2018年03月18日

ドレスデンと燻し銀のCerto Dollina I



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戦後日本の経済復興の原動力の一つが光学機器(カメラ・レンズ)であることに異論はないだろう。ホンダ、トヨタなど二輪・四輪メーカーが世界市場に進出する以前にすでにキャノンやニコン、その他数多の下町工場(「四畳半メーカー」と呼ばれる)が競って欧米のマーケットに製品を輸出し外貨を稼いでいた。

ニコンが陸軍造兵廠東京工廠(東京第一陸軍造兵廠)で測距儀やレンズを開発し戦後民生に転用したように、彼らの力の淵源の一部は軍国時代の軍事技術の転用であろう。しかし、敗戦国ドイツから流出した技術が戦後日本の光学機器メーカーのリエンジニアリングの基礎となったことは間違いない。ソ連はひたすらレプリカに走ったが、日本はレプリカに始まり改良を重ね新たな技術を次々と生み出した。

すなわち、戦後賠償の一つとして、ドイツはソ連軍事当局者によってヒトラー時代のドイツの財産権の引き渡しが命じられ(1945年10月30日に発行されたOrder No. 124)、特許権・商標権といった知的財産権についても戦後賠償としてソ連軍事当局者へ引き渡された(特許・商標権の無効化)。結果として、LeicaやContaxのレプリカの「正当性」はソ連ばかりでなく、わが国の光学機器メーカーにも利することになった。

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ドイツ・ザクセン地方の古都ドレスデンこそ、戦前ドイツのカメラ産業の本拠地であったが、連合軍の完膚なきまでの絨毯爆撃によって灰燼に帰した(拙稿「写真家・ヴァルター・ハーン(Walter Hahn)とドレスデン」)。市内の工場の八割が使用不能の戦禍である。生き残った設計者・工員、設計図や工作機械の殆どが知的財産権とともに、進駐したソ連軍事当局者へ引き渡されたのは上述の通りである。

この辺りの事情については、拙稿「なぜEXACTAだったのか(戦後編)」で綴った。

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"ドレスデン"という都市に私は二つの郷愁を感じることが多い。その一つが芸術文化の集積地として、もう一つが上述のカメラ産業の本拠地として。前者は森鴎外が讃えたエルベの真珠たる歴史的建造物群(殆どが戦災で失われたが復元されつつある)やゼンパー・オパーを中心とする芸術の都であり、ドイツ宮廷文化の華への郷愁なのかもしれない。後者は上述の通りであるが、その栄華と灰燼を淡々とカメラに記録した写真家・ヴァルター・ハーン(Walter Hahn)、そして、東独となって復活したカメラ産業だろう。

ゼンパー・オパーは空襲で壊滅したが、戦後見事に復元されシュターツカペレ・ドレスデンは古巣を取り戻した。


(The City Of The Arts - Dresden (1935) / 戦災前のドレスデン)





上掲の映像は戦災前(1933年)のゼンパー・オパー で1922年以来音楽監督を務めていたフリッツ・ブッシュの棒の下、シュターツカペレ・ドレスデンがこれまたゼンパー・オパーとゆかりの大作曲家ワーグナーの「タンホイザー」序曲の演奏を収録したもの。

これは雄渾な名演を記録した映像であるとともに、Kino-Tonfilm(オプティカル・サウンドシステム)のもっとも初期の技術成功例を示している。音声と映像を完全にシンクロさせ克明に収録できたのも、ドレスデンという地がまさにその技術の中心地であったからに他ならない。尚、ブッシュはナチス政権を嫌い、この映像を収録した1933年に音楽監督を辞しドイツを去った。


(1933年3月7日・ブッシュがドレスデンを去った日のアーカイブス)


シュターツカペレ・ドレスデンといえば、その独特な「燻し銀」の音色を先ず思い出す。東西ドイツ統合でだいぶその音色は近代化され希薄となったようだが、ルドルフ・ケンペ(ドレスデンが彼の故郷)の数多の名盤で往時の音色を確認することができる。その中でもフランツ・レハールの「金と銀」はジャケットのツヴィンガー宮殿の写真とともに、ドレスデンの「燻し銀」を強烈に印象付けるものだ。この盤はシュターツカペレの創立425年!を記念して録音されたものだが、「燻し銀」たる音色はその425年の歴史を重ねて楽員たちに受け継がれてきた楽器と調弦(ピッチ)、オーケストラの配置(対向配置)にあると言われている。



