2019年01月16日

「領土」とは何?



「領土」とは何だろう?

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(自民党憲法改正草案の「領土」条項)

日本国憲法に「領土」条項は存在しない。「領土」を憲法で論じることはせず、外交が決着した国際法に委ねる問題としているからである。

「領土」を憲法で論じることは、領土権=土地の支配と共に人民を支配し、生存圏・経済的支配、選民支配という戦前の「大東亜共栄圏」思想(大日本主義)と繋がり、五族協和・共存共栄の大義の下、武力による周辺諸国の支配、即ち、軍事覇権(戦争)に至った戦前のレジームに容易に回帰する虞があるから、そうさせない為に日本国憲法に敢えて「領土」条項は存在しないのである。



「領土」条項はじつは明治憲法(戦前の日本国憲法)にも存在しなかったが、帝国主義からのアジアの解放・近代化などイデオロギーがあれば領土拡張を是認できるその時代なりのレジームがあったからわざわざ憲法で論じなくても良かったのであろう。征韓論に発し李王朝からの人民解放と開国のイデオロギーを以て大韓帝国を併合したこと、同じく清国からの解放なるイデオロギーを以て琉球を併合したことがそのレジームの事例である。このイデオロギーによる解放なる大義はやがて経済支配に変わり歴史的には「侵略」となった。対日関係に於いて「鎖国政策である」と韓国を批判する昨今の世論(陽動する官邸やマスコミ)や、基地問題で沖縄県民の「ウチナーンチュ(自己決定権=アイデンティティー)」を否定する中央政権の姿勢に過去の時代のレジームが符号し気掛かりでもある。

憲法前文および第9条で規定する平和主義(戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認)を日米安全保障条約と共にわが国における戦後レジームと言うのも、この戦前のレジームの否定の上に立っている。しかし、安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を標榜し、現憲法を「みっともない押し付け」と貶し、「明治百五十年」とアナクロニズムに浸るところは、戦前のレジームに回帰しようとしていると思われてならない。ほぼ日本と軌を一にして近代国家となったドイツだが、「ドイツ統一」が東西ドイツ統一であっても、決して「ドイツ統一百五十年」などと言ってビスマルク時代のドイツ帝国をその時代のレジーム(鉄血政策など)を以て懐かしんだりしない。ドイツ帝国から第三帝国まで過去の時代の犠牲と反省に立った真剣な自己総括があるからこそ、政治的に懐かしんだりその時代のレジームに回帰しようと決して考えないのだろう。その総括を行わなかったのが翻って我が国である。真剣に過去を総括していれば、政権の都合に合わせてあれこれと歴史を修正(改竄)するようなことは絶体にしないだろう。「現憲法(特に平和主義)は戦死者の遺言である」としっかり受け止めることができないのも、過去の時代の犠牲と反省に立った真摯な自己総括がないからである。

残念なるかな、安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を標榜し、自民党は憲法改正・新憲法制定を党是としている。そして、自民党憲法改正草案には「領土」条項が盛り込まれている。その行き着くところはやはり戦前のレジームである。

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我が国の平和主義は憲法に「領土」条項が存在しないことにも大いに拠っている。

従って、「領土」問題は、国際法と国内法が一元的な適用を受け、外交が決着した国際法に委ねられてきた。具体的には、我が国の領土は、カイロ宣言(1943年11月27日)、ヤルタ協定(1945年2月21日)、ポツダム宣言(1945年7月26日)、降伏文書(1945年9月2日)そして第二次世界大戦におけるアメリカ合衆国をはじめとする連合国諸国と日本との間の戦争状態を終結させるために締結された平和条約(1952年4月28日)の順に確定していったのである。

