「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」と題する経済コラム(筆者:加谷珪一氏)が昨年ニューズウィーク日本版(電子版)に掲載され大きな反響を呼んでいるようだ。
”「日本はAI後進国」「衰退産業にしがみついている」「戦略は先輩が作ったものの焼き直しばかり」。ソフトバンクグループの孫正義社長による手厳しい発言が話題となっている。多くの人が薄々、感じている内容ではあるが、公の場では慎重に言葉を選んできた孫氏の性格を考えると、一連の発言は異例であり、事態が深刻であることをうかがわせる。”(同上コラムから引用)
「日本社会が急速に貧しくなっている」という自覚を孫正義氏がこれらの強い口調で我々に促している。バブル経済手前、高度経済成長の残照があった1980年代に社会人となった私の認識とも一致する。通勤スーツという社会人たるお約束を着込み革靴に鞄の集団からすれば、やれたジーンズにリュック姿は日雇い労働者か失職者にしか見えなかったあの時代と比べ、服飾一つとっても、社会人と一目で判る身なりはなくなった。まして、それが正規か非正規かは問わず雇用とみなす社会になって、スーツは何の約束ももたらすことはない。
自らビジョンを描くことをしなくなった世代(描くことが難しくなった世代)。後先を考えることすらできず今の一瞬を生きるに精一杯の彼ら・彼女らの、刹那的な気分は、あの時代にはなかったと思う。刹那が一瞬の意味ならその反語は永劫。一億総中流時代、高くも安くもない給料を貰って年功序列・終身雇用で55才定年、残りの人生はそこそこ年金で暮らす、その生涯設計を当然のようにあの当時の若者は抱いていた。私もその一人だった。
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貧富の格差が拡大する社会にあって、富者は更なる自由を求め、貧者は平等を叫ぶ。その特恵的自由度は権力者との距離に相応するのだろう。桜を見る会の烏合の衆に見るように。
特恵であるということ、すなわち、日本人の発想原点が相手の内にあり、相手の初動に振りまわされて自己の持ち味を発揮できないことが多いという結果になる。振りまわされているということすら「忖度」していればわからなくなる。自己の持ち味など却ってない方が良いのかもしれない。
突発入力に対しては一瞬だけ衝撃的に反応を示すけれども、あとはしゅんと静まりかえって忘れ去る。(拙稿 佐貫亦男氏『発想のモザイク』から)。これは明治から現在に至るまで一切変わっていない。
事実、「日本社会が急速に貧しくなっている」という自覚までも、今さら相手(孫氏)から求められるようでは(そんな当たり前のことすらニュースになるようでは)、「だから?仕方ないんじゃないの・・・豊かだった時代なんてどのみち知らないし」「俺にどうしろって?世の中が悪いんさ・・・まぁどうにかなるさ」とスルスルと現状肯定・思考停止・判断留保になるのオチである(拙稿 <意識なきシステム>で「世界一」となる国)。ここが、発想の原点が常に自分(自己)にあるドイツ人・アメリカ人との決定的違いである。相手の挙動をある時間だけ観察積算してデータを得ようとする努力(ドイツ人)、遅れのほとんどない比例回路的発想(アメリカ人)は、決して現状肯定・思考停止・判断留保には終わらない。
”発想の原点が自己にないこと、時定数が小さいことは、ゲインの増幅の程度を国民一人一人が認識・判断できず、他者(為政者・集団意識・他国)にその度合いを渡してしまうことになる。まさに長いものに巻かれる・付和雷同である。・・・「大股で踏み出すと顛倒する」ことをその積分回路的発想から学ぶドイツは、もはや「大股で踏み出す」ことはしないであろう。大当たりがないが、食いはぐれもない道を今後も着実に歩み続けるだろう。そして「過去における誤差」を10年越しで蓄積して用いても、欧州第一の経済大国なのである。”(拙稿 佐貫亦男氏『発想のモザイク』から)
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「大当たり」を狙おうと、ゲインを(出力にかける増幅度)を大きくすることによる不安定性を意図しているかのような、オリンピック・万博・IR(カジノ)といった突発入力に傾斜した場当たり・思いつき・鉄火場的経済政策は、大当たりがないが、食いはぐれもない道を今後も着実に歩み続けるドイツとは正反対である。
