2018年03月04日

いかさまの終わり・ファクトの始まりを期待する



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結論のためにファクトを捏造・改竄する。
京都大学iPS細胞研究所の山水康平助教が発表した論文のデータに捏造・改竄では山中伸弥所長が自ら責任を認め職を辞すると一時表明した。学術研究分野においてそれは禁じ手であるばかりでなく結論すら場合によってはフェイクとなる。結論(結末)を立てて話を自在に作り上げるのであればそれは小説や神話の世界(フィクション)だろう。結論に向かって原理や理論の存在を推測するまでは良いが、それに都合するデータを勝手に作り上げることは似非だ。山中所長に限らず心ある科学者であればそれは犯罪のみならず自己否定であり学術研究に対する冒涜と重大に認識することだろう。その意味で引責辞職は慰留されたものの山中所長の悔悟は深い。

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経済界では光学機器メーカー・オリンパスが1000億円超の巨額損失を約20年にわたって隠蔽し、負債を粉飾決算していた問題以降、上場企業において財務会計ばかりでなく製品の品質・安全に関わる技術指標の改竄が次々と明るみに出ている。コーポレイトガバナンスの崩壊は企業経営者の責任にとどまらず企業そのものの存立すら危うくするものだ。消費者に対する背信は市場からその企業は撤退を余儀なくされる。最悪の原発事故(産業事故)を引き起こしながら何らまともな社会的制裁を受けてこなかった東京電力についても、巨大津波の襲来を十分予見し得たデータを子会社が試算し東電に提示していたにも関わらず、逆に東電から「『計算の条件を見直し、津波が小さくならないか』と再計算を依頼された」という驚くべき証言が勝俣恒久・元会長ら旧経営陣3人に対する第4回公判(東京地裁)であった。結論(結末)=原発は安全である、を立ててその結論に合わせて都合の良い話を自在に作り上げる神話が罷り通っていた。大事故が起きたあとも、この結論は変わらないどころか「より安全(安倍首相)」とさらに神格化されつつある。曰く「福島の事故は想定外・不可抗力」「今は完全にコントロール下にある」と言い続けなくてはならない。想定内であったこと・何らコントロールされていないこと(放射性物質の挙動を抑えることなどできない・甲状腺癌など健康被害は深刻化している)が明るみになりつつあり、いずれ神話は破綻することだろう。

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そして政治の世界。

裁量労働制に関する厚生労働省の調査データをめぐる問題、学校法人・森友学園(大阪市)との国有地取引をめぐり、財務省の公文書の内容が契約当時とその後に国会議員らに提示したものとで違っている問題が次々と明らかになった。

データを不適切に取り扱った厚生労働省、公文書を改竄した財務省(財務省については公用文書等毀棄罪や証拠隠滅罪となり得る)に共通することは、結論(結末)を立ててその結論に合わせて都合の良い話を自在に作り上げる行動様式が根付いていたということだ。結論(結末)は悉く安倍晋三首相の公私混同職権乱用たる交友関係とまともな論考を経ない政策に関わっており、すなわち、その結論(結末)を立てたのは官邸である。中央官僚の人事権を掌握し審議官級以上、約600名の人事を内閣人事局において決定できる官邸であれば、結論(結末)に沿わない・意見をしたり反論する官僚はパージの対象でしかない。官邸に彼らが唯々諾々となり果てには公文書偽造に及ぶのもそういう圧力があればのことだ。役人として命取り以外のなにものでもないそれら罪名の付く行為を自己保身能力にひときわ長けた彼らが自ら選択するとは考えにくい。佐川宣寿氏を「官僚の鏡」と安倍首相は讃え、適任として国税庁長官に任命したことからも、「鏡」とは政権にとっての鏡となることを中央官僚に求め続けた結果が今回の問題となったと考えるが自然だろう。

安倍政権を「神っています(蓮舫議員)」と喩えたように、論じることすら封印し結論有りきの神がかり的政治がこの政権の本質なのかもしれない。神だから責任は問われないとばかりに自称最高責任者は未だかつて責任を取ったことはない。その神の意思に従っている限り不死身とばかりに官僚や経済人、マスコミまでが御託宣に盲従しその為なら現実世界ですらさらっと仮想化(異次元化)してしまう。神がかりが奇跡と同語であるように、客観性や論理を等閑にして、悪しき錬金術のように出まかせ・思いつきで試行錯誤したところで奇跡など起こりようもない。賭博・博打の世界にどっぷりと政権が浸かり、事実、その政策のギャンブル性は顕著だ。

金品を賭けた勝負事において見かけの確率(期待値)を相対する者に気付かれぬよう、実際は自分に有利な確率になる様、様々な手段を使い行う行為は、鉄火場では当たり前の「いかさま」。「いかさま」は鉄火場では日常であっても場外では詐欺でしかない。

安倍政権が博徒どもと共に場外に連れ出される日は近いかもしれない。その時になって初めてわれわれ国民は身ぐるみを剥がれすっからかんとなった我が身を知ることだろう。失うものが多すぎたと知るに違いない。安倍政権を誕生させたことを後世になって悔いるは将来世代である。将来世代に責任を負わないからこそ安倍政権は「いかさま」を続ける。「今さえ良ければ」と。

(おわり)


posted by ihagee at 05:00| 政治