2017年10月23日

Voigtländer Superb 顛末記 - その16



Voigtländer Superb (Skopar 75mm F/3.5)で撮影したフィルムを再度スキャンし直し(Scanner: Epson GT-X980)、トリミングとトーニングを施してみた。

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上掲のようにトーニングはデジタル処理のエフェクトで簡単に付加できるがやはり不自然感は拭えない。本来フィルムでのトーニングはフィルムを現像する際、またはパライダ紙に焼き付ける際の物理的色付けでありその程度の幅は一律でない。フィルムと感光紙を要素とする化学反応という複雑且つ一回性のプロセスで生まれる色合いに勝るものはない。フィルム自体に演出を行うのなら、カラーフィルターを装着するか、レッドスケールフィルムを露出オーバーで撮影するとノスタルジックな色合いになる。

以下、レッドスケールでの作例(フィルム:Lomography Redscale XR 50 - 200 カメラ:Bencini Koroll 24 S、Scanner: Epson GT-X980 エフェクトなどデジタル処理は一切加えていない):

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スキャンの時点でデジタル処理じゃないかと言われればその通りだが、少なくともフィルムになるまでのプロセスはアナログである。つまり人間の意識が働かなくてはならないプロセスがそこにはある。デジタル撮影よりも高揚感・達成感があるのも意識が働くからだろう。

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人間の意識が働くことを省略化・単純化するのがデジタル社会。それにどっぷり浸かるということは、その人の思考も行動様式も割り切り・単純化されていくということである。あるかないか・白か黒かの二元論はとても判りやすい。右か左かという政治イデオロギーと同じで勝ち馬の側に乗れば他者を意識する必要がなくなる。「こんな人たち(には負けない)」とか<排除の論理>はこの割り切り・単純化の際たるものだ。しかし、人間社会そんな簡単に割り切れるものではないし、生身の体は正直にアナログのままである。遺伝も細胞分裂も排泄も老化も生死も全てありのままでしかない。二元論など通用する筈がない。「トロッコ問題」に代表されるようにAI技術を入れたところで同じだ(拙稿『「AI本格稼動社会」への大いなる懸念』)。脊髄反射的なわかりやすさにかまけて、論理的思考を停止する危険性がある。ありのままを素直に語るよりもバラ色のスローガンや五輪といったプロパガンダの花火に無意識に惹かれる人々が増える。ありのままとは、この国が抱え込んできた様々な社会問題である。それを素直に語るということは本来地味な政治を志向することになる。複雑且つ難しい論考をしなければならない。負(マイナス)は負として国民に正直に語る政治・議論や論理を尽くす政治を安倍政権は否定する。福島の事故原発、国の財政問題や国民年金など、サラッと虚飾・粉飾をすべきことではない。

このように、ありのままを素直に語れる社会がどんどん遠のいていくような気がしてならない。その反対に大政翼賛的な大義のためなら全員右を向かなくてはならない<いつか来た道>の社会に戻っている。歴史はその先に何が到来するかはっきり示している。歴史に学ぼうとしない愚民になってはならない(拙稿「私たちはどこまで階段を登っていますか?」)。安倍政権支持層のコアは生まれた時からデジタル社会・バーチャリティに囲まれて育った若い世代(10〜20才台)だとも言われている。安倍政権がデジタル媒体を積極的に用いるのも当然だろう。都合が悪くなるとリセットボタンを押しまくる。「未来志向」なる言葉で過去から積み上げてきた議論や認識をバッサリと切り捨てて構わないとする論考のない政治。バーチャルで思いつき的ゲーム感覚の政治。その政治にデジタル社会・バーチャリティは格好の培地なのだろう。その培地で育つ世代はある意味で時代の申し子だろうが、その結果が近い将来身に降りかかるのは自分たちだと彼らは認識していない。安倍首相は「全ての子供達の幼稚園や保育園の費用を無償化」を消費税引き上げの使途とする選挙公約をしている。子供達のためだといいながら、子供達を含む将来世代の財布からカネを無心するに過ぎない。財政問題の将来へのツケ送りの為の方便として将来世代が使われているだけのことだと、若者たちは気づかないところに悲劇がある。気づかせない政権の狡猾さがある。欧米の先進国なら世代間でしっかり話し合うべきことを、我が国では何も行っていない。廃炉に向けた脱原発は本来、将来世代が現世代に強硬に要求すべきことである。現世代が経済的恩恵を原発に受けたのであれば、現世代でその片付けを始めるのは当然の責任論だ。将来世代は現世代の責任を指摘しなければダメだろう。五輪を開催するカネがあるのならその責任に費やすべきだ。首都圏の経済的繁栄のために福島に置かれた原発の事故である。なのに、福島を踏み台にして(「アンダーコントロール」)尚も五輪で首都圏の経済再生を図るその傲岸不遜に呆れるばかりである。ドイツでは社会倫理として現世代の果たすべき責任論から脱原発に政策を転換した。責任なき現世代を象徴するのが安倍政権と言っても決して過言ではない。

(おわり)







posted by ihagee at 19:29| Voigtländer Superb

2017年10月21日

Voigtländer Superb 顛末記 - その15




(Voigtländer W/w FOCAR 30を搭載したVoigtländer Superbと84年前の広告切り抜き)


「コスモス街道」のフィルム写真の続き(前回「コスモスの咲く散歩道での作例(Schneider-Kreuznach TELE-XENAR 135mm/F3.5)」)。

