2022年09月26日

大会ブランド保護基準は「定型約款」たり得るのか?




権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。(民法第1条第2項・信義則)


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大会組織委員会は、オリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムで、それらプログラムに参加する企業との間で契約を取り交わしている。

それら契約書の内容がいかなるものか、契約書の事例は公開されていないが、契約企業のプレスリリース(日本語・英語)で契約の概要を知ることはできる。

株式会社 AOKIホールディングスの例(東京2020オフィシャルサポーター Tier 3):
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(同社ウエブサイトより)

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(同社英文ウエブサイトより)

契約内容として「呼称やマークなどを使用し、/ using official designations, trademarks and services」となっている。AOKI以外のスポンサー企業のプレスリリース(日本語・英語)でも概ね同じ内容である(大会組織委員会側の用意したテンプレートを用いているのであろう)。日本語の「呼称やマーク」にせよ英文での「official designations, trademarks and services」にせよそのままでは意味の上で多義的且つ拡張性がある言葉である。尚、trademarks and servicesは、商品に使用するtrademarksとサービス(役務)に使用するservice marksを意味するものと思われる。designationsは「識別表示」と訳すべきかもしれないが、その言葉の定義なり具体的な「マーク」などはおそらく契約書に記載されていないものと思われる。

スポーツ関係者間で、約款による契約が行われている。このような約款については民法548条の2第1項において定型約款として定義され、民法548条の2から548条の4までで規制されている。(「標準テキスト スポーツ法学 第3版」日本スポーツ法学会 (監修)から)


公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)は、平成28年4月25日付けで大会エンブレムを公表しました(別紙参照)。これに伴い、大会エンブレムの使用については、組織委員会が作成した「BrandProtection 大会ブランド保護基準」に基づき、次のとおり取り扱うこととなっています。(東京都中央区「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会エンブレムの取扱いについて・資料3」から)


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1. 定型約款


大会組織委員会は、定型約款(民法第548条の2)を契約相手と「みなし合意」の上、契約の内容に代えている可能性がある。

定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の 者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
(1)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
(2)定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。 )があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。(民法第548条の2)


「大会ブランド保護基準」および「東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準」が定型約款(民法第548条の2)と目される。

大会ブランド保護基準.pdf
東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準.pdf

ちなみに「東京 2020 参画プログラムマーク等取扱い基準」では、東京 2020 公認マーク及び東京 2020 公認プログラムでの名称「マーク」および「名称=正式名称・略称・呼称」の使用が認められる組織/団体として、開催都市(東京都・都内区市町村)、地方自治体、公益法人、大会放送権者などが記載されている。これらはオリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムの枠外での包括的な使用許諾である。

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2. 大会ブランド保護基準を定型約款とした場合の問題点


2-1. 他人の商標

「大会ブランド保護基準」には「4. オリンピック・パラリンピックに関する主な知的財産」に具体的な例示がある。

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さらに、「5. 法的保護」として以下記載がある。
オリンピック・パラリンピックに関する知的財産とイメージは、日本国内では、「商標法」、「不正競争防止法」、「著作権法」等により保護されています。


「4. オリンピック・パラリンピックに関する主な知的財産」の具体的な例示(上掲)にあるように、IOCのオリンピック・シンボル、JOCのオリンピック・エンブレム、IPCのパラリンピック・シンボル、JPCのパラリンピック・エンブレムなど、大会組織委員会とは他人(=IOC, JOC, IPC, JPC)の商標まで記載されている。

2-2. 契約は信義則違反(民法第1条第2項)

公益財団法人日本オリンピック委員会(以下、JOCという)が保有するJOC及びオリンピック日本代表選手団に関するマーク(・・・)契約した商品に使用して製造及び販売するプログラムです。東京2020ライセンシング事務局が契約業務の窓口を行ない、契約はライセンシーと公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会という)との直接契約となります。(大会組織委員会「東京2020ライセンシングプログラムのご案内」から)


東京2020マーケティングでは、日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会を「東京2020」という)に移管し、東京2020が東京2020オリンピック大会の権利と共に販売することになります。(「オリンピック・パラリンピックマーケティングアンブッシュ防止ガイドライン」より)


