2017年08月04日

ナイチンゲール考




優れた功績のあった看護師などに贈られるフローレンス・ナイチンゲール記章の授与式が2日、皇后陛下が出席されて東京で開かれた。受章者は赤十字国際委員会が隔年で選考しており、今回は世界で39人が受章し、日本からは名古屋第二赤十字病院副院長兼看護部長の伊藤明子さんが選ばれた。伊藤さんは紛争地域での看護活動などの功績が認められた。

物心がついた時分に祖母が贈ってくれた「子どもの伝記全集(ポプラ社)」で知った偉人の一人がそのフローレンス・ナイチンゲールだった。ナイチンゲールは「うぐいす」のことだということもその頃誰かから聞いた覚えがある。

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「ホーホケキョ」と鳴く「うぐいす」は別名「春告鳥(はるつげどり)」と呼ばれ、「梅にうぐいす」の言葉通り、春の到来を告げる鳥として古来親しまれている。その明るい囀りから「うぐいす嬢」に、目に鮮やかな翠色の羽毛から「うぐいす餡」に言葉が派生しているばかりか、その糞は「うぐいすの粉」として美顔洗顔料として重宝されることもあるから我々日本人にとってはハレ(「ハレとケ」概念の上のハレ)を象徴する鳥だろう。

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「春告鳥(はるつげどり)」は欧州では「かっこう」になるようだ。「かっこう」と「うぐいす」は分類階級上異なる鳥である。

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ひんやりと湿り気を帯びた森閑の朝の薄明に鳴く様子は、英国の作曲家ディーリアスの「春を告げるかっこう On hearing the first Cuckoo in Spring」とそのディーリアスの世界をこよなく愛した三浦淳史氏のエッセイから得た私なりの印象だが、聴くたびにその印象を新たにしてくれるのはバルビローリ卿の演奏。ビーチャム卿と並んで三浦氏が敬愛したディーリアスの伝道者である。

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(Sir John Barbirolli)



(レコードでのタイトルは「春初めてのカッコウを聞いて」となっているが「春を告げるかっこう」と同じ)

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「かっこう」と同じ分類階級にある亜種が「ほととぎす」のようだが(ほととぎすに「郭公」と当て字をすることもある)、その「キョッキョッ」と鋭い鳴き声と赤い嘴は、別名「不如帰去」とあるように「帰りたいと血を吐くまで鳴く」と古来伝承されている。喀血しながらも句を詠み続けた正岡子規は自身をこの鳥に重ねあわせ、ほととぎすの漢字表記のひとつの「子規」を自分の俳号とした。「鳴かぬなら」に続く戦国武将の格言に用いられるように、この鳥には「うぐいす」や「かっこう」のように「春を告げる」といったのどかさはない。 

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さて先の「ナイチンゲールはうぐいす」は実は少し間違っていて、「ナイチンゲール(nightingale)」はその言葉の由来がnight singer(古語)にあるように、「サヨナキドリ(小夜啼鳥)」のことで、我々の知っている「うぐいす」とは同じスズメ目だが科が異なる鳥である。その羽毛は褐色だから「うぐいす」とは外見も異なる上、「夜啼」から「墓場鳥」とも呼ばれている。

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「墓場鳥」とは何とも物騒だが、ネットの群集知に拠ると以下の通り。

「ヨーロッパの民間信仰では〈墓場鳥〉と称されて死と結びつけられている。南ドイツでは病床にある病人にナイチンゲールは歌をうたいながらおだやかな死をもたらすとか、窓をつついて異国で死んだ者のことを告げ、家の近くで鳴いて、その家の凶事を知らせるといわれる。」

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「白衣の天使」もその記章を受ける場ではフローレンス・ナイチンゲールの生前の身なりに倣って黒衣に身を包むことが慣例となっているが、戦場で献身的に傷病兵の処置を続けたフローレンス・ナイチンゲールのその名前と黒衣は、上述の伝承とどことなくイメージが重なるところもある。

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即ち「ナイチンゲール」には総じて死や救済といったメッセージが底にあるのだろう。そこから芸術家はインスピレーションを得て、アンデルセンは童話「夜鳴きうぐいす」を創作し、ストラヴィンスキーは同名のオペラを作曲したようにも思える。

