2019年12月10日

執拗低音



ちきゅう座サイトに読み応えのある論文が引用掲載されている。一読をお勧めする。

日韓関係、浅井基文氏の論文―圧倒的な説得力(坂井定雄(さかいさだお):龍谷大学名誉教授)

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「今回の日韓の問題を議論する時に、誰も国際人権規約のことを言わないのは、私からするとまったく理解できません。(広島平和研究所所長 浅井基文氏)」

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衆参両院の過去数年分の国会議事録で「国際人権規約」を検索しても、日韓関係の文脈での「国際人権規約」の発言は見当たらない。「誰も国際人権規約のことを言わない」はその通りのようである。

日弁連の国際人権規約に係るパンフレットには、

”政府がこれまで、いわゆる「慰安婦」制度の問題を日本が規約を批准した1979年以前の問題であるとして、規約の国内的履行状況についての審査の対象からはずすことを(国際人権委員会に)重ねて求めてきた”

しかし、”国際人権委員会の「総括所見」で日本における国際人権(自由権)規約解釈のあり方に疑問を呈し” 総括所見22項で明確に上述の求めを斥けている、と記載。

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”1965年に日本が韓国との間で請求権の問題を解決する時にも、サンフランシスコ条約以来の国際的な理解に基づいて事を処理したということです。それは日本だけの主張ではなく、世界的に認められていました。しかし、その後、国際人権法が確立することによってこの主張・理解は崩れたのです。・・・日本も従軍慰安婦や徴用工の人たちに対して、謝罪し、補償しなければいけないことは当然です。(浅井基文氏)”

”2014年7月、国連の自由権規約委員会による「政府報告書審査」が行われ、国際人権基準に照らして日本の人権状況にどのような問題があるか、厳しいチェックが行われました。審査後に自由権規約委員会が発表した総括所見では、多岐にわたる人権問題について、詳細な懸念と改善を求める勧告が盛り込まれました。(公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本)”

国際人権法の最大の課題は、その国内的実施であるが、発効に伴い批准した国に法的拘束力を有する条約制度ではない。詳細な懸念と改善を求める勧告を行うのみであるが、

”国際人権法が確立した後、世界各国では過去にそれぞれの国が行った国際人権規約に違反する行為についての救済措置が講じられました。オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカでは先住民族に対する謝罪や補償が行われました。アメリカは第二次大戦中に日系アメリカ人に対して行った隔離政策を謝罪し、補償しました。よく知られているものとしては、第二次大戦中の強制労働問題に関してドイツが作った「記憶・責任・未来」基金があります。そのように、国際人権規約をはじめとする国際人権法が確立されてから、各国で過去に国が行った行為についての謝罪や補償が行われるようになった ・・・安倍政権はだんまりを決め込んでいます。これは非常に不誠実であり、許されないことだと思います。(浅井基文氏)”

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「(前略)いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。(1991年(平成3年)8月27日参議院予算委員会外務省条約局長(当時)柳井俊二氏答弁)。」

外交保護権の行使の限りでは、権利は認めても請求は認めない(個人が行使することはできない)という外務官僚の見解。個人の請求権が国際人権規約に拠ることは一切触れずに政府の国際人権(自由権)規約解釈に結果的に沿った発言。柳井答弁以降、日本政府は国際人権(自由権)規約に一切触れずに「外交保護権の行使の限りでは、権利は認めても請求は認めない」と繰り返している。

参照:国際人権文書(条約及び基準規則等)

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”大和民族が統治した同質的な国”
”人権だけを食べ過ぎれば、日本社会は人権メタボリック症候群になる”
(平成19年2月25日伊吹文部科学大臣(当時)発言)
”(同質的な国発言について)特に問題あると思わない。そんなに相手を皆殺しにすることもなく、まあまあ仲良くやってきたということなんじゃないか”
”(「人権メタボリック症候群」という発言について)全体を読んでみれば問題ない。権利には義務がつきもの。義務には規律が大切とおっしゃっている”
(安倍首相見解)
安倍首相の人権意識に関する質問主意書」から引用)

浅井基文氏はその論文で丸山眞男氏の『執拗低音』なる言葉を引用している。伊吹・安倍両氏のこれら発言は『執拗低音』の最たるものだろう。

「既成事実への屈服」つまり、権力が作り出した現実に対して私たちは頭を下げてしまう傾向が非常に強く、上の者や集団に対して忠誠を誓う「集団的帰属感」と、「自分が悪いはずがない。悪いのは相手だ」との「天動説的国際観」とでも言うべき対外意識に支配されているのが我々日本人の意識の底に流れる『執拗低音』。

安倍首相の人権意識は、『執拗低音』に支配されるべきということらしい。「まあまあ仲良く」とか「義務には規律が大切」などと意味不明な見解からしても、そもそも人権の何たるかを一つとして理解していない。

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『執拗低音』がある限り、安倍的政権が存在する。我々自身が徹底的に意識変革をしない限り同じような政権が続くということでしかない。

日本は多民族国家になるという荒療治を通じて今の精神構造を打開することが不可欠です(浅井基文氏)。”

つまり、「万世一系の・・」とか、「しきしまの大和の国」、などと言ってる限りダメ。『執拗低音』のない人々をどんどん諸外国から受け入れて精神風土を根底から変えるしかないだろう。それで喧々諤々と誰に気兼ねせずおおっぴらに議論できる国にするしかない。「忖度」なんてあっという間になくなるに違いない。我々が共有していた美徳とか伝統は薄れ治安も今より悪くなるだろうが、『執拗低音』の下、為政者に息を吐くように嘘をつかれるよりは数百倍マシだろう。

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多民族国家なんて嫌だというなら、『執拗低音』の安倍政権しかないという究極の選択。ゆえに、良くも悪くも今の我々の煮え切らない精神構造の産物が安倍政権ということ。

”大和民族が統治した同質的な国” が日本国だ、多民族国家なんて嫌だというなら、『執拗低音』の安倍政権しかない。左とか右とか政治イデオロギー以前の我々の精神構造の問題でもある。

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スクリーンショット 2019-12-10 18.55.22.png

(『学問と情熱 丸山眞男――響き続ける民主化への執拗低音』、ナレータ加藤剛
「紀伊國屋書店 ビデオ評伝シリーズ第30巻」 1997年/DVD再版、2004年)

(おわり)

posted by ihagee at 19:26| 政治