2017年12月13日

奇譚「黄泉交通」(その2)


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「はい。しっかり写っております。では参りましょうか。」
老人が差し出した白黒の古ぼけた写真。お坊さんに続いておおぜいの着飾った子供たちが練り歩く花まつりの様子が写っている。

「到着しましたよ。この辺りですよね。」
「君はよくわかったね。一言も行き先を告げなかったのに。」
「これが職業ですから。」
「でも何もないだろ。すっかり寂れて。今は地図にだけある場所だからね。」

草木に覆われ、枝に窓を破られまさに朽ちようとしている建物の前に車を止めた。
「廃墟マニア以外は知らない場所です。」

「この子ですよね。貴方様は?」
「よくわかるね。こんな古ぼけた写真から。60年以上昔のわしだよ。」

「その二人後ろ。私です。」
「この人か?帽子を被った運転手、き、君じゃないか?ち、ちょっとまて、そんなこと有り得るのか?」
「そうですよ。この辺りでも流しの営業をしておりましたから。田中隆先生、山羊髭で丸眼鏡の国語の先生。覚えておられますよね。お乗せしたことがありますよ。」

「うんうん。思い出したよ」と老人は頷いている。
「貴方様のこと、母親思いの孝行息子だと先生は感心されていましたね。目の悪いお母様に代わって針の穴に糸を通したり、新聞を読んであげたり。」
「えっ!そこまで知っているのか。まったく驚いたよ。」

「車を少しバックさせましょう。」

「私はここで待っています」と男はドアを開けた。
老人は車を降りると霧の向こうに消えていった。

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しばらくして老人が興奮冷めやらぬ表情で戻り車に乗り込んだ。

「あの町があったよ。写真と同じ祭りをしていて、家に帰ると母が居てね。肩を揉んだりして親孝行ができた。感激した!」
「それは良かったですね。ご自慢の息子さんでしたからね。今の貴方様を知らずに亡くなられた・・」
「そう、この町を出て上京して間もなくだった。」

「亡くなられて良かったのではないですか?」
「君、何てこと言うんだ!孝行したくとも親がいないこと程悔やむことはないのだぞ!」老人は憤慨している。

「私は母は存命ですが、親孝行できないんですよ。」
「そりゃ、君、不幸者ということだぞ。親が生きている間に息子が孝行するのは当たり前じゃないか!」
「いくら孝行したいと思っていてもできない身にしたのは・・」
「君の言っていることがわからんな。」

「車を元の位置に戻しましょう。」
また朽ちた建物が眼前に現れた。

「もう少し右に詰めていただけますか、あと二人程、ここで相乗りされますから」と男は帽子を目深に被り直すとドアを開きルームミラーを確認してまたドアを閉めた。
「この車はわしの貸切じゃないのか?それに誰も乗ってこんぞ!」と老人が怪訝な顔をしている。
しばらく車を走らせ海辺に出た。
「あちらで手を上げている方をお乗せしますよ」と車を止めて助手席のドアを開けた。

「誰も乗って来んじゃないか。さっきからつまらぬ狂言をして何の真似か、君!用は終えた。わしの屋敷に車をやりたまえ。」

運転席のダッシュボードから男は写真帳を取り出した。
「貴方様以外に乗られている方々からはもうお写真をいただいておりますよ。ご覧なられますか?」と男は写真帳から3枚写真を剥がして、肩越しに老人に手渡した。

「えっ、君、どれもわしの顔写真じゃないか?」

「貴方様は上京後、刻苦勉励され名のある教育者になられた。貧しい人々にも等しく教育を施そうと私学を幾つも立ち上げました。」
「そうだ。よくわかっとるじゃないか。」
「有力政治家や中央官僚と太いパイプを作られたのも、最初はその目的の為でした。」

