2017年09月18日

そもそも「百万本のバラ」なのか?



アラ・ブガチョワの「百万本のバラ」は1980年代に加藤登紀子が日本語(自身訳詞)でカバーし、貧しい絵描きの純情と叶わぬ恋の歌として広く知られている。

小さな家とキャンバス 他には何もない
貧しい絵かきが女優に恋をした
大好きなあの人に バラの花をあげたい
ある日街中の バラを買いました

百万本のバラの花を あなたに あなたに あなたにあげる
窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラで うめつくして

ある朝彼女は 真っ赤なバラの海をみて
どこかのお金持ちが ふざけたのだとおもった
小さな家とキャンバス すべてを売ってバラの花
買った貧しい絵かきは 窓のしたで彼女を見てた

百万本のバラの花を あなたは あなたは あなたは見てる
窓から窓から見える広場は 真っ赤な真っ赤な バラの海

出会いはそれで終わり 女優は別の街へ
真っ赤なバラの海は はなやかな彼女の人生
貧しい絵かきは 孤独な日々を送った
けれどバラの想い出は 心にきえなかった

百万本のバラの花を あなたに あなたに あなたにあげる
窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラで うめつくして
(加藤登紀子訳詞)




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しかし、作曲も作詞(ラトビア語)も歌い手も全てラトビア人の手による『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた)』が原曲であることを知っている人は少ない。


(『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた)』)


ソ連モスクワ出身の詩人、アンドレイ・ヴォズネセンスキー(Андре́й Андре́евич Вознесе́нский)がラトビアの歌謡曲をソ連邦版(ロシア語版)とすべく、歌詞を全く違うものに置き換えて、プガチョワがヒットさせたのが「百万本のバラ」という。

しかし、元の歌詞は以下の通り、マーラなるラトビア古来の女神の教えをメタファーとして綴られた祖国愛(ソ連支配からの解放・回復)であり、「百万本のバラ」なる恋歌などとは全く違うことがわかる。

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子供のころ泣かされると
母に寄り添って
なぐさめてもらった
そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

時が経って、もう母はいない
今は一人で生きなくてはならない
母を思いだして寂しさに駆られると
同じ事を一人つぶやく私がいる
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

そんなことすっかり忘れていたけど
ある日突然驚いた
今度は私の娘が
笑みを浮かべて口ずさんでいる
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
(訳詞:黒澤歩)

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ラトビア語の歌詞は、ロシア帝国・ソ連邦と常に大国によって支配され続けてきたことへの諦観の中のただ一つの拠り所(マーラ)を明かしている。

ところで、ヴォズネセンスキーの「百万本のバラ」に登場する「貧しい絵かき(加藤登紀子訳)」はグルジア(サカルトヴェロ(Sakartvelo.ogg საქართველო)・国際表記では「ジョージア」)の画家、ニコ・ピロスマニ (ნიკო ფიროსმანაშვილი 1862-1918)がモデルだとされている。

「百万本のバラ」はその歌唱とともにもっとも世間一般に膾炙された加藤登紀子の訳詞によって、貧しい絵描きの純情と叶わぬ恋の歌と我々は理解している。しかし、別訳(例えば、以下)ではソ連邦崩壊の足音を予感させるメッセージがこの「百万本のバラ」の歌詞にも秘められていると思う。

信じてくれますか ひとりの若者が
小さな家を売り バラを買いました
信じてくれますか 嘘だと思うでしょう
街中のバラを あなたに贈るなんて
 
バラを バラを バラをください
ありったけのバラをください
あなたの好きなバラの花で
あなたを あなたを あなたを包みたい

バラを バラを バラをください
百万本のバラをください
ぼくの ぼくの ぼくのこの命
あなたに あなたに あなたに捧げましょう

貧しい絵描きの僕に できるのはひとつ
何もかも捨てて あなたを思うこと
誰も知らない 心のささやきを
花びらに添えて あなたに贈りましょう
(松山善三訳)