「日本社会が急速に貧しくなっている」のではなく、発想の原点が自己にないがゆえ、日本社会全体の本来の身の丈は、先進国と比較して明治以来ずっと「貧しい」レベルにあるという自覚が必要なのだろう。オリンピック・万博・IR(カジノ)など外連味たっぷりの「おもてなし」がなければ、どうにもならない(それらすら一時的)社会とは、裏返せば何事も「もてなす」相手の顔色ばかりを伺って発想の原点を自己に持ち合わせない国民性を表している。
相手の顔色をなくすことこそ、発想の原点が自己にあることなどと、対韓国意識を以って思い違いをしてはならない。それは日本人の異質ゆえの特異性(私心をなくし公に一身をささげて仕える「滅私」=発想の原点が自己にないこと)への自己賞賛の裏返しに過ぎないからだ。「日本人って凄い」「日本国って素晴らしい」と「わたし(個人)」が決して主語とならない呪文を無定見に叫ぶことでもある。そこで「君は?」と問われると答えることができない、「なにごとのおはしますかは知らねども(西行法師)」なる空気感的な有り難さへの「タダ乗り」は単なる集団的劣化である。
”日本が韓国に反感をもつようになったのは、日本人が劣化したという証拠だ・・・本屋で“日本が最高”という本を見かける度に、いつも気分が悪くなる”(柳井正ファーストリテイリング会長)
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唯一、日本人が発想の原点を自己に置き、大いに経済が隆興したのが満州国であったように思える。満州育ちに概ね共通する気質「疾風に勁草を知る・独立不羈・泰然自若」は発想の原点を自己に置かざるを得なかった広大な大陸の風土を反映している。しかし、発想の原点を自己に置く満州国人(特に大陸に骨を埋める覚悟で渡満した民間人)たる国民性は敗戦と共に徒花に終わった。内地に戻るや「満州育ちは・・・」と大いに煙たがられたことを父は書き遺している。「個性を尊重し人をして人格の完成に力めしめる」イートン校的原点は、父のような満州育ちに所謂「リベラル」が多い所以で、口ばかりで行動や責任を伴わないと今ではやたらと非難される「リベラル」な思想信条は、満洲国では寧ろそうでなかった。内地では決して許されない個人主義も言行一致とそれなりに達成することができたのかもしれない。
”中学に入学しますと、組の一割が中国や韓国の人たちでした。日本人の中学に入ってくる人たちですから、勉強も良くでき、級長を務めた者もいました。卒業で組毎に謝恩会を開いた時、将来の抱負を一人一人話したのですが、その時、韓国のK君が立ち上がって「僕は将来、朝鮮独立のため戦う」と話しましたが、我々はこのことを少しもおかしな発言とは思わず、全員が期せずして拍手をしたのを覚えています。多分内地では考えられないことだったと思います。”(父の日記から)
韓国併合によって大韓帝国が消滅すると、日本国(当時:大日本帝国)は韓国の地名を朝鮮とした。朝鮮に本籍地を有する日本臣民となった者は「朝鮮人」と称され、その臣民たる朝鮮人(韓国)のK君が朝鮮独立のため(君主国=日本国、君主=天皇・皇族と)戦うと発言したことになる。満洲国であっても日本国ではない、満洲国人であっても日本臣民ではないかの独立不覊の精神が当時の満洲国人(特に満州育ちの青少年)にはあったのだろう。父も記しているが、朝鮮および内地では絶対に有り得ないことだ。
”支那の商人は信用を重んじます。一般的に支那の商人は約束したことは決して違えないのです。例えば、私が何か売るその金はいつ何日払うと約束すると、それは必ず実行するのです。この点では日本人は売買しても金の取引にはよく面倒が起るが、それは何とかかんとか理屈をつけてかれこれ云うことがあるが、支那人に限ってそれは全然無く、決めた通りにするので私は支那人と取引して損なことに一度もあったことがない。どんなことでも約束は固く守るのです。さすが大国人であり、孔子様の教えの行き届いていることを私は知ったのです。私は五・六才の頃、父から教えられた大学のことを思い出しましたのです。四書曰く、大学は孔子の遺書にして、諸学徳に入るの門なりと教えられてその根本的な精神が伝統されているからと思うのです。それは確かなものです。”(曽祖父の日記より)
民間人同士であればその相手が支那の商人であろうと、仁を互いに重んじ約束を違えなかったのも、発想の原点が自己(仁の核心)にあったからと思う。政治家や軍人ばかりがこの仁を軽んじ、中国人を人間ではなく、犬や猫に見ていたことは父の日記からも判る。
