2017年05月25日

<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案と知的財産権侵害



オリンピック開催都市契約にそっと蒔かれているかもしれない「共謀罪のタネ」 の続き。

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(Exakta RTL1000 / filmed by Carl Zeiss Flektogon 2.8 / 35, Ilford Delta 400 )


<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案において、処罰対象となる犯罪類型 277 の中に以下の知的財産権の侵害が含まれていることが判っている。

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律から以下抜粋:

四十四 特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第百九十六条又は第百九十六条の二(特許権等の侵害)の罪

四十五 実用新案法(昭和三十四年法律第百二十三号)第五十六条(実用新案権等の侵害)の罪

四十六 意匠法(昭和三十四年法律第百二十五号)第六十九条又は第六十九条の二(意匠権等の侵害)の罪

四十七 商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第七十八条又は第七十八条の二(商標権等の侵害)の罪

五十五 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第百十九条第一項又は第二項(著作権の侵害等)の罪

七十六 種苗法(平成十年法律第八十三号)第六十七条(育成者権等の侵害)の罪

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同改正法で議論の焦点となっている未遂以前の予備行為を処罰の対象とする点において、知的財産権法上では未遂罪を罰する旨の規定はなく、これを処罰することはできない(刑法第 44 条)。しかし、間接侵害は刑法的に眺めると直接侵害の予備罪ないしは未遂罪に該当し、これらを処罰するため特許法第 101 条では予備罪ないしは未遂罪的な間接侵害行為を侵害行為とみなす犯罪構成要件を定めたものと解されている。知的財産権の侵害等に関する刑罰は行政罰(行政法上の義務違反行為への制裁として科される罰)であり、これは刑法第 8 条の、「この編の規定は、他の法令の罪についても、適用する。ただし、その法令に特別の規定があるときは、この限りでない。」と規定されており、知的財産法に規定されている刑罰は「法令に特別の規定があるとき」に該当。

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組織犯罪処罰法改正案で知的財産権の侵害が処罰対象となっていることは、民事上の救済措置で図ってきた権利者の損害の填補という範囲から、知的財産犯罪と他の犯罪行為が密接に結び付く事例が増加しつつあるなど組織犯罪としての範囲にも処罰の射程を置こうとすることかもしれない。未遂以前の準備段階の合意まで犯罪要件化すれば、商標権や著作権などネットの世界では一般人は特に意識していない知的財産権もその何気ない侵害まで糸口になって、いくらでも個人の思想や言論を当局は調査・監視することができるようになる。

実際、二次創作だと思って著作権侵害に抵触した場合、共謀罪の適用を受けるのかどうか?という質問主意書(丸山穂高議員・日本維新)に対する答弁が衆議院の HP に掲載されている(まとめサイトを参照)。

二次創作同人誌やグッズの制作・販売を行う団体は組織犯罪処罰法改正案(共謀罪法案)における組織的犯罪集団に含まれるか否かが、質問に含まれている。

著作権侵害の非親告罪化が過去図られていた(TPP 関連法案)経緯もあり、その当時から「捜査機関が特定の言論人を監視し著作権侵害が疑われる事例を検挙できる上、別件逮捕も容易であり、共謀罪が加われば言論機関を一網打尽にできる」等の可能性が指摘(弁護士・金井重彦氏)されてきたので、今般の<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案で再び同じ懸念が示されたものと思われる。

コミケといった狭い世界での著作権でもこれだけ疑問が上がっているのだから、オリンピックに関連した知的財産権では何をか況や。

<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法の成立に伴って同法の適用対象となり得る犯罪類型の具体例(オリンピックの知的財産権についてフリーライドやアンブッシュ・マーケティングについて同法の適用を受ける場合があるのならその具体例)を、その知財の管理運用を一任されている大会組織委員会は公表すべきと思う。その為にも、知的財産権のプロチームを大会組織委員会は今から準備し、一般大衆に判りやすく説明する義務があるのではないか(IOC との契約で大会組織委員会はその義務を課されています)。弁理士会においても同様に情報を積極的に発信してもらいたい。

<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案については「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」など、ケナタッチ国連特別報告者が詳細に問題点を指摘していることは報道の伝える通りである。重大な懸念は国際社会からも日本政府に投げかけられているのである。


