2018年02月03日

8mm フィルムスキャナー 最新情報




8mmフィルムデジタルコンバーター「スーパーダビング8」については拙稿でも取り上げた。サンコーレアモノショップばかりでなくケンコーやその他メーカーから同一機種が販売されているが、元は中華製のOEMである。一般紙の広告にも度々登場するようになって話題を呼んでいる。

米国Wolferine社のようなスキャナー専門メーカーが定番商品として出して欲しいものだと前回記事で書いたが、その後、サンコーと同じ機種が同社から販売された。



(Wolverine 8mm/Super 8 MovieMaker)


従来のテレシネ(壁に投影した映像を間接的にデジタルカメラで撮影する)よりも簡易且つ鮮明に光学8mmフィルムをフレーム・バイ・フレーム(テレシネと異なりフリッカーはない)でデジタル化するに「スーパーダビング8」や「Wolverine 8mm/Super 8 MovieMaker」は当を得た製品であるが、以下の問題点がユーザから報告されているようだ。

1) 5号(12.5cm)リールまでしか懸架できない。
2)フレームレートが30fpsなのでデジタル化した映像は早回しとなる。
3) 初期モデルではスキャン解像度 720Pと低い(Anytyという商品名でのモデルでは1080P)。
4) フィルムが読み取りゲージで閊えたり巻き取り側のトルクが強くなって読み取り位置がずれる場合がある。
5) 小型モーターゆえに加熱して(特にリールの巻き取り時)不具合が起きやすい。機械部分の強度が弱い。


従来品での処理例:上下に細かくフレームが動いている(4)の問題)。YouTube上や画像処理ソフトでブレを除くことが可能だがフレームをある範囲でトリミングする必要がある。

米国Wolferine社からついに対策品が登場した。


(Wolverine Data Film2Digital MovieMaker-PRO)


1) 9号(27cm)リールまで本体にて懸架可能となった。9号は再生約1時間分に相当する。
2)フレームレートが20fpsとなった(18fpsと24fpsの中をとるレートで合理的)。
3) スキャン解像度 1080Pとなった。
4) フィルム搬送経路や読み取りゲージが改良されて上掲の問題の軽減が図られている。
5) 不明
なお、露出とシャープネスについてはマニュアルで調節可能(従来品と同じ)で、ホワイトバランスは自動調整される。SDカードスロットに最大32GBのカードを挿入可能(従来品と同じ)。 3.53 Mega pixels (2304 x 1536) 1/3" CMOS を読み取りに用いている(従来品と同じ)。



Wolverine MovieMaker-Proは国内では未販売だがWolverineのサイトから購入することができそうだ(米国仕様だが、電源・コンセントの仕様が同じなので日本でも使うことができるだろう)。

Wolverine MovieMaker-Proを用いたデジタル化例はYouTubeなど動画投稿サイトを検索したが見当たらなかった(販売して日が浅いためか?)

画像処理ソフトでブレを除くなどの後処理を行えば以下の程度までそこそこ鮮明な(拡大するとアラが見える)映像を得ることができるようだ(Wolverine 8mm/Super 8 MovieMaker:従来品での例)。しかし、シャープネスを上げればエッジが立ち、圧縮フォーマットゆえに背景にディザ(ザラザラ感)が現れ、不自然な色調・階調(べたっとした塗り絵調)や透明感や抜けの悪さ(全体に映像が眠い)は致し方ない。だからか8mmフィルムを映写機でスクリーンに投影し感じ取るイメージとはかなり異なる(映写機で投影したことのない人には比較のしようもない・8mmフィルムなんてこんなもんかと誤解を与える)。

