2022年10月04日

オリンピックマーケティングの脱法性(商品化権)




東京2020オリンピック競技大会に関する知的財産保護・日本代表選手等の肖像使用について―マーケティングガイドライン―更新版(2021年6月10日付)に基づく図示

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東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー選定を巡る汚職事件で、東京地検特捜部は5日、大阪市の博報堂DYホールディングス傘下の広告代理店「大広(だいこう)」に家宅捜索に入った。スポンサー集めを請け負った大手広告会社「電通」(東京)の下請けに入ったことに対する謝礼として、大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者(78)=受託収賄容疑で逮捕=に資金提供した疑いがある。(毎日新聞2022年9月5日付記事より)


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(2019年3月20日 参議院法務委員会 小川敏夫議員質疑 / この答弁でオリンピックマーケティングの脱法性を十時内閣官房内閣審議官は否定できなかった。つまり、商標を使用しておきながら民法が著作権が・・と四の五の言うばかりで肝心の商標法で説明することが一切できなかった。)

(2) 商品化権


(2-1)
小川議員による国会質疑で,十時内閣官房内閣審議官が「内閣官房…は…著作権法あるいは民法に基づいて適切に契約を行っているということで…特段の問題はないものと…考えている」という,商標法違反行為が,何故著作権法・民法の契約によって問題にならないことになるか全く理解できない答弁をしている。この答弁の内容は,以下の組織委員会のマーケティング戦略に対応すると考えられる。

(2-2)組織委員会は「東京 2020 マーケティングでは,日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京 2020 (注:東京 2020=組織員会)に移管し,2020 年東京大会の権利と共に販売します」と説明し,主な権利内容として,呼称の使用権;マーク類の使用権;商品/サービスのサプライ権;大会関連グッズ等のプレミアム利用権;大会会場におけるプロモーション;関連素材(映像・写真等)の使用権を挙げている。

(2-3)「使用」「使用権」は商標法で定義された法律用語であるが,サプライ権,プレミアム利用権,プロモーション,関連素材の使用権まで包含しておらず,「使用権を販売」という言い方もしない(ちなみに著作権法では「使用」ではなく「利用」が使われる)。知的財産制度の観点からは理解し難い政府答弁の「適切に契約」や組織委員会の「使用権を販売」の説明は,いわゆる「商品化権」に基づきマーケティング資産の「使用権」を「適切に契約」していることを意味すると考えれば理解し易い

(2-4)商品化権」とはもともとキャラクターを活用したマーケティングに対して概念され,「商品の販売やサービスの提供の促進のためにキャラクターを媒体として利用する権利」(31)と定義され,その後,「キャラクター」がスポーツイベント等における様々なイメージ要素を包含するように概念拡張されてきた。

(2-5)オリンピック資産のうち,視覚的要素(キャラクター・映像・写真等)及び記号的要素(マーク・ロゴ等)は,著作権法・商標法・意匠法・不競法等の知的財産権に関連して保護されると理解できるが,実在的要素(商品・サービス・グッズ等)は民法(名称や肖像の権利を侵害する不法行為に関する規定)と関連して保護されうることになる。
一方,IOC ファミリーは,サプライ権,プレミアム権,プロモーションのような実定法に根拠を有しない,契約の当事者間でしか通用しない権利概念の下で,これらのイメージ要素の使用・譲渡等の権利関係を主張している。しかし,当該権利概念を商標権等の当事者間の合意ではで律しきれない実定法概念と区別しないまま運用するため,登録商標のライセンスの法的根拠を問われると「著作権法・民法に基づく」「関係者の合意に基づく」等の第三者には理解し難い説明をせざるをえないということになる。

