2018年06月21日

一対一対応 vs. 藪の中



「物事を処理するにあたっては、丼勘定で捉えるのではなく、一つ一つ明確に対応させて処理することが大切です。たとえば、伝票なしで現金やものを動かしたり、現金やものの動きを確認せずに伝票のみで処理したりするようなことがあってはなりません。売掛金の入金チェックにしても、どの売り上げ分をどの入金分で受け取ったのかを個々に対応させながら一対一で消し込むことが必要です。また、生産活動や営業活動においても、[総生産]や[総収益]といった、いわゆる収益とそれを生み出すために要した経費を正確に対応させ、厳密な採算を行うことが必要です。」

京セラの経営理念ではこのように述べられている。稲盛氏の経営理念の底に「一対一対応」がある。それができない相手とは取引しないという。信用関係が築けないからだ。

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「一対一対応」から安倍政権の諸政策・国会での受け答え・国民への説明などを見てみると良い。
一つとして「一対一対応」をしていない。それどころか、対応させることすら不可能にしようと、物事を粉飾・虚飾・改竄し、嘘に嘘を重ねて相手を煙に巻く。今治の腹心の友も全く同じだと昨日の会見?で判った。

全く信用が置けない。それどころか、信用なるものを鼻で笑っている。

安倍政権および与党は本来国民から不信任をつきつけられるべき存在であり、私の周辺でも批判・非難の声の方が多い。しかし、さっぱり民意が反映される気配がない。官公庁の公文書を改竄してもそれは改竄ではない、とするが如く監督責任の一つも負わない政権、歴史を修正改竄したり憲法を恣意的に解釈したりと、思いのままである。

選挙制度という民主主義の根幹までは侵されていないと信じたい。しかし、ここまでめちゃくちゃをしても開き直り存在し続ける政権の姿を見続けていると、次第に疑問が湧いてくるのも仕方あるまい。この根幹を改竄されたらもうこの国は終いであるが、その点検はできない仕組みとなっているようだ。ブラックボックス化・神聖不可侵ということらしい。(拙稿「<蟻の一穴・アキレスの踵> 選挙の公正」)

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(一対一対応=投じた一票が正しく民意として反映されているか、点検すべきことである)

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「一対一対応」の一つ見ることができないこの国の今の有様(特に政治)は「藪の中」なのかもしれない(拙稿『「藪の中」考』)。神道政治連盟神道政治連盟国会議員懇談会(「神道の精神を以て、日本国国政の基礎を確立せんことを期す」と謳い、自民党を中心に国会議員283名が参加し、その一人が安倍晋三氏である)およびそれを裏で支える日本会議は、明確な論理や科学的に考察可能な思想体系を一切持たない宗教的な呪術・祭祀を元にする精神主義集団でもある。「藪の中」の住人であることも段々世の中に知れてきた。住んでいる世界が我々と異なる。「一対一対応」など全く必要としない彼らなりの原始的な神の国に住んでいるのだろう。この原始的「神国」説が今も政治教義として息づいていることは「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く」<森喜朗元首相の神の国発言>からも明らかである。

「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』こと」=「大麻=神宮大麻」=「神国」即ち、国家至上主義を理想と言って憚らない安倍昭恵夫人、この夫妻と取り巻きによる国家の私物化だろう(拙稿『「自由に反する恥ずべき考え方」=「美しい国(安倍首相)」』。

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「立憲主義を否定する国家観を持つ人が多い。戦争に負けた時に、間違った考え方を清算せず、害虫駆除しなかった。日本会議や青年会議所が害虫が増殖する巣になっている。「日本会議をゴキブリ扱い」と産経新聞に言われそうですが、構いませんよ私は。」(前川喜平氏)

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安倍政権の唯一の功績は、我々国民に「藪の中」を垣間見せてくれたことだろう。これが「美しい国」の実相であると。日陰者だったゴキブリが「藪の中」からごそごそと明るみに出ててきた。我々国民はその「藪の中」とゴキブリの姿を一匹づつ見ることができるようになった。安倍政権に感謝する。あとは、どうまるごと退治するかである。

(おわり)

posted by ihagee at 04:04| 政治