2021年05月12日

視覚障害者にとって音は意味世界



大音量アナウンス、視覚障害選手「集中できず」東京パラテスト大会

” 陸上の東京パラリンピックのテスト大会は11日、本番会場の東京・国立競技場で行われた。PCR検査を受けた国内の選手約120人が出場し、パラ競技ならではの課題が浮かび上がった。問題になったのは、競技場を盛り上げる大音量の場内アナウンスだ。女子走り幅跳び(視覚障害T11)では選手が跳躍の頼りにする「コーラー」と呼ばれるパートナーの発声や手拍子が、場内にこだまする音声に遮られた。東京大会内定の高田千明(ほけんの窓口)は「コーラーが出す音とは違うリズムの音声が入って集中できなかった」と指摘した。試技が長引き、競技のスケジュールは大幅にずれ込んだ。高田は運営側に改善を要望したといい、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の運営担当者は「迷惑を掛けたのであれば申し訳ない。改善ポイントを探りたい」と述べた。” (毎日新聞 2021年5月11日付記事から引用)

----

<音>は、パラリンピック競技会場に限った話ではない。

公共交通機関(鉄道)での大音量且つカオス状態の発車メロディや構内放送は杖先の音や、ポーンといった歩行者用信号を聞こえにくくする。つまり、杖の音が拾えないとか音サインを聞きそびれるといったことである。視覚障害者にとって<音>は意味世界そのもの。プラットフォームでは<音>が生死を分ける場合もある。過剰な環境刺激は視覚障害者を先導する盲導犬にとっても集中を妨げる要因となる。

健常者にとっては演出めいた音づくり(プラスのデザイン)であっても、視覚障害者の側に立てば、必須な音と不必要な音との切り分けの点、すなわち音の規制(マイナスのデザイン)に照らしてみるべきことなのかもしれない。

健常者本位の社会ではなく、障害者の立場で<音>と<環境>のかかわりを常に考察(意識)する社会になってほしい。パラリンピック競技会場の中だけで改善すれば良い問題ではない。

関連記事:
<音>から考える - プラスとマイナス
<意識なきシステム>で「世界一」となる国
「東京メトロ日比谷線車内でBGM試行運用」への一言

(おわり)

追記:
コロナウイルス感染下でのパラリンピック競技開催要件(感染予防対策)は全くメディアで報じられない。
身体に様々なハンディを負っている競技者にとって暑さに加え、ワクチン接種は健常者以上のリスクがあるのではないか?競技者自身の身体上のリスクを考えれば、開催要件はパラリンピックにこそ先ず語られるべきではないかと思う。「迷惑を掛けたのであれば申し訳ない」と言う大会組織委員会の「迷惑」程度の認識には驚くが、障害者の負うリスクに全く頓着していないとすれば由々しきことだ。


posted by ihagee at 02:39| 日記