2017年11月15日

「五輪」という破壊(続き3)




五輪というわずか数週間のスポーツイベントのために、歴史が消される。市井の人々の暮らしが数十年と染み付いた街並みが壊される。(拙稿『「五輪」という破壊』『「五輪」という破壊(続き2)』)

スポーツをすることと都市を再開発することは本来無関係なのに、五輪においては密接に関係する。そればかりか、主客転倒し都市再開発のために五輪なる理由を持ち込んでいるにすぎないようにも思える。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会で我々が日々目にし耳にするのはカネの話ばかり。

前回、昭和39年(1964年)の東京五輪も同じだった。そしてそれまで都心にあった街並みは破壊された。人間の疎外を目的に作られた都市構造物を象徴するのが日本橋を無様に跨ぐ首都高速高架である。

小池都知事がその日本橋の上の高架の地下化を叫んでいるが、そんなことに血道を上げるのなら新たな人間の疎外たる都市構造物を作ろうとする2020年東京五輪の開催をIOCに返上すべきだろう。過去のお粗末な行政を糊塗しながら新たなお粗末を自ら招こうとすることである。都税をつぎ込んで作ろうとしている競技施設は2020年東京五輪開催後は都民の負債になる話がすでに出ている。負の遺産となることがわかっているのに今さえ儲かればと群がる蟻。もりかけ問題と一脈通じる。モラルハザードが繰り返される。

以下は昭和39年(1964年)の東京五輪で破壊される前の東京の景観(1950年代・いずれもKoni PanSSブローニー・ネガフィルムから直接スキャンしたもの)。日常の生活が一体となった景観が、その負ってきた歴史とともに何の違和感もなくその地割に組み込まれているのである。先進諸国の首都景観にその負ってきた歴史を消し去り続けているのは我が国ぐらいだろう。その負ってきた歴史を寸断し身勝手・ご都合に解釈してやたら「未来志向」を叫ぶ政治の世界にも共通する。われわれは間違っているのではないか?立ち止まって考える時間が必要だ。

Bygone days in Japan (1950s)

(空が広かった日本橋)


Bygone days in Japan (1950s)

(銀座・不二越ビル上の森永広告塔が懐かしい)


Bygone days in Japan (1950s)

(銀座界隈・戦前からのビルも残っている)


Bygone days in Japan (1950s)

(上野・2020東京五輪に向けて古い景観はさらに少なくなった)



Bygone days in Japan (1950s)


浅草・仲見世商店街は今存亡の危機に晒されている。「ある種、大変格安のところで営業してこられたと思う。」と小池都知事の弁は、これも新自由主義経済であれば当然の自由競争でしょ、と言いたげである。文化的価値さえある街並みまで経済性の天秤にかけては結局何も残らない。スタバやマックが並ぶ仲見世商店街など文化的に無価値だ。国際文化都市を標榜するのならば都知事もそれなりの物言いをすべきだろう(「大変格安」という言い方がカチンとくる)。小池都知事は常に上から目線の言葉を口にするが少し感性がおかしいのではないか?無粋な物の言い方しかできない人のようだ。江戸時代以来、仲見世商店街が続くのも、その風情が庶民に買われているのであってその文化的価値と「大変格安」なる経済価値観をひょいと天秤にかけること自体がおかしい。都知事を含め都職員がどんなにカネを使おうと頭を使おうと仲見世商店街と同じレベルの日本を表すアイコンは作れないのだから、その宣伝効果にもっと敬意を払うべきだろう。それと浅草寺もあまり慈悲のないことはしないこと。無粋と無慈悲でもやっていけるのは大資本の企業だけ。そういう大資本があの場所が転がり込むことをホクソ笑んでいますよ。

同じく都が強制的に閉園させた「上野こども遊園地」の跡地には『上野恩賜公園再生基本計画』なるお題目で「日本の顔としてふさわしい・国内外の多くの人々が集い、にぎわっている」がその再開発の将来像だとか。こういう言い方は良くない。「上野こども遊園地」があたかもそうでない・そういうことに貢献してこなかったと言わんばかりだからだ。ここにも営々と事業を行ってきた人々への敬意というものがない。それを愛してきた人々の気持ちさえ汲もうしない冷たい行政が垣間見える。

「大阪府市から一億円程度の補助金が文楽に出ている。世の中一億の金を引っ張ろうとしたらどれだけのことをしなければならないか。文楽協会の経費は、無条件で赤字が填補される。そんな会社は世の中に存在しない。皆売り上げを上げるために必死になっている。(橋下大阪市長=当時、弁)」を思い出した。伝統芸能ですら経済性の観点から潰しても構わないとする。文楽=会社=売り上げという短絡思考。小池都知事と橋下氏が仲が良いのも頷ける。

巨額な利益を内部留保している大企業に文化事業へのスポンサー(商売抜き)となるよう強く働きかけるのも(メセナ)、首長の役目であることをお忘れなく。弱い者に責任を押し付けて良いはずがない。

Bygone days in Japan (1950s)

(上野駅前)


(おわり)



posted by ihagee at 03:48| 東京オリンピック