この1952年のサンフランシスコ平和条約に連合国構成国であるソビエト連邦は会議に出席したが条約に署名せず、1956年10月9日、ソ連と日本は共同宣言で戦争状態を中止し(第一条)、外交関係が回復した(第二条)。この中で、北方領土問題は、まず国交回復を先行させ、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を日本に譲渡する(国後島と択捉島には触れていない)という前提で、改めて平和条約の交渉を実施するという合意がなされた。この日ソ共同宣言は、1993年(平成5年)のボリス・エリツィンロシア連邦大統領来日時に「日ソ間の全ての国際約束が日露間でも引き続き適用される」ということが確認され(東京宣言)四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すると宣言するに至った。しかし、2000年(平成12年)にはウラジーミル・プーチン大統領が来日時に「56年宣言(日ソ共同宣言)は有効であると考える」と発言し、2001年(平成13年)に両国が発表した「イルクーツク声明」では日ソ共同宣言の法的有効性が文書で確認され、1993年の東京宣言をプーチン大統領は無視する姿勢を示した。

この姿勢に呼応するかに、ロシアとの間で確定していない領土は北方四島であるという日本政府の従来の主張は、先般、河野外相の参院外交防衛委員会での答弁で四島明記の東京宣言への言及を避けたように、事実上、1952年の日ソ共同宣言での合意での、歯舞群島と色丹の二島の明記(国後島と択捉島には触れていない)という前提にまで後戻りした結果となっている。

この二島の「譲渡」を日露平和条約なる国際法で確定させるしかないということである。1952年の日ソ共同宣言での「譲渡(引き渡し)」という曖昧な表現が、日露間の「領土」の解釈の違いとなって表れている。

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「領土」なる言葉、現行の日本国憲法に「領土」条項には存在しないが、旧ソ連邦およびロシア連邦のそれぞれの憲法には存在している。従って、ロシアは「領土」を憲法で論じる。

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(ロシア連邦憲法・領土条項)

日本の主張する「北方領土」、ロシアの言うところの「南クリル列島」は、日本政府と話し合う以前にロシア側は領土として確定しているということだ。領土権=土地の支配と共に人民を支配し、生存圏・経済的支配、選民支配がその憲法上の「領土」として論じられるのであるから、領土権としてそれらの支配は着々と進められてきた。



選民支配について言えば、ロシアのプーチン大統領は、クリル諸島(北方四島を含む千島列島)などに住んでいたアイヌ民族をロシアの先住民族に認定する考えを示している。先住民族であるアイヌ民族が北方四島に住んでいたから、北方四島に領土権が及ぶという理屈である。憲法からそれが「領土」であると論じるのであれば、もはや日本側がその「領土」について話し合う余地はない。

従って、話し合いの意味とは、日本政府にロシアの領土であることを認めさせることに他ならない。ロシアの憲法での「領土」および領土権はロシアにとって日本と話し合うことではないからだ。換言すれば、ここで話し合いが頓挫しようとも、ロシアにとってクリル諸島(北方四島を含む千島列島)は憲法で論じる領土であることに変らない。実行支配した北方四島に当然としてロシアの領土権があるということも。

「日本が国内法で『北方領土』と規定していることは受け入れられない(ロシア・ラブロフ外相)」は、日本国憲法に「領土」条項が存在しないこと、従って、日本は外交が決着した国際法に委ねるしかないことを知ってのことだろう。ロシア側は「南クリル列島」をその憲法によって領土と定めている。

「領土」とは何か?について拠って立つところの違いは大きい。「領土」を憲法で論じることはこのように侵略・支配を正当化するが(ロシアのクリミア侵攻にみられるように)、武力に拠る危険な考えでもある。もし、我が国もロシアと同じく憲法を改正し、9条の平和主義を捨て「領土」条項を入れて憲法で論じることになれば、解決は話し合いではなく軍事的紛争に拠ることになるだろう。どちらが戦いに勝つかである。その決め方がいかに不幸な結果になるかは、クリミア危機が示す通りである。

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「住んでいるから、生活しているから、原住民と同化共存しているから」と事実上の実効支配を言えたのは当初日本の側であったのに、今ではロシアの側の言い分となっている。あらためて、北方領土問題について、一旦、事実上の実効支配を許してしまえば、いかに解決が困難になるか、そのきっかけはロシアにあるのではなく、日本側(大日本主義に取り憑かれた政治家・軍部)が作ったのかもしれない。

