2017年12月12日

奇譚「黄泉交通」(その1)


edited23 - 1.jpg


(1)

「お客さん、わかってますよね?この車に手を上げたからには」
「まぁね。」
ゴムの突っ掛けにダブついたスウェット姿の女は煙草を口の端に咥えたまま道端から窓越しに言葉を返した。
「では、お乗りください。向こうのコンビニの駐車場で見させていただきます。お持ちですよね?」
「当ったり前だろぅ。」

女はスマホを繰って何枚かの写真を男の背中越しに見せた。
「申し訳ないが降りてください。何も写っていませんよ。これでは車を走らせるわけにはいきません。それにプリントじゃなければここに収まりません」とダッシュボードを指さした。
「そんな筈ねぇだろ!あとでてめぇがプリントすればいいじゃん」と女は怒鳴った。女の目には画面に確かに或る景色が写っていた。
「つべこべ言うんじゃねぇ」と凄んで気付くと女は車の外に投げ出されていた。

「今だけ良ければの人、乗車お断り」と男はリアウィンドウにステッカーを貼った。

(2)

「ご乗車、有難うございました。」

男は車の外に周ってドアを開け帽子を取ると深々と辞宜をした。車に戻るとダッシュボードから写真帳を取り出し黄ばんだ写真を一枚挿し加え、「加藤誠一、昭和2年10月8日生、平成29年1月20日没」と余白に書き込んだ。
「帰路は一晩かかったから、昨日というわけだ。」

加藤老人の場合は、道端でステッキを掲げて乗り込むや「君、申し訳ないが、これで頼む」と写真を手渡したことから、この男の車を知っていたわけだが、いかなる経緯で知ったのかについて男は関心がなかった。
とにかく「はい。しっかり写っております」ということから男の関心は始まるのである。老人の手渡した写真には石ころが二つ写っていた。

「で、今になって悔やまれるということですか?」
「そう。今になれば。あの時はそれしか考えられなかった。上官に命ぜられ仕方なかったのですよ。」
「ならば、ここで車をバックさせましょう。」
「さぁ、ここで降りて下さい。目の前にあの時があります。」
加藤は車を降り霧の向こうに消えていった。しばらくして額に脂をびっしりと滲ませ足取り重く戻ってきた。ステッキに代えて手に捧げた銃剣の先は血糊で光り返り血を全身に浴びている。

「やはりお戻りになられましたね。今になっても仕方のないままでしたね。で、どうされますか?」
「罪を償う。あの世の裁きで地獄に行きたくないからね。」
「どうやって。」
「死ぬんだよ。死に場所を探してくれるんだろ、この車は?」
「しかしお客さん。石ころは二つありますよ。死ぬのは一回。それでは一つ分足らないのではないですか?」 
「自ら死ぬと云っているんだ。これ以上崇高な謝り方はないだろ。でなければ、じゃ、どうすればいいんだ?」
「貴方様は罪を償うといいながら、ご自分の命と天秤にかけて、お相手の命を二分の一ずつだと云われているわけです。たとえ贖罪で死を選ばれたとしても、犯した罪の重さはそれで釣り合うことなどありません。消えることもありません。」

加藤は頬杖をついて一人で何か合点する仕草をしている。
「わかった、どの道、消えないのなら、じゃ、ここで降ろしとくれ。それならあの時に従って残りの捕虜もみな刺突してやる。殊勝に謝ろうとしたらつけ上がりやがって。こうなったら二人も三人も同じことだ。千人も殺れば英雄さ。あの神社なら英霊として祀ってくれるだろう。」

「いや、貴方様は石ころ二つ分の罪を償うと云われた。あの時代に私も居りました。おそらく貴方様と同じことしか考えなかったでしょう。わたくしもこの際、貴方様と共に命を進ぜましょう。それで漸く釣り合います。さぁ、車を谷底に落としましょうか。」

「止めてくれ!過去は捨てれば良いだけだ。忘れた忘れた!明日に目覚めたぞ。俺は死にたくない。お前も捨てろ!」
加藤はドアを蹴って外に出た。その刹那、足を滑らせ谷底に真っ逆さまに落ちていった。岩に何度も体を打ち付け転がる内にそれは毛むくじゃらの醜い畜生になっていた。

「せめて、人のふりをしていた頃のお名前だけ書かせていただきましょう。
ご自宅までお名前だけお連れします。」

(3)

「俺、乗ってもいいかな?」と青白い顔をした小太りの青年が手を上げて車を止めた。
「お客さん、わかってますよね?この車に手を上げたからには」
「うん。わかってるよ。これ写真。ちゃんとプリントしてきた。」
「はい。しっかり写っております。ではご乗車ください。」
写真には白い靄しか写っていない。
「俺とマブダチ。イケてるだろ。」
「二人写っているとでも?」
「当たり前だろ。見りゃわかるだろぅ。とにかくな、俺ってもっと褒められたい人なわけ。そういうとこに車まわしてくれよ。」