(おわり)



posted by ihagee at 20:18| 東京オリンピック

2017年05月23日

オリンピック開催都市契約にそっと蒔かれているかもしれない「共謀罪のタネ」



「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が本日(23日)、衆院本会議で自民、公明、日本維新の会などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。政府・与党は今国会での成立を目指す考え。(朝日新聞デジタル)

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「共謀罪」の趣意を以下の観点で考察したい。

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(Exakta RTL1000 / filmed by Carl Zeiss Flektogon 2.8 / 35, Ilford Delta 400 )

これまで非開示とされてきた第32回オリンピック競技大会(2020/東京)開催都市契約が公開された。非開示の理由とされた契約に盛られた守秘義務は以下の規定である(一部抜粋)。

「本契約の各当事者は、開示が財務的、法的、または政府の手続きのために必要である場合と範囲を除き、本契約および本契約の交渉、締結および履行に関連して一方の当事者が他方の当事者から提供された機密データおよび情報すべての秘密を守ることに同意する。(契約 XII. その他 第85項)」

かかる守秘義務の規定は少なくとも過去二大会では存在せず、2020大会の契約で初めてIOCから開催都市である東京都に示されたもので、その理由を都は確認していないが、IOCと守秘義務規定を見直す(契約を開示する)ことで都が合意したことを受けて、2017年5月10日付で開示に至った。

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契約原本写し(英文)と日本語の参考訳が開示されている。

ちなみに、前回(2016)夏期オリンピック競技大会が開催されたリオデジャネイロの開催都市契約(英文)は既に公開されているので<VII.知的財産権に関連する事項>で両者を見比べてみた。2020開催都市契約に新たな文言や規定が追加されていることが確認できる。

この中で特に私の目を惹いたのは、41項d)の<無許諾使用に対する措置>での新たな文言の追加である。参考訳で以下引用すると、

無許諾使用に対する措置OCOGは、商標権を含む(ただし、それには限定されない)本大会に関する財産の無許諾使用について監視するものとする。OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しそうであることを知った場合、OCOGは、(@)その旨を即刻IOCに通知し、(A)IOCの要求および指示に基づき、当該無許諾使用(または、本大会に関する知的財産を侵害するその他の行為)を防止および阻止するために必要なすべての合理的な措置を即座に講じるものとする。その措置には、当該無許諾使用に関与している団体または機関に対して、その使用がIOCの権利を侵害していることを通知すること、また、開催国内にて、政府が、当該無許諾使用を防止または阻止するための適切な措置を取るようにすることが含まれるが、これらには限定されない。上述の財産の無許諾使用に関する開催国における措置は、IOCと協議のうえOCOGにより、OCOGの費用にて行うものとする。上述の財産の無許諾使用に関する開催国外での措置は、OCOGの費用で、OCOGと協議のうえIOCにより、またはIOCの要請に従いOCOG自身が行うものとする。OCOGが、上述の措置を講じることができず、またはこれを拒否した場合、IOCが本契約、コモンローまたは衡平法に基づいて有する権利に加えて、IOCは、OCOGの名義でかかる措置を講じることができる(ただし、それは義務ではない)。 」

下線部(筆者追加)が新たな文言となる。

ここでは、契約当事者たるOCOG(オリンピック組織委員会)つまり、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の法的義務(shall)が元の英文契約から確認できる。「○○するものとする」なる訳は「○○しなければならない」という意味となり、最後の段落にある「講じることができず、またはこれを拒否した場合、」は元の英文ではshall failとあるので組織委員会の支配を超える事由(不可抗力事由)に起因する場合という意味である。

この規定の中で、「OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しそうであることを知った場合、」は対応する英文は
“In the event that OCOG learns that any such unauthorized use has occurred or is about to occur,”である。ここで、私は”learns” と”is about to occur”に着目した。

”learns”を参考訳は「知った」としているが、英語の意味するところは「習得する(to gain knowledge or information of)」又は「調査などに突き止める (to ascertain by inquiry, study, or investigation)」の意味だろう(Black’s Law Dictionary参照)。また、”is about to occur”は「発生しそうであること」は、今の時点では実際には発生していないが「これから発生しようとすること」の意で、安倍首相の口癖「今まさに」に近いニュアンスがある(念のために指摘するが、首相は「今まさに○○議員が言われたことはですね..」などと、現在進行形で使うべきところを過去時制と併せて誤用している、正しくは「今まさに○○議員が言わんとしていることはですね…」であろう)。