などと記載しようと、IOC、JOC、IPC, JPCの所有する商標権の通常使用権許諾を、それら商標権者とは他人の大会組織委員会が行うことはできない。つまり、それらの商標はオリンピック・パラリンピックマーケティングおよびスポンサーシッププログラムならびにライセンシングプログラムで、「商品に使用して製造及び販売する」契約の客体となり得ないのである。

オリンピック・パラリンピックに関する知的財産とイメージは、日本国内では、「商標法」、「不正競争防止法」、「著作権法」等により保護されています。

と、ブランド保護基準の「5. 法的保護」で言いながら、その商標法に違反して他人の商標の使用許諾を大会組織委員会が行っているということである。

つまり、これらの点に於いて、先のブログ記事(東京2020ライセンシングプログラム「ライセンシー」の問題点)でも縷々述べたように、もし、「大会ブランド保護基準」の記載を民法第548条の2に定める定型約款とし、個別契約の内容に代えているとするのであれば、そのような契約は信義則違反(民法第1条第2項)に該当する可能性がある。

IOCのオリンピック・シンボル、JOCのオリンピック・エンブレム、IPCのパラリンピック・シンボル、JPCのパラリンピック・エンブレムなど、大会組織委員会の所有する以外の商標まで「その内容の全部又は一部が画一的である」かに記載することは、その内容を約款として大会組織委員会と契約したライセンシーは、他人の商標までも使用することになり(権利侵害状態に置かれ)、公序良俗や信義則、権利濫用の法理に照らすと、契約自体が無効となる可能性がある。

2-3. 暗黙の使用許諾(禁止権の不行使)の問題点

そのような権利侵害に対してIOC, JOC, IPC, JPCが禁止権の不行使を認めたとしても、アンブッシュ・マーケティング対策での強力な禁止権の行使と比較すると、保護法益に於いて著しく不均衡が生じることであり、身内(スポンサー企業)の侵害行為を黙認することは到底許されることではない。

当事者同士が了解しているのだから・納得づくだから」と思う向きは多いだろう。しかし、もしそのような「みなし合意」があるのであれば、尚更のこと大会組織委員会とその使用許諾に関して契約した者が大会組織委員会の商標を使用する際、IOC, JOC, IPC, JPCがそれぞれが所有するオリンピック・パラリンピック関連商標について併せて商標的使用を行ったとしても、IOC, JOC, IPC, JPCは禁止権は行使しない旨を、定型約款に記載しなければならない

5. 法的保護
商標法
商標権侵害の禁止(第 25 条、第 37 条、第 36 条参照)
商標法上、指定商品もしくは指定役務と同一または類似の商品もしくは役務について、登録商標と同一または類似の商標を使用する行為は、商標権の侵害行為に該当し、侵害の差止請求および損害賠償請求の対象となります。なお、オリンピックシンボル、パラリンピックシンボル、大会エンブレム、JOC 第 2 エンブレム、JOC スローガン等の商標は、IOC 、IPC、 JOC、JPC または組織委員会 により、広汎な指定商品もしくは指定役務において商標登録されております。(大会ブランド保護基準より)


このようにいかなる場合も禁止権を行使すると言明している。

冨澤美加氏(商標制度企画室長)の重要発言:
「権利化後は制限がございまして、公益著名商標につきましては、移転と専用使用権の設定及び通常使用権の許諾につきまして制限を設けられてございます。[…] 公益著名商標を第三者にライセンスしても商標法上の効力は発生いたしませんが、やむを得ず当事者間で差止請求権の不行使契約等を結ぶことにより、実質的に使用権を許諾したかのような状態とするケースがございますが、これには問題があるのではないかと懸念する声がございます。このような懸念がありますことから、公益団体等が商標登録出願自体を躊躇する。」 (産業構造審議会知的財産分科会第4回商標制度小委員会議事録から