8mmフィルムに記録されている情報を最大限拾い上げてデジタル化することを目的とするプロユースの数百万円のコンバーターと比べるのは酷なことだろうが、是非進化を続けてもらいたい(特にセンサとレンズ系)。なぜなら、この程度のレベルでユーザに妥協を求め元のフィルム(元情報)はもはや不要と捨てさせてしまうことになるからだ。電子化すれば「捨てられる」という誤ったメッセージをユーザに発信することになりはしまいか「(拙稿『「捨てるに捨てられなくて」!?』)?もっと鮮明にデジタル化できるに違いない・それまでフィルムは捨てないでおこう、と期待させる製品を是非メーカー側は出し続けて欲しい(フィルムを売るだけ売った富士フィルムならその社名「フィルム」の沽券にかけて真剣にコンバータを開発すれば、Wolverine MovieMaker-Proを超えるコンシューマ向け製品を作ることができる筈だ・アナログ時代の大量の情報=眠った資源を漏らさずデジタル化できればそれこそ「クールジャパン」と世界から賞賛されることだろう)。




(おわり)

posted by ihagee at 09:16| 8mmフィルム

2016年10月16日

1961年大阪・京都(エリアル・テレシネ)

父の撮影した<8ミリフィルム>が30巻程(いずれも6号リール)がある。

最初の頃、これらをどうデジタル化(テレシネ)すべきか迷った。映写機を用いて白壁に投影した像を間接的にデジタルカメラで撮影する方法が一般的。しかし、この方式だと色抜けの悪い眠い画像しか得られない。

フィルム編集機の延長線で8ミリフィルム・プロジェクターというものがあった。Canovision 8-2 が代表格だが、これをヤフオクで手に入れ、モノは試しとプロジェクター(リアプロジェクション)に投影された像でテレシネを試してみた(フィルムはテストでダメになっても良いように、ヤフオクで手に入れた短編の8mm映画フィルムを用いた)。なお、元々Canovision 8-2に搭載されていたスクリーンは取り外して、最新のLEDプロジェクターに対応したMapro製リアプロジェクション用フィルム(グレイ)をアクリル板に貼り付けたものに取り替えてテストしている。以下がCanovision 8-2での実例(プロジェクターの機械音はカットしていないので、音量を落として再生されたし)。


(Canovision 8-2)


(NHK 8mm映画「日本のふるさと・佐渡」1960年頃)


(ライリー8mm映画 TOKYO 1960年頃・元はカラーだと思われるが経年退色。)

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Canovision 8-2はフィルムの取り回しがシンプルなので、古く劣化したフィルムを普通の映写機にかけるよりも、フィルムへの負荷は少ない点安全である(ただし、ハロゲンランプは高熱を発する)。元々のスクリーンよりもMapro製リアプロジェクション用フィルム(グレイ)の方が画質は良いことだけは確認できた(白黒の映像ならこれで良いのかもしれない)。しかし映写機で白壁(プロジェクション用スクリーン)に投影した像と比べると大差はなかった(上掲のフィルム自体、画質が劣化していることもあるが)。

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自前の手法でデジタル化すべきとの結論に至る。

父が撮影した8ミリフィルムは1960年代からほぼカラー映像となっており、1974年迄の古いフィルムを対象に重点的に電子化作業を行った。即ち、Elmo社製K-120 SM映写機(映写スピード微調整可能・LED光源搭載改造済)で凸レンズ上に投影したエリアル像をデジタルカメラで撮影する手法。映写機で白壁に投影した像やCanovision 8-2でのリアプロジェクション像よりも色抜けの良い像を得られる。

以下は1961年に大阪(道頓堀)と京都を撮影した一巻からのダイジェスト。
映写機の機械音はカットしていないので音量を落として再生されたし。フレームはトリミングしていない。また、フレームの周辺にゴミが映り込んでいるが、フィルムの清掃が足らない為に生じた現象なのでご容赦。


(1961年大阪(道頓堀)と京都)

併せて撮影していた写真(アグファカラー・ネガフィルムからのスキャン)は以下。

memories-at-honeymoon-1961--agfa-color_16924809541_o.jpg
(1961年龍安寺石庭)

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(1961年金閣寺)

(おわり)
posted by ihagee at 07:38| 8mmフィルム

2016年10月06日

<8ミリフィルム>から考えること

8ミリフィルム>については色々と書き綴ってきた。

8mmfilm.jpeg

こんな8ミリフィルムのかけらにも、以下の映像が残っている(詳しくは拙稿「8mm フィルムのスキャンとムービー化」)。


(1967年撮影:鈴鹿サーキットにあった<ホンダランド>)