従って、上述のフレーズは意味の上では「OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しようとしていると突き止めた場合、」と理解することができる。

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この新たに追加された文言は無許諾使用、つまり、アンブッシュ・マーケティング(オリンピック・パラリンピックマーク等の無断使用、不正使用ないし流用)への対応措置と関連しているが、大会組織委員会が主体的に法的義務を遂行するのは現実的には難しい(能力的・人的)のだろう。同委員会のネット上のサイトでは、「オリンピック・パラリンピックマーク等の保護とアンブッシュ・マーケティングの防止にご協力いただきますようお願い申し上げます。」と記載がある。そして、その協力に実効性を持たせるために、「マーク等の使用等に関する確認書」の特記事項において、以下の条件の厳守の確認を「当団体」すなわち、申請事業者に求めている。「確認書」は当事者の合意事項を書面にしたもので法的証拠力としては「契約書」と同じ扱いと思われる。

「18.特記事項 (略)また、当団体は、本アクションの実施会場において、第三者によるアンブッシュマーケティングを防止するためにあらゆる合理的な措置を講じるものとし、アンブッシュマーケティングが行われていることを把握した場合には直ちに、貴法人に対し書面により通知し、必要な調査を行うことを承諾します。また、貴法人の要求があれば、当団体は自らがアンブッシュマーケティングの解決に向けてあらゆる措置を講じることを承諾します。(略)」(下線は筆者)

大会組織委員会(「貴法人」)ではなく、申請事業者(「当団体」)が「第三者によるアンブッシュマーケティング」に対する「あらゆる措置を講じること」を承諾する内容である。

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上述の「お願い」は「行われていること」、即ち、無許諾使用(犯罪)が発生していること、または無許諾使用(犯罪)を行おうとしている者を知りながら注意義務を果たさず犯罪に至らしめること(不作為による幇助)を前提としているように読めるが、いずれも既遂を処罰の原則とする刑法上の犯罪の概念の範囲内である。しかし、IOCとの契約上では大会組織委員会は、今の時点では実際には発生していないが「発生しそうであること」にまでも措置を講じることを義務付けられていると読むのなら、既遂を処罰の原則とする刑法上の犯罪の概念と相違することになる

「第三者によるアンブッシュマーケティング」に対する「あらゆる措置を講じること」はスポンサーシップに立つIOCの最大課題であり、その法的義務は大会組織委員会に課されているゆえに、かかるアンブッシュ・マーケティングの合意の段階から処罰する為に<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案を与党は成立させようとしているのではないだろうか?

安倍首相は、「テロ等準備罪(共謀罪)を成立させなければ、テロ対策で各国と連携する『国際組織犯罪防止条約』が締結されず、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催できない」と主張しているが、テロ対策であれば現行法で対応可能であることは明白であることから(拙稿『「五月蠅(うるさい)と共謀罪』で記載の通り)、「オリンピックが開催できない」という理由は、開催都市契約上のアンブッシュ・マーケティングの実行には至らない準備行為に対する措置への法的整備にあるとも言える。首相の主張する「テロ等準備罪(共謀罪)を成立させなければ、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催できない」はその限りに於いては正しいことになる。

アンブッシュ・マーケティング対策であれば、2012年ロンドン大会から開催都市国ではその目的に特化した<アンブッシュ・マーケティング規制法>が時限立法化されているが、我が国は既存の法体系(商標法・著作権法・不正競争防止法)で対応可能であることを理由に2020大会に向けて<アンブッシュ・マーケティング規制法>立法化の必要性はないという立場を取っている。その代わりが<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法ということなのだろうか。

「戦車で湯を沸かす」の喩えのように、その目的には不釣り合いな法内容であるが、湯を沸かす、つまり、オリンピックを開催することを口実に戦車=<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が調達できれば与党は願ったり叶ったりだと勘ぐってみたくもなる。

上述の「マーク等の使用等に関する確認書」で言えば、無許諾使用(犯罪)が発生しておらず、その実行行為も準備行為も行われていない段階でも、確認書で「承諾した」申請事業者がツィッターなどSNS上で許諾を受けていないがオリンピックのマークを使って一儲けしたいといった一般市民同士のツィートを発見すれば、未遂以前の予備段階でのそのような「意志の合意」を大会組織委員会に「見つけました」と通告することになる。それは「湯を沸かす」ことに過ぎないのかもしれないが、市民同士の監視・通告が常態化することだろう。