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アンナ・ゲルマンについての一稿(拙稿「星になった歌手」)で触れたが、帝政ロシアの時代、インテリゲンツィアを中心として自由主義思想と民族主義が結びついて独自の文化芸術が勃興したが、その中で「ナイチンゲール」のメッセージ性をある青年将校が読み取って一つの美しい歌曲を生み出した。アレクサンドル・アリャービエフの「ナイチンゲール」である。

ツァーリズムの打倒と農奴制の廃止を目標として武装蜂起したデカプリストの乱の中心となったロシアの貴族革命家集団の中にアリャービエフがいたために、同乱が鎮定されるや彼は冤罪を着せられ極寒のシベリア(即ち死地)に送られる目に遭った。そのような境遇にあって「ナイチンゲール」は生まれた。

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うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ、/おまえはどこへ飛んでいく?/夜通しどこで鳴くのかい?/うぐいすよ、わたしのうぐいす/美声の鳥よ

飛んでいけ、私のうぐいす/どんなに遠くまでも、/青海原の上、/異国の岸辺までも、/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ

おまえが訪れるどんな国でも、/どんな村や町でも、/どこにも見つかりはしまい/私ほど不幸せなものは!/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ

(訳詞:樋口久子)

訳詞では「うぐいす」となっている。

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アリャービエフの「ナイチンゲール」の収められたレコード(LP盤)は私のレコード・ライブラリーの中でも最も古いもので、1970年代池袋西武百貨店10階に当時あったレコード売場で買い求めたものだ。

メロディア、メジクニーガなど共産圏の音源は当時、新世界レコード=メロディアやシャン・デュ・モンドの直輸入盤か、ビクター音楽産業の国内プレス盤で日本では商品化され、売り場でもそれら赤い音源のレコードはコーナーを別にしていたように記憶している。ラーザリ・ベルマンのポスターが高々と掲げられていたのはビクター音楽産業のコーナーだった。

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(Lazar Berman)


彫りの深い特異なマスクの写真には「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」といったようなキャッチコピーが仰々しく添えられていたことも覚えている。鉄のカーテンの向こうから突如出現したベルマンはすでに宣伝上は伝説化していたが、リヒテルもギレリスもそのピアノ演奏の技量を私はその当時知らず、そう宣伝されても比較できないのでリヒテルのレコードを買ったものだ。

その同じビクター音楽産業の棚に、美しいロシアの情景がはめ込まれたジャケットのシリーズでロシア民謡集が売られていた。その一枚にアリャービエフの「ナイチンゲール」が収められていた(アラ・ソレンコワ歌唱)。

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ロシアモノのレコードを買ったその足で8階にあった白樺(ベリョースカ)にもよく立ち寄ったものだ(銀座には本店があった)。熱々のピロシキとかボルシチを提供するビュッフェだった。テープが伸び切りワウだらけのソ連観光局提供の「いかにも」なビデオを見させられながら、手をベタベタにしてピロシキをほおばったものだ。ちなみに、その白樺はソ連邦崩壊より前に閉店、渋谷のロゴスキーが営業を引き継いで東武百貨店の地階に店が移動した後、白樺時代からの常連を置き去りにしたまま消えてしまった。白樺が閉店した頃、ソ連の絵画を扱っていた銀座の月光荘(先般惜しくも亡くなったピアニスト・中村紘子さんの御母堂が経営されていた)も倒産した。今もヤフオクなどで月光荘の鑑定が付いたソ連時代の絵画を見つけることがある。

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アリャービエフの「ナイチンゲール」は、そのナイチンゲールの鳴き声を模倣したカデンツァなどコロラトゥーラソプラノの高い技巧が要求される。「ソレンコワと言えばナイチンゲール」とソ連時代この曲を自家薬篭中の物としていたのがアラ・ソレンコワだった。

「ソレンコワの声は人間の出せるものではない、化学だ」と評された超絶技巧の持ち主で、ある意味「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」のベルマンと双璧のキャッチコピーかもしれない。しかし、ベルマン同様看板に偽りなしで、「ソレンコワ=ソ連恐」、と思わずダジャレを飛ばす程の凄味をレコードから知ったものだ。