(2-6)筆者は,アンブッシュ・マーケティング対策について,我国の知的財産権を根拠に正当性が肯定できる場合と他の根拠によると考えられ正当性がよく理解できない場合があると指摘してきたが,後者の「他の根拠」が「商品化権」であると考えると理解し易く,組織委員会による契約当事者間でしか通用しない「商品化権」に基づき第三者に対する差止警告の正当性がよく理解できないのは当然であるということになる。(柴大介弁理士「オリンピック関連登録商標の違法ライセンス問題の解決策」パテント2019 Vol.72, No.10より抜粋 / 朱記は筆者)


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小川議員の国会質疑内容および柴弁理士の論文内容で説明はし尽くされている。オリンピックマーケティングの脱法化の手順を以下に示したい(上掲の図参照)。

@ 物語の登場人物や漫画の主人公などの人気や性格(キャラクター)を実在的要素(商品・サービス・グッズ等)の上で商業的に使用(利用)する商習慣上の権利が「商品化権」である。

A 著作権法・商標法・意匠法・不競法等の知的財産権によって保護される視覚的要素(キャラクター・映像・写真等)及び記号的要素(マーク・ロゴ等)にまで、キャラクターの概念を拡張した。

B 「日本国内のオリンピックに関する知的財産権の商業的な使用権」すなわち「商品化権」は、本来第一に商標法で保護される登録商標を、あたかも著作権法、不正競争防止法、民法で保護するかの権利の付け替えである。「商品化権」が発生する資産を大会組織委員会は「マーケティング資産」と称する。JOCの登録商標は商標権としてではなく「マーケティング資産」として大会組織委員会に「移管」集約される。結果、大会組織委員会は他人(JOC)の登録商標を自己資産化する。

C 「マーケティング資産」の「使用権」の「契約・販売」を大会組織委員会は電通に委託(専任代理店=独占販売代理店)。大会組織委員会との間でのライセンシングプログラムでは電通自身が「ライセンシー(リテイル=小売)」である(東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会輸送連絡調整会議付属資料参照)。

D 販売代理店であり且つライセンシーである電通が、株式会社大広にリテイル業務(スポンサー契約業務)を再委託した。その行為自体は、組織委や電通が必要性を認めれば「販売協力代理店」として他の広告会社への再委託が認められていた。また再委託自体は民法上の自由契約の範疇である。

E 商標法に照らせば、公益著名商標の使用権(通常使用権)は再許諾(サブライセンス)が認められていない。「ライセンシー」としてリテイル(小売)業務上、オリンピック関連商標(公益著名商標)を当然使用する電通がその業務を大広に再委託するということは、「ライセンシー」として許諾された通常使用権をさらに大広に再許諾(サブライセンス)したことに他ならない(商標法違反)。

F 同じく商標法に照らせば、「ライセンシー」は大会組織委員会(ライセンサー)とは他人(JOC)の商標をも使用することになり、商標権侵害の状態に置かれ(実定法に根拠を有しない「商品化権」では対向できない)、不利益を享受することなる。

G 実定法に依拠しない「商品化権」上で「マーケティング資産」の使用・譲渡等の権利関係を主張し、その権利は著作権法あるいは民法で保護されると言うのであるから、その使用は商標法で保護されていないということになる(上述の国会質疑にあるように、内閣官房は「商標法」で保護されると言うことができなかった)。ライセンシーに実質商標権を使用させておきながら、係る不利益事実を告知しない脱法的契約は詐欺であり、信義則に反し無効である。

H 大会組織委員会は、業務の再委託を電通に認め、結果として商標法上、通常使用権の再許諾が認められていないにもかかわらず「ライセンシー」たる電通をして大広を「サブライセンシー」とするなど、商標権者として商標管理上コンプライアンスに著しく欠けるばかりか、「ライセンシー」を商標権侵害状態に置く(他人=JOCの商標を使用させる)など、権原もないのに(JOCのオリンピック関連の登録商標が大会組織委員会に「移転」された事実はない)他人の商標権を不法に占有し悪意に使用している。

