2019年02月03日

名古屋・1962年ごろ



古写真の続き(Kodachrome又はAnscochromeのスライド / 訪日外国人が撮影したと思われるが、撮影者氏名不明のオーファンワーク)。

スライドのマウントに1962年6月と日付があり、当時の日本が鮮明に残っていた。EPSON GT-X980でスキャンした(トリミング以外は無修正)。

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日本石油(日石、現: ENEOS)のガソリンスタンド。給油機は赤かったことを想い出した。自動車の窓拭きや灰皿の掃除を行うフルサービスが当然の時代だった。子供心に鯨の髭だと思っていた日石のマークは「こうもり」をデザインしたものと恥ずかしながら今知った。

” 1888年(明治21年)の創業時、創立記念式典の会場内に一羽の蝙蝠(コウモリ)が舞い込んで来たことから、「コウモリ」をデザインしたマークを商標とし、「蝙蝠印石油」の商品名で製品販売を行っていました(当時、コウモリは「蝠」の字が「福」に通じるため、福を呼ぶ「縁起物」とされていたそうです)。給油所にも「コウモリマーク」が掲げられていました。” (ENEOS 歩みから)

営業車の横腹に日石ゴールドと商品名があるが、それ以前の商品名は「コウモリガソリンP」、現在の日石ダッシュレーサー100となっているそうだ。

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昭和40年代前半まで父の仕事の関係で名古屋で育った。名古屋に限ったことではないが、こんな格好のおばさんたちは当時日常風景だった。

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白山神社。

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同名の神社は日本中に存在している。あじさいの名所として知られる文京区の白山神社には以前、撮影に出向いたこともある(拙稿「Rolleiflex SL66 - 拡大鏡レンズとLomography Redscale XR 50-200(その2)」)。さて、この白山神社についてはスライドにどこの白山神社か手がかりになるような記載はない(外国人が撮影したスライドでは無理からぬ)。ネットの画像検索はこういう場合、役に立つ。丹羽郡大口町にある上小口白山神社らしい。

鳥居の後ろに朽ちかけた木製蕃塀が写っている(蕃塀については「蕃塀マニア」に詳しい)が、その木製蕃塀は昭和55年12月に石造の蕃塀に作り替えられたことまでネットの記事で判った(「木造の蕃塀から石造の蕃塀へ」みちくさ学会記事)。蕃塀マニアにも記載があった(「大口町上小口白山神社の蕃塀」)。


(現在の様子、神社好きのページから)

倒木が写っている。このスライドの3年前の昭和34年の伊勢湾台風の爪痕なのか?ネットの情報では判らなかった。

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社の緑は現在の方が良い。緑化という景観の概念が定着したのは日本が高度経済成長期を終えた頃辺りからだった。私の子供の頃(昭和40年代前半)を想い出しても、当時住んでいた今池界隈はどこも埃っぽく殺風景だった。コンクリの百メートル道路の周囲に街路樹などなかった記憶がある。

(おわり)

posted by ihagee at 08:34| 古写真