2018年07月23日

安倍総理「国民のために汗を流そう」?!



日本全国(北海道を除く)、猛烈な暑さに見舞われている。日中の野外では生命に危険が及ぶ(熱中症)暑さは尋常ではない。夏場はこんなものだと判っていても、今年の暑さはやはり異常である。平野で雷雨や夕立が起きないほど上空まで熱くなっているのだろう。

気象の変化は年々極大化しつつあり、地震や火山など足元も揺さぶられ、その都度多くの人命が失われている現状で国難とは何か、何に対して備えるべきなのかは明白だろう。あの御仁の口から次々と思いついたように繰り出す仮想的「国難」で死んだ国民はいない(テロリストに拉致され殺された国民は存在するが、自己責任と彼らを見棄てた政府に国難を言う資格はない)。ホルムズ海峡の機雷、テロリストの脅威、北のミサイル等々。現実の「国難」に背を向けるこの御仁こそ「国難」そのものかもしれぬ。

目を向けるべきことに目を向けず、やれカジノだ五輪だ万博だ・・とカネ目に血眼になる政権にあきれるばかり。日欧EPAに至っては洪水で罹災した農家の火傷に塩を塗り込む仕業としか思えない。経済自由化と聞こえは良いが、国土保全の為の農業の観点(コミュニティ社会資本)をかなぐり捨て、経済合理性のみで突き進めば、農地は荒れ、営林に手が回らなくなり(経済利益に見合わぬ林野は荒れ放題となる)、治山治水もままならなくなり、将来はもっと過酷な洪水土砂災害を引き起こす可能性がある。その水(水道事業)まで自由化し外資を招き入れれば、いよいよ憲法に保障される生存権に関わることである。池田勇人は「貧乏人は麦を食え」と言ったが、その裏で高度経済成長を成し遂げ一億総中流と呼ばれるように、「それなりに」恩恵を等しく国民に享受させることを忘れなかった。しかし、今や「貧乏人は水も飲むな」と言わんばかりにスローガンばかりで国民間の経済格差を極大化しトリクルダウンの一つも起きないアベノミクスをこの国の為政者は掲げる。そもそもトリクルダウンという「富者のおこぼれを下々にめぐんでやる」という上から目線の政治経済観が前時代的であり且つ不遜である。生きる権利よりも生かされる為の義務を国民に課そうと「(自ずと存在する)個人」から「(国家との相対関係でしか存在しない)人」に憲法を変えようとし、人権意識を希薄化させるこの政権ならばいずれ徴兵義務まで若者に課すだろう。「七生報国(何度生まれ変わっても国のために死ぬ)」の象徴たる靖国に恭しく頭を垂れる政権ならば、「死ね」と若者に命じる日も遠くないだろう。彼らにとって現憲法にある「個人」や基本的人権など邪魔でしかない。戦前は天皇陛下の為、そして今なら米国の為に万歳と叫んで死ぬことを若者に求めるのかもしれぬ。そう命じる者は決して死ぬことはない。あの祖父と同様に自己保身には異常に長けている孫ならそうだろう。

原発再稼働や新設(東電が計画中)などは、リスクを上乗せすることに他ならない。なぜわかっているのにその方向にカネを積み上げるのだろうか?すなわち、それで人が不幸になろうと死のうと構わないと考える一部の層がこの国を動かしているのだろう。

カジノ=賭博はご法度であることは、この国の歴史から明らか。賭博は国も民も堕とすと為政者は知って禁じてきた。賭博は人の不幸を前提とする極めて筋の悪い業である。これがこの国の経済施策の目玉という。地道に勧業奨励することをせず、賭け事にまさにこの国の将来を賭けてしまう政治とは一体何なのだろうか?我々が老後の備えと地道に働いて納めた年金すら今や国は投機の原資として使い込んでいる。額に汗して地道に働くことを小馬鹿にし、右から左にカネを動かせば経済だと勘違いしている輩がこの国の政治経済を牛耳っているのだろう。その貢ぐ先は宗主国たる米国でその米国に仕える限り政治家はカジノ業者からバックマージンを受け取る仕組みになっているのかもしれぬ。外遊先で落とした国民の税金を経済界に還流させるなど、現政権で巧妙に組み上げられたビジネスモデル?!の恩恵に浴するほんの一部の層がこの国を支配し、その他多くの国民を騙し、民主主義を偽装しているのだろう。安倍政権となり国家ぐるみの虚飾・粉飾がまかり通るようになった。「全く問題ない(菅官房長)」と片付けフェイクに居直られては、これ以上強いものはない。非常識を常識化すれば、我々と全く違う次元に天上天下唯我独尊と居座ることができよう。が、釈迦でもない者がこれに居座れば自惚れ以外の何ものでもない。その結果は「お釈迦になる」=国家国民の破滅である。

