2020年09月25日

テープ録音(その1)



古映像の続き(Kodachrome Super 8フィルム / 撮影者氏名不明のオーファンワーク)。ただし今回はフィルム映像ではなくテープ録音について。

テープ録音といっても一時代前のカセットテープではなく、オープンリール式のテープでの録音のこと。件のオーファンワークの8mmフィルムにこの茶色いテープが数本混ざっていた

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オープンリール式のテープについては、父の遺品にも数本あったが再生するテープレコーダは遥か前に父が処分してしまったので、池袋の<ダビングスタジオ東京池袋本店>に持ち込みCD(MP3)に変換してもらった。「マグマ大使」、「パーマン」、「お化けのQ太郎」等々、半世紀以上前の幼かりし頃の私と弟の歌声が入っていた。今から数年前のことである。

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(私と弟・当時の8mmフィルムから)


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業者に変換してもらうとそれなりに千円単位の費用がかかる。そこで件のテープについては中古の小型テープレコーダをヤフオクで買うことにした。「ノークレームノーリターン」は当然、「通電確認のみ」との最初からダメ元と誰もが思う品だけに開始価格の800円でそのまま落札に至る。

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(ヤフオクの商品説明に掲載されていた写真)


800円のダメ元は父が使っていたSONY製のものではなくNATIONALのRQ-402である。ネット情報によると1968年製造のSolid State(当時は真空管が現役だったので、トランジスタを "石" に喩えてこう呼んでいた)で、海外で普及した4号リールを採用した少し変わった機種のようである(3号リールも当然使用可能)。


ビデオ工房トパーズ 記事引用)

乾電池でも駆動する可搬型は場所を選ばず音を録ることを容易にした。「デンスケ」がそのプロ機材の代名詞なら、NATIONALのRQシリーズは背伸びすれば一般庶民でも手が届く普及品ということなのだろう。後のカセットテープレコーダの出現によってオープンリール式テープレコーダはオーディオファイルへと別方向に進化していくことになる(PCMデジタル録音装置・オフコン記録装置等々)。


(NATIONAL RQ-114・基本操作はRQ-402に継承)


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届いたダメ元にはテープが巻きついたままの4号リールが2本それぞれサプライとテイクアップに付けっ放してあった。ダメさ振りをさらに念押しするかにテープはテイクアップ側で切れており、その端っぽがだらしなく垂れている。空のリールはないものの、8mmフィルムのリールを代用することが可能なのでテイクアップ側に付いていたリールをテープごと外し、手元にあった100ftの小径の空リールを装着し先ずはサプライ側に巻かれている正体不明のテープを再生することにした。

コンセントを電源に挿し恐る恐るスイッチをPLAYに捻ると「このテープは5秒後に消滅する(スパイ大作戦)」のように白い煙が上がったりせず、アカペラで口ずさむ女性の声が流れてきた。その誰ともわからぬ遠い昔の歌声にすっかり聴き入ったばかりか亡き母の姿が重なり目頭がキュッと熱くなった(そのあたりは次回記事にしたい)。

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持ち主が外国人と推測される今はオーファンのテープは3号と5号で、5号を再生するにはテープを途中で裁断してリールを分けなくてはならない。そこで先ずは3号のテープを再生してみた。このテープの面にはFour Seasons in Japan (Recorded by National Tape Recorder)と印刷されたラベルが貼ってある。ダブルトラック(モノーラルのAB面)の録音は英語で日本の四季折々の催事を音の風物詩に仕立て格調高く紹介しているが、NATIONAL製品の輸出販促用のテープであることが判った。件の外国人もNATIONALのテープレコーダを使っていたと思われる。

RQ-402のパンフレットから「4号標準テープ(録音済)」が付属品であったことが判る。"Four Seasons in Japan (Recorded by National Tape Recorder)" も輸出向けRQシリーズの付属品に違いなく、「ようこそ日本へ」と襷をかけて海の向こうの国々に工業製品を送り出していたということだ。"Made in Japan" の海外での評価やイメージはその物自体だけではなく、このような粋でありながら実にしたたかな計らいによって創出されていったということが理解できる。


("明るいナショナル"をバックに NATIONAL製品を宣伝)


「尾羽うち枯れてもNATIONALぞ、ダメ元などと思うなかれ」とレコーダはテープを介して私に諭しているようだ。NATIONALのコーポレートブランドは消滅した。しかし、半世紀以上前のその製品は今も丈夫に生きている。過ぎし日のものづくりの確かさやしたたかさ(販促用テープ)をあらためて実感した。

(おわり)


posted by ihagee at 23:43| 古写真・映像

2020年09月21日

世界の観光スポット・1970年代



古映像の続き(Kodachrome Super 8フィルム / 撮影者氏名不明のオーファンワーク)。200 ftのフィルム数本をWolverine MovieMaker Proとliquivid Video Improveでデジタル化した(それら機材とソフトについては本ブログ「8mmフィルム」カテゴリーに記載)。

「訪日外国人が撮影した」「撮影者はファイザー社と何らか関係のある人物かもしれない。単なる観光ではなく商用(商業撮影)も兼ねて訪日したとも推測される。」とこれまでの記事で述べた。

