2017年10月29日

招き猫の誘惑(Tenax 1)その2


猫型ロボット・ドラえもんならぬ、猫型フィルムカメラ・東独ツァイス・イコン(VEB)のTenax 1が長旅の末、ポーランドから我が家に到着した。

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さっそく点検。予想はしていたが色々と不具合を発見した。金属のネジと歯車でできているアナログカメラは不思議なもので、長い間人間の掌に触れていないと身体硬直を始める。アナログカメラの好事家が始終カメラを撫で回し空シャッターを切ったりヘリコイドを繰り出してファインダーを眺めるのもそれなりに理がある。ドライボックスに入れても放っておけばカメラは各所の動きが悪くなるから、たまに出してマッサージを施す必要がある。

このTenax 1は身体硬直していた。こういう場合は無理に動かさずに悪い箇所を点検しメンテナンスする必要がある。メンテナンスといっても修理の専門家ではないので限度はある。

点検した結果、
1. 猫招き(フィルム巻き上げ手)の戻りが悪い
2. フィルムの巻き上げが渋い・5枚目あたりから猫招きが下ろせない程固い
3. レンズフィルターの口径が合わない
4. レンズも含め全体に経年の汚れがある
5. シャッターが1/10以下で開いたまま閉じない(BはOK)

メンテナンス(できる範囲)
1. 猫招き(フィルム巻き上げ手)の戻りが悪い

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(スプリングの端部の係る位置も変更した)


軍艦部の覆いを外す。猫招きの戻りはトーションスプリングの回転方向に対しての反発力を利用している。スプリングが経年で反発力が落ちているのだろう。スプリング部分を取り外してペンチで角度をつけ、この機構周りを清掃し若干の注油を施した。結果、戻りが良好となった。このトーションスプリングの単純なトラブルは以前フレクサレットIV(Flexaret IV)でも経験済(拙稿「フレクサレットIV(Flexaret IV )不具合」)。

2. フィルムの巻き上げが渋い・5枚目あたりから猫招きが下ろせない程固い

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フィルムの巻き上げ試験は繰り返し行う必要がある。そのたびに新しいフィルムを使うわけにはいかないので、撮影に失敗し現像せずに放ってあったパトローネ使うことにした。フィルムは引き込まれているので、ハクバのフィルムピッカーでベロを出す必要がある。なお、このTenax 1に付いていたフィルムスプールはeBayでの説明ではオリジナルスプールとのことだったが、プラスチックの汎用スプールだった。この汎用スプールを用いる場合に最悪フィルム破壊(パーフォレーション破壊)となるフィルム送りの固着問題が発生することが周知である。その原因はスプールの形状にある。具体的にはカメラのフィルム室のスプール受け(凸)に適合するスプール端(凹)の開口が大きい為に遊びが大きくがたつきが発生すること、フィルム室の内壁と本来当接する筈の鍔の径が小さいためにスプールが傾斜した状態となることによって、フィルムが傾いた状態で巻き上げられ固着することが判っている。さらに、パトローネもフィルム室で若干遊びがある。これら各所の僅かな傾きがフィルム搬送に支障をきたす。

先ず、スプールについて。汎用スプールを改造して用いる手もあるが、オリジナルのスプールを用いるのが一番だろう。何がオリジナルのスプールなのか?ネットでどなたか指摘されていたか、IhageeのExakta Varex IIに付属している金属製スプールが本来のスプールの形状だったらしい。幸い、私はExakta愛用者なので、金属製スプールなら幾つも手元にあった。

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(ihagee Exakta Varex II)


汎用のスプールと比べれば、その金属製スプール端(凹)の開口も鍔の大きさも違いが明らか。スプールの軸部の太さまでも違う。鍔の部分はフィルム室の受け部と正しく適合し、さらにそれ自体は自由回転するのでフィルム室と当接しても軸の回転は自在である。考えてみれば当たり前で、Tenax(姉妹機のTaxonaも含め)もExaktaも、東独製。東独VEBの当時の標準スプールがもっとも適合するのだろう。スプールは着脱可能な構造なので、使用している内にオリジナルのスプールは紛失し易く、代わりにと西側のプラスチックの汎用スプールを使うと若干形状などに違いがあって、それがTenaxにとっては致命傷となっていたわけである。IhageeのExakta Varex II用の金属製スプールならeBay辺りで簡単に見つけて手に入れることもできる。汎用スプールを改造して使うまでもないだろう。

