2022年03月24日

バビ・ヤール "Babi Yar" の意味すること


千万の言葉よりも音楽は時として遥かに雄弁である。

ウクライナに関連して先の記事ではピョートル・イリイチ・チャイコフスキーの第2交響曲に触れた。ウクライナの美しい民謡を散りばめた楽曲がかつて「小ロシア」と呼ばれていたことなどである。ウクライナが小ロシアであった時代(帝政ロシア)から時代が下って、ウクライナがウクライナ・ソビエト社会主義共和国であった時代(ソ連邦)、ドミートリイ・ショスタコーヴィチは第13交響曲を作曲した(1962年)。

『バビ・ヤール "Babi Yar"』と通称されるこの楽曲はその名の通り、ウクライナの地(キエフ近郊バビヤール渓谷)での民族浄化・殲滅(ホロコースト)を歌詞と音符を以って表現している。

第一楽章:バビ・ヤールでのナチのユダヤ人虐殺や、帝政ロシア時代末期の反ユダヤ団体「ロシア民族同盟」によるユダヤ人排斥運動、ドレフュス事件、そしてアンネ・フランクなどに触れつつ、未だロシアや世界に蔓延る反ユダヤ主義を激しく糾弾する。

バビ・ヤールに記念碑はない。
切り立つ崖が粗末な墓標だ。
私は恐ろしい。
今日、私は年老いたように感じるのだ、
あのユダヤ民族と同様に。

今、私は自分がユダヤ人だと思えるのだ。
ほら、私は今古代エジプトを彷徨っている。
ほら、私は十字架に釘付けされて死ぬのだ、
そして今も私に残る釘の痕。
ドレフェスは私である、と思える。
俗物根性が私の密告者、そして裁判官。
私は孤立無援。
私は鉄格子の中、痛めつけられ、罵られ、辱しめられて。
ブラック・レースの夫人たちが、
かなきり声で、傘で顔を突く。
そして、ベロストークの少年は私のことだと思うのだ。

血が流れ、床に広がる。
酒場のゴロツキ達が暴れ周り
ウオッカとねぎが匂う。

長靴で蹴飛ばされた、力ない私は、
ユダヤ人集団虐殺者達に虚しく頼む。

「ユダ公を殺せ、ロシアを救え!」
喚きの中で粉屋が自分の母を叩きのめす。

おお、我がロシア民族よ! 私は知っている
お前は元来、国際的なのだ。
しかし、汚い手をした奴らが、
お前の清らかな名を唱えたのだ。
私は知っている、この土地の優しさを。
だが、何たる卑屈、反ユダヤ主義者達は、
厚かましくも、自らをこう名乗ったのだ。

「ロシア民族同盟!」

私は思う、自分がアンネ・フランクであると、
4月の小枝のように清純なアンネであると。
そして私は愛することをするし、私に飾り文句は要らない。
だが、必要なのは私たちが見つめあうこと。
何と僅かしか見たり、嗅いだり出来ないものだろうか!
木の葉も私たちには禁止
空も私たちには禁止。
しかし、とてもたくさん出来ることがある
それは優しく部屋で抱き合うこと。

ここへやってくるのか?

怖がるな、あれは春の轟き
春がここへやって来る。
私のところまで来て、早く口付けを。

ドアを壊しているのか?

いや、あれは春の流氷…

バビ・ヤールに雑草が茂る。
木々は裁判官のようにいかめしく見つめる。
全てが無音の叫びを挙げるここで、
脱帽した私は次第に白髪になって行く。

そしてこの私は、無音の叫びの塊として、
数万の虐殺された人々の上にいる。
私はここで銃殺された老人だ。
私はここで銃殺された子供だ。
私の中の如何なるものも、それを忘れはしない!

「インターナショナル」を轟かせろ、
地上最後の反ユダヤ主義者が
永遠に葬られる時に。

私の身体の中に、ユダヤの血はない。
だが激しい敵意を込めて私は憎まれる
全ての反ユダヤ主義者達に、ユダヤ人として。

だから、私は真のロシア人なのだ!