先だって、YouTubeで久しぶりにその「ソレンコワ=ソ連恐」を観賞したが、こちらの感性が鈍くなったのか今一つに聴こえる。


(アラ・ソレンコワの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」)

アリャービエフの「ナイチンゲール」=Александр Алябьев - Соловейとして<お勧め>にロシア放送民族楽器オーケストラをバックにラマーラ・チコニアの歌唱の動画がアップされていた。


(チコニアの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」)


(ロシア放送民族楽器オーケストラの演奏)

1970年代と思しき古い動画だが、この演奏には十分堪能した。バラライカを中心とする民族楽器の重く沈潜していくような合奏だからこそコロラトゥーラソプラノの輝きが映えるのだろう。黒地に赤や金のラッカーで紋様を配したホフロマ塗りやパレフの小箱のような濃密なコントラストと喩えれば良いかもしれない。ロシアはその領土の東側に行くほど民謡の宝庫となり心の機微に食い込むようなポリフォニーが頻出するが、そのねちっこさを存分に表すことができるのは民族楽器であると改めて認識した。

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(ホフロマ塗り)


そういえば、演歌の神様・古賀政男がその演歌のルーツを朝鮮とロシア(当時:ソ連)の国境付近に探すテレビ番組かラジオ番組を大昔に観たか聴いたかした覚えがある。古賀がマンドリンの音色を愛したのもその楽器の出自たるイタリアなど西欧音楽への憧憬などではなく、その音色に近いバラライカが奏でる演歌のルーツに思いを馳せたからなのかもしれない(これは私見に過ぎないことを断っておく)。

ちなみに、このロシア放送民族楽器オーケストラの指揮者からキャリアを積み上げ今やクラシック音楽界を代表するマエストロとなったのが、ウラジーミル・フェドセーエフ(このビデオに登場する指揮者の前任者に当たるのかもしれない)。ロシアにおいてクラシックの世界と民族音楽の世界の垣根は案外低いということなのだろうか。

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ナイチンゲール考はここまで。

昨年末にメンバーの殆どを航空機事故によって失ったロシア軍所属の演奏集団「アレキサンドロフ・歌と踊りのアンサンブル(通称・赤軍合唱団)」だが(拙稿「ロシア機墜落で失われたもの」)、悲しみの中からようやく立ち上がって、新たなメンバーで見事に復活演奏を遂げたと報じられている。リタイアしたOBを呼び戻したり、同列の他のアンサンブルからメンバーを借り受けたりしているのかもしれないが、同アンサンブル創立90周年に当たる来年に向けて着実にレベルを取り戻しつつあるようだ。


(プーチン大統領臨席での復活コンサート)

(おわり)


posted by ihagee at 19:59| 音楽

2017年04月14日

救済と破滅(パウゼとクラスター)



(General Pause)


(Tone Cluster)

夕時のニュース以外テレビは滅多に観ないのだが、合間のCMには正直辟易することがある。商品やサービスとは関係のないイメージの押し付けがそれで、騒々しい上に幼稚且つ脈絡不明な寸劇仕立てばかり。その上、番宣(番組)もグチャグチャと入り混じって掃き溜め状態。NHKまでもが同じ手法でフレームを汚し始めている。

経済先進国と呼ばれて久しいのに、成熟した社会の精神性を表すようなCMは皆無になりつつある。しかし、雑誌「広告批評」が舌鋒を奮っていた四半世紀以上前には少なくとも作品と評するに価するCMがいくつもあったように思う。

「ドライケーキの銀座ウエストでございます」もその作品の一つだった。静溢の中から間を心得たメッセージが控えめに送り出されている。その感覚を四半世紀経った今も思い出すことができるのだからCMの本来の目的を僅かな言葉と音で達成した作品だと思う。喧騒の中のふとした森閑(パウゼ)は強烈に受け手に印象を残すものである。

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1980年代前半にドイツを数か月バックパッカーした時も、同じ森閑を同国のテレビCMに覚えたものだ。今はどうか知らないが、CMとCMの間が一瞬暗く無音になるゲネラル・パウゼ(全休止)が入るのである。このパウゼによって個々のCMが枠を得た絵のように印象付けられることに大いに感心したものだった。わが国で同じことをすれば、放送事故だとか、気味が悪いとか視聴者からテレビ局に苦情殺到だろう。

