2018年02月09日

だから子供が育たない



"子どもが入学を予定している区立泰明小学校(和田利次校長)では、今春入学する1年生から、新しい標準服(制服)に切り替える。イタリアの高級ブランド「アルマーニ」に依頼してデザインを監修してもらったものだ。"

"洗い替えのシャツまでそろえると、全部で9万円だった。学校の説明によると、いまの標準服は、上着、長袖シャツ、ズボン、帽子をそろえて男子で1万7755円、女子で1万9277円。夏服が加わったこともあり、洗い替えの価格を加えても、3倍以上の値上がりとみられる。"

(ハフポスト日本版記事より)

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貧富の差なく誰でもが学べることが本筋の公立学校にあって、"標準"を富にスライドさせ土地柄(銀座)に合わせて学童もブランド化してみた・・ということらしい。

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安倍政権になって外見ばかりを飾る社会が進んでいる。「日本って凄い・日本人って凄い」と自画自賛・夜郎自大に集団となって飾り立てるが、個に立ち帰れば「私(一人称)」で語れること(能力・実績)が少ない人々が増えている。

「君は何を努力したのか、学んだのか」という個の内面の充実に本来心を砕くべき学校長が、外見にこだわるとは本末転倒といわざるを得ない。この学校長はビジュアル・アイデンティティとかいう概念で集団の同一化を図ろうとしているようだが、「行儀よく」「型どおり」となることを指導することは、子どもの内心に「(大人社会の)ツジツマ合わせ」を植え付けることになる。そのアイデンティティをアルマーニに借りる理由もさっぱりわからない。それどころか服育と教育勅語によって内心まで「行儀よく」「型どおり」となることで「ツジツマ合わせ」を学ばせようとした森友学園が重なってみえる。だから単に高い服だからとかブランドだから云々の問題に矮小化してはダメだ(拙稿「媚びた絵」)。

「皆で妥協する調和なんて卑しい」と小学生の時分から「行儀よく」「型どおり」となることを否定し個を発揮し続けた画家 岡本太郎が存命だったら、ビジュアル・アイデンティティなど「くだらない!」言下に一蹴しただろう。

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格好は粗末だったけれども、「ぼくは、あたしは、」とそれぞれ語るべきものを学校で学んだ人たちが社会を築き上げてきた時代(過去)のその成果だけを着て、あたかも備わったかのように錯誤させるのが安倍政権下の社会である。明治維新を引き合いにしたり、東京五輪だ大阪万博だと高度経済成長期の威光を借りようとする。現実の社会経済の実勢実態と乖離したアナクロニズムに浸って、夢をもう一度とさして努力もせずにアドバルーンばかり上げるアベノミクスがそれであろう。そのためであればいかなる「ツジツマ合わせ」すなわち、虚飾・粉飾も憚らない。(拙稿『国家ぐるみの壮大な「粉飾決算」』、内閣府による名目国内総生産(GDP)の嵩上(粉飾)『粗忽長屋と安倍政治』)

その人の才覚や能力ではなく、環境(生まれた家)だけで政治家になり且つ家訓を国政に持ち込む首相が権勢を振るう社会では、誰もが身の程をわきまえずに先ずは飾ること(虚飾・粉飾)に奔走するのかもしれない。その飾りが剥がれかかっている。気がついたらハリボテだったでは済まない。

ビジュアル・アイデンティティなるハリボテ作りに教育者が熱心になっては子供たちは育たない。

(おわり)

追記:アルマーニのブランドを以って服育をするというのなら、ブランドイメージを毀損しないように常に服は新調しなさい・常にクリーニングしなさい・折り目をつけなさい、と学校長は親に言わざるを得ない筈だ。ブカブカや寸足らずではアルマーニなるビジュアル・アイデンティティを語ることはできないからだ。しかし、そんなことが教育の本論なのだろうか?服に従う子どもとは一体どんな人格形成になるのだろうか?これでは銀座の高級ホテルのドアボーイと同じ。やはり、この学校長の考え方はおかしい。

posted by ihagee at 07:50| 政治