2020年09月17日

熱田神宮/名古屋城・1966年



古映像の続き(Kodak Ektachrome Super 8フィルム / 訪日外国人が撮影したと思われるが、撮影者氏名不明のオーファンワーク)。200 ftのフィルムをWolverine MovieMaker Proとliquivid Video Improveでデジタル化した(それら機材とソフトについては本ブログ「8mmフィルム」カテゴリーに記載)。


(街角を行き交う影法師)


名古屋に住んでいたにもかかわらず熱田神宮も名古屋城も親に連れられて行った覚えがない。内山(千種区)の社宅から子どもの足では今池周辺、母の買い物に連れて行かれた栄辺りが思い出の範囲で、オリエンタル中村のおもちゃ売り場で駄々をこねて母を困らせた覚えならある。押入れに仕置きされたことも間々あった。

何十年かぶりに住んでいた辺りを訪ねた。昔遊んだ公園も空に逆立ちした鉄棒もあったがどれも思いの外小さく見えた。虫を捕まえたり地面に絵を描いたりして喜んでいたのだから子どもの視線は低かったのだろう。

(おわり)

posted by ihagee at 03:11| 古写真・映像

2020年09月16日

名古屋まつり・1966年



古映像の続き(Kodak Ektachrome Super 8フィルム / 訪日外国人が撮影したと思われるが、撮影者氏名不明のオーファンワーク)。200 ftのフィルムをWolverine MovieMaker Proとliquivid Video Improveでデジタル化した(それら機材とソフトについては本ブログ「8mmフィルム」カテゴリーに記載)。



父の仕事の関係で小学校低学年まで名古屋に居た。

尾張徳川・御三家筆頭格の城下町の誇りは「大名古屋」と呼ぶのが似つかわしい。その「大名古屋」を象徴するのが名古屋まつりで、電飾を煌めかせ夜の大路を連なって走る色鮮やかな花電車(市電)を母に手を引かれて観に行ったものだ。フィルムにあるようなトラックを改装した花電車風、時代装束やバトントワラーの練るパレードはあまり記憶がない。電波塔、名古屋城も同様に訪ねた覚えがない。それでいて東山動物園のゴリラとYMCA(千種・水泳/体育教室)のカレーライスはやたら思い出したりする。

(おわり)


posted by ihagee at 02:46| 古写真・映像

2020年09月15日

東海道新幹線・1966年



古映像の続き(Kodak Ektachrome Super 8フィルム / 訪日外国人が撮影したと思われるが、撮影者氏名不明のオーファンワーク)。200 ftのフィルムをWolverine MovieMaker Proとliquivid Video Improveでデジタル化した(それら機材とソフトについては本ブログ「8mmフィルム」カテゴリーに記載)。



NHKの童謡に歌われたこの0系新幹線で子どもの頃一人名古屋と東京を何度も往復した。東京駅で祖母に「またおいで」と見送られ、大名古屋ビルヂングの丸帽子が見えて間もなく、プラットフォームに手を振って迎える母を見つけたものだった。このフィルムとほぼ同じ頃の話である。

あの頃、新幹線の中はミシン油にタバコが混ざったような独特の臭いがした。大宮の鉄道博物館に展示している0系にも残っている。否、国鉄時代の車両はどれも機械の臭いがしたように思う。遠い時代の趣に感じるゆえに「匂い」と表現するのが正しいのかもしれない。添い寝してくれた母の匂いは今も記憶するが、それと同じ郷愁なのだろう。

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車掌室(最後部乗務員室)の風防越しに飛び去る景色が撮られている。保安上、一般人が運行中の乗務員室に入るなど今は許されないが、当時は寛容だったのだろう。時速250kmを訪日外国人を介して世界にアピールしたかったのかもしれない。東京駅を出て同駅に戻るフィルム構成は、世界最速の鉄道を撮るためだけに乗ったことを示しているようで興味深い。

(おわり)



posted by ihagee at 18:37| 古写真・映像