昭和の時代に撮影した<8mmフィルム>、「年老いた親に見せたくて」と業者に頼んでデジタル化した話がたまにテレビで放送されている。私も利用したことがある<ダビングスタジオ東京池袋本店>がもっぱら登場する。<8mmフィルム>なる映像資源に思い出を探す人が多いのか、この店も大繁盛のようである。

若い人は何かわからないだろうから、そもそもに立ち返って書いてみたい。

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その昔、<8ミリフィルム>という一般家庭向けの映画撮影・再生に用いる映像記録媒体があった。
先だって「8ミリは?」とヨドバシカメラの店員に訊ねたら、「8ミリビデオは・・」と言葉を接がれた。記録媒体が現在のSDカードなどフラッシュメモリーである以前に存在した所謂<8ミリ>と呼ばれる8ミリ幅の磁気テープをカセットに入れた磁気データ記録媒体の<8ミリビデオ>のことだと思うらしい。<8ミリビデオ>それすら知らない若い店員もいる。
 
ここで言うは8ミリ幅のフィルムの光学式記録媒体のことである。悲しいかな、そう前置きしなければならない程、ふた昔以上前の<8ミリフィルム>である。
 
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<8ミリフィルム>について国内フィルムメーカーはすでに製造販売を中止して久しい。大林宣彦氏など映像文化人が声を荒げていっとき抗議してくれたおかげで、現像処理のみフジカラーサービスが東京現像所で細々と受け付けているがこれも段階的に終了する予定だそうだ。この媒体の生みの親である米コダック社(Eastman Kodak Company)においても、2013年までにカラーリバーサルフィルムの製造を終え、市場に流通するは在庫分のみのようである。代替としてカラーネガティブフィルムをスーパー8形式で発売したが、用途目的の違う別物と考えて良いだろう(従来の映写機にかける為にはネガポジ変換によるフィルムの複製が必要だがそのサービスを請け負うはドイツの一社のみ)。モノクロについてはかろうじてリバーサルフィルム一種類の製造を続けているようである。
 
そして、その米コダック社が2013年に連邦倒産法第11章適用となり、<デジタルイメージング企業>で再生を図っていることから<アナログイメージング>の代表たる<8ミリフィルム>の命運も尽きかけている。
 
8ミリの生フィルムの供給や現像処理についてはかくの如く寒々しい状況であり、その点においては「あった」と言わせざるを得ない。
 
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しかし、現像済の<8ミリフィルム>は映像資源としてある(存在する)。その歴史の長さと一般家庭への普及度を掛け合わせた量が存在する筈である。
 
磁気や電子によって情報を記憶する媒体が用いられ始めたのが1980年代後半から現在まで約30年の歴史であるのに対して、感光材の化学反応を利用して光学的に映像を記録する<8ミリフィルム>は1930年代から1990年代まで裕にその倍の歴史がある。前者の規格・仕様に一貫性はないのに比べ、後者のそれは幅が<8ミリ>である点からもほぼ一貫している(レギュラーとスーパー8の違い、音声トラックの有無とその仕様の違い程度である)。
 
また、一般家庭への普及度においても、前者が記憶媒体の規格・仕様において変遷が激しく、それに応じて撮影機材を買い替えなくてはならないが、後者はその必要がなく、カメラと編集機材、映写機さえ用意すれば数十年使い続けられる点で、同一規格・仕様の点での比較において、後者の普及度は高いと言える。
 
前者の例になるだろうか、9年前に日立製のデジタルムービーカメラを買った。そのカメラの動画記録媒体は内蔵のハードディスクと8cm径のリライト可能なミニDVDディスクであるが、8cmのディスク自体がすでに入手困難である。さらに内蔵のハードディスクの物理的寿命が尽きる前に部品のメーカー性能部品保有期間が満了してしまった(販売から8年)。もし今、ハードディスクなどが壊れてもメーカーで修理できる約束はない。そして動画の記録形式はMPEG1であり、MPEG4など現在一般的に用いられている形式への上位互換はない。パソコン上で苦心すれば何とかコンバートすることができるが、至極面倒である。パソコンが苦手な人にとっては、つまり、記録した映像を再生しようと思えば、カメラが壊れないことを願うのみ。そんな僅か数年の性能期限付きの規格・仕様製品なのである。
 