I 公益著名商標であっても従来商標法が認めていなかった第三者への通常使用権許諾が可能に法改正(商標法第31条第1項但書削除)があったが、法改正前にほぼ全てのライセンス契約は成されており、その時点での通常使用権許諾契約はゆえに全て違法である(法改正を以て契約時に遡及して合法とはならない=商標法第31条第1項但書は強行規定ゆえ)。「商品化権」上の契約であっても登録商標の使用であるのだからその契約の違法性が問われ、違法な契約に基づきライセンシーに商標を使用させたことは、「すべてのライセンシー」を商標権侵害状態に置いたことにもなる(犯罪行為)。

上述の通り、大会組織委員会がその他人であるJOCのオリンピック関連商標を「ライセンシー」に使用させることは「ライセンシー」を商標権侵害状態に置くことになるが、商標法上、JOCが禁止権の不行使を「ライセンシー」に許諾すること(または定型約款でその旨を記載し契約者と事前に合意する)を以て係る侵害状態を解消しようとしても、それはできない。

なぜなら、「五輪(登録6118624)」無効審判事件(無効2021-890047)審決でIOCファミリーの有する商標法第4条第2項に基づく登録商標(オリンピック関連商標)は、商標法のライセンス禁止条項(法改正前)によりライセンスできないとした請求人の主張を「そのような事実はない」と特許庁は退け、法改正後の効果が改正前に出願登録された「五輪」に及ぶ(遡及効)と特許庁は示している。また、法改正の趣旨は禁止権不行使による使用許諾は一切予定していない(公益著名商標の禁止権不行使型使用許諾が法律的に問題であったから法改正をした筈)。

よって、同様に法改正前に出願登録されたJOCのエンブレムを含むオリンピック関連商標について法改正後の効果が及ぶとすれば(特許庁の判断)、禁止権不行使による実質使用許諾は法改正の趣旨と反するので認められないとなる。

公益著名商標の使用許諾を禁じた商標法第31条第1項但書は強行法規ゆえ、法改正を以て許諾を可能としても、その効果が過去の使用許諾契約に遡及してその行為が合法とはならないと上述の無効審判請求人は主張するが(筆者もこの主張が正しいと考える)、このような不遡及効を特許庁が認めれば違法ライセンスが明確に認定されなおさら「ライセンシー」は侵害状態にあることになる。

侵害状態にある使用態様(上掲図中の「⇦中断⇨」がまさにこの状態が続く期間を意味している):
スクリーンショット 2022-09-25 8.42.18.png

(ライセンシングプログラムで大会組織委員会との契約上「ライセンシー」である株式会社丸眞は、その製造販売した商品(オリンピック公式グッズ:ウォッシュタオル)にJOCの登録商標「がんばれ!ニッポン!」および第二エンブレムを使用している。)

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IOCは権利能力なき社団・任意団体に過ぎないのであれば、そもそも、開催都市契約にはじまり、IOCのパートナーシップ契約からヒエラルキー的に発展しているスポンサー契約まで、法律行為ではなく全て無効ということになる。オリンピックマーケティングの脱法性(商品化権)以前の問題だ。

IOCとは一体何者なのか?それは、知的財産高等裁判所(知財高裁)に提起されたIOCを相手取った審決不服訴訟(事件番号:令和4年(行ケ)第10065号:「五輪(商標登録6118624)」)で明らかになることだろう。

スイス民法典第60条でIOCは非営利法人格を有する協会(Vereine)だからといって、その公益性はそのまま日本で認められることはないのである。さらにその公益性の認定の前提としてIOCはそもそも一般社団(財団)法人として国内登記されていなければならないのである(大会組織委員会、JOCはその然るべき手続を踏んでいる)。IOCについては、さらにスイス連邦政府の「特権、免責あるいは地位において合意が交わされたその他の国際機関(the agreements on privileges, immunities and facilities concluded with the international organisations)」となっており、「専門機関の特権及び免除に関する条約」に日本国は批准しているが、日本国に於いてその機関を特定する「附属書」にIOCは未だ記載されていない(附属書に記載されている機関:WHOなど)。従って、条約に照らしても、IOCは依然日本に於いては「権利能力なき社団」であり非営利公益法人として認許されていない単なる任意団体に過ぎないということになる。(拙稿:この商標よ〜く考えると、おかしくないですか?