そんな演出の違いをドイツのテレビCMから感じ取ったのは私だけではなかったようで、1970年代後半にTBSラジオの深夜番組で中山千夏さんがドイツ旅行中に録音したテレビCM集(音声のみ)を比較文化論的に紹介していたことを思い出した。

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ゲネラル・パウゼ(全休止、以下G.P.と略記)とは、管弦楽曲などにおいて全部の楽器が休止し曲の流れを止める効果的な作曲技法である。長い曲にあってその無音が逆に聴き手の意識を喚起し、テンポや曲想を前後で変える効果がある。文章でいえば読点(、)だろう。この技法を作品で多用した作曲家としては、ハイドンやブルックナーが挙げられる。

ハイドンやブルックナーの演奏で名を馳せた指揮者は、G.P.の扱いが巧い点で共通しているようだ。例えば、先般惜しくも亡くなったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキーのブルックナー第2交響曲(「休止の交響曲」とも呼ばれている)の音盤がそれを如実に証明している。


(Bruckner Symphony No. 2 / Stanislaw Skrowaczewski, Saarbrücken Radio Symphony Orch. / 17分30秒からの第二楽章

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私が通勤時間の合間にiPadで聴くことの多いモートン・フェルドマンの音楽もある意味G.P.の塊りかもしれない。静けさの中から僅かな音価がスッと立ち現れては消えていく長大で茫洋とした曲ばかりだが、余白の中の小さな染みのような音になぜか心地よい覚醒がある。目の前の見慣れた景色さえ光と影だけのモノクロームに見えるから不思議だ。だからか、私がモノクローム・フィルムで写真を撮る際にイメージするのはフェルドマンの音楽となる。

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(Voigtländer Superb, Kodak Tri-X 400)


(Morton Feldman: Why Patterns? (1978))

G.P.を話の間(ま)として聴くこともある。落語など話芸で聴かせる名人達人ほど、間の扱いに長けているのだろう。古今亭志ん生然り、牧野周一然り。志ん生などは間が開き過ぎて高座で居眠りしても観客から「さすがは名人」と声がかかる程だった。


(古今亭志ん生『大工調べ』)

音楽評論家の宇野功芳は牧野周一の長男だが、お得意のブルックナー演奏評でも、また本職の合唱指揮に於いても、間の取り方については口喧しかったように思う。血は争えないものだ(拙稿「功芳さん」)。

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G.P.とは逆に音が密集した状態が、トーン・クラスターである。音楽的には「ある音名から別の音名までの全ての音を同時に発する房状和音(wikipedia)」を指す。肘でピアノの鍵盤を押さえる実験(効果音)から次第に作曲技法に昇華したものである。

グスタフ・マーラーの遺作、交響曲第10番(未完)では「第1楽章で1オクターブ12音階中の9音が同時に鳴らされ、トランペットのA音の叫びだけが残るという劇的な部分は、トーン・クラスターに近い手法(wikipedia)」とされている。


(Gustav Mahler - Symphony No. 10 "Adagio" | Vienna Philharmonic, Leonard Bernstein /19分10秒あたり

そして、現代作曲家クシシュトフ・ペンデレツキのある弦楽合奏曲によってこの技法は夙に認知されるようになった。

その作品の原題は「8分37秒 8'37"」で1960年に作曲された(演奏時の長さは「8分37秒」と指定されている)。その曲想は後日、広島の犠牲者に奉げられ「広島の犠牲者に捧げる哀歌」と改題された。原爆のイメージから作曲した作品ではないものの、微分音が集積・密集し臨界に達し静まっていく様子は凄まじい。白い光に包まれ轟音と爆風の後に静まり返る修羅と阿鼻叫喚をトーン・クラスターは強烈に印象づける。


(Penderecki: Threnody for the Victims of Hiroshima)

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G.P.とトーン・クラスター。その与える印象はいずれも強烈であるが、その意味は対極だと思う。

ブルックナーの遺作となった交響曲第9番の第三楽章ではG.P.の後に「生との訣別」と呼ばれるコラール風の主題が挿入される。この箇所に<カタルシス(救済・浄化)>が結晶しているが、ペンデレツキの上述の「広島の犠牲者に捧げる哀歌」のトーン・クラスターには<カタストロフィ(破滅)>しかない。