Voigtländer Superb (Skopar 75mm F/3.5)とクローズアップレンズ(Voigtländer W/w FOCAR 30)を持ってモノクローム(フィルム:Kodak Kodak TRI-X 400 & Y-filter)で10月7日に撮影を試みた(表示用のサムネイルよりもクリックして拡大した像の方が鮮明です)。

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Voigtländer W/w FOCAR 30で接写すると(以下、Scanner: EPSON GT-X980、デジタル処理でのエフェクトは一切かけていない):

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かなり寄って写すことができた。逆光にもかかわらずSkopar 75mm F/3.5は破綻しない。フレクサレットIVのシアンコートされた80mm Belarと比較すればその違いは明確だった(「フレクサレットIV(Flexaret IV)・ 吉祥寺」)。またモノクロームの濃淡と緻密さにおいて描写力も明らかにフレクサレットIVを上回っている。84年前のノンコートレンズは伊達にローライフレックスの向こうをはっていなかったことが判る。

また、Voigtländer Superbにしかないビューレンズの前傾によってパララックスを補正する機構もその効果の程を確認することができた。その機構とはライトボックス(ミラーとスクリーン)もビューレンズと一体となって前傾するもので、Superbの前面の上部に角のように見える部分はこのユニットの傾きの構造上の支点で飾りではない。カメラ本体の上部にこのような大きな可動部を収納することができるのも、「変態的」と称される横送りのフィルム搬送のおかげである。

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すなわち、フィルムを縦方向に送る通常の二眼レフではこのような大きなユニットを構造上備えることはできないので、接写用補助レンズのビューレンズ側にパララックス補正のための特殊な光学系(取り付けに天地がある)を組み込むことで解決を図っている。スクリーンにも視角を補正する為の機構が必要となる。しかし、Voigtländer Superbはカメラ本体でその機能を一元的に担保する為、レンズ側にそのような特殊な細工を要せず(ビューレンズに天地はない)スクリーンに映るありのままを写真に収めることができる。

たとえば、ローライフレックスでは接写(1m以内)にはビューレンズ側に特殊な光学系を組み込んだ接写用補助レンズ(ローライナー)として最短接写距離に応じて3つユニットが必要となる(1m〜0.45m、0.5m〜0.31m、0.32m〜0.24m)。他方、Voigtländer Superbは接写補助レンズを用いない場合でも0.8mまで寄れる。さらに接写用補助レンズ(Focar 30)では0.5m〜0.33mとなる。

Voigtländer Superbであれば、極端な話、Focar 30でなくとも、レンジファインダーの接写用補助レンズも代用が可能ということである。ビューレンズに搭載してスクリーン上にピントが合って見えれば使えるということだ。レンジファインダーカメラでは接写時のパララックスはシューに別途取り付けるパララックス補正用のファインダーで解決する場合が多いので、レンズ自体には特殊な光学系を組み込んでいない。このレンズの同じものを二つ用意すれば足りるので探し易い (+安い!)。

VoigtländerのRolleiへの技術的対抗心は数々の独創的な設計を生み出したが、それが単なる変態ではなく合理性に適っていたことをあらためて理解することができる。言い換えれば、目的に比してローライフレックスの方が複雑な設計や機構が多いということである。

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(花びらの立体感が表れている)


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二重露光も試みた:

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FOCAR 30はいかんなくその威力を発揮したと思う。

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FOCAR 30を外して、新河岸川の木染橋近くの畑にあったトラクターの荷台を撮影。

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(デジタルカメラ(Casio EXILIM EX-ZR10)で状況撮影)


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ローライフレックスに負けてはいない。

おまけ(Rolleiflex SL66)での作例:

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(Rollei HFT Planar2.8 / 80, Ilford Delta 400 群馬県南牧村)


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(Rollei HFT Planar2.8 / 80, Ilford Delta 400 軽井沢近傍)


小細工せずに素直に語りかけるフィルム写真。レンズやフィルムの素性がわかる。Voigtländer Superbの操作感も然り。レバーを介してフィルムを搬送する単純な機構だが、指先にフィルムの厚みやらプレッシャープレートとの摩擦感まで伝わってくる。現実感そのもの。

さて、衆議院議員選挙投票日が間近となった。素直な政治を取り戻したいものだ。

(おわり)
posted by ihagee at 09:11| Voigtländer Superb

2017年10月14日

Voigtländer Superb 顛末記 - その14



Voigtländer Superb (Skopar 75mm F/3.5)については、前回ブログ記事で接写用補助レンズについて触れた。今が盛りのコスモスで試写してみたいと思う。

1933年(昭和8年)製の84歳のカメラ。一昨年死んだ母と同い年ゆえに少し感慨がある。油絵を趣味にしていた母は、絵の仲間と新宿で集うことが多かった。新宿を見たいというので先週の土曜日(9月30日)に連れ出した(フィルム:Kodak Kodak TRI-X 400 & Y-filter)。

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(母の油絵)


世界堂で画材を集め伊勢丹の画廊の先生の個展に顔を出し、仲間とレストランで食事をしたりしていた。あれから少し街並みが変わったよと見せてやりたくなった。晩年脚を悪くしたので代わりに少し歩き回った。

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ビルの足元から上を見上げて一枚。そういえば、青児の絵が飾ってある自由が丘のモンブランでよくお茶してたね。

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一つ目の巨人(キュクロープス)が真向かいに建っているね。

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新宿文化センターの周辺も変わったよ。

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NTTドコモ代々木ビル

このビルは見ていたかもしれないけど、周辺は2020東京五輪に向けて再開発中らしいね。

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さて、帰るとしますか母さん。お疲れ様でした。

(おわり)







posted by ihagee at 22:05| Voigtländer Superb