2019年12月02日

マツダ・デミオ XD Touring (2WD/AT 2016年改良モデル)- その10



先月車検を行った。昨年の11月初めに中古車として入手して1年経っている。

納車時から6月目にディーラーから6ヵ月点検の案内が来ていたが何かと忙しく点検に出さずに乗ったせいか、10月に入ってからメーターにレンチ表示灯が点灯した。レベルゲージを引き上げてみると、適正上限(○)を超えてxマークとの中間値のエンジンオイル液量を示していた。DPF再生の間隔が夏場を過ぎてから短くなったので再生で燃え残った軽油が混入する量が増えたということなのだろう。ガソリン車に乗り慣れていると、メーターの表示灯(警告灯)の類はエンプティランプ以外は普段目にしないだけに点くと驚く。

平日預け・受け取りのディーラー車検の場合は週末の場合に比べて多少安くなるということで、木曜に預けて翌水曜に受け取るということになった。現行より一世代前のCX-3(ディーゼル・走行距離約14000km)を代車として借りる。デミオベースのクロスオーバーSUVである。車高が高く外観は明らかに一つ車格が上に見えるが、インテリアはデミオ と然程差がない。

そのCX-3。僅かの間乗っただけであるがデミオ XD Touringとは以下の点が違いとして印象に残った(あくまで主観)。
1. 静か(路面からのノイズ)
2. 多少うるさい(エンジンから車内に入り込む音)
3. 効かない(ブレーキ)
4. おっとり(挙動)
5. 鈍い(低速でのトルク)
6. 良い(運転視界性)

デミオ がツッカケに喩えれば、CX-3はスニーカーだろう。しかし、車としての操作感や路面からの情報(ノイズも含めた)の多さはデミオが勝っていた。足や掌に伝わるエンジンの振動(振動数)が感覚的に心地良いのはデミオ の方なのかもしれない。しかし、この辺りは個人の主観でありCX-3のあらゆる走行フェイズを試したわけではないので、世評通り「デミオ よりも良い車」なのだろう。以前試乗したCX-8の時はあまりの違いにデミオ は比較にすらならなかったが、その意味ではCX-3は比較軸の延長である。

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車検と併せて、ディーラーオプションのウエルカムランプを取り付けてもらった。これはドア開閉時にボディ両サイド下(全後部二箇所)で路面を照らすLED照明である。乗降時足元を確認することができる点、ドア下のカーテシーランプと同じものだが、デミオ にはカーテシーランプが元々装備されていないのでこの際付けてみた次第である。

昼間では点灯しているのか全く判らないが、夜間では乗降をサポートするに足る明るさ。実用的なオプションであるが選択する人は少ないようだ。いきなりパッと点灯消灯するのではなく、フェードイン・アウトするという演出も心憎い。



加えて、お決まりのメンテでパックを契約。

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デミオ シリーズはMazda 2となり、デミオ なるペットネームが消えた。「マツダの救世主」と呼ばれたデミオ を捨て、グローバルの名称はデザインの統一を伴うブランディングの一環なのだろう。フロント周りの形状は大幅に刷新された。値ごろ感のあったデミオ と比べ、3ナンバークラスの価格帯のMazda 2はもはや「救世主」を必要としないマツダの昨今の強気ぶりを象徴しているのか。しかし、その代表格たるMazda 3が評価は高いものの売れ行きが芳しくないとも聞く。

そのMazda 2のフロント周りは大人すぎて、七五三の衣装というか、どことなく「とっちゃんぼうず」風でコンパクトカーの図体には不釣り合いに思えるのは私だけだろうか?デミオ DJのスパルタンな風貌が好ましい。

車検から上がったデミオ 。車いじりは趣味ではないが、多少私なりにカスタマイズを施した(以下写真:Sigma DP2Sで撮影)。詳細は追って記事する予定。

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(おわり)

posted by ihagee at 03:03|

2018年11月28日

マツダ・デミオ XD Touring (2WD/AT 2016年改良モデル)- その9


群馬県立ぐんま昆虫の森(前回ブログ)を訪れた翌日、同じ群馬県の南牧村(なんもくむら)へ向かった(2018年11月24日)。

南牧村にはどことなく惹かれるところがあって過去度々訪れている。石垣が組まれた段々畑を背にせがい造り(出桁造り)と呼ばれる切妻屋根木造二階建ての二階(蚕室)が張り出した民家が点在する景色は独特な奥行きを醸し出している。本ブログでも同村についての記事を幾つか掲載した。林業主体の典型的な中山間地域だが屈指の限界集落としても知られている。しかし近年はグリーンツーリズムに取り組み、村の魅力を積極的に発信するようになった。同村から長野(佐久)に抜ける田口峠はバイク乗りにとって魅力なのかその姿を多く見かける。舗装道で離合箇所もなくはないが車幅が狭くつづら折りの急坂は車で越えるには多少勇気が必要。