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<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案が成立すれば、オリンピックという大イベントを控え、アンブッシュ・マーケティング対策が開催都市契約で大会組織委員会に法的義務として課されている以上、申請事業者に限らず、警察もネットや電信電話上の情報を網羅的に監視することになるだろう。「狙った魚以外は網にはひっかからない」と同じ詭弁を与党は弄するが、大海に網を投げれば雑魚もかかるのは常識。つまり一応に内偵・捜査することで、憲法に保障されている、個人の内心の自由が侵されることになる。プライバシーもあったものではない。

アンブッシュ・マーケティングだけに留まらず、適用範囲が市民団体の各種抗議行動の立案(合意)などに広がり、組織的な威力業務妨害の共謀と見なすことも可能で、集会・結社・表現の自由が現場(警察)の判断で如何様にも制約を受けることになる。この目的ならば「戦車」、即ち、<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が必要であり、それが与党の主張する必要性の本旨なのだろう。

「正当な争議行為・合法な市民運動は刑法35条によって違法性が阻却され処罰されない」と、一般市民への適用はない旨を与党は説明するが、元々、「グレーゾーンが多い(グレーゾーンが多いからアンブッシュ=藪に隠れて待ち伏せて不意打ちを食らわせる、と呼ばれる)」アンブッシュ・マーケティングを抱き込むことは、捜査の糸口を広げることにつながりかねない。<アンブッシュ・マーケティング規制法>のように時限立法でなく、恒久的な<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法であれば、2020年以降もオリンピックが続く限り、アンブッシュ・マーケティングを口実にした一般市民への当局の監視は続けられることになる。

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「犯罪をあたかも自然災害同様に未然に防止すべきとする一般的な犯罪についての理解が、共謀罪を容認しかねない世論の背景にある」との指摘もなされている。

テロ対策理由では<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案に神経をとがらせる人々も、オリンピックという祭典でのアンブッシュ・マーケティングへの対策が理由でならば、植物検疫などと同じく水際(未遂以前の予備段階)での取り締まりと同じと納得し<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案に賛成と言いそうである。しかし、いかなる政治的理由を与党が持ち出そうと、既遂処罰の原則を大きく突き崩し、犯罪の概念に大転回をもたらす法案であることに変わりはない。目先のあたかもそれらしい理由だけで我々が自然災害同様に未然防止が必要などと合点し賛成することで、将来に禍根(集会・結社・表現の自由が奪われること)を残すことがあってはならない。

「共謀罪のタネ」はアンブッシュなる藪の中にそっと蒔かれているかもしれない。その藪から集会・結社・表現の自由が思わぬ不意打ちを食らう可能性をここで指摘しておく(私以外、誰一人指摘していないが、この可能性が杞憂であることを願う)。

(おわり)



posted by ihagee at 17:57| 東京オリンピック

2016年10月28日

東京五輪の開催そのものにNOの声

リテラのサイト記事を以下引用する。<庶民の小さな「欺瞞」>の観点など正論である。

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問題はボート会場じゃない、「東京五輪開催」そのものを疑え! メディアにはびこる「どうせやるなら」論の罠

迷走に迷走を重ねる2020年東京五輪。今度は、ボート・カヌー会場をめぐる問題だ。海の森水上競技場建設に491億円なんてありえない、なぜ当初予算の7倍に膨れあがったのか、仙台の長沼に移せば復興に繋がるのに、なぜ組織委の森喜朗会長らは抵抗するのか……。テレビからは毎日のようにそんな声が聞こえてくる。

たしかに、招致段階では施設工事費7000億円と示されていたのが、都の調査で総費用が3兆円を超すことが判明しており、このまま海の森水上競技場の建設なんてありえないだろう。

だが、いま起きていることは本当にボート会場を移せばすむ話なのか。問題はもっと根本的なところ、つまり五輪を開催するということにあるのではないか。

しかし、テレビや新聞は費用のかけすぎや会場選定の不透明さは指摘しても、そのことには絶対に触れようとしない。最後は結局、「夢」や「感動」というフレーズをもちだし、「どうせやるならちゃんとやらないと」「アスリートファーストの素晴らしい東京五輪にためにみんなで知恵を絞らないと」などというきれいごとで終わらせてしまう。