(Bruckner "Symphony No 9" Günter Wand / 56分44秒から

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ゲネラル・パウゼ(G.P.)を見つけるのが容易ではない社会となりつつある。CMばかりでなく、この国の政治にも当てはまる。安倍首相の言葉には残念ながらG.P.というものはない。読点(、)の代わりに「まさに」「いわば」と壊れたレコードのようにエンドレスで脈絡不明な言葉を繰出す。これでは会話・対話というものが成り立たたないことを前提としているかのようである。逆にトーン・クラスターは当てはまるだろう。相手には不規則発言を制しておきながら、自らは「ニッキョーソ」とか「民主党時代は」とかありとあらゆるノイズ的な微分音を集積し激高の上に破裂させて、相手からそれ以上質問させる意欲を殺ぎ落すからである。

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トーン・クラスターが音楽(安倍首相の場合は話法)である限りはまだしも、それが爆弾ともなれば「非人道」の破滅を意味する。

先般、国民の年金を管理・運用しているGPIFが、クラスター爆弾を製造している米軍事会社「テキストロン社」の株を192万株保有していたことが判明した。GPIFの担当者は「国内外の株式市場全体に投資しており、一部の企業を対象から除くことはできない仕組みになっている」と言い、政府答弁書は「クラスター弾を製造する企業の株式保有を禁止していない」とし、軍事会社への投資をやめる姿勢は一切示していない。GPIFを管轄する厚生労働省の担当者は「企業経営に影響を与えないようにするためだ」と言う。

投資の為なら人道には目を瞑るという政府の不作為。その原資は平和を希求する憲法を持つ国民の税金である。「武器輸出三原則」が安倍政権の下で解禁(「防衛装備移転三原則」)となって、憲法第9条に掲げる平和主義も「企業経営に影響を与えないようにするためだ」と同じ理屈で邪魔とばかり、憲法改正へと与党は動きを強めている。大義があれば戦争(武力的解決)ですら人道に悖らないとしたいのだろう。

「剣を取るものは皆、剣で滅びる」の言葉通り、その剣先がいずれ自らに向かうことに心すべきである。

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ビートルズの名曲「A Day In The Life」の中で、2箇所の間奏部分にトーン・クラスターを使っている。

トーン・クラスターは五線譜に音符で並べると真っ黒なブドウの房になる。「この世の終わりの音が欲しい」とジョン・レノンが言ったからだそうだ。


(The Beatles - A Day In The Life / 1分52秒と3分52秒から

キリスト教史観では、世界の終わりを迎えるその時に、7人の天使がラッパを吹くとされており、その終末の音こそ巨大なハム音=トーン・クラスター(アポカリプティック・サウンド)とされている。それをレノンは要求したのだろうか。今になってはわからない。


(Strange Apocalyptic Sounds WORLDWIDE)

(おわり)

追記:
『政府は14日の持ち回り閣議で、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」の教材使用について、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。民進党の宮崎岳志氏の質問主意書に答えた。(時事通信2017年4月15日報)』

「教育勅語」に続いての「教材に使用できる」との(内閣決議を経た)政府見解である。「教育勅語」が何たるか十分に知らない国際社会であっても、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」が何たるかその歴史的意味は十分知っている。それを承知であえて「わが闘争」を持ち出したのであれば、安倍首相は厳しい国際世論に晒されことになるだろう。部分を切り取って「有益適切」と肯定して使えるものであろう筈もない。時代の反面教師とするのであっても他に教材は山ほどある。

おそらく、「教育勅語」を肯定しようとする論理の浅薄さ(その歴史的背景を無視し部分を取って良いと言う)ゆえに『では、ヒトラーの「わが闘争」は、どう考えるのか?』と野党から聞かれても否定できないのである。「教育勅語」を庇うあまり「わが闘争」にまで言及したということだ。「まさに」「いわば」と脈絡なき安倍首相の言葉と同様、場なりの接ぎ穂的政治が露呈している。

立ち止まって熟考する(パウゼ)こと(パンセ)を一切せず、連鎖増長しどす黒い房となる(クラスター)安倍政治に狂気を感じざるを得ない。
posted by ihagee at 17:35| 音楽