”最も民族差別をしたのは日本から来た軍人でした。私が中学の低学年であった時、目の前で馬車に乗ってきた将校が、料金を払わずに馬車から下りました。中国人である車夫は馬車から遠ざかる将校の肩に手を掛けて、料金を払えと迫りました。件の将校は振り向くと「貴様は帝国軍人を侮辱する気か」といきなり日本刀を引き抜いて、袈裟がけに車夫に斬りつけました。車夫の頚動脈からは血が吹き出て、そのまま倒れました。将校は悠然と倒れている車夫の着物で刀を拭き、何事も無かったように立ち去りました。私は悔しさと、恥ずかしい気持ちで、体が震え、涙を止めることが出来ませんでした。これは平時、首都である新京の町の真ん中で起こったことです。勿論このことは新聞の何処にも出ませんでした。その将校が、車夫には家に妻や子供がいることなど、想像すら出来なかったのでしょう。彼には中国人が人間ではなく、犬や猫に見えていたに違いありません。このような事を考えても、残留孤児を大事に育てた中国人に感謝しなければなりません。”(父の日記より)
”「お客さんおカネ!おカネ!」満人の馬車夫が叫んでいた。その先にはカーキー色の外套に身を包んだ軍人。車代を踏み倒され唯々とする満人の様子はもう珍しくない。しかしこの時は違った。車夫はなおも、「おカネ!」と言いながら駆け寄って軍服の袖をつっと引いた。「帝国軍人に手をかけたな。無礼者!」振り向きざま白刃が閃くと同時に鮮血が飛沫となって肩口から吹き出しどうと車夫は地面に仰向けに倒れた。虚空を掴んだまま尚もわなわなと峙つ腕を払いのけ裾を掴み血に塗れた軍刀を拭うと軍人はその場を悠然と去った。大路の衢には多くの人々が居たがその刹那足を止めただけで通り過ぎていく。「いけません。どうか堪えてください」背後から英一の目蓋をしっかりと手で覆ってチェンが囁く。英一だけが声を上げ人目も憚る事なく涙をボロボロと落としていた。”(小説「おしばな」(第124回文學界新人賞応募作)より)
その満洲国がロスト・ワールドとなって、口ばかりで行動や責任を伴わないといったイメージが「リベラル」に付いてまわるようになったのだろう。
”満州育ちと聞くや、万事大様でダメだな、とすかさず青票を投げ込むたがる世間の風に、もはや身じろぐ必要もあるまいと英一は思う。イートンの精神こそ世道を先取りするのさ、と。”
(小説「おしばな」(第124回文學界新人賞応募作)より)
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”日本は後進国に転落したという事実を謙虚に受け止め、これを逆手に取って、もっと狡猾に立ち回る企業が増えてくれば、袋小路に入った日本経済にも光明が差してくるのではないだろうか。”(加谷珪一氏)
「逆手」「狡猾に立ち回る」「企業」、そんな行動様式や主体で光明など決して差しては来ない。安倍政権に代表されるような「搦め手」「ハメ手」「外連」といった「らしからぬこと」を模索するのではなく、天下の御政道は大手(「らしく」)であるべきで、その大手門に王手をかけるのも一人一人の国民であって企業や国家ではない筈だ(拙稿 <搦め手>好きの安倍首相)。
”スマートフォンを四六時中撫で回して<選択>に勤しむことで、人間はどんどん頭脳を使わなくなる。ピクトグラムにばかり反応するデジタル時代の文盲が増え、他者の意見に耳を傾けることもなく、複雑なことも二元論的に単純化して白黒と<選択>する社会から、法秩序の連続性すら簡単に断ち切る首相が生まれるのである。斟酌論考の軌跡のない出所不明の怪文書的政治に「この道しかない」と彼は言うが、<綴るという行為>を示さずにその先に道を見る事も究めることもできないのである。”(拙稿 <綴るという行為>)
佐貫亦男氏が分析するような、技術革新の途方もない「長い道」を乗り切るための「正道」を「民族の心(国民性)」に問い直すこと、すなわち、発想の在り処にみる「国民性」の脆弱さ(=本当の意味での貧しさ)を、他の先進諸国と比較して緻密に分析し、発想の原点を改めない限り(改めれば「忖度」など途端に死語になる)、袋小路に入った日本経済に二度と光明は差さないだろう。
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"一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。・・・ まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。(伊丹万作「戦争責任者の問題」)"(拙稿 <家族主義の美風と大政翼賛>(自民党憲法改正草案第24条第1項))
(おわり)
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