Flickrに投稿したサイアノタイププリントについて「ヴァンダイク(Van Dyke)」でも試せるか?ととある外国人から質問を受けた。試せるか?とは、本ブログの「サイアノタイプ」で採用するUV光源の引き伸ばし機(+アナログネガ)で、という意味である。
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そこで「ヴァンダイク(Van Dyke)」を試してみることにした。サイアノタイプよりも敷居が高い。
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サイアノタイプと同様「ヴァンダイク(Van Dyke)」もそのプリント理論が発見されたのはかなり古い。
1842年のジョン・ハーシェル卿の論文「植物の色といくつかの新しい写真プロセスに対する太陽スペクトルの光線の作用について」が出典とされている。ジョン・ハーシェル卿は「写真」(Photography)、ネガ、ポジという名称を提案し、定着にチオ硫酸ナトリウムを用いることを提案し、1842年には青写真(cyanotype)、金コロイドを用いたクリソタイプ(Chrysotype)を発明した(wikipedia)というから、本職の天文学者、数学者としての多大な功績もさることながら写真技術に於いてもメルクマールを残した。

(ジュリア・マーガレット・カメロン撮影のジョン・ハーシェル卿)
WWJニコルが最初の実用的な鉄銀プロセスであるヴァンダイクの一形態であるカリタイプの特許を取得したのは1889年。ヴァンダイクの実用上の公式は、1895年にArndt and Troostによってドイツの特許に最初に登場し、1895年10月にThe Photo-Beacon誌で最初に公開された。20世紀の最初の数十年の間に、Vandykeとして今日知られているプロセスはセピアプリント、ブラウンプリント、または単にカリタイプを含む他の多くの名前があるようだ。
1961年のブリタニカ百科事典が第二鉄-銀プロセスの1つとしてヴァンダイクに言及しているため、ヴァンダイクという用語が一般的に使用されるようになり、プロセス上、ヴァンダイクとカリタイプは別々のプロセスとして区別されている。
「ヴァンダイク」なる名前は、フランドルの画家「アンソニー・ヴァン・ダイク(Anthony van Dyck)」に由来している。この画家の作品を特徴付ける渋紙色(しぶがみいろ)の色調がプリントに現れることからそう呼ばれるようになったのだろう。ちなみに、油絵具の「ヴァンダイクブラウン」(#905740)はヴァン・ダイクにちなんで名づけられた顔料である。
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ヴァンダイクの反応プロセスは、第二鉄、Fe(3+)を含むクエン酸第二鉄アンモニウムに基づいている。紫外線に曝すと、第二鉄は第一鉄、Fe(2+)に還元される。銀鉄プリントを作成するには、第一鉄を硝酸銀とさらに反応させる必要がある。
感光剤(フォーミュラ)は一般に以下の薬品と手順に従って作成する。
溶液A
クエン酸鉄アンモニウム:9.0 gm
蒸留水:33.0ml
溶液B
酒石酸:1.5グラム
蒸留水:33.0ml
溶液C
硝酸銀:3.8グラム
蒸留水:33.0ml
溶液AとBを組み合わせ、攪拌しながらゆっくりとCを加え茶色のボトルに注ぎ数日間熟成させてから使用する。
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硝酸銀は日本の法令では毒物及び劇物取締法により劇物指定であり、アンモニア水と反応して爆発性を帯びたり(雷銀)、誤まって皮膚に付くと酸化作用による腐食性を発揮するなど(目に入ると失明の危険性)、個人が取り扱える化学薬品ではない。毒物あるいは劇物であっても希釈した製品であればその対象外となるので、すでに調合済みの感光剤(フォーミュラ)をeBayを介して調達した。