(歌:仲代圭吾=俳優仲代達矢氏の実弟)


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「信じてくれますか」「嘘だと思うでしょう」は加藤訳にはない。
ヴォズネセンスキーが「百万本のバラ」で「ひとりの若者」にピロスマニをイメージしているのであれば、ピロスマニの生き方をある意味で重ねることができるのはこの別訳の方かもしれない。もしかしたら、松山善三氏が訳詞を超えてそこまで求めて創作した部分があるのかもしれない。

グルジアという呼び方自体がロシア風であり、ラトビアと同様に帝政ロシア〜ソ連邦〜ロシアと常に大国によって支配され続けてきたサカルトヴェロの歴史がある。

「グルジアを知ることはピロスマニを知ること」はシェンゲラヤ監督の言葉で、「放浪の画家」はロシアの画壇を中心とする中央社会からの見方であって、ピロスマニ自身は何一つ変わっていないことがその映画作品『放浪の画家ピロスマニ』では描かれている。この点は拙稿(「フレクサレットからティッシーを経てティヒェーに至る話」)で触れた「孤高の隠遁者」ミロスラフ・ティッシー (Miroslav Tichý)と同じかもしれない。彼の生きたチェコスロヴァキアもソ連邦によって抑圧蹂躙された国家だった。



「その"報われない恋"から名曲『百万本のバラ」が生まれた」なる配給会社なりのキャッチコピー的なクレジットが入るが、私はちょっと違うと考える。

「"報われない恋"などではなく"今は一人で生きなくてはならない"ことこそ我々が知るべき主題(『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた))であって、サカルトヴェロもラトビアと同じこの主題を共有している」ということではないだろうか。それは別歌詞で生まれた「百万本のバラ」にイメージされたピロスマニが奇しくも両国民に主題の橋渡しをしているからだ。

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ピロスマニを映画で描けば『放浪の画家ピロスマニ』となるように、音楽で描けばスルハン・ナシゼ(სულხან ნასიძე 1927-1996)が1977年に作曲した交響曲第5番(ピロスマニ)となる。


(カヒッゼの名演(拙稿「ロシア機墜落で失われたもの」))


ソ連邦下のグルジア(サカルトヴェロ)の大作曲家であったナシゼの20分足らずの曲で、時折繰り返される喧騒にあっても巻き込まれることなく自分の足音に耳を傾ける主題がある。それは明らかに"今は一人で生きなくてはならない"にあるように聴こえる。

この主題は今日、われわれにも突きつけられている。そう実感する社会である。

(おわり)

posted by ihagee at 13:42| 音楽

2017年08月04日

ナイチンゲール考




優れた功績のあった看護師などに贈られるフローレンス・ナイチンゲール記章の授与式が2日、皇后陛下が出席されて東京で開かれた。受章者は赤十字国際委員会が隔年で選考しており、今回は世界で39人が受章し、日本からは名古屋第二赤十字病院副院長兼看護部長の伊藤明子さんが選ばれた。伊藤さんは紛争地域での看護活動などの功績が認められた。

物心がついた時分に祖母が贈ってくれた「子どもの伝記全集(ポプラ社)」で知った偉人の一人がそのフローレンス・ナイチンゲールだった。ナイチンゲールは「うぐいす」のことだということもその頃誰かから聞いた覚えがある。

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「ホーホケキョ」と鳴く「うぐいす」は別名「春告鳥(はるつげどり)」と呼ばれ、「梅にうぐいす」の言葉通り、春の到来を告げる鳥として古来親しまれている。その明るい囀りから「うぐいす嬢」に、目に鮮やかな翠色の羽毛から「うぐいす餡」に言葉が派生しているばかりか、その糞は「うぐいすの粉」として美顔洗顔料として重宝されることもあるから我々日本人にとってはハレ(「ハレとケ」概念の上のハレ)を象徴する鳥だろう。

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「春告鳥(はるつげどり)」は欧州では「かっこう」になるようだ。「かっこう」と「うぐいす」は分類階級上異なる鳥である。