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(東京新聞のこの写真・記事からも政権与党の非情・異常さがわかる)

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アスリート・ファーストと小池都知事は何かと横文字を使いたがるが、生命に危険が及ぶ炎暑・酷暑の下でのアスリート、観客の命はファーストではないらしい。

首相「冷暖房はなくてもいいんじゃないか…」 土壇場で工費カット 驚く遠藤五輪相・・・首相周辺は「暑さを多少我慢してもらっても、費用の有効活用策を探る。それが首相の肌感覚だ」と語る。(産経・2015.8.28記事

新国立競技場の屋根を取っ払い冷房設備がなくとも問題なしと安倍総理ははっきり言った。この「首相の肌感覚」の結果、五輪開催期間中に同競技場で熱中症で選手なり観客が倒れても、おそらく安倍総理は責任をとらないだろう。この「首相の肌感覚」は恐ろしい。思い出して欲しい。第一次政権時の安倍総理は「海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない」と全電源喪失の可能性やバックアップの必要性を否定しその結果、レベル7の過酷な事故を引き起こしたのである。その口が災いを起こしたにもかかわらず、菅直人首相の初動に問題があると責任転嫁し、挙句は「アンダーコントロール」と大嘘をつく。2020年東京大会に向けて「首相の肌感覚」で結果、熱中症で死者が出たら今度は海外メディアが黙っていないだろう。どうしてこうも正直に物事を見ようとしないのか?!

東京都の専権事項に国が口出しをするのなら、米国に買わされるポンコツ兵器(人殺し兵器)購入の膨大な支出の一部でも、屋根をかけ冷房施設に使うなど、命に差し向けるべきだろう。否、税金をつぎ込むなどせずとも、五輪で巨額な利益を得るつもりでいるスポンサー企業と広告代理店(特に電通)から前もって屋根と冷房施設代を徴収すれば良いのである。彼らは利得に応じて払うべき注意義務と責任がある。

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(英タイムズ紙も警告 2020年の東京五輪は“殺人オリンピック”になる(日刊ゲンダイ)・「(招致委員会は)この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」とIOCを騙してもぎ取ったビックイベント」だそうだ。収束の目処一つたたぬ原発事故すら「アンダーコントロール」と大嘘をつき、さらに酷暑炎暑も「理想的な気候」などと欺いて・・)

メディアではメダルの数やら集客数、経済効果ばかりが取り沙汰される。商業主義五輪と呼ばれて久しいが、今やカネ目は命よりも大事だということらしい。アスリートから「これはおかしい」と声が上がらないのもスポンサーシップで口を封じられているからだろう。競技第一ならばギリシャ(夏)なりノルウェー(冬)なりで恒久開催すれば良いのにそういう声が上がらないのもドサ回り興行の方が五輪関係者はよほど旨味があるからだろうと勘ぐってしまう。事実、JOCや電通が絡んだIOC委員買収の為の裏金(贈収賄)疑惑は2020年東京大会での招致段階でも取り沙汰され、海外メディアで報道(英国ガーディアン紙など)されている。ドーピング問題と併せ、国家の威信やらスポンサー企業の利益の為に、アスリートに見世物をさせる五輪は政治が強く絡み、今やパンとサーカスの象徴になっている。

再来年の五輪開催期間中、五輪参加者や観戦者に熱中症で死者が出ることすら予想できるのに、開催時期をずらすなど一つとしてIOCに提案しない東京都は、未曾有の豪雨が予報されているにも関わらずその最中に赤ら顔でピースをする自民亭の連中と同じく、都民・国民の生命よりも他に大切なものがあるようだ。大会組織委員会の役員やスタッフは報酬があり、スポンサーには巨額な経済活動と見返りを約束しておきながら、都民には手弁当のボランティアで五輪に協力せよと言う。暑さで倒れてもおそらく自己責任と片付けられてしまうだろう。そんな切り捨て方をされるなら、ボランティアなどよほどの物好きでない限り手を上げる人などいまい。

