2018年07月09日

サイアノタイプ - その43(引き伸ばし機)


乾板用のハンザの引き伸ばし機(ハンザ特許引き伸ばし機)をヤフオクで購入した。昭和11年(1936)年に近江写真工業社がハンザブランドで発売。民生用国産引き伸ばし機としては最初のものだろう。写真用品製造販売ですでに市場を開拓していた同社のブランドネームを借りてハンザキャノンとして引き伸ばし機・カメラの製造販売に乗り出し、瞬く間に先人を追い抜いたキャノンの社史に最初に登場するのもこの引き伸ばし機である。

いわば、博物館級(事実、産業博物館で展示されている)であるがヤフオクの世界では廃品同然だった。フィルムでなく乾板専用の引き伸ばし機だからかもしれない。フィルムばかりでなく乾板も手元にある私からすれば、襷に長いに越したことはなく滅多にない出物として落札した次第である(写真は以下に述べる清掃・ニスがけ前の状態・かなり汚れていた)。

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ハンザ特許引き伸ばし機はコンデンサー二枚使用の集光式でなく、コンデンサー無しの散光式でもない。双方の特徴を兼ね備えた「集散光式」なる独特の様式だそうだ。つまり、コンデンサー一枚と特殊硝子板二枚(デフューザー)の構成がその方式のようだ。

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しかし、オークションで落札した同機は少し様子が違っていた。コンデンサー室に収まるコンデンサーレンズは一枚あるものの、特殊硝子板がない。その代わり、筒に収まったコンデンサーレンズが一枚付いていた。つまり、コンデンサー二枚使用の集光式となっている。この時代、ユーザの要望に応じて近江写真工業社があつらえたのかもしれない。

乾板を収める原板枠には手札判(8×10.5cm)が収まる。それ以上のサイズでも枠を使わず直接乾板を枠穴に差し込めば使える。ハンザ特許引き伸ばし機は実はこの原板枠が三種類用意されており、それぞれに対応した引き伸ばし機が三種類販売されていたようだ。他は大名刺判 (6.5×9cm)とベスト版。

つまり、私が購入したのは原板枠が最も大きな引き伸ばし機となるのだろう。昭和11年(1936)年だから御年82才。Voigtländer Superb(1933年製前期型・Skopar 75mm F/3.5)とほぼ同い年である。いずれも戦争の時代をくぐり抜けてきた。Superbが自己流のオーバーホールで実用可能となったように(Voigtländer Superb 顛末記)、この歴史的な引き伸ばし機も実用化すべく清掃とニスがけを行った。木部は全て桜材であるが経年の汚れでニスが剥げかかっていた。本来なら全て剥がした後でニスを塗り直す必要があるが、横着してユザワヤで購入したデコパージュ用の艶有ニスを塗ってみた。結果は良好。飴色になった。黒い鉄部も同様にニスをかけて元々の塗装の剥離を抑えた。このニスは重ね塗り可能なので刷毛目が残った部分もあとで塗り隠すことができる。

蛇腹部分はピンホールがあるが破れてはいないのでこのまま使用。カメラのシャッター布幕なら致命傷だが・・(拙稿「Exakta Varex IIa」)。レンズはAnastigmat F=105, 1:6.3と暗いレンズだが、カビや傷がなく良好。絞りも正常に動作した。焦点調節ネジ部はグリスアップし動きが良くなった。なお、レンズボードはあおりが効く。

鋳鉄の支柱は縦横位置変更装置があり、本体を水平にすることもできるようだ。ランプハウス(笠)の上部に本来ならある筈の電球ソケットとコードは無いが、本稿のUV LEDユニットを使う分にはそれで構わない。

コンデンサーレンズもAnastigmatレンズも良く見ると小さな気泡がある。気泡がレンズ中央に無い限りは合格となっていたのだろう。無論、焼き付けに何ら影響しない。

物は試しと、Lucky II-Cで使っていたUV LEDユニットを電球代わりに使って、5" x 7"(インチ)=10.5 x 16cm相当の乾板を原板枠を使わずにその差し込み口に直接置いて、サイアノタイプを行ってみた(vif Art (B5 H.P. surface) を用いたサイアノタイプ印画紙使用)。

Cyanotype print made on an old photographic enlarger directly from a photographic dry plate (glass plate) without using a conventional contact printer and digital processing


コンデンサー二枚使用の集光式を経てさらに暗い引き伸ばし機レンズから落とされるUV LEDユニットの光はさすがに弱い。そこで、アドオンされているコンデンサーレンズ一枚を使わず、コンデンサー室のコンデンサーレンズ一枚で焼いてみた。特殊硝子板二枚(デフューザー)が無いためか、中央に集光してしまったが(UV LEDの位置を本来電球のある位置まで引き上げれば全体に光がまわるようだが)まずまずの出来となった。

5" x 7"(インチ)=10.5 x 16cm相当の乾板は拙稿「乾板写真の美」で取り上げた1900年頃のもの。弱いとはいえども紫外線を当てることに躊躇いがあったが、五時間照射した後でも見た目何ら影響を受けなかった。熱線を含む太陽光に晒す方がよほどダメージが大きい筈だ。フィルムよりも撮像面積の大きなガラス乾板だからといって、コンタクトプリンターに挟んで太陽光に晒して焼くことだけはやめた方が良いと思う。

Cyanotype print made on an old photographic enlarger directly from a photographic dry plate (glass plate) without using a conventional contact printer and digital processing

(五時間焼き付け・水洗オキシドール漬・トーニング無)

中央に集光してしまったが、それなりに雰囲気が出た。次は全体に光がまわるように UV LEDユニットの配置を工夫してみたい。本来の銀塩プリントでの活用ではないが、サイアノタイプの印画紙を抱いてハンザ特許引き伸ばし機がどことなく嬉しそうにしている。廃品やオブジェにされるよりはよほど幸せだろう。

(おわり)

posted by ihagee at 17:00| サイアノタイプ