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ひんやりと湿り気を帯びた森閑の朝の薄明に鳴く様子は、英国の作曲家ディーリアスの「春を告げるかっこう On hearing the first Cuckoo in Spring」とそのディーリアスの世界をこよなく愛した三浦淳史氏のエッセイから得た私なりの印象だが、聴くたびにその印象を新たにしてくれるのはバルビローリ卿の演奏。ビーチャム卿と並んで三浦氏が敬愛したディーリアスの伝道者である。

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(Sir John Barbirolli)



(レコードでのタイトルは「春初めてのカッコウを聞いて」となっているが「春を告げるかっこう」と同じ)

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「かっこう」と同じ分類階級にある亜種が「ほととぎす」のようだが(ほととぎすに「郭公」と当て字をすることもある)、その「キョッキョッ」と鋭い鳴き声と赤い嘴は、別名「不如帰去」とあるように「帰りたいと血を吐くまで鳴く」と古来伝承されている。喀血しながらも句を詠み続けた正岡子規は自身をこの鳥に重ねあわせ、ほととぎすの漢字表記のひとつの「子規」を自分の俳号とした。「鳴かぬなら」に続く戦国武将の格言に用いられるように、この鳥には「うぐいす」や「かっこう」のように「春を告げる」といったのどかさはない。 

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さて先の「ナイチンゲールはうぐいす」は実は少し間違っていて、「ナイチンゲール(nightingale)」はその言葉の由来がnight singer(古語)にあるように、「サヨナキドリ(小夜啼鳥)」のことで、我々の知っている「うぐいす」とは同じスズメ目だが科が異なる鳥である。その羽毛は褐色だから「うぐいす」とは外見も異なる上、「夜啼」から「墓場鳥」とも呼ばれている。

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「墓場鳥」とは何とも物騒だが、ネットの群集知に拠ると以下の通り。

「ヨーロッパの民間信仰では〈墓場鳥〉と称されて死と結びつけられている。南ドイツでは病床にある病人にナイチンゲールは歌をうたいながらおだやかな死をもたらすとか、窓をつついて異国で死んだ者のことを告げ、家の近くで鳴いて、その家の凶事を知らせるといわれる。」

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「白衣の天使」もその記章を受ける場ではフローレンス・ナイチンゲールの生前の身なりに倣って黒衣に身を包むことが慣例となっているが、戦場で献身的に傷病兵の処置を続けたフローレンス・ナイチンゲールのその名前と黒衣は、上述の伝承とどことなくイメージが重なるところもある。

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即ち「ナイチンゲール」には総じて死や救済といったメッセージが底にあるのだろう。そこから芸術家はインスピレーションを得て、アンデルセンは童話「夜鳴きうぐいす」を創作し、ストラヴィンスキーは同名のオペラを作曲したようにも思える。

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アンナ・ゲルマンについての一稿(拙稿「星になった歌手」)で触れたが、帝政ロシアの時代、インテリゲンツィアを中心として自由主義思想と民族主義が結びついて独自の文化芸術が勃興したが、その中で「ナイチンゲール」のメッセージ性をある青年将校が読み取って一つの美しい歌曲を生み出した。アレクサンドル・アリャービエフの「ナイチンゲール」である。

ツァーリズムの打倒と農奴制の廃止を目標として武装蜂起したデカプリストの乱の中心となったロシアの貴族革命家集団の中にアリャービエフがいたために、同乱が鎮定されるや彼は冤罪を着せられ極寒のシベリア(即ち死地)に送られる目に遭った。そのような境遇にあって「ナイチンゲール」は生まれた。

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うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ、/おまえはどこへ飛んでいく?/夜通しどこで鳴くのかい?/うぐいすよ、わたしのうぐいす/美声の鳥よ

飛んでいけ、私のうぐいす/どんなに遠くまでも、/青海原の上、/異国の岸辺までも、/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ

おまえが訪れるどんな国でも、/どんな村や町でも、/どこにも見つかりはしまい/私ほど不幸せなものは!/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ

(訳詞:樋口久子)

訳詞では「うぐいす」となっている。

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アリャービエフの「ナイチンゲール」の収められたレコード(LP盤)は私のレコード・ライブラリーの中でも最も古いもので、1970年代池袋西武百貨店10階に当時あったレコード売場で買い求めたものだ。

メロディア、メジクニーガなど共産圏の音源は当時、新世界レコード=メロディアやシャン・デュ・モンドの直輸入盤か、ビクター音楽産業の国内プレス盤で日本では商品化され、売り場でもそれら赤い音源のレコードはコーナーを別にしていたように記憶している。ラーザリ・ベルマンのポスターが高々と掲げられていたのはビクター音楽産業のコーナーだった。

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(Lazar Berman)


彫りの深い特異なマスクの写真には「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」といったようなキャッチコピーが仰々しく添えられていたことも覚えている。鉄のカーテンの向こうから突如出現したベルマンはすでに宣伝上は伝説化していたが、リヒテルもギレリスもそのピアノ演奏の技量を私はその当時知らず、そう宣伝されても比較できないのでリヒテルのレコードを買ったものだ。

その同じビクター音楽産業の棚に、美しいロシアの情景がはめ込まれたジャケットのシリーズでロシア民謡集が売られていた。その一枚にアリャービエフの「ナイチンゲール」が収められていた(アラ・ソレンコワ歌唱)。

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ロシアモノのレコードを買ったその足で8階にあった白樺(ベリョースカ)にもよく立ち寄ったものだ(銀座には本店があった)。熱々のピロシキとかボルシチを提供するビュッフェだった。テープが伸び切りワウだらけのソ連観光局提供の「いかにも」なビデオを見させられながら、手をベタベタにしてピロシキをほおばったものだ。ちなみに、その白樺はソ連邦崩壊より前に閉店、渋谷のロゴスキーが営業を引き継いで東武百貨店の地階に店が移動した後、白樺時代からの常連を置き去りにしたまま消えてしまった。白樺が閉店した頃、ソ連の絵画を扱っていた銀座の月光荘(先般惜しくも亡くなったピアニスト・中村紘子さんの御母堂が経営されていた)も倒産した。今もヤフオクなどで月光荘の鑑定が付いたソ連時代の絵画を見つけることがある。

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アリャービエフの「ナイチンゲール」は、そのナイチンゲールの鳴き声を模倣したカデンツァなどコロラトゥーラソプラノの高い技巧が要求される。「ソレンコワと言えばナイチンゲール」とソ連時代この曲を自家薬篭中の物としていたのがアラ・ソレンコワだった。

「ソレンコワの声は人間の出せるものではない、化学だ」と評された超絶技巧の持ち主で、ある意味「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」のベルマンと双璧のキャッチコピーかもしれない。しかし、ベルマン同様看板に偽りなしで、「ソレンコワ=ソ連恐」、と思わずダジャレを飛ばす程の凄味をレコードから知ったものだ。

先だって、YouTubeで久しぶりにその「ソレンコワ=ソ連恐」を観賞したが、こちらの感性が鈍くなったのか今一つに聴こえる。


(アラ・ソレンコワの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」)

アリャービエフの「ナイチンゲール」=Александр Алябьев - Соловейとして<お勧め>にロシア放送民族楽器オーケストラをバックにラマーラ・チコニアの歌唱の動画がアップされていた。


(チコニアの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」)


(ロシア放送民族楽器オーケストラの演奏)

1970年代と思しき古い動画だが、この演奏には十分堪能した。バラライカを中心とする民族楽器の重く沈潜していくような合奏だからこそコロラトゥーラソプラノの輝きが映えるのだろう。黒地に赤や金のラッカーで紋様を配したホフロマ塗りやパレフの小箱のような濃密なコントラストと喩えれば良いかもしれない。ロシアはその領土の東側に行くほど民謡の宝庫となり心の機微に食い込むようなポリフォニーが頻出するが、そのねちっこさを存分に表すことができるのは民族楽器であると改めて認識した。