2016年12月26日

ロシア機墜落で失われたもの


『アレキサンドロフ・歌と踊りのアンサンブル』のLP盤を私の父はよく聴いていた。

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「白系ロシア人は天賦の才なのか数人でも集うと見事なポリフォニーで歌い始めるが、あの日も次第に近づく彼ら兵士の朗々とした歌声ばかりが記憶に残っている。我が家は接収され、家財道具は次々と窓から中庭に放り出されて焼かれて、ピアノの上に掲げてあった劉生の油絵も奪われたのにね(拙稿「私と岸田劉生」)。野卑で無教養だと一目で判るような連中に美しい想い出なんて不思議なものだ。」などと、何度か父から聞いた覚えがある。

満州国新京での話で、その当時父は多感な青年。その父が戦後、勤め先で合唱サークルを起し、年金生活となって再びアマチュア合唱サークル活動に没頭したのも、この最初の出会いがあったからだと思う。

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(オレ・オラ会)

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そして、1970年の大阪万博。父母に連れられて、ソ連館のステージで歌と踊りのアンサンブル(アレキサンドロフのアンサンブルではないが)に触れ、同館のレストラン「モスクワ」で本格的なロシア料理を口にしたのが、私にとって初めてのロシア体験だった。その後、父の買ってきたスヴェシニコフの合唱団によるラフマニノフの「晩祷」の2枚組のLPの地の底から響き渡る歌声に圧倒され、エイゼンやズィキーナが民族楽器をバックに歌ったロシア民謡のレコードに親しみ、すっかり父の好みを受け継ぐことになった。このブログでもソ連邦を代表する歌手だったアンナ・ゲルマンについてエッセイ「星になった歌手」を上梓している。

ソ連時代『赤軍合唱団』と日本では呼ばれた彼らの訪日には右翼が街宣車で邪魔したりなど何かと困難な時期があったが、政治的イデオロギーとは関係なくボニージャックスやダークダックスの歌唱で日本語になったロシア民謡に我々は親しんだものだ。日本ではあまり知られていないが、メンバーの一人がロシア人の血を引くロイヤルナイツはソ連で圧倒的な人気を得ていた。今も彼らの訪ソ時のコンサートやラジオでのインタビューの様子がインターネット・ラジオで不意に流れてくることがある。

『アレキサンドロフ・歌と踊りのアンサンブル』はソ連時代からの映像が数々YouTubeでアップされているので、絶大な人気を誇ったハリトーノフも映像で確認することができる。


(「黒い瞳のコサック娘」ハリトーノフ歌・アレキサンドロフ指揮)

私の手元にもソ連邦崩壊前の同アンサンブルの演奏を収録したLDがある(引退したボリス・アレクサンドロヴィチ・アレキサンドロフが、万雷の拍手に迎えられ覚束ない足取りでステージから観客に挨拶するシーンが特に印象的)。

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(過去の演奏から抜粋したアンソロジー・愛聴盤でもある。)

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戦地慰問とはいえども、このような形で最期を迎えようとは思いも寄らなかった。文化使節として終えることが叶わないのはこの楽団の特殊な宿命かもしれない。彼らもいざとなれば銃を取って軍人としての役割を果たさなくてはならない(ハリトーノフが銃を構える映像をYouTubeで観たことがある)。兵士を鼓舞して戦意を高めなくてはならない。

彼らの独特なポリフォニー(勇ましさと悲しさ)の原点はグルジアにあると私は個人的に思う。あの独裁者スターリン(ジュガシヴィリ)を生んだ地。この楽団の出自はスターリン時代の祖国解放戦争下のソ連邦にある。ソ連邦崩壊後は政治・軍事的にロシアと「向かい合う」関係が長く続いたグルジア(現:ジョージア)だが、そのグルジアの大作曲家ギヤ・カンチェリのHerio bicheboを以って悼みたい(ジャンスク・カヒッゼの歌唱)。我々には想像もつかないような複雑な使命や背景を負って(或いは向かい合って)彼らが歌ってきたのだと思うとそれら全てに悼む気持ちである。


(Herio bichebo)

(おわり)
posted by ihagee at 18:18| 音楽