2019年01月04日

銀座8丁目全線座・1960年初め



今日から仕事初め。趣味のサイアノタイプ・プリントも初作成(引き伸ばし機:Lucky II-C (Fujinar-E75mm F4.5)、印画紙:vif Art (B5 H.P. surface) )。

銀座8丁目界隈を1960年(昭和35年)初めに父が撮影した35mmフィルム(Fuji Neopan)を使った。とんがり屋根で戦災にも無事残った全線座を向こうに見る。映画もダンスも若い頃にならした父ゆえに、この場所も馴染みだったことだろう。

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(Fujinar-E75mmF4.5で四時間焼き付け・水洗オキシドール漬後、ジャスミン茶でトーニング)

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反対側から眺めた景色(昭和31(1956)年撮影、出典:写真提供:中央区立京橋図書館)



埋め立てられる汐留川(昭和35(1960)年撮影、出典:新橋ねっと)




この辺りを「土橋」と言うのも、この写真にある通り、汐留川(水路)に架かる橋(難波橋など)に由来している。水上バスの船着場もあった。

「入り組んだ水路・運河と人々の日常の生活が一体となった景観が、その負ってきた歴史とともに何の違和感もなくその地割に組み込まれている」が、江戸=東京の原風景であったが、1964年東京オリンピックに向けて埋め立てられ、今は写真でしか偲ぶことはできない。

父が撮影した当時、全線座辺りの汐留川の埋め立て工事が行われていた最中だと判る。

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1960年7月に増築開業した新橋第一ホテル(新館)建設現場のコマも同じストリップにあったので、撮影時期は1959年かもしれない。清水建設の建築士として同ホテルの設計に関わった父ゆえに、この辺りを仕事がてら撮影していたのだろう。

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昭和30年代高度経済成長期に帝国ホテルで始まったスモーガスボードは評判を呼び、バイキングとして他のホテルにも広まった。新橋第一ホテルも家族向けバイキングで特にクリスマス時期には大変な盛況だったことを思い出した。余所行きに着替えさせられ父母に連れられて行った先はその新館だった。思い出の場所も今は偲ぶことはできない。

(おわり)


posted by ihagee at 04:05| 古写真