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(ホフロマ塗り)


そういえば、演歌の神様・古賀政男がその演歌のルーツを朝鮮とロシア(当時:ソ連)の国境付近に探すテレビ番組かラジオ番組を大昔に観たか聴いたかした覚えがある。古賀がマンドリンの音色を愛したのもその楽器の出自たるイタリアなど西欧音楽への憧憬などではなく、その音色に近いバラライカが奏でる演歌のルーツに思いを馳せたからなのかもしれない(これは私見に過ぎないことを断っておく)。

ちなみに、このロシア放送民族楽器オーケストラの指揮者からキャリアを積み上げ今やクラシック音楽界を代表するマエストロとなったのが、ウラジーミル・フェドセーエフ(このビデオに登場する指揮者の前任者に当たるのかもしれない)。ロシアにおいてクラシックの世界と民族音楽の世界の垣根は案外低いということなのだろうか。

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ナイチンゲール考はここまで。

昨年末にメンバーの殆どを航空機事故によって失ったロシア軍所属の演奏集団「アレキサンドロフ・歌と踊りのアンサンブル(通称・赤軍合唱団)」だが(拙稿「ロシア機墜落で失われたもの」)、悲しみの中からようやく立ち上がって、新たなメンバーで見事に復活演奏を遂げたと報じられている。リタイアしたOBを呼び戻したり、同列の他のアンサンブルからメンバーを借り受けたりしているのかもしれないが、同アンサンブル創立90周年に当たる来年に向けて着実にレベルを取り戻しつつあるようだ。


(プーチン大統領臨席での復活コンサート)

(おわり)


posted by ihagee at 19:59| 音楽

2017年04月14日

救済と破滅(パウゼとクラスター)



(General Pause)


(Tone Cluster)

夕時のニュース以外テレビは滅多に観ないのだが、合間のCMには正直辟易することがある。商品やサービスとは関係のないイメージの押し付けがそれで、騒々しい上に幼稚且つ脈絡不明な寸劇仕立てばかり。その上、番宣(番組)もグチャグチャと入り混じって掃き溜め状態。NHKまでもが同じ手法でフレームを汚し始めている。

経済先進国と呼ばれて久しいのに、成熟した社会の精神性を表すようなCMは皆無になりつつある。しかし、雑誌「広告批評」が舌鋒を奮っていた四半世紀以上前には少なくとも作品と評するに価するCMがいくつもあったように思う。

「ドライケーキの銀座ウエストでございます」もその作品の一つだった。静溢の中から間を心得たメッセージが控えめに送り出されている。その感覚を四半世紀経った今も思い出すことができるのだからCMの本来の目的を僅かな言葉と音で達成した作品だと思う。喧騒の中のふとした森閑(パウゼ)は強烈に受け手に印象を残すものである。

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1980年代前半にドイツを数か月バックパッカーした時も、同じ森閑を同国のテレビCMに覚えたものだ。今はどうか知らないが、CMとCMの間が一瞬暗く無音になるゲネラル・パウゼ(全休止)が入るのである。このパウゼによって個々のCMが枠を得た絵のように印象付けられることに大いに感心したものだった。わが国で同じことをすれば、放送事故だとか、気味が悪いとか視聴者からテレビ局に苦情殺到だろう。

そんな演出の違いをドイツのテレビCMから感じ取ったのは私だけではなかったようで、1970年代後半にTBSラジオの深夜番組で中山千夏さんがドイツ旅行中に録音したテレビCM集(音声のみ)を比較文化論的に紹介していたことを思い出した。

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ゲネラル・パウゼ(全休止、以下G.P.と略記)とは、管弦楽曲などにおいて全部の楽器が休止し曲の流れを止める効果的な作曲技法である。長い曲にあってその無音が逆に聴き手の意識を喚起し、テンポや曲想を前後で変える効果がある。文章でいえば読点(、)だろう。この技法を作品で多用した作曲家としては、ハイドンやブルックナーが挙げられる。