なお、フィルム巻き上げの爪が入り込むスプールの別端の凹部については、ネットでどなたか指南されていたが、爪の遊びを最小とする為に凹部に詰め物をしてみた。具体的にはウレタンの小片を凹部内に適当に詰めてみた。

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(右:詰め物をしたスプール)


また、パトローネ側のフィルム室内壁にはパトローネと当接する箇所に植毛紙を貼って、パトローネががたつかずに収まるようにした。さらに、カメラ側のパトローネとスプールの受け部(凸部)にそれぞれぐらつきを防ぐ為の処置をした。これは、ダイソーで売られているボタン電池(LR44)のパッケージを利用するというネットの知恵者の大発見である。ボタン電池を覆っているパッケージ部をカップ状に切り出してその中心部分にスプール受け(凸部)がぎりぎり通る穴を開けて装着するだけのことだが、よくもこんなことを見つけ出したものだと感心する。

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(左:LR44ボタン電池、右:Exakta Varex IIに付属していた金属製スプール)


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(措置を施したスプール受けの凸部と植毛紙を貼り付けたパトローネ側のフィルム室内壁)

これら措置を施しフィルムを実装する。カメラを振ってもフィルムががたつく音はせず、しっかりフィルム室に収まっている。さらに巻き上げの試験をしてみた。フィルムの巻き上げも良好で最後まで滞ることなく巻き上げることができる。猫招きの重さ(指で引き下げる)も措置前のゴリゴリと指先が痛くなるばかりかフィルムが今にも破断するような感じから比較すれば、シャカシャカといった具合で軽くなった。

3. レンズフィルターの口径が合わない

フィルターはE18(スレッド径17.5mm)でカメラのレンズ側のスレッドより若干径が小さい。この為、ねじ込みができずポロっと外れてしまう。明らかにミスマッチであった(eBayの出品者には適合品でない旨をクレームしておいた)。セットとなって届いたフィルターにはカラーフィルターばかりでなくクローズアップ(2種類)も含まれており、これらを使わない手はない。そこで、セットに含まれていたグリーンフィルター(このGフィルターだけ Panchromar E18と刻印があった)のガラスを抜いてこれをカメラのレンズ側に木工ボンドで装着し他のフィルターとの接続リングとして用いることにした。使うことのないグリーンフィルターであれば惜しくない(アナログカメラのフィルターについては「フィルターについて」が詳しい)。なお、反射を抑えるためつや消しの黒のエナメルでリングの内面を塗装。元々、奥目の広角レンズ(37.5mm)なのでフィルターを装着しなければリングそのものがレンズフードの役割をするが、さらにその上にフィルターを搭載すれば焦点距離によっては撮像の周辺部にケラれが発生するかもしれないがやむを得ないだろう。

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なお、クローズアップレンズ(2種類)は220 I (100 - 50cm)、220 II (50cm - 33cm)と説明書が付いているが、接続リングを仲介することになるので、あらためてフィルム面で焦点が合う距離を確認する作業が必要になる(次回記事で紹介の予定)。

カメラの絞りリング周縁部の指点(・)があまりに小さく見辛いので、小さな突起を付けることにした。ヤフオクで1mm角立方体のネオジウム磁石4個を300円程で求めた。元々磁力があるので接部の面積が小さい場合に都合が良い上、積み上げ易い。指点(・)の上に突起を設けてみた(磁力だけだと外れるので爪楊枝で瞬間接着剤を差して固めた)。これで視認性が上がった。