87. 準拠法と争議の解決:免除特権の放棄 本契約はスイス法に準拠する。開催都市契約


商標「五輪(商標登録6118624)」はIOC自身が出願人となって日本で登録出願した。

その商標権の争議に於いて裁判管轄権はスイスではなく日本国ということになり、係る「五輪」商標の審決取消訴訟(知財高裁)で初めてIOCはその日本での法的身分(権利能力の有無・非営利公益法人であるのか否か)を問われることになる

万事スイス法で通してきたのに(開催都市・国家にとっては治外法権)、開催都市・国家の法律が当てられる初めてのケースにIOCはさぞ驚いているだろう。誰がIOCに勧めたのか知らないが、「五輪」は迂闊な権利取得であったとIOCはひどく後悔することになるかもしれない。

(おわり)



posted by ihagee at 16:29| 東京オリンピック

2022年09月30日

大会組織委員会の犯罪・要点整理



2020(2021)東京オリンピック・パラリンピック競技大会に関連し、高橋治之組織委元理事絡みの汚職が連日メディアで取り沙汰されている。

検察の捜査も今のところ「一個人が関与したとみられる疑惑(アダムス IOC広報部長)」の範囲である。大会組織委員会やIOCはそのつもりでいるらしい。「疑惑(闇)」の解明は、その闇にどれだけ検察のメスが入るかにかかっている。贈収賄事件とはそういうものなのだろう。

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他方、検察が懸命に調べなければ白か黒かも当座のうちはわからない「疑惑(闇)」ではなく、法律に抵触すれば、直ちに違法とみなされる行為もある。登録手続きに関する手続法であるとともに、権利の内容や効力を定める実体法でもあり、なおかつ権利侵害の罰則も規定されている商標法の下の法律行為がそれである。以下、具体的に主な「違法行為」を列挙してみたい。

@ 違法ライセンスおよび商標権侵害
大会組織委員会はその所有するオリンピック関連登録商標(公益著名商標)の使用を違法にスポンサー企業に許諾し(通常使用権許諾)、その商標を使用したスポンサー企業を商標権侵害状態に置いた。
従来商標法が認めていなかった公益著名商標の第三者への通常使用権許諾は法改正によって可能となったが(商標法第31条第1項但書削除)、法改正前に大会組織委員会の所有する全てのオリンピック関連商標は出願登録され、且つ、その商標の使用許諾を旨とするほぼ全てのライセンス契約は成立していた。その時点での通常使用権許諾契約はゆえに全て違法であり(商標法第31条第1項但書は強行規定ゆえに強行規定に違反する契約それ自体は不適法であり無効・また契約上の信義則にも反している)、違法な契約の下の商標の第三者使用は権利侵害である。商標権侵害状態は、法改正を以て契約時に遡及して解消(合法)とはならない(商標法第31条第1項但書は強行規定ゆえに「法律の不遡及原則」)。


A 侵害行為の幇助および加功
JOCの所有するオリンピック関連登録商標(公益著名商標)の使用を(その商標権者ではない)他人である大会組織委員会が、不法にスポンサー企業に許諾し(通常使用権許諾)、スポンサー企業が権利侵害することを幇助し加功した(故意)。従って、スポンサー企業と共に共同不法行為者たる地位に大会組織委員会は立つことになる(民法第719条)。
商標権者は、その商標権について他人に通常使用権を許諾することができる。(商標法第31条1項)
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@ 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
A 行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。(民法第719条【共同不法行為者の責任】)

