2018年02月05日

基地問題よりもゴミ袋が争点だったのか?



名護市長選挙は安倍自民党と公明党、維新の会が推す新人候補(渡具知武豊氏)が勝利し、現職の稲嶺進氏が敗れた。

選挙戦での双方の争点は全く異なり、稲嶺氏は辺野古の基地問題に焦点を絞って戦ったが、渡具知氏は同問題には一切触れなかった。渡具知氏の選挙応援で自民党から駆けつけた小泉進次郎・三原じゅん子議員らは名護の喫緊の問題を「ゴミ問題」をはじめとする市民の生活や今日明日の経済に集約しそのための飴(在日米軍再編への協力に応じて自治体に交付する「再編交付金」)をチラつかせるなどして、基地問題の争点化を避けた。ちなみにゴミ問題(ゴミ分別の面倒さやゴミ袋の値段の高さ)の所以は稲嶺氏の前任の島袋前市長(自公推薦)の施政の結果であると報じられている。

共同通信が4日実施した沖縄県名護市長選の出口調査では両候補拮抗、RBC琉球放送の当日出口調査では稲嶺氏が優勢と伝えられていたが、結果はこうなった。

辺野古の基地問題に対する名護市長候補としての態度を示すこともなく、「ゴミ問題」で蹴散らかし飴で民意を懐柔した自公維。全く姑息としか言いようがない。渡具知氏は市長就任早々に辺野古の基地問題の収束を図ることだろう(是認・推進)。選挙前に公言しないことを選挙後に民意を得たとばかりに行う今の安倍自民政権の合わせ鏡となることは明白だ。

沖縄の人々は本土の<防人>なのか?

辺野古の基地問題に対する責任のある回答をすべきは我々本土の有権者であり、県内移転でさも負担は軽減されると茶を濁し、「ゴミ問題」にすり替え、辺野古に押し付けて涼しい顔などできない筈だ。安倍政権による沖縄振興予算削減などでの兵糧攻め、そして名護市長選挙でのあからさまな争点隠し。名護市民に基地問題を諦めさせたり問題疲れをさせるように安倍政権(その背後にはアメリカの意向がある)は裏から手を回しているようにしか見えない。こうして翁長県政が追い詰められていく。米軍機が一般市民の生活空間を低空で飛び交いいつ墜落するかわからないような危険の下でいかなる明るい将来が展望できると言うのだろうか?有事の第一の標的となる場所に安心して住むことができるのだろうか?飴を舐めさせてあとから鞭で叩くのはもういい加減にして欲しいものだ。

選挙結果について民意が反映されていないのではないかという疑念は、選挙が公正であったか否かという選挙制度根幹に対する根本的な疑念に変わりつつある「<蟻の一穴・アキレスの踵> 選挙の公正」(拙稿))。

いずれにせよ、この選挙結果(結果以上に選挙戦の自公維の争点隠し)に暗澹たる気持ちとなった。

(おわり)

追記:選挙結果を受けて政府は名護市への「再編交付金」の交付再開の検討に入った。稲嶺市政は「再編交付金」の受け取りを拒否=米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設反対の立場だった。新市長が「再編交付金」を受け取れば=米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設に賛成(沖縄県としての県外移設断念)することになる。結局、飴で市政に国政があからさまに関与・干渉したということである。

そして、佐賀県吉野ケ里町の陸上自衛隊目達原(めたばる)駐屯地の南約4キロの住宅街に、陸自のAH64D攻撃ヘリコプターが墜落炎上した。「再編交付金」と引き換えに辺野古移設に賛成すれば目達原以上の軍用機墜落のリスク(在日米軍であればリスクを日本側がコントロールできない)を将来にわたって名護市は負うことになる。政府の自治体への経済支援と在日米軍再編への協力が常にセット化されるのは沖縄だけだ。国レベルのリスクを負わなければ生きていけないように一自治体に仕向けることがいかに残酷且つ卑怯であるか。日米安全保障にまで立ち返って本来政府が交渉すべき相手はアメリカに他ならないのに(米軍基地の沖縄県外移設など)、アメリカには全くの及び腰で自治体には高飛車に出る安倍政権の弱者いじめには辟易する。

さらにトランプ米政権の核戦略の中期指針「核体制の見直し(NPR)」なる「核兵器なき世界」からの転換に安倍政権は共鳴する。核による戦争抑止こそ現実主義であり、核なき世界は理想でしかないと安倍政権は言うが、相手は核を使う筈がないというおかしな信仰の上に立つ核による戦争抑止論こそ理想論であろう。信不及(信が足りない)と、自らを信じれば相手は信を侵すことはない(不可侵)という信仰を人(外交)ではなく核(武力)によって語るようなものだ。核への信仰・神話に近い。このどこが現実主義だと言うのだろうか

喩えれば、銃(武器)社会のアメリカの方が犯罪抑止として現実主義だと言って、我が国でだれもが護身用に拳銃を所持できるようにすることを良いとするに等しい。人ではなく銃がモノを言う。銃の大小が力関係となる。銃を許容する社会だからこそ些細なことでも銃が公然と使われる。子供ですら銃を学校に持ち込んで暴発させる。銃による牽制関係に依存する社会。人同士が信用できなくなる社会。

「持たない・持たせない」社会を志向するのは人として当然のことだ。人格が欠如した指導者(トランプ米大統領・安倍晋三首相)に人として当然のことは理解できないらしい。

「核兵器なき世界」からの米政権の転換に共鳴する安倍政権であれば、<日米安全保障上の同盟関係>を以っていずれ在日米軍基地に小型核弾頭など新たな核兵器が秘密裏に配備されることは目に見えている。国民の命を核兵器と隣り合わせにして然りとする安倍晋三首相とはいったいどこの国の首相なのだろうか
posted by ihagee at 04:14| 政治