片や、<8ミリフィルム>にあっては、その再生機材たる映写機については、エルモなど国内メーカーはとっくの昔に製造・販売を中止したが、今でも中古品なら案外簡単に入手できる。まさに同一規格・仕様のおかげで中古市場にそれらは潤沢にある。ヤフオクなどで整備済みの良品を手頃な価格で探すのは容易である。そして、<8ミリフィルム>の唯一の規格の違いであるレギュラーとスーパー8も切り替えレバー一つで対応可能な映写機まで普通に存在する。ハロゲンランプも普及型の映写機に関しては新品が今でも手に入る。従って、機材に関しては再び整備済みのものを揃えてしまえば買い替える必要もない。
 
それら中古の映写機はいずれもモノづくりに励んでいた昭和のプロダクツである。メンテナンス容易な設計・構造の耐久消費財なので中古でも良品が数多く残っている。生真面目な昭和の時代をしのばせるこれらメカの塊には、コストを惜しんで手抜きをするような今どきの安直さはなく、しっかりメンテナンスを施せばその性能期限は半永久的である。
 
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映写機はとっくに処分してしまっても、リールに巻いた<8ミリフィルム>を戸棚や押し入れの奥に仕舞いこんでいる家庭は多いだろう。子煩悩な親ならわが子の成長の記録だけでも数本は撮影しているかもしれない。挙式の様子を友人が撮影し記念にあとでもらったもの、学生時代に仲間うちで制作した8ミリ映画の類もあるかもしれない。8ミリ映画の上映は一昔前の高校や大学の学園祭ではお決まりのイベントだった。そして町内会の催しやお祭りなどで世話人をしていれば記録として撮影したものがあるだろう。いずれにせよ、<8ミリフィルム>は映写機を介して光像を楽しむものであって、35ミリネガフィルムのようにプリントしていつでも眺められるものではないゆえ、映写機を処分してしまっては単なる長尺の巻物である。
 
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同じく仕舞いこんでいた35ミリのネガやポジの棒フィルムは、フィルムメーカーが生フィルムの販売・現像・プリントサービスを継続していることと、格安のフィルムスキャナーのおかげで、フィルム自体の複製(リプリント)やプリント(焼き増し)は勿論のこと、個人レベルでフィルム映像を電子化しパソコンに格納していつでも楽しめる環境である。つまり、<アナログイメージング>は未だ健在でありさらに<デジタルイメージング>への道が開けている。
 
35ミりフィルムはいまどきの若者の好奇心を駆り立てるのか、同フィルムを用いてムービーを手回し撮影するカメラが最近登場した(LomoKino)。現像サービスを提供するばかりか、スマートフォン内蔵のカメラを利用したシンプルなスキャナーまでオプションで用意するという周到さで、若者の心をがっちり掴んでいるようである。現像してみなければわからない映像の不可思議さと、手回しなる偶然性によるキッチュな映像はまさに<アナログイメージング>だ。ここに<アナログ>と<デジタル>がうまく融合している。
 
35ミリの棒フィルムのコマ数ではいかんせんパラパラ漫画程度のムービーしか作れない。それも味わいなのだろうが、その同じ好奇心が<8ミリフィルム>にも向くことを期待したいが、それは無理だろうか?
 