商標法上、JOCが禁止権をあえて行使せず(JOCはその商標権が侵害されても侵害者に対して禁止権を行使しない旨、大会組織委員会と事前に取り決める等して)係る侵害状態を解消しようとしても、それはできない(理由はオリンピックマーケティングの脱法性(商品化権)に記載の通り)。


侵害状態にある使用態様:
スクリーンショット 2022-09-25 8.42.18.png

(ライセンシングプログラムで大会組織委員会との契約上「ライセンシー」である株式会社丸眞は、その製造販売した商品(オリンピック公式グッズ:ウォッシュタオル)にJOCの登録商標「がんばれ!ニッポン!」および第二エンブレムを使用している。)

B 違法ライセンス(サブライセンス)
商標法は(公益著名)商標の使用権(通常使用権)の再許諾(サブライセンス)を認めない。大会組織委員会はリテイル役務について公益著名商標の使用権を電通に許諾し(電通は「ライセンシー」)、大会組織委員会はさらに電通にその業務を電通の下請け(大広)に再委託することを認めている。オリンピック関連商標(公益著名商標)を業務上当然使用する電通がその業務を大広に再委託するということは、電通が「ライセンシー」として許諾された通常使用権をさらに大広に再許諾(サブライセンス)したことに他ならない。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会輸送連絡調整会議付属資料に「ライセンシー」として記載のない者がオリンピック関連商標をその業務に使用している場合は再許諾先であることが疑われる。
通常使用権者は独占排他的な権利を有するものではなく、商標権者等に対する不作為請求権を有するにとどまることから、通常使用権者が第三者に使用を許諾する権利を独自に有するものとは解されない。(特許権の通常実施権再許諾解釈の適用 / 中山信弘編著『注解特許法 第三版 上巻』829頁〔中山信弘〕(青林書院,平成 12年)参照)

「大会エンブレムを使用できるのは、大会スポンサー、大会放送権者、開催都市、政府、会場関連自治体、JOC、JPC、組織委員会です。」(東京2020応援プログラムより / 東京都下の都内区市町村および会場関連自治体ならびに団体(町内会など)までは大会組織委員会は使用を直接許諾している。


C 「ミライトワ」「ソメイティ」などオリンピック関連商標のIOCへの特定承継(違法)
都スポーツレガシー活用促進課に聞くと、確かにマスコットの知的財産権は昨年12月末に大会組織委員会からIOCと国際パラリンピック委員会(IPC)に無償譲渡されていた。13年に締結した開催都市契約に基づいているという。(東京新聞web 2022年9月6日付記事から引用)

商標法24条の2第2及び3項に照らすと、公益著名商標(オリンピック関連商標)に係る商標権の特定承継である場合、法は特定承継を認めていない。ゆえに、IOCへのそれら公益著名商標に係る商標権の特定承継は違法の可能性が極めて高い。例:大会組織委員会が所有するオリンピック・エンブレム商標(登録6008759)のIOCへの「特定承継」(「特定承継」を示す登録原簿の記載)。かかる違法な承継を商標原簿に登録した特許庁の責任も問われる。
公益に関する事業であつて営利を目的としないものを行つている者の商標登録出願であつて、第四条第二項に規定するものに係る商標権は、その事業とともにする場合を除き、移転することができない。(商標法第24条の2第3項 / 「事業とともにする場合」は移転可能(一般承継)だが、大会組織委員会の公益事業とともにその公益著名商標をIOCに移転する筈がなく、またその事実もない。)


(おわり)

posted by ihagee at 15:07| 東京オリンピック

2022年09月26日

大会ブランド保護基準は「定型約款」たり得るのか?




