2019年02月14日

いつまでも「うそつきロボット」で良いのだろうか?



東京五輪でメダルが期待されている水泳選手の池江璃花子さん(18歳)が白血病と診断された。完治を心から祈るばかりである。

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「最後に、大変深刻なのは、今、福島から出ている放射性物質、これは微粒子として浮遊してます。残念ながら。そういうものと、農薬も含めた化学物質が人間の身体に入った場合、相乗的に発ガンするって事が動物実験で分かってます。こういう多重複合汚染の社会になって来て、恐らく2人に1人がガンになるっていわれてますけども、多分20〜30年経ったら3人のうち2人はガンになります。僕はとっくに死んでますから、若い議員さんは是非確かめてください。この場で西尾が嘘を言ったかどうか確かめて欲しい。本当にガンがどんどん増える社会になります。」(2016年12月2日、北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏・参議院のTPP特別委員会での意見陳述)

原発事故なる国家の宿痾(治らない病)を正しく診立て、放射線防護に真剣に取り組もうとしない政治を糾す西尾氏の言葉は重い。上掲の「原発行政を絡めて話すことは、全く不謹慎だとは思いません。」はその意味で全く正しい。原発事故との因果関係を考えることを「不謹慎」とする者こそ、事故の重大さに対して「不謹慎」な「うそつきロボット」である。

原発事故が招来した(し続けている)内部被曝という「国家の宿痾(治らない病)」を直視すれば、食品を含めた放射線防護こそ喫緊の課題・国をあげて努めるべきなのに、「アンダーコントロール」と被曝を看過し気のせいだとか風評とか誤魔化し、あまつさえ、日の丸を振って防護なき前線に国民を立たせガンと闘えと安倍政権。

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「1人リードする選手がいると、全体が盛り上がる。そういった盛り上がりが下火にならないか若干心配している」(桜田五輪相)

「人間の尊厳保持」に重きを置くことをその憲章に定めるオリンピック。しかし「人間の尊厳保持」とはオリンピックとは関係なく人としてそもそも資することである。「全体」とか「盛り上がり」とか「下火」とか、そういう物言いは、「人間の尊厳保持」が人ではなく国に資することを意味している。国家の威信の下での人の存在を前提としているからこそ、そういう発言になる。

「水泳なんてやんなくていいから、とにかく長生きして、私より先に逝っちゃうなんて、いやだから、とにかく長生きしてほしいです。生きてさえいれば、私は……。生きてください。私が死ぬ前に死んでほしくない。私だって80歳なんだから」(池江さんの祖母)

この言葉から、「人間の尊厳保持」とは人としてそもそも資することであることが伝わってくる。

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原発行政を絡めて話すことが不謹慎となるなら、「人間の尊厳保持」が人ではなく国に資することを意味している。桜田氏の発言となんら変わらない思考をしていることになる。国家の威信の前に、一人のガン患者ばかりでなく、数万人単位の人々への嘘がその先数千人単位の被曝による死をそうと悟られずに黙認されていく。西尾氏のように正直にモノを言う人々が嘘をつき続ける人々によって「風評被害を広めた・不謹慎である」と叩き壊される。

嘘で誤魔化せない・笑うに笑えない程の過酷な現実しか、原子力発電所の事故は示していない。それが「核=原子力」の正体である。人間の気持ちなど寸分も斟酌することなく放射性物質は勝手に挙動し数万年の半減期という人類の時間のスケールを超えて汚染は続く。「心のケア」とか「風評」とか人間の側の心の持ちようでどうにかなる相手でもない。ましてや「アンダーコントロール」などと政治家の口先一つで終わったかのように誤魔化すことなどできない。

安倍首相とともに、我々はいつまでも「うそつきロボット」のままで良いのだろうか?


参考:「みんなのデータサイト

(拙稿『いつまでも「うそつきロボット」で良いのか(原発事故なる国家の宿痾(治らない病))』『いつまでも「うそつきロボット」で良いのか(原発事故なる国家の宿痾(治らない病)続き)』)

(おわり)


posted by ihagee at 00:00| 原発