サイアノタイプの場合、露光後の処理は反応しなかった薬剤を水で洗い流すだけと簡単だが、ヴァンダイクの場合は露光中の画像形成に使用されなかった硝酸銀と鉄を除去したのち(硝酸銀は皮膚を腐食する可能性があるので手袋が必要)、現像を停止し画像を安定化させるための定着作業が必要となる。
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@ 水洗作業:
硝酸銀は水に可溶性の為、紙の繊維に残った硝酸銀は水洗で取り除くことができるが、アルカリ性(カルキが入っている為)の水道水では残留鉄は染み(ステイン)となって画像を劣化させる。つまり、アルカリ性に振れた浴で処理すると残留第二鉄がプリントに残り、鉄(III)が銀を酸化するため色褪せをもたらすようだ。
従って、浴はわずかに酸性であることが不可欠となる。水4Lあたり約小さじ1杯のクエン酸を加えることで適切なpH(pH7を若干下回る程度)となるようだ。水道水にいきなりプリントを晒すのではなく、この割合でクエン酸を加えた水(20℃程度)を張ったバット(トレイ)にプリントを入れて1分程、濯ぐのが良いようだ。必要に応じて同じくクエン酸を加えた水を張ったバットを取り替えながら濯ぎを繰り返す。
この過程でプリントは鮮やかなオレンジ色に変化する。定着作業に入る前のこの段階で必要であれば調色(トーニング)を行う。
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A 調色作業(必要に応じて):
プリントの銀が調色剤(トナー)中の金属に置き換わることで色調が大きく変わるが、銀の約90%が置き換わる金(塩化金(III))等を含むチオ尿素トナーがベストのようだ。もっとも、塩化金(III)は毒物及び劇物取締法により劇物に指定されているので個人が扱うことはできない。
チオ尿素トナー
蒸留水 750ml
1%塩化金 50ml
1%チオ尿素 50ml
酒石酸 0.5g
塩化ナトリウム 20g
蒸留水 1000ml
この調色プロセスは画像の保存性にも関係している。つまり、上述の水洗を行なってもプリント中の残留第二鉄をすべて取り除くことは不可能な為、銀を酸化させ最終的には色褪する。銀を他の金属に置き換えることでこの色褪せを防ぐことができるということである。
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B 定着作業:
チオ硫酸ナトリウム(所謂ハイポ)50gを水750mlに加えてかき混ぜ完全に溶けたら、250mlの水(20℃)を加え、5%チオ硫酸ナトリウム溶液(定着液)を作成する。この定着液をバット(トレイ)に満たしプリントを5分間程、含浸させる。定着液に入ると画像が大きく暗くなる。含浸時間を長くすると色が褪せてくるので頃合いを見計らう必要がある。この際のバッドはゼラチンシルバーで通常使用する金属製のバットではなく、百均などで売られているプラスチック製のバット(トレイ)が良い。プリントから離れた銀粒子がバットをエッチングするからだ。
この含浸作業の後、チオ硫酸ナトリウムをプリントから完全に除去する為に、バットにプリントを入れて20℃の流水に40分間晒し、プリントを吊るして乾かす。
C クリアリング(必要であれば):
上述のバットにプリントを入れて20℃の流水に40分間晒すことに代えて、1%の亜硫酸ナトリウム溶液(1000mlの水に10gの亜硫酸ナトリウムを加えたもの)に20分含浸した後、20分流水に晒す作業(クリアリング)。
亜硫酸ナトリウム溶液はクリアリングペーパー用に希釈したコダックハイポクリアやハイコなどの市販の溶液があるが、皮膚への炎症性があるので時間がかかるが単純に流水に晒す方(Bまでで)が良いかもしれない。
プリントが乾くと画像がさらに暗くなる。このことはヴァンダイクがプリントアウトプロセスであり、最終濃度の約半分となるように露光を制御する必要がある。サイアノタイプの場合は露光が過多であっても漂白作業で調整できるが、ヴァンダイクは露出度の高い領域では階調がなくなるので、露光直後のプリントは見た感で淡めになるのが良いようだ(以下、状態を表す動画)。
(スラブ舞曲も心地よい)
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前置きが異常に長くなってしまったが、ヴァンダイクはサイアノプリントと異なり何かと薬品や所作を必要とする。

@ 水洗作業用にクエン酸(クエン酸の代用としてホウ砂)、B定着作業用にチオ硫酸ナトリウム(所謂ハイポ)、作業全般に用いるポリエチレン性使い捨て手袋、それぞれの作業に用いるバット(トレイ)は百均の野菜などを洗うトレイを各々購入した。
紙はサイアノタイプで実績のあるCotman Water Colour Paper(B5 Fine)を用い、調合済みの感光剤(フォーミュラ)からスポイトで数滴紙に落としてスポンジ刷毛で均一に塗布(薄い緑色)。この一連の作業はサイアノタイプと同様、暗室でなくとも可能(暗めの室内灯下で作業)。
露光はサイアノタイプの場合と同じ。但し、最終濃度の約半分となるように露光を制御する必要がある。用いるアナログネガのコントラスト次第だが、露光時間はサイアノタイプの場合よりも短くなるようだ。

(Polaroid Digital Palette HR 6000で作成したアナログネガ=35mmフィルムをLucky Attache-35 (EL-Nikkor 1:2.8 f=50mm)にセットして露光している状態)

(6.5" x 4.25"の写真乾板をLPL Model 7451(EL Nikkor 135mm / F5.6)にセットして露光している状態)


(露光完了直後のプリントの状態)

(@ 水洗作業中の状態=オレンジ色がかっている)
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作例:
(露光時間約4時間・露光過多と感光剤の塗布ムラが結果に反映している)
(露光時間約1時間)
比較(サイアノタイプ・トーニング有):
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UV光源の引き伸ばし機(+アナログネガ)でヴァンダイクプリントは可能である、とその外国人に返事をした。プリントの結果は満足するに至らず、試行錯誤が必要ということも判った。ヴァンダイクは奥が深いと云われるだけある。
(おわり)