2019年06月01日

小島葉子さんの思い出



「その楽器はアテーナーが作ったものだったが、吹くときに頬が膨れるのを他の神がはやしたてたせいで拾った者に災いが降りかかるように呪いをかけて地面に投げ捨てたのを、マルシュアースが拾ったのだった。 ("マルシュアース" wikipediaより)」

マルシュアースはその楽器の名手となり、竪琴のアポローンと音楽合戦をする。「マルシュアースが優勢だったが、アポローンが弾き語りを始めた所で勝敗がついた。」

マルシュアースが拾った楽器はオーボエだった。その楽器にかけられていた呪いの通り、マルシュアースは生きながら皮を剥がれ死んだ。

----



「あれは休憩時間のことでした。誰かが私の部屋をノックするのです。日本人はとても遠慮深い人たちですから私と妻は驚きました。ドアを開けると立っていたのは首席オーボエ奏者の女性でした。小柄でぽっちゃりした女性だったと記憶しています。彼女は立ったままこうしたのです。そして去って行きました。(ギュンター・ヴァント)」

言葉ではなく、泣きながら吹く仕草をし感謝の気持ちを伝えたその女性、小島葉子さんが昨年の暮れに亡くなられた。神話とは異なり、マルシュアースがアポローンの心をその時思うままにしたのかもしれない。

そのアポローンたる人は抹香臭を嫌い、自邸(Ulmiz)の庭の石灯籠の下に骨のかけらを埋めるよう遺言して去った(2002年)。






(おわり)


posted by ihagee at 11:00| 音楽

2019年02月25日

ドナルド・キーンさん



日本文学の第一人者としてのキーンさん。それ以上に、クラシック音楽の造詣の深さに私は感銘することが多かった。戦前のメトロポリタン歌劇場から始まるキーンさんの鑑賞史は本当に興味深かった。野村あらえびす(野村胡堂)と並び立つ怒鳴門鬼韻(キーン)さんという位置付けだった。前者が専ら音盤、後者はコンサートホールの違いはあっても本業よりも熱の入り方が違う点では共通していると思う。

キーンさんを追悼する記事は、産経系では相変わらず「日本国素晴らしい・日本人凄い」の括りとして日本に帰化したキーンさんを手前勝手に持ち上げている。しかし、東京新聞のコラム(【ドナルド・キーンの東京下町日記】)で知るキーンさんはそれとは全く逆さの立場であることが判る。(東京新聞コラム『「日本人だから」戦争や憲法語る』)。

さらに 瀬戸内寂聴氏との対談本『日本の美徳』(中央公論新社)では、「私は日本人としてきちんと意見を言わなくてはいけないと考えるようになったのです」と「日本愛ゆえに改憲、原発、東京五輪を批判していた(リテラ2019.02.25付記事から)」。

----

さて、大のクラシック音楽好のキーンさん。無人島に1枚レコードを持っていくとしたら、シューベルトの弦楽五重奏曲だと答えたそうだ。「この曲を最初聴いたとき、どうすれば人間はこんな音楽を作れたのだろうと思いました」と。

シューベルトが31才の短い生涯を終えるわずか数週間前に書き上げた楽曲でもある。なぜこんなにも早く死ななければならないのか神に向かって叫ぶような第二楽章をキーンさんの追悼としたい。



(Emerson Quartet & Mstislav Rostropovich )

(おわり)

posted by ihagee at 18:34| 音楽

2019年02月24日

旧ソ連映画から






スタニスラフ・ロストツキー(Станислав Ростоцкий)脚本監督のソ連映画「ペンコヴォで起きたこと(Дело было в Пенькове)」(1957年) から、「愛するあなたには奥さんが А я люблю женатого」。


ヤーコフ・セーゲル監督のソ連映画「さらば、鳩たち(Прощайте, голуби)」(1961年)から

旧ソ連時代の映画のショートクリップ。お前はアカか左翼かと誰かに言われそうだが、芸術には、政治思想と関係ない良さがある。


チェブラーシカ(Чебура́шка)とわにのゲーナ(Крокодил Гена)。

(おわり)




posted by ihagee at 12:54| 音楽