このような問題点を払拭するために、公益著名商標であっても従来商標法が認めていなかった第三者への通常使用権許諾が可能に法改正(商標法第31条第1項但書削除)をしたのであるから、IOC 、IPC、 JOC、JPCのそれぞれが所有するオリンピック・パラリンピック関連商標(公益著名商標)については、各々が契約を以て、通常使用権を許諾すれば良い話なのである。尤も、法改正前にほぼ全てのライセンシング契約は成されており、その時点での通常使用権許諾契約はゆえに全て違法である(法改正を以て契約時に遡及して合法とはならない=商標法第31条第1項但書は強行規定ゆえ)。その意味で、違法な契約に基づきライセンシーに商標を使用させたことは、ライセンシーを商標権侵害状態に置いたことにもなる。

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3. ジョイント・マーケティングと商標権


3-1. 「使用権の移管」の意味

日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会を「東京2020」という)に移管し(「オリンピック・パラリンピックマーケティングアンブッシュ防止ガイドライン」より)


オリンピックマーケティングのスポンサーシップ構造は国際オリンピック委員会(IOC)が管理するワールドワイドオリンピックパートナーを頂点とし、その下に各国・地域のオリンピック委員会(NOC)のスポンサーや大会組織委員会(OCOG)のスポンサーが位置付けられます。また、大会の開催国では、オリンピック競技大会を成功に導くために、NOCとOCOGが統合した1つのマーケティング、すなわち「ジョイント・マーケティング」と呼ばれるOCOGによるスポンサーシッププログラムを構築することが義務付けられています。そのため、東京2020マーケティングでは、日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(=公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に移管し、東京2020大会の権利と共に販売します。(「スポンサーシップについて」東京都オリンピック・パラリンピック準備局サイトから)


ジョイント・マーケティングが大会組織委員会およびJOCならびに東京都が共同事業体(それ自体は任意団体)となって、その事業体の代表として大会組織委員会が、オリンピック資産(商標権など知的財産権)を一元管理し、JOCの所有する商標の使用権許諾契約に於いて契約当事者たり得る、ということなのだろうか?

「日本オリンピック委員会(JOC)のマーケティング資産(ロゴや呼称等)の使用権を東京2020(=公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に移管し」の「使用権の移管」について定義が示されておらず、その言葉のままでは商標法に照らしても意味を成さない。ちなみに「移管」は管轄ごとに管理されているものの他の管轄に移すことを言う。他人の財産や施設を管理する権利または権限が管理権であるから、大会組織委員会が他人であるJOCのライセンシングを管理する権利または権限を有する意味であっても、大会組織委員会が他人であるJOCの商標権のライセンシングを契約主体となって自ら行うことはできない。

また、「使用権の移管」が商標権の移転を意味するものであっても、公益著名商標に係る権利の移転は事業ごとの一般承継以外は認められておらず、JOCの公益事業を丸ごとその商標と共に大会組織委員会に移管する筈もなく、またその事実もない。

3-2. ジョイント・マーケティングで用いる商標とは

したがって、ジョイント・マーケティングで用いる商標であれば、その目的で然るべく登録出願されていなければならないという理屈になる。拙稿:この商標よ〜く考えると、おかしくないですか?、で述べたように、その目的であれば団体商標であったり、大会組織委員会およびJOCならびにIOCが各々権利持分を記載して共同出願するなり、といったことだが、それはそれとして現実的に不可能である(理由は拙稿:この商標よ〜く考えると、おかしくないですか?で詳述)。

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4. ライセンシーを商標権侵害状態に置くこと


4-1. 大会組織委員会の契約行為は詐欺に当たる

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会輸送連絡調整会議付属資料に記載のライセンシングプログラム枠での「ライセンシー」である株式会社丸眞は、その製造販売した商品(オリンピック公式グッズ:ウォッシュタオル)にJOCの「がんばれ!ニッポン!」および第二エンブレムを使用しているが、使用許諾に係る大会組織委員会との直接契約で上述の「その内容の全部又は一部が画一的である」約款が用いられているのであれば、丸眞は他人(JOC)の商標を不法に使用していることになる(商標権侵害状態に置かれている)。このような状態に置いた大会組織委員会の契約行為は詐欺を問われることである。

使用態様:
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(おわり)
posted by ihagee at 07:14| 東京オリンピック