「五輪頑張れ」と町内会で横断幕を作ることすら商標法や不競法で禁じようとする。「五輪」なる日本語すら(「五輪」なる日本語は文化的に周知慣用されている。例:宮本武蔵の五輪の書)、商標登録出願し公式スポンサー以外は使わせないようにするIOCに文句の一つも言わぬ東京都と開催組織委員会の体たらくぶり。わが国の文化が破壊されようと、スポンサー様さまなのだ。

安倍総理「国民のために汗を流そう」と言うが、その国民を置き去りに涼しい顔をしながらひたすら「首相の肌感覚」=自己保身・カネ目のための政策実現に邁進する。酷暑の中、汗一つかかない「肌感覚」の人に「汗を流そう」などと言われたくもない。股関節が痛いと広島訪問を中止したが、懸案の法案を強行採決で通してからすっかり痛さも忘れたようだ。その口と同じく随分とご都合な病を自由に発症できる人のようだ。

(おわり)

追記:
「この暑さでやれるという確信を得ないといけない。ある意味、五輪関係者にとってはチャンスで、本当に大丈夫か、どう暑さに打ち勝つか、何の問題もなくやれたかを試すには、こんな機会はない・・部屋の中で暖房をたいて実験をするわけではない。これが自然で起きていて、逆らうわけにはいかない。この暑さでそっくり2年後、東京で(五輪を)やるということを考えなければならない」(2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長発言・7/23都内で単独インタビュー)

「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く」<森喜朗元首相の神の国発言>と重なる。

「確信」「打ち勝つ」なる精神主義。これは科学ではない。「何の問題もなくやれたかを試す」と試されるのは人の命である。「逆らうわけにはいかない」なら自然に逆らわずに秋に大会をずらすか、五輪そのものを辞退すれば良い。「逆らうわけにはいかない」と言いながら「やる」という論理飛躍の間を繋ぐのはこの人ならではの精神主義である。命の危険性もある炎暑の下で運動会を行うことは「部屋の中で暖房をたいて実験をする」と同じこと。こんなふざけた話はない。

神国日本、カミカゼが吹く、日出る国が負ける筈がない、物量は乏しくも精神三倍と竹槍を天に翳し、カミカゼなる無茶苦茶な自殺行為(特攻)を若者に課したあの時代の精神主義を彷彿とさせる。しかし、カミカゼはそよとも吹かなかった。彼らは何ら戦局を変えることはできず全くの無駄死にだった。そして見事に物量(科学)に負けた。精神を百倍千倍にしようとも負けただろう。そのツケは全て国民が命で払った。精神主義を唱え若者を戦地に送り込んだ連中はノウノウと生き延び、日本会議として今日も良心の呵責一つも感じず生きている。

日本主義(大日本主義)の徒花たるこの御仁。またも若い命を散らしてまで大義を鼓舞するのか!五輪などやめてしまって結構。命と引き換える価値もない。

西日本豪雨被害で住む家も失い日々生死に直面している数千の人々を尻目に、東京では来たる運動会のためにクール舗装だのミストだの・・百億円を下らない費用が投じられる。母屋が火事だというのに玄関先で祝宴を上げるのか?東日本大震災で未だ仮設住宅住まいの人々、収束の目処一つない原発事故、そして先般の豪雨被害・・同じ日本人なら祭り事など後回しにして、まずは持てる資源をこれらに集中させるべきだろう。祭り事などそれらが全て片付いた後でも良いことだ。

原発や賭博など人の不幸を前提の射倖にこの国を堕してしまった自公政権の罪は重い。偽り・騙し・脅し・隠す、ことが常套となってこの国の常識の底が抜けてしまった。非常識が常識化し、まともに意見を言う者が排除される。論理の一つもなく、「イイね!」とポチッと脊髄反射的にしか反応しないピクトグラム的人々をマスコミや広告代理店を使って大量生産したのも現政権である。彼らに論理は通用しない。日本国凄い・日本人凄い・俺って凄すぎ・・と呼応できる相手であれば「イイね!」である。

将来世代の懐まで無心し彼らに残しておくべき資源まで先食いし、今さえ良ければと金儲けに勤しむ彼らにとって、五輪も万博も格好の自己都合であろう。それらが終わった後のことなど眼中にない。戦局が悪化して民間人よりも先に逃げ出した軍部や政治家と同じく、真っ先に海外に逃亡するだろう。彼らは豊かに「棄国」し我々は貧しく「棄民」となるのかもしれぬ。TPPはその手段となり得るだろう。
posted by ihagee at 03:56| 政治