そんななか、東京での五輪開催自体に根源的な疑義を唱え、開催を返上するべきと主張する学者たちが現れた。今年8月末に出版された『反東京オリンピック宣言』(航思社)という本で、社会学系の学者・研究者たちを中心にした16人の論客がさまざまな視点から問題を指摘し、東京五輪の開催そのものにNOの声をあげているのだ。

論者たちの多くが触れている最初の欺瞞が、安倍晋三首相が招致演説で口にした「アンダーコントロール」発言だ。鵜飼哲(一橋大学大学院教授)は、官邸HPに掲載の訳文──「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、及ぼすことはありません」──を引いたうえで、〈これほど公然たる嘘の前で、人はともすると虚を衝かれ、息を飲んでしまう〉〈この凶悪な言語行為〉と批判している。

酒井隆史(大阪府立大学教授)は、この発言をほとんど問題視しなかったメディアの責任を問いつつ、「公人の無責任な虚言」を許容してしまう昨今の日本社会と、安倍発言に込められた暗黙のメッセージを次のように指摘する。

〈庶民の小さな「欺瞞」には、あるいは、特定の政治家が福島についてこぼした「真実」には、ときに、よってたかって血祭りにあげるこの社会の奇妙な「寛容」である。ここまで露骨に発言をひるがえし、あきらかに嘘をつき、それにひらきなおって、なお、立場がゆるぎもしない国や地方の首長がいる、という現象に筆者はこれまでおぼえがない〉
〈つまり、その発言で問題になっているのは、現実に福島第一原発がコントロールされているということではなく、「日本の状況」が完全にコントロールされているということ、そして、これからもコントロールするという約束である〉

福島の原発災害を隠蔽しつつ利用する、このようなやり口は「災害資本主義」と呼ばれる。自然災害・戦争・大きな事件といった惨事に便乗するかたちで、復興の名のもとに収奪的・急進的な資本主義が市場を席巻し、一部の者に利益が集中する事例は世界中で枚挙に暇がないと塚原東吾(神戸大学大学院教授)は言い、間近に見た神戸の震災復興を例にこう書く。

〈神戸の時がそうであったように、地元にお金が落ちるのではない。市場化=自由化の名のもとに地元企業を押しのけて東京のゼネコンが復興事業をもぎ取り、地元にはお涙の、まさにおこぼれ頂戴程度にしか、お金は落ちてこないのが現実だった。そこでは古い利益誘導型政治と相乗りしながら、旧態依然とした自民党による利権政治に回帰していき、ますます東京への一極集中が進んでいる。そのなかで東北「地方」の東京という「中央」への従属が、さらに進行している〉

だが、この災害資本主義は、惨事や非常事態に直面した人のなかに生まれる「ノーマルシー・バイアス」──たいしたことはない、自分は大丈夫だと被害を過小評価し、平常を取り戻すことを希求する心理──とも結びつき、社会全体が五輪というメガイベントへ突き進んでゆく。

わずか2週間のスポーツイベントに巨額の公金を費やし、都市整備や治安を理由に貧困層を都心から追いやり、言論すら統制してゆく五輪に対しては、リオやロンドンなど近年の開催地でも反対運動が巻き起こった。そうした動きを封じ込めるため、喧伝されるようになったのが「レガシー(遺産)」という概念だ。東京大会組織委の「アクション&レガシープラン」を検証しながら、阿部潔(関西学院大学教授)がその問題点を論じている。

同プランの説くレガシーとは、スポーツ・健康の分野以上に、文化・教育(「和の精神」の再評価と継承)、経済・テクノロジー(AIやビッグデータによる「ジャパンブランド」の復権)、さらには、東京だけでなく日本全体で取り組む「オールジャパン」体制に力点が置かれているという。阿部はここに、戦前の国家総動員体制にも似たナショナリズムの影を見る。

阿部によれば、そもそもレガシーとは〈宗教的な権威と使命のもとに派遣された人物(特使)が、その赴任地において果たすべき営為(ミッション)〉が本来の意味であり、ということは、ここで語られているのは、現在の権力、つまりは安倍政権が自らの権威付けのために欲し、後世に残すべきとあらかじめ決めた、極めて政治的な「遺産」なのである。

〈このように考える時、一見すると健全で誰にでも受け入れられるかのように思われる「未来に残すべきレガシー」という発想自体に、実のところおぞましい暴力が潜んでいることが明らかになる〉