権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。(民法第1条第2項・信義則)


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大会組織委員会は、オリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムで、それらプログラムに参加する企業との間で契約を取り交わしている。

それら契約書の内容がいかなるものか、契約書の事例は公開されていないが、契約企業のプレスリリース(日本語・英語)で契約の概要を知ることはできる。

株式会社 AOKIホールディングスの例(東京2020オフィシャルサポーター Tier 3):
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(同社ウエブサイトより)

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(同社英文ウエブサイトより)

契約内容として「呼称やマークなどを使用し、/ using official designations, trademarks and services」となっている。AOKI以外のスポンサー企業のプレスリリース(日本語・英語)でも概ね同じ内容である(大会組織委員会側の用意したテンプレートを用いているのであろう)。日本語の「呼称やマーク」にせよ英文での「official designations, trademarks and services」にせよそのままでは意味の上で多義的且つ拡張性がある言葉である。尚、trademarks and servicesは、商品に使用するtrademarksとサービス(役務)に使用するservice marksを意味するものと思われる。designationsは「識別表示」と訳すべきかもしれないが、その言葉の定義なり具体的な「マーク」などはおそらく契約書に記載されていないものと思われる。

スポーツ関係者間で、約款による契約が行われている。このような約款については民法548条の2第1項において定型約款として定義され、民法548条の2から548条の4までで規制されている。(「標準テキスト スポーツ法学 第3版」日本スポーツ法学会 (監修)から)


公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)は、平成28年4月25日付けで大会エンブレムを公表しました(別紙参照)。これに伴い、大会エンブレムの使用については、組織委員会が作成した「BrandProtection 大会ブランド保護基準」に基づき、次のとおり取り扱うこととなっています。(東京都中央区「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会エンブレムの取扱いについて・資料3」から)


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1. 定型約款


大会組織委員会は、定型約款(民法第548条の2)を契約相手と「みなし合意」の上、契約の内容に代えている可能性がある。

定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の 者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
(1)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
(2)定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。 )があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。(民法第548条の2)


「大会ブランド保護基準」および「東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準」が定型約款(民法第548条の2)と目される。

大会ブランド保護基準.pdf
東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準.pdf

ちなみに「東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準」では、東京 2020 公認マーク及び東京 2020 公認プログラムでの名称「マーク」および「名称=正式名称・略称・呼称」の使用が認められる組織/団体として、開催都市(東京都・都内区市町村)、地方自治体、公益法人、大会放送権者などが記載されている。これらはオリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムの枠外での包括的な使用許諾である。

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2. 大会ブランド保護基準を定型約款とした場合の問題点


2-1. 他人の商標

「大会ブランド保護基準」には「4. オリンピック・パラリンピックに関する主な知的財産」に具体的な例示がある。

例示1.png

例示2.png


さらに、「5. 法的保護」として以下記載がある。
オリンピック・パラリンピックに関する知的財産とイメージは、日本国内では、「商標法」、「不正競争防止法」、「著作権法」等により保護されています。


「4. オリンピック・パラリンピックに関する主な知的財産」の具体的な例示(上掲)にあるように、IOCのオリンピック・シンボル、JOCのオリンピック・エンブレム、IPCのパラリンピック・シンボル、JPCのパラリンピック・エンブレムなど、大会組織委員会とは他人(=IOC, JOC, IPC, JPC)の商標まで記載されている。

2-2. 契約は信義則違反(民法第1条第2項)

公益財団法人日本オリンピック委員会(以下、JOCという)が保有するJOC及びオリンピック日本代表選手団に関するマーク(・・・)契約した商品に使用して製造及び販売するプログラムです。東京2020ライセンシング事務局が契約業務の窓口を行ない、契約はライセンシーと公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会という)との直接契約となります。(大会組織委員会「東京2020ライセンシングプログラムのご案内」から)


東京2020マーケティングでは、日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会を「東京2020」という)に移管し、東京2020が東京2020オリンピック大会の権利と共に販売することになります。(「オリンピック・パラリンピックマーケティングアンブッシュ防止ガイドライン」より)


などと記載しようと、IOC、JOC、IPC, JPCの所有する商標権の通常使用権許諾を、それら商標権者とは他人の大会組織委員会が行うことはできない。つまり、それらの商標はオリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムで、「商品に使用して製造及び販売する」契約の客体となり得ないのである。