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その第一楽章に使われた詞「バビ・ヤール」は初演後、その改変をフルシチョフ(当時:書記長)は作詞者(エフゲニー・エフトゥシェンコ)に命じた(楽曲の改変も命じたがショスタコーヴィッチは応じなかった=ヘブライの音楽的イデオムは一切改変されていない)。

民族主義・分離主義運動は連邦の崩壊に繋がるとし「ソビエト連邦には人種・民族問題は存在しない」を建前としてきたモスクワ政府にとって、特定の民族(ユダヤ)の問題を「虐殺」という言葉で表現するこの第一楽章は到底許すことができなかったのである。(「交響曲第13番 (ショスタコーヴィチ)」wikipedia記事参考)


(初演者による1967年スタジオ録音版・殺気に満ちている)


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「バビ・ヤールに記念碑はない。切り立つ崖が粗末な墓標だ…」(第13交響曲第一楽章歌詞から)

『ユダヤ人が殺された渓谷に博物館建設へ 被害と加害が絡む歴史(東京新聞 2020年7月27日付記事以下引用』

” ウクライナに、第2次大戦中にナチス・ドイツによってユダヤ人が銃殺された渓谷「バビ・ヤール」がある。この地で今年、犠牲者を悼むための博物館建設が決まった。ウクライナはホロコーストの舞台になる一方、一部の民族主義者がユダヤ人迫害に協力した側面もある。被害と加害が絡む歴史の清算は進むのか。(中略)ソ連は戦後、バビ・ヤールを「ナチスによってソ連人が殺された場所」とし、主な標的がユダヤ人であったことは伏せた。諸民族から構成されるソ連では、諸民族の団結が優先され、特定の民族の犠牲については触れづらい風潮があった。
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ソ連末期になると全体主義の呪縛が解けて、バビ・ヤールの記憶継承の動きが盛んに。5年ほど前から博物館建設の機運も高まってきた。
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ゼレンスキー大統領は今年1月、訪問先のイスラエルで年内の博物館建設着手を表明。自身もユダヤ系であることを踏まえ、同国のネタニヤフ首相に「ウクライナ国民はホロコーストの悲劇を誰よりも理解している」と伝えた。
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ナチス占領期の犠牲を強調するウクライナだが、国外からはナチスに協力した科を問う声も上がり始めている。バビ・ヤールの虐殺などに一部のウクライナ人が関わっていたからだ。問題視されるのが第2次大戦前に結成されたウクライナ民族主義者組織(OUN)の指導者ステパン・バンデラ(1909〜59年)。ウクライナを支配していたソ連、ポーランドからの独立を期し、武力闘争を展開した。ユダヤ人を迫害するナチスにも協力し、欧州では極右勢力と目された。
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ウクライナでは大戦前、ソ連政府の穀物徴発で大飢饉が起き、ナチスをソ連の強権支配からの解放者と期待する向きもあった。ウクライナでは、バンデラを愛国者としてたたえるパレードが10年ほど前から定着。イスラエルとポーランドの駐ウクライナ大使はこの1月、「民族浄化を掲げた人間を顕彰するのは許されない」と非難声明を出した。チェコのゼマン大統領もウクライナ人のバンデラ崇拝を糾弾している。
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ただゼレンスキー氏は国内の民族主義者に配慮し、バンデラの歴史的評価を明らかにしていない。ウクライナの政治学者ポグレビンスキー氏は「バビ・ヤールに追悼施設を造る一方で、国内の排外的な国粋主義を放置するのは矛盾している」と辛口な評価を下す。


1941年のバビ・ヤールで撮影されたとされる記録写真。銃殺前にユダヤ人が脱いだ服が散乱する=モスクワのユダヤ博物館で(小柳悠志撮影)