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4. レンズも含め全体に経年の汚れがある

レンズ部分は幸い傷や黴はなく、埃が付着している程度だったのでブロアーで埃を飛ばした後、無水アルコールを綿棒の先につけ前玉の前面とシャッターを開けた状態で後玉の表面を拭った。綿棒の先が真っ黒になる程汚れていたが、光にかざしてスカッと抜けて見えるようになったのでこれで大丈夫だろう。レンズを解体して清掃する必要はなかった。カメラ外装部分の清掃については、金属部にはGlanolを用いた(ドイツ製)。これは貴金属専用の磨き上げ剤なので傷がつかない(くれぐれも家庭用クレンザーなど使わないように!傷だらけになる)。銀器の黒ずみを磨く為に東急ハンズで以前買ってあったものを利用した。ピカールよりも使い出があってお得だ。薄く塗って綿棒の先で細かく磨き最後は布で拭き取ると元々の光沢が戻った。黒い部分は薄い本革。中性洗剤を水で希釈して拭えばヤニなどが取れて綺麗になる。カメラケースについてはストラップ部分が経年でやや劣化しているが全体としては美麗。ミンクオイルなど塗り込めば良いのだろう(いずれ措置する予定)。

5. シャッターが1/10以下で開いたまま閉じない(BはOK)

スローガバナーにアクセスして分解清掃し組み上げ直せば良いのだろうが私にはその技量はない。1/10以下のスローで撮影することもないのでこのままとした。1/100以上のシャッターの開きは正常だと思うが実写で判断したい。シャッター羽に油滲みはない。

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以上が点検・メンテナンスの報告。

クローズアップレンズが利用できる状態となれば、接写時のパララックスをファインダーで補正したくもなる。Tenax 1のファインダーにはその機能はないので、35mmで同じくましかく写真(24mm x 24mm)が撮影可能なRobotのアクセサリーを利用することにした。Robotの軍艦部にはアクセサリーシューがあるので、パララックス補正用のユニバーサルファインダーを装着することができる。

そこで、Tenax 1の固定ファインダーを着脱可能にし、上述のようなユニバーサルファインダーの搭載可能になるような手はないかと考えた。シューを設けることも考えたが、それでは元々の固定ファインダーがその高さ分浮き上がる上、見た目も大変悪い。

固定ファインダーを取り外し、軍艦部のファインダーが載っていた部分の裏側に磁石を貼り付けて磁力でファインダーを固定する方法を思いついた。ただし、軍艦部内の構造体と干渉する可能性があるので、ネオジウムの1mm厚の薄い磁石をペンチで割って小片とし、干渉の有無とファインダーのつき方を実際に確認しながら貼付する位置を探ってみた。

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固定ファインダーをリベットで留めていた穴(3箇所)にはゴムのラバーで封じ、磁石はその中央部からやや外れて配置してあるが、干渉を防ぐ為には止むを得なかった。

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(措置後の軍艦部)


Tenax 1の固定ファインダーは鉄製なので、上述の措置によって軍艦部に正しい位置で貼り付けることが可能となった。磁力ゆえに着脱も容易。逆さにしたところで落下する恐れはない。

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使わなくなったオリンパス Sixの正方ファインダー(アルミ製)の底面に鉄片を貼って、マウントしてみた。

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(オレンジフィルターも搭載)


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(距離計も搭載可能)


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Robotのユニバーサルファインダーは近々入手予定。かなり大きく重量がある一つ目なのでファインダー側にも磁石を設けて付勢する必要があるかもしれない。

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曇天続きで秋空はなく冬になってしまった。招き猫は私に色々と触られてようやく長い眠りから目覚めたようだが、窓外の天気を恨めしそうに眺めている。

(おわり)

追記:
ihagee Exakta Varex II用の金属製スプールを用いる場合、一つ注意点がある。
Exaktaの場合、テイクアップスプールとパトローネの位置はTenaxとは反対なので、スプールにフィルムのベロ(リーダー)を差し込む方向も逆になっている。スプールの軸にはフィルムを挟み込むための金属の覆いがあるがこの覆いは従って、フィルム室を正面から見て、右手からベロを差し込む形状。

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上の写真のスプールで説明すれば(天地を逆にして見てください)、軸の上に金属の覆いが被さっているが、切欠が直線の部分が本来フィルムのベロを差し込む側。切欠の中央部がへこんでいる部分には覆いを軸に留めるためのビスが一箇所ある(金属の覆いに一箇所穴が開いて見える部分)。Exaktaのスプールとして使う分にはその挿入の仕方で良いのだが、スプールとパトローネの位置が反対のTenaxでは、このへこんだ部分にフィルムのベロを入れなくてはならない。フィルムのベロの先端が当たる部分にビスがあれば差し込むことができない。従って、ビスを外して使う。マイナスネジなので簡単に外すことができる。覆いを軸に固定するビスを外したところで、覆いは軸から外れることがなくしっかりとフィルムを挟んでくれる。