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さて、<8ミリフィルム>である。
 
フィルム自体の販売・現像については上述の通り終わりかかっている。フィルム映像の電子化についてはフィルムメーカーが主体にそのサービスを請け負っているがサービス料金が高い。その電子化作業はフィルムメーカーだから高度な手法か?と思いきや、映写機を用いて投影した像をデジタルカメラで撮影するという普通の<テレシネ>らしい。フレーム単位にイメージセンサーで直接スキャンする後述のような高度且つ理想的手段ではない。スキャンなどしていては電子化作業に時間がかかり過ぎるからであろう。

そして、万一作業過程で事故が起きてフィルムが台無しになっても、記録されていた映像価値を金銭で補償することはできないと、初めからメーカー側は免責を掲げている。
 
事業者向けの高額な<8ミリフィルム>専用のスキャナーはいくつか存在するものの、コンシューマ向けのものは少ない。この<8ミリフィルム>専用のスキャナーで実現しているLED光源とステッピング・モーターを用いフレーム単位に精緻にイメージセンサーでスキャンしパソコンでの後処理で情報を適正化し動画に再構築する手段が、最も高品質且つフィルムに対する物理的負荷の少ない理想的な電子化手段ではないだろうか。
 
個人レベルでフィルム映像を電子化するには、中古の映写機をどこからか調達し白壁等に投影した像をデジタルカメラで撮影する<テレシネ>程度しか手段はない。マクロレンズを介してフィルム面を直接撮影する手段や映写機のレンズの前に凸レンズを立ててレンズ上の焦点の結像を撮影する(エリアル)手段もあるがいずれも技術的な敷居は高い。そして、デジタルカメラで撮影し電子化した映像は前述のフレーム毎にデジタルスキャンし電子化した映像と比較すると画質が格段と落ちる。さらに以下のような問題やリスクを伴う。
 
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8ミリ映像の秒間当たりのコマ数とその映像を撮影するデジタルカメラのそれが異なる為に、所謂<フリッカー>なるちらつきを映し込んでしまう。従って、両者を同期させるための工夫が必要となる。また白壁やレンズを介することは歪やノイズの原因となる。また、映写機を用いること自体、フィルムに物理的テンションを加えハロゲンランプの高温に曝すことになる。この点において、以下に述べるフィルムベースの経年劣化により、映写機内でフィルムが折れるなどして送りが閊えその箇所でフィルムが畳まれたり、断裂するおそれが懸念される。秒間24コマでフィルムが回る映写機においてちょっと目を離している間にもしフィルムの送りが閊えれば、数十コマのフィルムが映写機の中でぐちゃぐちゃになる恐怖である。同時にフィルムの焼損もあり得る。折り目がついたり、熱で溶けかかったコマを元通りにするのは困難ゆえ、そのコマ(情報)は捨てる羽目になろう。
 
フィルムベースの経年劣化はフィルムメーカーが予測していたよりも早く進行することが1970年代からわかってきた。昭和40年(1965年)に富士フィルムが販売を開始したシングル8からは劣化に強いポリエチレンテレフタレート(PET)がフィルムベースに用いられたが、それ以前のフィルムのベース(支持体)にはトリアセチルセルロース(TAC)が用いられていた(もっと古いフィルムのベースには燃焼性の高い硝酸セルロース(セルロースナイトレート)が使われているが、危険物ゆえ個人で所蔵している人は少ないだろう)。我が国のような高温多湿の環境で長期保存した場合、このTACは徐々に加水分解し、フィルム内に生じた僅かな酢酸が自己触媒となってさらなる分解を促す。そして、ある酸性度(自触媒作用点)に到達すると加水分解が激化し揮発した酸が周辺の健全なフィルムも侵して劣化が連鎖する所謂<ビネガー・シンドローム>の問題である。この劣化が進むと、フィルムベースは脆くなり、縮んだり変形することで感光材を塗布してある膜面も剥がれが生じる。最悪はフィルム同士が癒着し塊となってしまう。そうなるともはや映写機にかけることも、フィルムメーカーに電子化を依頼することもできない。文化財修復レベルの高度な措置で回復できるかも疑わしい。たいがいはそれでご臨終である。
 