2019年10月、バビ・ヤールを訪れたゼレンスキー大統領(中央)=ウクライナ大統領府サイトから

(引用終わり)

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その一部が加害者として加わったウクライナ人の名前をバビ・ヤールの虐殺から消し、バビ・ヤールから続くナチズムに染まった民族主義者による自国東部地区でのロシア人への暴力を伴う迫害をゼレンスキーは放置し続けている。

「私たちはさまざまな国にさまざまな条件で住んでいますが、両方の人々が脅威にさらされています。2月24日-ロシアのウクライナ侵攻について考えてみてください。1920年2月24日、数百万人を殺害したナチ党がドイツで設立されました。ロシア軍は数千人を殺害した。何百万人ものホームレス。私たちの人々は、あなたの人々が求めていたように、世界をさまよって平和に暮らすことを求めています。これは不当な戦争であり、ロシアの人々は破壊している-そして世界は見守っている。クレムリンの話を聞いてください、彼らはナチ党のように聞こえます。ナチスはそれを最終的な解決策と呼んだ、あなたは覚えている。「今モスクワでも、彼らは 『最終解決策』を言っているが、今回はウクライナの人々について話している。イスラエルの人々-あなたはロシアのミサイルがホロコーストの犠牲者の記念碑であるキエフ、バビ・ヤールを攻撃するのを見ましたか?ロシアのミサイルもウマニを攻撃しました、戦後のウクライナの都市には何が残るのでしょうか?無関心を説明することは可能ですか?パーティーを選んでみませんか?無関心は殺します。イスラエルは、アイアンドームシステムが世界で最も優れていることを知っています。なぜイスラエルから武器を入手できないのかと疑問に思うかもしれません。なぜイスラエルはロシアに深刻な制裁を課さなかったのですか?イスラエルの人々は、今あなたの選択です。」(イスラエルでのゼレンスキー大統領演説)。

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「ウクライナ大統領に感謝し、ウクライナの人々を心から支援しますが、ホロコーストの恐ろしい歴史を書き直すことは不可能です。虐殺もウクライナの地で犯されました。戦争はひどいですが、ホロコーストの恐怖と最終的な解決策との比較は法外です(ヨアズ・ヘンデル・イスラエル通信相)」

”イスラエルの立法府の126人の議員、大臣および副大臣がゼレンスキーの発言を見守った。世界中の議会とは対照的にイスラエルの立法府は立ったり拍手したりすることを控えた。最後に数人の議員が拍手をした。”(kolhazman/イスラエル 2022年3月21日付記事から引用)

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クレムリンの『最終解決策』を、ナチスの最終的な解決策に関連付け(異なる文脈の二つの言葉を並べて連想を引き起こし)さらに感情に訴えることによって、ウクライナへの軍事侵攻はナチスの行なった民族殲滅=「ホロコースト」と等価であるとゼレンスキーは主張する(無関係な連想によって、あるものの性質は本質的に別のものの性質であると主張すること / 関連付けの誤謬 Association fallacy)。

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バビ・ヤールに記念碑を立て、ドンパス(ウクライナのドネツィク州とルハーンシク州)での過去8年に渡る民族紛争(ドンバス戦争)の犠牲者には「粗末な墓標」という矛盾。そのいずれの加害者もウクライナ人ではあるがロシア人ではない。そしてそのいずれの被害者にもウクライナ人とロシア人が含まれている。

「ソビエト連邦には人種・民族問題は存在しない」を建前とし「バビ・ヤール」の歌詞をフルシチョフ(ウクライナ人)は書き直させた。

そして「国内の民族主義者に配慮」しあたかも「ウクライナ国内には人種・民族問題は存在しない」を建前とするが如く、ゼレンスキーは今「ホロコースト」を加害者の名前共々全く異なる文脈に書き直そうしている。事実までもなかったことにする歴史修正主義者(Revisionist)の演説に拍手は要らない。

(おわり)




posted by ihagee at 06:52| 政治