左手シャッターの左指巻き上げのExaktaゆえのテイクアップスプールのベロを挿入する方向の違いに起因するものだ。ちなみに、Exaktaは左利きの人が設計したに違いないと噂されるがそれは間違い。顕微鏡にカメラを据えてファインダーを覗きながら試料をセットしたりメモを取る場合は右手が自由である必要がある。よって、左手でカメラは操作可能に設計されているワケだ。街撮りのカメラとしてよりも、研究機関の撮像装置としての目的が優先していたということらしい。





posted by ihagee at 10:40| VEB Zeiss Ikon Tenax 1

2017年10月15日

招き猫の誘惑(Tenax 1)その1



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(大内宿・2001年撮影)


「ちょっとお寄りなさいよ」と招き手は客商売では猫になって繁盛の象徴。

招き手でころりと客を参らせる猫はフィルムカメラの世界にもいる。人呼んで「招き猫型カメラ」 Tenax 1である。参るのは男性よりも女性の方が多いとも聞く。(『フィルムカメラのススメ「OLYMPUS PEN F編 & TAXONA編」』レポート

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この招き猫を作ったのは泣く子も黙る独ツァイス・イコンで且つ「ましかく写真(24mm x 24mm)」が撮れるとあってはこれは招かれないわけにはいかない。ましかく写真については拙稿「ましかくプリント」と『「チェキ」の横恋慕』でも触れた。中判(120)フィルムでは当たり前のフォーマットも、35mmフィルムでは当たり前ではない。

招き手に当たる部分はシャッターチャージ・フィルム送り・フィルムカウンターと連動している。その手の先もくるりと手の裏を返す芸当をするという。大きさはタバコの箱より少し大きい程度、かの35mmハーフ・フォーマットのオリンパス・ペンと勝負できる小ささという。

1930年台に製造を始め第二次大戦のドレスデン爆撃で工場が破壊されて製造中止、戦後は東独に別れたVEB ツァイス(ドレスデン)で製造が再開される経緯は、同じドレスデンのIhagee ExaktaのKine Exaktaと同じだろう。

「ましかく」は構図を決めやすいことは中判カメラで6x6フォーマットが主流であることからも明らかだろう。35mmフィルムにおいてはコマ数を稼げる。画質や構図を犠牲にしてまでコマ数を稼ぐハーフ版よりも合理的だと個人的には思うがなぜか35mmフィルムカメラではマイノリティのまま、インスタントのチェキのinstax SQUARE SQ10で息を吹き返したということだ。

さて、その招き手で「こっちこっち」と私を招いたのは以下の猫だった。

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eBayでポーランドから出品されていた戦後生まれの東独(VEB)の猫で、写真にある通りフィルターと革ケースが付属している。招き手の決め手はレンズでテッサー37.5mmF3.5(標準はノバー35mmF3.5)。ツァイスにとってテッサーレンズは泣く子も黙らせる三つ葉葵の紋のようなもので、これにはころっとこないわけにはいかない。所有するKine Exacta(戦後モデル)もテッサー 50mmF3.5である。一説にはドレスデン爆撃で罹災を免れたストックにテッサー型のレンズがあって、戦後モデルに一時期利用されたそうだ。

なお、この猫には共通の欠点がある。それは巻き上げ側のフィルム・スプール。ポーランドの猫にはオリジナルのスプールが付いているそうだが写真では確認していない。スプールは固定されていないのでオリジナルのスプールを紛失すると適当にそこらへんのスプールを代用することになるが、これが大事故の元らしい。

兄弟猫であるTaxona(1953年製造開始)での大事故の模様は以下の通り。



スプールについては対処法がネットで様々報告されているのでどうにかなりそうである(「TAXONA のスプールを作ろう」「taxona到着」)。ちなみにTenax 1もTaxonaも構造は同じ。

したがって、ポーランドの猫に我が家に来てもらうことにした。

すでにモノクロームでは巷で「なんじゃこりゃ!? すげぇ!!!」と猫に歓声があがっているようだ。

到着次第、あらためて報告したい。

(おわり)





posted by ihagee at 00:06| VEB Zeiss Ikon Tenax 1