フィルム設計時の予測においてTACフィルムは普通の環境では少なくとも百年は寿命があると想定されていた(期待寿命)。ところが相対湿度50%、温度25℃の条件に置いた場合、期待寿命は僅か30年ということが1970年〜1980年の段階でわかってきたのである。我が国の一般家庭での保管環境はこの条件よりも悪い筈なので、少なくともPETフィルムに切り替わる1965年以前のフィルムについては(正確に言えば、レギュラーとスーパー8の各フィルムについてはTACのままで遂にPETには切り替わらなかったので、これらフィルムについては1965年以後も同じである)、一般家庭の通常の保管条件では期待寿命にすでに到達してしまっているとも言える。劣化が設計時の予測よりも早く進むことは1990年代までにフィルムメーカーは十分把握していたであろう。当初の期待寿命百年はフィルムメーカーにとってはフィルムの複製(PETなど安全フィルムを用いたリプリント)・劣化フィルムの修復や、フィルム映像の安全確実な電子化などの為の新技術開発の猶予期間でもあった。

ところが、その猶予期間がもはやないことを知るや見捨ててしまったのである。自社製品の二律背反(トレードオフ)のジレンマを解消するための企業努力が新たな技術を生むが、その企業努力をやめてしまったとも言える。これは、企業側で取り組むべき製品欠陥問題のツケを消費者に押し付けて、電子化サービスに話をすり替え<8ミリフィルム>の安楽死やむなしとすることとも受け取れる。フィルムという単なるモノではなく、そこに記録されている映像の歴史的資料価値(後述)に鑑みればそうそう簡単に一企業の事業性の観点から見切りをつけられては困る話なのである。企業としての社会的使命と責任が問われることでもある。
 
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斯様にフィルムメーカーは<8ミリフィルム>(TACベース)をカメラや映写機とともに売るだけ売っておいて、フィルムの複製(リプリント)や劣化したフィルムの修復の技術を提案せず、さらにはそのフィルム映像の電子化には35ミリフィルムの場合のようなコンシューマ向けのスキャナーを開発・提供しようとせず、さりとて代わりに提供する電子化サービスはふつうの<テレシネ>でありながらその料金は高く事故免責を最初から掲げるなど、悉く及び腰でその製品の数十年来の愛用者にとってはアンフレンドリー極まりない。
 
電子化しDVDで納品して終わりであり、 前掲のLomoKinoのようにその先に専用のネット上の仮想空間(映写室)を設けて映像を他者と共有する<デジタルイメージング>を提案するようなものでもない。従って、DVDで納品される電子データは<8ミリフィルム>と同様にモノとして机の中や戸棚の奥に仕舞われることになる。DVDディスク(DVD-R)自体の期待寿命は約20年と言われているが、DVD-Rが開発されてからまだ20年も経っていない現在では、本当にどの程度までDVD-Rディスクが持つのかわからない。また、その電子化された情報の規格(フォーマット)がMPEG1のように近い将来陳腐化して複製や再生困難となる可能性もある。これでは<8ミリフィルム>と同じ末路である。
 
また、この電子化は<8ミリフィルム>のオーナーに間違ったメッセージを発信する可能性がある。即ち、電子化された情報が<8ミリフィルム>に記録された情報と同じであり、DVDがあるのなら、<8ミリフィルム>は捨てても構わないという誤った認識である。フィルムメーカーの提供する電子化のレベルは<テレシネ>の程度であり、決してフィルムと同等の情報を有しているわけではない。依然として<8ミリフィルム>に最大限の情報が含まれているのである。
 
DVDなる形見のモノを過信することは禁物である。繰り返すようだが、モノではなく、前述のLomoKinoのように、仮想空間上でデータを安全に管理し、お互いにその情報を共有することで、モノゆえの映像の死蔵やモノゆえの寿命による情報の逸失のリスクを回避することが得策であろう。LomoKinoの<映写室>は<オンラインストレージ>であり、データの保守管理・バックアップ性については、個人がローカルのパソコンなどで行うよりも信頼性は高いものとされている。
 
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従って、映像情報のソースたる<8ミリフィルム>は電子化した後も決して捨てないことである(拙稿『「捨てるに捨てられなくて」!?』に述べた通り)。カメラ専門店が推奨するような湿度管理可能な収容庫に入れるか、図書館など公共施設が率先して一般からもフィルム保管を受け入れることが望ましい。NGOなどでフィルムを安全に蒐集しているところもあるだろう。営利目的にしない約束でそういう先にフィルムを譲り渡すのも手である。また電子化手段においても、前述のフレーム毎にデジタルスキャンする最良手段の一般化と共に、その手段におけるフィルムへの安全性を一段と高め、フィルムメーカーが主体の営利を目的とする事業としてではなく、公共事業として国や自治体が取り組むべきことだと考える。
 