都会からIターンの世帯もある。なんもく村・木工房かたじ屋さんはその一人。オアシスなんもくにかたじ屋さんの鳥笛が売られていたが、今はどうだろうか?地ビールと炭入りビザの店・ビアカフェBBは閉園した保育園をそのままカフェにした店で童心に戻ってパクつく南牧村特産の食用微粉炭(杉材)を生地に練りこんだピザが美味い。何度か訪れたがモチモチとした食感である。

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この村の歴史は古く、 砥沢村(現・群馬県甘楽郡南牧村 砥沢)という地はその名の通り質の高い砥石を大量に産出し、幕府から手厚く保護(御蔵砥)され、江戸への中継地として富岡が発展した。明治期にはその富岡に当時最新の紡績工場(富岡製糸場)が建設され、養蚕業が盛んだった南牧村からは砥石に続いて繭玉が運び込まれた。絹糸・絹布は明治から昭和初期のこの国の一大輸出産業で、富岡製糸場で紡績され横浜から輸出されたのだろう。絹布は艶々と光沢の美しいシルクのスカーフとなって、当時来日した外国人たちは競って買い求めたようだ。ミキモトの真珠と並び第一次産業の産品がこの国の経済を支えていた。その産業セクトに従事した中山間地域は経済的に潤い活気に満ちていたが、農耕民族たるこの国の津々浦々を豊かにするのは第一次産業という理は、その後の高度経済成長期に失われ、TPPや日米FTAなど現下の政策はその息の根まで止めようとしている。

日本という国の歴史的な構成単位は第一次産業を介してその土地の資源と共に生きること(共生)であり、コミュニティ(良くも悪くもムラ社会)であり、それら産業を守ること=国土保全なる社会資本という重要な意義すら、今や経済性の天秤にかけて無価値化の一途を辿っている。営林・水資源・利水という第一次産業から始まるこの国の公共財すら、外資民営という資本原理に晒して、国民の生命線まで資本家に売り飛ばそうとする現政権である。

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上述の遺構(廃墟を含む)を各所に留める南牧村を車載カメラ(車外の景色はSONY NEX-3とCarl Zeiss Flektogon 4/25)とフィルムに収めてみた。

車載カメラはMuson MC2 Pro1「進化版」(PLレンズ使用)と、Multi Drive RecorderなるソフトをインストールしたiPodTouchの内臓カメラで、以下動画の地図と音声(ステレオ)は後者を用い前者の映像にオーバーレイした。YouTubeに映像をアップした(途中から再生されるようでしたら、コントロールバーを左端にすれば、最初から視聴可能です)。



道の駅オアシスなんもくで、特産の下仁田ねぎ(今年は根腐れ病で大変だったようだ)、名物とらおのパン(目の詰まったしっかりしたパン)、かあちゃん本舗のおから、野沢菜の入ったおやきを買い求めた。帰り道、関越道の寄居 星の王子さまPAに車を停めて、南仏プロバンス風の景色を眺めながらおやきを食べた。

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Zeiss Ikon (VEB) Tenax 1(レンズ:Carl Zeiss Jena Tessar 37.5mm F3.5)をフィルム撮影に用いた。Kodak T-MAX 400フィルム(モノクローム24枚撮)2本を使う。Tenax 1は24 x 24mmのスクエアフォーマットなので、フィルム1本で36枚程度撮影することができる。セコニックの露出計も携帯。

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Fuji Neopan Across100で撮影しようと池袋ビックカメラ本館に在庫を確認したが無いとのこと(2018年10月頃に販売終了)。仕方なくKodak T-MAX 400に代えた。撮影結果は追って報告したい。

(おわり)

posted by ihagee at 03:57|

2018年11月10日

マツダ・デミオ XD Touring (2WD/AT 2016年改良モデル)- その8



Muson MC2 Pro1「進化版」と、Multi Drive RecorderなるソフトをインストールしたiPodTouchの内臓カメラでの車窓映像の続き(2018/11/04撮影)。

千葉ドイツ村・光のイリュージョンも含め、iMovieにてまとめて長めのムービーを作成してみた(無声)。海ほたるまでの路程は早送りにしている。



横浜・東京湾アクアライン(海ほたる)・千葉ドイツ村・幕張・銀座・新宿を途中渋滞に遭遇しつつ走った結果は18.5km/Lだった。雨天ゆえ曇り止めの空調を効かしたこともあって停車時にi-stopが一律には働かなかったが、まずまずの燃費である。

昨年11月に閉園した群馬県赤城高原にある赤城クローネンベルク(クローネンベルクドイツ村)をついつい比較してみたくなる(拙稿「さよなら、赤城クローネンベルク」)。アミューズメント主体の千葉のドイツ村に、農畜業共生型のクローネンベルクのようなドイツらしさを求めるのは酷かもしれない。そう思うとクローネンベルクの閉園は今さらながら惜しまれてならない。

(おわり)

posted by ihagee at 22:40|