「千島列島並びに日本国が 1905 年 9 月 5 日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島」について、報效義会的に民間主導でアイヌ人や樺太の原住民(ニブフなど)と協和する経済生活圏を着実に広げていけば、今日の北方領土問題はなかっただろう。大日本主義に取り憑かれた政治家・軍部が拓殖なる民間主導の実効支配を阻害し政治軍事的に実効支配したばかりに、逆に政治軍事的イシューとして白黒付けやすくなり、挙句サンフランシスコ平和条約で片づけられてしまうこととなった。(拙稿『「軍人として非常なる損害(白瀬矗)」が北方領土問題の元』

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「北方領土」と或る日からマスコミが言わなくなれば、それは懸案の北方四島がロシアの領土であることを日本政府が認める意向であるとマスコミが忖度し始めたと理解して良いかもしれない。2月7日の「北方領土の日」がその通り来なければ尚更である。

そして、安倍総理は国民にこう説明するかもしれない。

「私とプーチン大統領は、互いに未来志向に立って、いわゆる領土問題に固執することは日露両国にとって有益とはならないとの共通の認識に至りました。平和条約締結を以て経済分野で我が国のプライオリティが南クリル列島をはじめロシア全土に於いて高まることこそ、両国民にとっての最大利益であり願いであると確信いたします。そして何よりも、平和条約締結を以て、日露間の70年の長きに亘る戦争状態に完全な終止符を打つことができたことは喜びに耐えません。」

少なくとも、経済界は歓迎し好意的に評価するだろう。経済界の後ろ盾があれば世論がどうあろうとも、安倍政権は存続するという不思議な仕組みが選挙にも働くかもしれない。悲しいかなそれがこの国の民衆の福利とは違う方向の政治経済である。

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やはり、北方領土は「巨大な冷蔵庫」のままにしておくべきだった。安倍総理の個人的とも言える功名心が冷蔵庫の蓋を開けてしまった。もう戻れないだろう。

北方領土が「巨大な冷蔵庫」のままであれば、ロシアは手離すことも有り得た(帝政時代のロシアがアメリカ合衆国に売却したアラスカは当時「巨大な冷蔵庫」と呼ばれる経済的に無価値な土地だった)。「巨大な冷蔵庫」のままにしておくことが、北方領土交渉のこれまでの日本側のスタンスだった。

ソ連邦崩壊直後の経済恐慌下エリツィン政権の北方領土の扱いはそうだった(東京宣言)。ロシア中央政府への経済援助と引き換えであれば辺境の「巨大な冷蔵庫」の交渉は有り得たかもしれない。当時、ロシア系の北方領土島民も経済苦から主権の日本への帰属を望んでいたともされる。

ロシア側の利になると判っているから、過去の自民党政権は領土交渉でロシア側から主権を取り戻さない限り「巨大な冷蔵庫」に食べ物を詰め込もうとしなかった。しかし、「故郷(山口)に錦を飾る」引き換えなのか安倍政権は詰め込む話を持ち出して利を先にロシアに渡してしまった。ロシアが日本の経済支援を呼び水に第三国に対して「巨大な冷蔵庫」の蓋を開けてみせるようでは、日本のプライオリティなどあっと言う間になくなってしまうわけだ。


(おわり)

追記:
『「なぜ日本は、第2次世界大戦の結果を全面的に受け入られない世界で唯一の国なのか」と指摘した。さらに、大戦結果の受け入れは最後通告ではないとしながらも、「現代の国際システムでは避けられない部分」「国連憲章などを守ることを呼びかけているだけで、北方領土の返還要求は国連憲章に違反している」だと述べた。』(ラブロフ外相・16日、首都モスクワで行った年次定例記者会見)




posted by ihagee at 17:43| 政治