「ではこの先の交差点を曲がったところで降りてください。」
やがて青年は顔を紅潮させて戻ってきた。
「やぁ吐きまくりですっきりした。胸の中のクソっぽいものを吐き出して散々喚いてきたからな。反吐を思い切り吐いてすっきりしたわけ。旭日旗もブン回してやっぱ俺達って凄いなって。おっさん、いいとこで降ろしてくれたな。感謝感謝。」
「俺、じゃなくて俺達ってことですか?」
「当ったり前じゃないの。集まりゃそんだけ凄いんだから。」
「車をバックさせましょう。」

「では、ここで降りて下さい。」
「おいおい、これ前のバイト先じゃないか?」
「前じゃありません。今です。ほら店長が手招きしていますよ。」
車を降りた青年は店の中に消えていったがすぐに戻ってきた。
「続かない、ということですか?」
「俺の性に合わないだけ。俺を認めない世の中が悪いんさ。褒め上手にこそ人間が育つぅっていうよね。褒められて俺さまは育つってわけ。ポジティブ思考っつぅやつかな。お互い褒めあって盛り上げるネットってまじサイコー。そこで稼ぐ方が外で上からねちねちと言われて働くよっか気分いいし、手っ取り早いから」とスマホの画面を指先で捏ねまわしている。

「だから、ネットで煽ったり中傷したりしてお金を稼いでいるということですか?」
「おっさん、随分だなぁ。相手が悪いんさ。つまらんことで何かとお上に楯突くからな。お国に協力できないサヨクとか非国民っていうこと。そうさ。国を愛する気持ちってのかなぁ的なものも満たされて、やっぱ俺達って凄いっていうことさ。その通りの世の中になってるだろ。呟いて稼げるんだからスマホは命の次に大事。」
「では車を先に走らせましょう。」

「ここで降りて下さい。ほら、向こうであなたの好きな旗をマブダチさんが振っていますよ。」
「すっげぇ。ショー・ザ・フラッグちゅうやつだ!興奮すんなぁ、いっちょ暴れてすっきりしてくるか!」
青年はスマホに導かれるまま霧の向こうに消えていったが、すぐに胸を押さえて戻ってきた。
「ほ、本当に撃たれた。ほら、胸に穴が開いて血が吹き出して痛いよぅ!た、助けてくれぇ!リアルじゃないか!リ、リセットキーがない」と車の中で七転八倒し事切れた。スマホの画面のバトルゲームが「オーバー」となっている。
バッテリー切れで画面も真っ暗になった。
男はシガーライターでスマホを充電すると「今日の英霊」というタイトルとともに青年とマブダチの血だらけの顔写真が掲載されている。スマホが勝手に死に顔を自撮りしたらしい。↓が500ctで、プラマイで相殺されて今日の褒められランクでは最下位に近い。誰も殺さない前にやられてしまったとして、評価も「サイテー・カッコワル」と呟かれている。
「どのみち、そんなことだろう」と男は車をバックさせた。

助手席に放っておいたスマホから手が生えて、次第に青年が全身を現した。
「お戻りですね。画面見ましたか?」
「何かあったの?げぇ!何だこれは!」男が魚拓した画面に目を見開いている。
「正確な没年月日は表示されていましたが、貴方様がショックを起こすと気の毒ですから私がマスキングしました。さて、車をぶっ飛ばしますか?1分後にでも英霊になりたいようでしたら。今だけ特典のタイムサービスでもう少し褒められランクは上になりますよ。」
「や、やめてくれ!アクセル踏むんじゃない。止まれっちゅうの!」
「お客さん、私の足元を見てください。私はほら足を離していますよ。勝手にアクセルが踏まれているんです。」
「な、何でだ!」
「貴方様のスマホが AIとなってこの車に指令を与えているでしょうね。お上もお仲間もみんな、貴方様に早く死んでもらいたいわけです。盛り上がりたいですからね。貴方様は生きていることよりも死ぬことが褒められることのようですよ。」
青年はスマホを粉々に踏み潰した。

「足元が利くようになりました。では車をバックさせましょう。まだ褒められたいですか?これからはご自分のアタマで何事も考え判断し真面目に仕事してくださいよ。」
「わ、わかったよ。写真は返してくれ。」
「ダメです。これは写真帳に。命の次にスマホならば、貴方様はまたスマホに頼ることになるでしょう。程々にされますように。スマホに貴方様の思考が操られているとわかれば、没年月日を予定通り書かせていただきますよ。今日はご乗車ありがとうございました。マブダチ様にもよろしくお伝えください。」

(つづく)

タグ:黄泉交通
posted by ihagee at 03:29| 小説