こうしてスポーツやアスリートから乖離してゆく国威発揚イベントに対し、〈スポーツはもはやオリンピックを必要としない〉(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)と決別を宣言するのが本書の意図だが、編著者である小笠原博毅(神戸大学大学院教授)が興味深い論を展開している。なぜ、これほど問題の多いメガイベントへの反対論がほとんど語られず、礼賛一色になってしまうのか。

そこには、冒頭で指摘したような「どうせやるなら」派ともいうべき人たちの存在がある、という。

〈(「どうせやるなら」派は)初期設定においては批判的であり、できるならやるべきではないと思っている。しかし、招致活動が終わり、税金が捨てられ、インフラ整備を含む準備が始められ、開催権の返上や中止が逆に莫大なコストを必要としてしまうということを理由に、事実上後戻りできないと結論づけて、むしろそれまでかかった投資をどのようにすれば「資本貴族」たちの手から奪うことができるのかを提案する〉
〈オリンピックを「機会」ととらえ、統治側の計画を逆手にとって、本当に市民のためになると考えられる、都市の再開発も含めた「オルタナティヴ」を求めようというのである〉

五輪が権力者の仕掛ける「サーカス」であり、国威発揚のスペクタクルであり、メダル数を競う勝利至上主義やスポンサー・関連企業への富の集中、環境破壊や都市の分断を加速するという「ありきたりな批判」を彼らもいちおう口にはする。だが、反対に回ることは決してない。経済情勢や国際関係、あるいは「ビジネスだからしょうがない」「もう反対しても遅い」といった“現実的判断”から流れに抗わず、「どうせやるなら」と消極的なポーズで現状を追認し、結局は賛同一色の空気に加担してしまう。そういう人たちが世の多数派だというのである。

彼らは、権力者が決まり文句のように言う「批判するだけではなく代替案を出せ」という言葉に乗っかり、最初から「やらない」という選択肢を切り捨てている、と小笠原は批判する。いくら文化的で健全な「オルタナティヴ」を提案しようとも、それは「少し違ったサーカス」を見せようとしているにすぎないのだ、と。

〈「どうせやるなら」派は、「うまくやる」ことができると思っている。(略)オリンピックを食うことはできても食われることはないと思っている〉
〈オリンピックを中止にしても「資本貴族」たちはまた別のオリンピックのようなスペクタクルをつくり上げるのだからこのままやり尽くしてしまえ〉

そんな一見賢しらな物言いを取り込んで五輪待望の世論が作られてゆく様は、政治や社会をめぐる報道・言論状況にも通じる。いまの日本に蔓延する「空気」の正体を突く鋭い指摘だろう。

本書の出版イベントで小笠原が語ったところによれば、この論考集は当初、ある雑誌の特集として企画が進んでいたという。それが途中まで進んだところで、出版社から「やっぱりできない」と断りがあった。「反五輪」を明確に掲げるのは得策ではない、できれば避けたいという判断が働いたのだろう、と。いまのメディアや社会を覆う、こうした事なかれ主義と決別し、オリンピックやスポーツの意義を正面から見つめ直すための貴重な書である。

(大黒仙介)

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以上、引用終わり。

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戦争に至る階段を一度は登った世代の人々が周りからいなくなりつつある。その世代の時代に対する嗅覚は鋭いものがあった。先日亡くなられた三笠宮もその一人だろう。決して空気に寛容にならない世代がこの世から去るのを見計らったかの如く、空気を作ろうとする者が現れている。

<五輪>で一体、誰が何をまとめあげようとしているのか、どこへ持っていこうとしているのか、何を封じようとしているのか、実際に臭っている・見えているにもかかわらず、それを口にもできない底恐ろしさの正体をいずれ我々庶民が身を持って知ることになる。

決して軽く考えてはならない。いつか来た道を辿る衆愚に寛容になってはならない(「私たちはどこまで階段を登っていますか?」)。

寛容の先には、衆目の前で人を斬り殺しても「勿論このことは新聞の何処にも出ませんでした。」そういう時代を繰り返すのである(「殴ったことを忘れても、殴られたことは忘れないのが人間」)。

それが<レガシー>や「美しい国」と為政者が嘯くなら、その芽を我々庶民自身が一つ一つ摘み取っていかなければならない。その芽の一つが五輪である。

(おわり)
posted by ihagee at 03:02| 東京オリンピック