オリンピック・パラリンピックに関する知的財産とイメージは、日本国内では、「商標法」、「不正競争防止法」、「著作権法」等により保護されています。

と、ブランド保護基準の「5. 法的保護」で言いながら、その商標法に違反して他人の商標の使用許諾を大会組織委員会が行っているということである。

つまり、これらの点に於いて、先のブログ記事(東京2020ライセンシングプログラム「ライセンシー」の問題点)でも縷々述べたように、もし、「大会ブランド保護基準」の記載を民法第548条の2に定める定型約款とし、個別契約の内容に代えているとするのであれば、そのような契約は信義則違反(民法第1条第2項)に該当する可能性がある。

IOCのオリンピック・シンボル、JOCのオリンピック・エンブレム、IPCのパラリンピック・シンボル、JPCのパラリンピック・エンブレムなど、大会組織委員会の所有する以外の商標まで「その内容の全部又は一部が画一的である」かに記載することは、その内容を約款として大会組織委員会と契約したライセンシーは、他人の商標までも使用することになり(権利侵害状態に置かれ)、公序良俗や信義則、権利濫用の法理に照らすと、契約自体が無効となる可能性がある。

2-3. 暗黙の使用許諾(禁止権の不行使)の問題点

そのような権利侵害に対してIOC, JOC, IPC, JPCが禁止権の不行使を認めたとしても、アンブッシュ・マーケティング対策での強力な禁止権の行使と比較すると、保護法益に於いて著しく不均衡が生じることであり、身内(スポンサー企業)の侵害行為を黙認することは到底許されることではない。

当事者同士が了解しているのだから・納得づくだから」と思う向きは多いだろう。しかし、もしそのような「みなし合意」があるのであれば、尚更のこと大会組織委員会とその使用許諾に関して契約した者が大会組織委員会の商標を使用する際、IOC, JOC, IPC, JPCがそれぞれが所有するオリンピック・パラリンピック関連商標について併せて商標的使用を行ったとしても、IOC, JOC, IPC, JPCは禁止権は行使しない旨を、定型約款に記載しなければならない

5. 法的保護
商標法
商標権侵害の禁止(第 25 条、第 37 条、第 36 条参照)
商標法上、指定商品もしくは指定役務と同一または類似の商品もしくは役務について、登録商標と同一または類似の商標を使用する行為は、商標権の侵害行為に該当し、侵害の差止請求および損害賠償請求の対象となります。なお、オリンピックシンボル、パラリンピックシンボル、大会エンブレム、JOC 第 2 エンブレム、JOC スローガン等の商標は、IOC 、IPC、 JOC、JPC または組織委員会 により、広汎な指定商品もしくは指定役務において商標登録されております。(大会ブランド保護基準より)


このようにいかなる場合も禁止権を行使すると言明している。

冨澤美加氏(商標制度企画室長)の重要発言:
「権利化後は制限がございまして、公益著名商標につきましては、移転と専用使用権の設定及び通常使用権の許諾につきまして制限を設けられてございます。[…] 公益著名商標を第三者にライセンスしても商標法上の効力は発生いたしませんが、やむを得ず当事者間で差止請求権の不行使契約等を結ぶことにより、実質的に使用権を許諾したかのような状態とするケースがございますが、これには問題があるのではないかと懸念する声がございます。このような懸念がありますことから、公益団体等が商標登録出願自体を躊躇する。」 (産業構造審議会知的財産分科会第4回商標制度小委員会議事録から