その歴史の長さと一般家庭への普及度を掛け合わせた分<8ミリフィルム>はどこかに眠っているはずである。一般庶民が撮影した膨大な映像の中には、プライベートな映像とともに、歴史的社会的に検証に値する内容が含まれていることは想像に難くない。その部分については<公共財>であり、その拾い上げと電子化・映像アーカイブ化は当然の文化施策であろう。その時代と心が映像の向こうに見えてくるはずである。
 
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拙稿『「五輪」という破壊』でも触れたが、オリンピックなるスポーツの祭典にかこつけた経済活動(スクラップ・ビルド)を<復興>と勘違いし、社会資本(ストック)たる町並みや建物をそれらに深みを与えてきた歴史の連続性とともに簡単に棄て去ってしまう移り気な国民性は1964年の東京オリンピックから2020年のオリンピック開催で色めき立つ今日までさして変わっていないようである。
 
どの先進国の首都であろうと、前時代の町並みや建物は可能な限り将来に引き継ぐ社会資本として、あるまとまった大きさは必ず残されている。たとえ、戦争でそれらが灰燼に帰してもドイツのように瓦礫を集めて元通りにするその社会資本への執着である。良くも悪くも歴史とその重みを消し去らない、不都合とばかりに水に流したり、暗渠で覆い尽くさない、そういった思慮の深さがある。<8ミリフィルム>なる映像記録があろうとなかろうと、目にできるもの、失われない何かがあるのである。
 
我が国に想いをすれば、<失うにまかせて>いる。特に都市部においては、一昔前の原風景たるものすらないのである。永井荷風の<濹東綺譚>の描かれた市井の人々のしっとりとした暮らしなど、その挿絵でしか想像できない。千住の<お化け煙突>自体がお化け話になって久しい。昭和ですらこうなのだから江戸や明治の町並みなど探すことすら困難である。その時代の芝居や小説の舞台すら満足に探せない。2020年東京オリンピックに向けて、江戸情緒などと観光文句で外国人観光客呼び寄せても肝心の江戸が現前としてないのである。<江戸前>でない東京で<江戸>を外国人観光客に具体的に説明するには江戸東京博物館か日光江戸村に行ってもらうしかない。そんな奇妙な説明を要する都市が首都である先進国は我が国だけである。
 
1940年の映画<哀愁>でクローニン大尉とレスターがめぐり合う<ウォータールー橋>はその後架け替えられてもテームズ川も周囲の建物は変わらず今もその名シーンを現地で偲ぶことができる。片や<君の名は>で春樹と真知子が別れた数寄屋橋は川ごと跡形もない(残るは地名のみ)。1964年の東京オリンピックの国立競技場ですら、これからは市川崑の映画の中で偲ぶしかなくなる。<お話にならない>とはまさにこのことである。
 
そして、昔の映像にしか残らない原風景のその映像すら朽ちるにまかせるとは何たることなのか。社会資本を破壊して得た数千億の東京都のオリンピック予算は、またしても2020年のそれに向けた新たな破壊に用いるのではなく、失ってしまった原風景を取り戻すことに使うべきであろう。即ち、その予算の一部でも、失った原風景を偲ぶ唯一且つ膨大な映像資料たる<8ミリフィルム>の拾い上げと映像アーカイブ化に用いるべきである。それが、本当の意味での東京の<心の>復興ではないだろうか。

科学映画にはアーカイブがあり、フィルム時代の資産がデジタル化され公開されている(<科学映像館> / 拙稿「縁(えにし)の糸」)。同様に一般庶民の映像アーカイブも公開化が進んでいる<地域映像アーカイブ>。この広がりを期待したい。

(おわり)
posted by ihagee at 03:03| 8mmフィルム