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ドレスデンとカメラに話を戻すと、私の所有・愛用する機械式のアナログカメラの殆どがドレスデン所以だと気付く。ihageeやPentaconのExaktaやZeiss Ikon VEBのTenaxはブログのカテゴリーになっている。いずれも戦後、東独になってからの産物であるが、この度、戦前のドレスデンで作られたカメラを入手する機会を得た。

上掲の1933年の映像の4年後、1937年、ナチス政権下のドレスデンで製造されたCerto Dollina Iがそのカメラである。

1902年、アルフレート・リッパートとカール・ペペルがドレスデンに 創立したCerto Camera Werkが自社ブランドとして、世に送り出した35mmフィルムカメラがCerto Dollinaということだ(詳細記事有・但しドイツ語)。


(Certo Camera Werk)


このカメラの特徴はJewels of NostalgiaサイトのCerto Dollina Iに詳しい。

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私の手元に来た1937年製のCerto Dollina Iは、1933年製のVoigtländer Superbに続く古豪となった。

かれこれ、80年を経過したカメラで外観は驚く程、綺麗且つ同様に綺麗な革製のカメラケースも付いていた。しかし、案の定壊れていた。つまり、壊れていたから使わずに長い間仕舞われていた、ゆえに綺麗なのだ。機械式カメラというものは不思議なもので、人間の手のぬくもりから遠ざかると途端に身体硬直を始める。このカメラもすっかり硬直し切っていた。

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巻き取り側のスプールが完全に固着しており、スプールの上端の端が半円に欠けていた。スプール自体はその状態で取り外しができないので、やむなく、カメラの軍艦部を外して内部を点検することになった。

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Certo Dollinaの分解点検についてはネット上では情報が少ないが、Rangefinderforum.comサイトでのDollina IIについての情報を参考にした。Dollina IIは"I"に距離計を搭載したモデルゆえに、距離計以外は全く"I"と同じ構造となっている。このサイトの説明でも、巻き取り側スプールが固着しフィルム送りができない機体が報告されており、その対処法が細かく記載されていた。

巻き取り側のスプールの上端の半円の欠損箇所がカメラの蓋にあるスプールに当たるプレッシャープレートに引っかかること、および、スプールのカメラ側の受け軸のグリスが固化していたことが固着の原因だった。スプール自体は金属製で欠片は失われているので、何かで補填するしかない。幸い、同じ径のプラスチックのスプールが手元にあったのでその端を利用して欠損箇所を補修した。

ついでに軍艦部表面のエナメルが所々剥げていたので、ハセガワのミラーフニッシュ(艶消し黒)を貼り込んだ。この曲面追従の超薄膜模型用シートは、Kine Exactaのミラー補修にも使用している(拙稿「ミラー修復(ハセガワの<フィニッシュシリーズ・ミラーシート>利用)」)。

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機械部分の清掃・注油とグリスアップを施し、フィルム送りの様子をビデオで撮影した。



フィルムカウンターと巻き上げ・巻き止め機構の連携が判る。なお、レンズシャッターはこの機構と連携していないので、巻き上げずにシャッターを下ろすと二重露光となる。

Schneider Kreuznach Radionar f:2.9 F=5cm レンズの前玉を取り出し、無水アルコールで清掃し、その奥のレンズも両面を同様に清掃。幸い、黴も傷もなくスカッと抜けて綺麗になった。この当時のレンズはノンコートゆえに、レンズ面の汚れさえ取り去れば案外綺麗になるものだ。Compur シャッターは全速で切れ問題なし。ニッケルメッキのノブ類はドイツ製のGlanolを綿棒の先につけて磨き上げた。

Schneider Kreuznachは自社のレンズのシリアル番号を統一して管理していたので、このカメラのRadionarの番号(1058510)からレンズ自体の製造年は1936年11月〜翌年の12月と判明した(対照表)。

通常のスプリングカメラがレンズの前玉を前後に動かすのと違い、このカメラは、軍艦部のノブを回転させることで、蛇腹のタスキを駆動し、レンズボードを前後に動かしてフォーカシングを行う機構に特徴がある。Rolleiflex SL66と同じ仕組みである。軍艦部を取り外して修理したので、ノブの距離表示リングを合わせ直す必要がある。シャッターをバルブにしフィルムの焦点面を睨みながらフォーカス調整を行った。本当に合っているかは、実際に試写してみなければ判らない。

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「これはこれはご同輩!若いもんばっかりでつまらなかったが、これで昔話ができるわい」とVoigtländer Superbが喜んでいる。
Certo Dollina I が「似合うところに連れてゆけ」とその燻し銀の面構えでさっそく話しかけてきた。さて、どこに連れ出そうか?

(おわり)



posted by ihagee at 15:15| Certo Dollina I