2018年12月13日

牛久シャトー・明治以来の歴史に幕



”ワイン人気が続く中、明治時代から110年以上続く日本初の本格的ワイン醸造場が「閉鎖」される。茨城県牛久市の「牛久シャトー」。施設は引き続き見学できるものの、28日でワインやビールの醸造と販売、レストランなどは終わり。地元は動揺し、存続を求める動きが広がっている。(東京新聞2018年12月12日「ニュースの追跡」 片山夏子)”

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施設の見学は今後も可能のようだが、レストランを含め飲食販売は営業を終える。

同施設は東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)で由緒ある本館(1903(明治36)年9月完成)などが罹災し、その後長い時間をかけて復旧したものの、震災前の賑わいをついに取り戻すことができず此処に至ったようだ。

地震の10ヵ月前、ゴールデンウィークの最中に同施設を訪れた(2010年5月4日)。その時の写真を今見返してあらためて賑わい振りを思い出した。

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(本館の正面左袖は趣のある喫茶室だった。震災後は閉鎖。)

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(竹林の向かいに和食処があった。震災後オエノン・ミュージアムとなる。)

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(その竹林で掘りたての筍が食事に供された。)

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(程よい暗さのワインセラーは所狭しとボトルが並び歴史を感じさせた。震災後は大分趣が変わってしまった。)

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牛久シャトー(醸造所)の創業者・神谷傳兵衛が始めたのが「香鼠葡萄酒(こうざんぶどうしゅ)」。輸入葡萄酒に蜂蜜や砂糖で甘味をつけハーブで風味を高めた再製葡萄酒である(1886(明治19)年「蜂印香竄葡萄酒」)。拙稿「巴(ともゑ)の酒(函館・菅谷善司伝)」でも触れたように、私の先祖の恩人たる菅谷善司が始めたのもこの香鼠葡萄酒である。当初日本人の口に合わなかった本場の葡萄酒に風味を加えて日用とし少しでも欧米の文化に近づこうとした先人のせつたる思いは、神谷傳兵衛と菅谷善司に共通していたのだろう。

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オリンピック万博だと沸き立つ。破壊を前提とした再開発と巨大な利権が都市部に集中する一方、その周辺では営営と築きあげてきた文化が廃れていく。「シャトー」と冠して醸造をやめる、そんな「シャトー」は欧米では見当たらないだろう。ワインを傾けながら食事をする、この自然な景色すら地方では成り立たない現下の歪んだ経済にアベノミクスの「嘘」が透けて見える。

今年の漢字は「災」だそうだ。「災い=自然に起こる悪い出来事。生活を損なう出来事。」
出来事に済ます世相、元(元凶)を糾そうとしない、その元に忖度したかの選定に憤る。口や舌を十悪とする仏教に於いて、たとえその一字が公募選定の結果であろうと、口や舌を以って悪を揮毫しようとしない清水寺の貫主。仏の心さえ悪に寛容となったようだ。

その元凶こそ口と舌。「嘘」を蔓延らせる者どもである。息を吐くが如く嘘を吐く為政者。その嘘に全く寛容な者たちがいる。「二枚の舌に対して一つの耳」で良いという傲慢不遜さは政権の閣僚たちに共通している。耳を多くしてこそ政治であるにも関わらず。

左とか右とか思想的立ち位置の問題ではもはやない。嘘つきか否か、だけ。嘘つきを支持するか否かだけが我々に突きつけられている。老いも若きも、嘘に全く寛容になった。嘘で固められた大本営発表で若者に、人間をやめさせた=命(個)を捨てさせた、あの時代の異常な寛容さに戻ろうとしている。「嘘つきやめますか?それとも人間やめますか?」その瀬戸際に我々は立っていると認識すべきだ。
(拙稿「嘘つきやめますか?それとも人間やめますか?」)。

今年の漢字は「嘘」でなければそれこそ嘘である。

(おわり)

posted by ihagee at 02:47| 日記