その同一人物の撮影した日本以外の国々の観光スポットの8mmフィルム(200ft 数本)に時折日本人らしき女性が写っていることに気づいた。フィルムが収まっていたキャニスターに貼付の英文から撮影者は外国人には違いないが(撮影地の表記が微妙に間違っている等)、もしかするとその伴侶はこの女性で日本(名古屋)で生活していたのかもしれない。「名古屋まつり・1966年」も「熱田神宮/名古屋城・1966年」も路上の景色を鳥瞰したシーンがある。季節を跨いで同じビルから撮影されていることから、そこがこの撮影者の職場とも思われる。白髪の老婦人も所々写っているが、その人こそ「訪日外国人」で撮影者の母親に当たるのではないかと想像も働く。いずれにせよ、撮影者が不明のオーファンワークであることに変わりはない。

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ドイツ、スイス、フランス、イタリア、ペルー?、ロサンジェルス、ハワイなどの観光名所が記録されている。Kodachromeおよび純正現像であることを示すリーダーを含めデジタル化した。1970年代と思われる名所のいくつかは私も1990〜2014年の間に出張・観光目的で訪ねたことがある。後年の印象を重ねることができるのも(ロサンジェルスを除いて)街並みに大きな変化がないためで我が国では到底ありえない(京都でさえ例外でない)。

観光は英語で "sightseeing" であるが、"sight"には「観測」、つまり、定点の成り行き(過去から現在への継続性)を眺める意味もある。「古きを温ねて新しきを知る」ではないが振り返ることがいつでも可能な定点を街並みが残し、その定点を訪ねることがその意味での「観光」となる。

他方、我が国では統合型リゾート(IR)で代表されるカジノ・ホテル、オリンピックや万博などイベントを「観光」の呼び水としている。しかし、現下のコロナウイルス禍ではそれらは逃げ水(蜃気楼)となった。 "水モノ" "キワモノ" たる正体をウイルスが奇しくも暴き出した。

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”「コロナの時代の新たな日常を取り戻すスタート(安倍首相)」と言いながら、コロナ以前のサービス業を主体とする「GOTO事業」を打ち上げ、2021年に開催延期されたオリンピックもその中心に据えているようだ。それらサービス業主体の経済施策がウイルス禍にあっていかに脆弱(水モノ)であるか思い知った筈なのに、それしか思いつかない・それしか残っていなかったのが、ウイルスが照らすアベノミクスの総括なのだろう。”
"オリンピック命" と言わせる日本の落日(続き10)から)

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過去から連綿と続く法秩序の継続性を政治解釈で断ち切るなど、ご都合主義的「未来志向」と何事もカネ目の政治・経済は、温ねるに値した(旧)国立競技場、原宿駅(旧駅舎)すらあっさりとスクラップにした。「江戸」は無論、「明治・大正」はおろか「昭和」すら今の東京に温ねる場所は失われつつある。

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"戦争で破壊された真珠のピースが一つづつそれら破壊される前の映像記録を参考に復元されている。写真を失われた過去の思い出とせずに再び写真を元に復元するという社会資本へのドイツ人の執念"
(「写真家・ヴァルター・ハーン(Walter Hahn)とドレスデン」から)

「定点」を失ってなるものかという執念がドレスデンの聖母教会を復元させた。ドレスデンを爆撃した英国ばかりか、「過去に目を閉ざさない」象徴としてナチスの侵略を受けた国々からも多くの支援が寄せられている。

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「観光」は「国の光=国の威光を観る」(中国『易経』)に言葉の由来があるそうだ。

過去(不都合な事実)に目を閉ざし、"オリンピック命" と言わせ、水モノ以外に将来を託す威光がなく「それしか思いつかない・それしか残っていなかった」ような寒々しさはこの国の落日ぶりを表している。

(おわり)

posted by ihagee at 22:10| 古写真・映像

2020年09月20日

LA/NY in 1962, LA in 1978



古映像の続き。今回はオーファンのフィルムではなく、父が遺した400 ftの長尺フィルム3本をWolverine MovieMaker Proとliquivid Video Improveでデジタル化した(それら機材とソフトについては本ブログ「8mmフィルム」カテゴリーに記載)。

「Kodak Ektachrome」と前回記事まで表記してきたがそれは誤りで「Kodachrome」が正しい(Super 8のイエロー&レッドのパッケージでは両方が併記されているがKodachromeが通り名のようである)。8mmフィルムで「Ektachrome」を主に表示するようになったのは2006年〜2010年のEktachrome 64T辺りで私の勘違いであった。訂正したい。

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1962年当時のロサンジェルス及びニューヨーク(その他含む)並びに1978年当時のロスが記録されている。前者は清水建設在職中の米国出張、後者は清水を退職し独立開業後(建築設計事務所)の出張を父が撮影したものとなる。



清水では商業ビルなど大型商業施設の設計に携わっていたので米国のそれら大型施設の視察をし、8mmフィルムは視察の移動の合間に撮ったもので、肝心の現場は経済性を考慮し135のハーフサイズを使いその膨大なネガフィルムも父は遺した。

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1970年に清水を辞め独立開業後は主に個人住宅、レストラン、中規模商業施設(ダイエーなど)の設計を手がけ、1978年に視察と観光を兼ねてロスを訪れる。1962年と街並みや行き交う人々、車などに時代の変遷を感じ取ることができる。

(おわり)


posted by ihagee at 08:47| 古写真・映像