ハイドンやブルックナーの演奏で名を馳せた指揮者は、G.P.の扱いが巧い点で共通しているようだ。例えば、先般惜しくも亡くなったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキーのブルックナー第2交響曲(「休止の交響曲」とも呼ばれている)の音盤がそれを如実に証明している。


(Bruckner Symphony No. 2 / Stanislaw Skrowaczewski, Saarbrücken Radio Symphony Orch. / 17分30秒からの第二楽章

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私が通勤時間の合間にiPadで聴くことの多いモートン・フェルドマンの音楽もある意味G.P.の塊りかもしれない。静けさの中から僅かな音価がスッと立ち現れては消えていく長大で茫洋とした曲ばかりだが、余白の中の小さな染みのような音になぜか心地よい覚醒がある。目の前の見慣れた景色さえ光と影だけのモノクロームに見えるから不思議だ。だからか、私がモノクローム・フィルムで写真を撮る際にイメージするのはフェルドマンの音楽となる。

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(Voigtländer Superb, Kodak Tri-X 400)


(Morton Feldman: Why Patterns? (1978))

G.P.を話の間(ま)として聴くこともある。落語など話芸で聴かせる名人達人ほど、間の扱いに長けているのだろう。古今亭志ん生然り、牧野周一然り。志ん生などは間が開き過ぎて高座で居眠りしても観客から「さすがは名人」と声がかかる程だった。


(古今亭志ん生『大工調べ』)

音楽評論家の宇野功芳は牧野周一の長男だが、お得意のブルックナー演奏評でも、また本職の合唱指揮に於いても、間の取り方については口喧しかったように思う。血は争えないものだ(拙稿「功芳さん」)。

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G.P.とは逆に音が密集した状態が、トーン・クラスターである。音楽的には「ある音名から別の音名までの全ての音を同時に発する房状和音(wikipedia)」を指す。肘でピアノの鍵盤を押さえる実験(効果音)から次第に作曲技法に昇華したものである。

グスタフ・マーラーの遺作、交響曲第10番(未完)では「第1楽章で1オクターブ12音階中の9音が同時に鳴らされ、トランペットのA音の叫びだけが残るという劇的な部分は、トーン・クラスターに近い手法(wikipedia)」とされている。


(Gustav Mahler - Symphony No. 10 "Adagio" | Vienna Philharmonic, Leonard Bernstein /19分10秒あたり

そして、現代作曲家クシシュトフ・ペンデレツキのある弦楽合奏曲によってこの技法は夙に認知されるようになった。

その作品の原題は「8分37秒 8'37"」で1960年に作曲された(演奏時の長さは「8分37秒」と指定されている)。その曲想は後日、広島の犠牲者に奉げられ「広島の犠牲者に捧げる哀歌」と改題された。原爆のイメージから作曲した作品ではないものの、微分音が集積・密集し臨界に達し静まっていく様子は凄まじい。白い光に包まれ轟音と爆風の後に静まり返る修羅と阿鼻叫喚をトーン・クラスターは強烈に印象づける。


(Penderecki: Threnody for the Victims of Hiroshima)

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G.P.とトーン・クラスター。その与える印象はいずれも強烈であるが、その意味は対極だと思う。

ブルックナーの遺作となった交響曲第9番の第三楽章ではG.P.の後に「生との訣別」と呼ばれるコラール風の主題が挿入される。この箇所に<カタルシス(救済・浄化)>が結晶しているが、ペンデレツキの上述の「広島の犠牲者に捧げる哀歌」のトーン・クラスターには<カタストロフィ(破滅)>しかない。


