロボット」で良いのか、東京オリンピックでもカジノでも万博でもなく、この国の喫緊の課題は放射線防護でしかない筈だ。原発事故なる国家の宿痾(治らない病)を正しく診立て、政治を糾す西尾氏の言葉は重い。

(おわり)
posted by ihagee at 03:04| 原発