ソ連邦崩壊時(1991年)、連邦ロシア共和国を仕事先の一つとしていた私の職場でもその経済崩壊の混乱ぶりは今でも思い起こすことができる。取引先企業(国営)では従業員たちが勝手に書類や鍵を持ち出し、あたかもその正当な承継者かのように装ってドル建ての請求書を送りつけてきたものだ。
ソ連の経済体制の崩壊は数字でもすぐに西側に明らかになった。つまりソ連時代、国家統計として公表されていた数値はことごとく都合良く改竄されたものだと。
例えば、「工業生産が(1917年から1987年までの)70年間に330倍に増加し、国民所得が149倍になったことを裏付けるような計数はまったく存在しない。ところが、ほかならぬこうした数字がソ連邦国家統計委員会の統計年鑑記念号に載っている」(ロシア科学アカデミーのクードロフ博士「1991-1993年ロシア経済状況の統計と判断」(1994年1月))、「1928 年から 1985 年までにソ連の生産国民所得は 6.6 倍にしか伸びていないのに対し,公式統計ではこれまで何と 88.83倍であるとされていたから,そこには実に約 13 倍もの開きがある」(ハーニンとセリューニンの推計・福田 亘著「計画の大失敗」の体制論的考察より)、等々。
統計を改竄し実態よりもよく見せることが長年常套手段となっていたが、その改竄ぶりが予想を大幅に上回るとの推計結果が次々に出されたのは、独裁体制が弱体化してから(ゴルバチョフ)のことだった(グラスノスチ(情報公開))。
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経済統計の改竄はスターリン時代から始まった。
統計にたずさわる官僚の最初で最後の抵抗は、1925/26年の穀物・飼料バランスの統計値について、中央統計局局長(パーヴェル・イリイチ・ポポフ)がスターリンに宛てた書面かもしれない。ここでポポフは自らの立場を明らかにしている(全ソ連邦共産党第14回大会)。
「統計はその時々に望まれる数字を与えることはできない。それは現実の客観的な研究のための資料を与えるものである。それは生活を反映する数字を与えるものである・・・ソビエトの統計は研究室を離れては機能しなく、その作業のやり方はその知識を得ようとするすべてのものに知られており、作業は大勢の統計家の共同作業の結果である・・・統一された方法、統一プログラム、統一作業計画、これがソビエトの統計の特徴であり、その資料の良質さの源泉はここにある。 それを嘘といって非難するものは、根拠なく嘘呼ばわりする前に、この方法とプログラムを読むなり理解するなりすべきであり・・・」
1926年の初めに,ポポフは中央統計局長の職を解任される。
(以上、Uロシア国家統計の150年,ロシア連邦国家統計の75年 『統計通報』誌1993年第5号 〔佐藤智秋訳〕)
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金融庁審議会が6月3日に発表した「高齢社会における資産形成・管理」の報告書で、「老後20〜30年で最大2千万円の不足額が発生する」など、年金だけで生活することが厳しい実情が明かされた。その内容に各方面から批判の声が殺到していたが、報告書をまとめるよう諮問した麻生金融担当相がその受け取りを拒否するという事態に発展した。さらに、12日、記者から予算委員会での集中審議について問われた自民党の森山国対委員長は「この報告書はもうないわけですから。なくなっているわけですから。予算委員会にはなじまないと思います」と、一度発表した報告書の存在を黙殺し、報告書に係る予算委員会集中審議は今後行わない方針を示した。
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「統計はその時々に望まれる数字を与えることはできない。それは現実の客観的な研究のための資料を与えるものである。それは生活を反映する数字を与えるものである・・・それを嘘といって非難するものは、根拠なく嘘呼ばわりする前に、この方法とプログラムを読むなり理解するなりすべきであり・・・」(前述)
「(報告書は)冒頭の一部、目を通した。全体を読んでるわけでない。」(麻生金融担当相)
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ポポフのスターリンに宛てた手紙の最後。
「あなたの義務は、その同じ高い演壇から私の手紙を発表するか、あなたの主張は現実に一致しないということを言明することであり」
スターリンはポポフの手紙を無視し、以後歴代政権は統計改竄を続け、遂にソ連邦は崩壊した。歴史は教えてくれる。
安倍政権下の経済を浜矩子同志社大学教授は「統制経済」と評する。上述の話に沿えば、レーニンのゴエルロ・プラン(計画経済)はスターリン時代に「統制経済」に変化した。
「あれは計画経済ではなく、統制経済、切符配給制度」(経済学者・ネムチーノフ)