「しかし、貴方様の懐も同時に暖まり始めました。その甘い汁を共有しあう関係である大物政治家と昵懇となり、その目に見えぬ力を背景に国庫から優先的にカネを引き出す、正確に言えば、懐に入れる、ことができるようになったわけです。」
「き、君は何てことを言うんだ!証拠もなくいい加減なことを言えば名誉棄損だぞ!」
「証拠は悉くありませんよね。確かに。」
「先ほどまで車を止めていた朽ちた建物も元は贅を尽くしたリゾートホテルでした。リゾート法の適用を受け、町からも公費を引き出して貴方様が作った。故郷に錦を飾ったわけです。しかし、その頃はすでに教育者ではなく、ビジネスマンとして、いや、貴方様やお友だちの政治家・官僚への利益誘導に目的が転じていました。建設費用を水増しして差分を貴方様方は分けあっていました。そして、儲からないとわかるや負債を町に押し付け、結果、町の財政は破綻し、貴方様はご自身の故郷を破壊されたわけです。」

「なぜ君はそんな細々としたことまであたかも知っているかのように話すのだ!それにわしの責任じゃない。一時的にせよ雇用が創出されたわけだ。感謝されても非難される筋合いではないぞ」と老人は憤っている。

「そこまでは世間でよく耳にすることですから、貴方様を取りたてて私がどうこう言うつもりはありません。貴方様の故郷が失われたのももしかしたら他に要因があったかもしれませんから。」
「だったら、余計な話はせんでええ、早うわしの屋敷に車をやれよ!」

「しかし、この方々は・・」
「だから、さっきからおかしな狂言はやめろと云っているだろ。この方々って誰もいないじゃないか?」
「いませんよ。この世には。」
男はアクセルをふかすと海岸線の切り立った崖の際で車を止めた。

「一体何のまねだ!こんなところで止めて」
老人はルームミラー越しに男に叫んだ。

「お忘れですか?秘書をしていた佐藤徹ですよ。」
「俺は、あの町の助役をしていた日下一郎だよ、しばらくだな。」
「町長の山内昭雄だ。任期半ばで恨めしいよ。」

「な、何だ!誰もいないのに耳元で声がする」老人は狼狽している。
「気味が悪い!車を降りるぞ。う〜む、ドアが開かん。ドアを開けろ!」

「いや、ドアは開きません」と、帽子と脱いでぐるりと振り返った男に老人は驚愕し叫び声を上げた。

「お、お前は!」
「はい。その昔、貴方様の運転手を務めていました山本悟です。まだ二十代だったんですよ。あれから歳を取ることができません。今だから打ち明けますが、当時、貴方様のお嬢様と将来を誓い合っていました。それなのに・・僕は母に不幸をしてしまいました。親孝行一つできずにね。悔やんでも悔やみきれません。貴方様にとって不都合極まりないカネのやりとりについて真実を知っていた我々ですから、貴方様は我々の口を噤ませようと権謀術策を駆使し我々に濡れ衣を着せたり、マスコミを使ってあらぬ噂を立てて、終いに一人ずつ死に追いやったわけです。首を吊ったり身投げをしたり火をかぶったりとそれはそれは苦しいものでした。よもやここに貴方様がお戻りになられるとは。まさに千載一遇、恨みを知れ!」というや、ハンドルを切った。

「おい、あれ見たか!今、あの崖から誰か飛び降りたぞ。自殺だ!」と釣り人たちが声を上げた。

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「おかしいな、もう半日経っているのに、あの老人、戻ってこないな。もしかしたら別の車に間違えて乗ったのかもしれん。辺鄙な場所ほど同業者とすれ違うことが多いからね。母思いの優しいご老人だった。写真だけ預かっても・・」とダッシュボードから写真帳を取り出し男は貼り込もうとした。

「おや、余白にすでに今日の日付で没年月日が記入されているぞ。まぁいいや、今日の営業は空振り、これでおしまい」と表示板を回送にしてその場を後にした。

(つづく)


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posted by ihagee at 03:56| 小説