このような問題点を払拭するために、公益著名商標であっても従来商標法が認めていなかった第三者への通常使用権許諾が可能に法改正(商標法第31条第1項但書削除)をしたのであるから、IOC 、IPC、 JOC、JPCのそれぞれが所有するオリンピック・パラリンピック関連商標(公益著名商標)については、各々が契約を以て、通常使用権を許諾すれば良い話なのである。尤も、法改正前にほぼ全てのライセンシング契約は成されており、その時点での通常使用権許諾契約はゆえに全て違法である(法改正を以て契約時に遡及して合法とはならない=商標法第31条第1項但書は強行規定ゆえ)。その意味で、違法な契約に基づきライセンシーに商標を使用させたことは、ライセンシーを商標権侵害状態に置いたことにもなる。

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3. ジョイント・マーケティングと商標権


3-1. 「使用権の移管」の意味

日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会を「東京2020」という)に移管し(「オリンピック・パラリンピックマーケティングアンブッシュ防止ガイドライン」より)


オリンピックマーケティングのスポンサーシップ構造は国際オリンピック委員会(IOC)が管理するワールドワイドオリンピックパートナーを頂点とし、その下に各国・地域のオリンピック委員会(NOC)のスポンサーや大会組織委員会(OCOG)のスポンサーが位置付けられます。また、大会の開催国では、オリンピック競技大会を成功に導くために、NOCとOCOGが統合した1つのマーケティング、すなわち「ジョイント・マーケティング」と呼ばれるOCOGによるスポンサーシッププログラムを構築することが義務付けられています。そのため、東京2020マーケティングでは、日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(=公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に移管し、東京2020大会の権利と共に販売します。(「スポンサーシップについて」東京都オリンピック・パラリンピック準備局サイトから)


ジョイント・マーケティングが大会組織委員会およびJOCならびに東京都が共同事業体(それ自体は任意団体)となって、その事業体の代表として大会組織委員会が、オリンピック資産(商標権など知的財産権)を一元管理し、JOCの所有する商標の使用権許諾契約に於いて契約当事者たり得る、ということなのだろうか?

「日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(=公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に移管し」の「使用権の移管」について定義が示されておらず、その言葉のままでは商標法に照らしても意味を成さない。ちなみに「移管」は管轄ごとに管理されているものの他の管轄に移すことを言う。他人の財産や施設を管理する権利または権限が管理権であるから、大会組織委員会が他人であるJOCのライセンシングを管理する権利または権限を有する意味であっても、大会組織委員会が他人であるJOCの商標権のライセンシングを契約主体となって自ら行うことはできない。

また、「使用権の移管」が商標権の移転を意味するものであっても、公益著名商標に係る権利の移転は事業ごとの一般承継以外は認められておらず、JOCの公益事業を丸ごとその商標と共に大会組織委員会に移管する筈もなく、またその事実もない。

3-2. ジョイント・マーケティングで用いる商標とは

したがって、ジョイント・マーケティングで用いる商標であれば、その目的で然るべく登録出願されていなければならないという理屈になる。拙稿:この商標よ〜く考えると、おかしくないですか?、で述べたように、その目的であれば団体商標であったり、大会組織委員会およびJOCならびにIOCが各々権利持分を記載して共同出願するなり、といったことだが、それはそれとして現実的に不可能である(理由は拙稿:この商標よ〜く考えると、おかしくないですか?で詳述)。

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4. ライセンシーを商標権侵害状態に置くこと


4-1. 大会組織委員会の契約行為は詐欺に当たる

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会輸送連絡調整会議付属資料に記載のライセンシングプログラム枠での「ライセンシー」である株式会社丸眞は、その製造販売した商品(オリンピック公式グッズ:ウォッシュタオル)にJOCの「がんばれ!ニッポン!」および第二エンブレムを使用しているが、使用許諾に係る大会組織委員会との直接契約で上述の「その内容の全部又は一部が画一的である」約款が用いられているのであれば、丸眞は他人(JOC)の商標を不法に使用していることになる(商標権侵害状態に置かれている)。このような状態に置いた大会組織委員会の契約行為は詐欺を問われることである。

使用態様:
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(おわり)
posted by ihagee at 07:14| 東京オリンピック