(Bruckner "Symphony No 9" Günter Wand / 56分44秒から

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ゲネラル・パウゼ(G.P.)を見つけるのが容易ではない社会となりつつある。CMばかりでなく、この国の政治にも当てはまる。安倍首相の言葉には残念ながらG.P.というものはない。読点(、)の代わりに「まさに」「いわば」と壊れたレコードのようにエンドレスで脈絡不明な言葉を繰出す。これでは会話・対話というものが成り立たたないことを前提としているかのようである。逆にトーン・クラスターは当てはまるだろう。相手には不規則発言を制しておきながら、自らは「ニッキョーソ」とか「民主党時代は」とかありとあらゆるノイズ的な微分音を集積し激高の上に破裂させて、相手からそれ以上質問させる意欲を殺ぎ落すからである。

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トーン・クラスターが音楽(安倍首相の場合は話法)である限りはまだしも、それが爆弾ともなれば「非人道」の破滅を意味する。

先般、国民の年金を管理・運用しているGPIFが、クラスター爆弾を製造している米軍事会社「テキストロン社」の株を192万株保有していたことが判明した。GPIFの担当者は「国内外の株式市場全体に投資しており、一部の企業を対象から除くことはできない仕組みになっている」と言い、政府答弁書は「クラスター弾を製造する企業の株式保有を禁止していない」とし、軍事会社への投資をやめる姿勢は一切示していない。GPIFを管轄する厚生労働省の担当者は「企業経営に影響を与えないようにするためだ」と言う。

投資の為なら人道には目を瞑るという政府の不作為。その原資は平和を希求する憲法を持つ国民の税金である。「武器輸出三原則」が安倍政権の下で解禁(「防衛装備移転三原則」)となって、憲法第9条に掲げる平和主義も「企業経営に影響を与えないようにするためだ」と同じ理屈で邪魔とばかり、憲法改正へと与党は動きを強めている。大義があれば戦争(武力的解決)ですら人道に悖らないとしたいのだろう。

「剣を取るものは皆、剣で滅びる」の言葉通り、その剣先がいずれ自らに向かうことに心すべきである。

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ビートルズの名曲「A Day In The Life」の中で、2箇所の間奏部分にトーン・クラスターを使っている。

トーン・クラスターは五線譜に音符で並べると真っ黒なブドウの房になる。「この世の終わりの音が欲しい」とジョン・レノンが言ったからだそうだ。


(The Beatles - A Day In The Life / 1分52秒と3分52秒から

キリスト教史観では、世界の終わりを迎えるその時に、7人の天使がラッパを吹くとされており、その終末の音こそ巨大なハム音=トーン・クラスター(アポカリプティック・サウンド)とされている。それをレノンは要求したのだろうか。今になってはわからない。


(Strange Apocalyptic Sounds WORLDWIDE)

(おわり)

追記:
『政府は14日の持ち回り閣議で、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」の教材使用について、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。民進党の宮崎岳志氏の質問主意書に答えた。(時事通信2017年4月15日報)』

「教育勅語」に続いての「教材に使用できる」との(内閣決議を経た)政府見解である。「教育勅語」が何たるか十分に知らない国際社会であっても、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」が何たるかその歴史的意味は十分知っている。それを承知であえて「わが闘争」を持ち出したのであれば、安倍首相は厳しい国際世論に晒されことになるだろう。部分を切り取って「有益適切」と肯定して使えるものであろう筈もない。時代の反面教師とするのであっても他に教材は山ほどある。

おそらく、「教育勅語」を肯定しようとする論理の浅薄さ(その歴史的背景を無視し部分を取って良いと言う)ゆえに『では、ヒトラーの「わが闘争」は、どう考えるのか?』と野党から聞かれても否定できないのである。「教育勅語」を庇うあまり「わが闘争」にまで言及したということだ。「まさに」「いわば」と脈絡なき安倍首相の言葉と同様、場なりの接ぎ穂的政治が露呈している。

立ち止まって熟考する(パウゼ)こと(パンセ)を一切せず、連鎖増長しどす黒い房となる(クラスター)安倍政治に狂気を感じざるを得ない。
posted by ihagee at 17:35| 音楽