都合の良い数字ばかりがやたらと並ぶあたり、安倍政権には数字を自在に操るテクノクラート(技術官僚)が付いているのだろう。彼らを従える最高指導者はフルシチョフとブレジネフを除いて全て文系というところも自民党歴代総裁・総理大臣に共通し、テクノクラート・テクノクラシーの台頭・政策決定への影響力の大きさは、安倍政権と官僚の関係と相似する。
「一般にテクノクラートと生活者は、極めて異なった視角から問題をみているように思われる。テクノクラートは、諸々の利害の全体の考量と調整を自己の課題とし、それゆえ政策の『体系的整合性』の必要性を強調し、すべての利害・要求を『部分的』なものとみなし、これらを『全体的』文脈のなかで相対化する。」「これに対して被害者住民たちは、自己自身が直接的・具体的に感受する切実な利害・要求を行動の原点におき、それゆえ自己のかけがえのない要求の正当性を主張し、その実現にむかって努力する。」
「過去の防衛(軍事)関係の技術官僚は、その暴走により科学技術の競争のための場として、戦争を選択することがあり・・」
辺野古の米軍基地問題、イージス・アショア配備問題等々、生活者とは全く異なった視角、そして防衛産業と自衛隊の関係は我が国の武器産業の国際競争力強化に突き進んでいる。安倍政権は2014年4月、戦後の平和国家日本が堅持してきた「武器輸出3原則」を47年ぶりに全面的に見直しした「防衛装備移転3原則」を閣議決定した。「武器」を「防衛装備」と言い換え、「輸出」を「移転」と言い張ることで、それまで原則禁止していた武器輸出を解禁した。武器輸出を解禁するということは、日本が世界の紛争当事国となるリスクが避けられない。(Litera 2016年9月3日付記事引用)
和平の仲裁者として表向き中東外交を展開する安倍総理だが、ユーロサカリ(世界最大の武器見本市・パリ)では三菱重工や日立製作所など日本企業12社を集めた日本ブースで武田防衛副大臣(当時)が小銃の引き金に指をかけ銃口を人に向けていた(2014年6月16日)。紛争地を求め武器を売り込みやがては紛争当事国となって「戦争を選択することがあり・・」は現実味を帯びている。

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「統制経済」に話を戻す。
「統制経済」とは、
国民経済の内部または国民相互間の個々の市場的経済活動に一般的な規制ないし干渉を与えて統制すること。民間団体などによる自主統制もあるが,主体は主として国家で,この場合,一般には,財政政策,金融政策などによる間接的な介入は含まず,生産,消費,輸出入価格などに対する直接的な制限のみを意味している。代表的なものは戦時中における価格,消費,配給などの統制である。日本でも第2次世界大戦中生産力の増強と需給の調整を目的とした経済統制が行われたが,各種の企業に対し許可制をしき,商業活動の多くは公共機関,または統制組合により行われたため,多くの中小商業者が転廃業し,営業自由の原則は大いにそこなわれた。
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統制経済に統計改竄が必要だった。その挙句がソ連邦崩壊。この図式は安倍政権下の我が国に当てはまるのではないだろうか?「その時々に望まれる数字」ばかりを並べ、国民の主張ではない「わたくし(安倍総理)の主張」ばかりを掲げ、官製相場で実体経済を歪め・・、公文書は棄てる・隠す・黒塗りすると、旧ソ連邦並の統制ぶり。グラスノスチ(情報公開)で全てが明らかになるのはいつなのだろうか?暗澹たる気分である。
(おわり)
追記:
金融庁が作成した「報告書」。国民個人の金融資産(貯蓄)を投資(相場)に誘導する目的で書かれた。年金制度の崩壊(厚労省自身認識している現実)を国民に突きつけることでこの流れを勢いづかせたかったのだろう。株価吊り上げの為に日銀は年金基金を国内株式市場に投入しアベノミクスの統計数字を「作り出してきた」。その基金が足らなくなったからと今度は国民の貯蓄に手を伸ばし鉄火場に我々の将来を投げ込もうとしている。「報告書」は「年金で老後の生活をある程度賄うことができる」という政府見解と相違すると自民。しかし、貯蓄から投資へというアベノミクスの原理にこの報告書は全く齟齬していない。年金制度に個人投資なる「自己責任」を持ち込み、制度保証の責任から政府が逃れようとする姿勢がはっきり現れている。カジノ(賭博)をアベノミクスの成長戦略の一つなどと言うところからして「生活者とは全く異なった視角」。ゆえに年金を投資の問題にすり替え、責任まで国民に押し付けることができるわけである。国家の威信に関わる原発事故ですら防曝を目的とした法律(チェルノブイリ法)を作り風下の住人の命を守ろうとした旧ソ連政府。渋々であろうと威信よりも最後は「生活を反映する数字」を取った(グラスノスチ)。かたや、威信の為には数字をいじり、事故原発周辺に住民を帰還させ、国民の生命・財産をリスクに晒す我が国の政府。冷酷非情なのはどちらだろうか?
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