" 優れた功績のあった看護師などに贈られるフローレンス・ナイチンゲール記章の授与式が2日、皇后様が出席されて東京で開かれた。受章者は赤十字国際委員会が隔年で選考しており、今回は世界で39人が受章し、日本からは名古屋第二赤十字病院副院長兼看護部長の伊藤明子さんが選ばれた。伊藤さんは紛争地域での看護活動などの功績が認められた。" (報道引用)
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物心がついた時分に祖母が贈ってくれた「子どもの伝記全集(ポプラ社)」で知った偉人の一人がそのフローレンス・ナイチンゲールだった。ナイチンゲールは「うぐいす」のことだということもその頃誰かから聞いた覚えがある。

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「ホーホケキョ」と鳴く「うぐいす」は別名「春告鳥(はるつげどり)」と呼ばれ、「梅にうぐいす」の言葉通り、春の到来を告げる鳥として古来親しまれている。その明るい囀りから「うぐいす嬢」に、目に鮮やかな翠色の羽毛から「うぐいす餡」に言葉が派生しているばかりか、その糞は「うぐいすの粉」として美顔洗顔料として重宝されることもあるから我々日本人にとってはハレ(「ハレとケ」概念の上のハレ)を象徴する鳥だろう。

「春告鳥(はるつげどり)」は欧州では「かっこう」になるようだ。「かっこう」と「うぐいす」は分類階級上異なる鳥である。

ひんやりと湿り気を帯びた森閑の朝の薄明に鳴く様子は、英国の作曲家ディーリアスの「春を告げるかっこう On hearing the first Cuckoo in Spring」とそのディーリアスの世界をこよなく愛した三浦淳史氏のエッセイから得た私なりの印象だが、聴くたびにその印象を新たにしてくれるのはバルビローリ卿の演奏。ビーチャム卿と並んで三浦氏が敬愛したディーリアスの伝道者である。

(Sir John Barbirolli)
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「かっこう」と同じ分類階級にある亜種が「ほととぎす」のようだが(ほととぎすに「郭公」と当て字をすることもある)、その「キョッキョッ」と鋭い鳴き声と赤い嘴は、別名「不如帰去」とあるように「帰りたいと血を吐くまで鳴く」と古来伝承されている。喀血しながらも句を詠み続けた正岡子規は自身をこの鳥に重ねあわせ、ほととぎすの漢字表記のひとつの「子規」を自分の俳号とした。「鳴かぬなら」に続く戦国武将の格言に用いられるように、この鳥には「うぐいす」や「かっこう」のように「春を告げる」といったのどかさはない。

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さて先の「ナイチンゲールはうぐいす」は実は少し間違っていて、「ナイチンゲール(nightingale)」はその言葉の由来がnight singer(古語)にあるように、「サヨナキドリ(小夜啼鳥)」のことで、我々の知っている「うぐいす」とは同じスズメ目だが科が異なる鳥である。その羽毛は褐色だから「うぐいす」とは外見も異なる上、「夜啼」から「墓場鳥」とも呼ばれている。

「墓場鳥」とは何とも物騒だが、ネットの群集知に拠ると以下の通り。
「ヨーロッパの民間信仰では〈墓場鳥〉と称されて死と結びつけられている。南ドイツでは病床にある病人にナイチンゲールは歌をうたいながらおだやかな死をもたらすとか、窓をつついて異国で死んだ者のことを告げ、家の近くで鳴いて、その家の凶事を知らせるといわれる。」
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「白衣の天使」もその記章を受ける場ではフローレンス・ナイチンゲールの生前の身なりに倣って黒衣に身を包むことが慣例となっているが、戦場で献身的に傷病兵の処置を続けたフローレンス・ナイチンゲールのその名前と黒衣は、上述の伝承とどことなくイメージが重なるところもある。

即ち「ナイチンゲール」には総じて死や救済といったメッセージが底にあるのだろう。そこから芸術家はインスピレーションを得て、アンデルセンは童話「夜鳴きうぐいす」を創作し、ストラヴィンスキーは同名のオペラを作曲したようにも思える。
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アンナ・ゲルマンについての一稿(拙稿「星になった歌手」)で触れたが、帝政ロシアの時代、インテリゲンツィアを中心として自由主義思想と民族主義が結びついて独自の文化芸術が勃興したが、その中で「ナイチンゲール」のメッセージ性をある青年将校が読み取って一つの美しい歌曲を生み出した。アレクサンドル・アリャービエフの「ナイチンゲール」である。
ツァーリズムの打倒と農奴制の廃止を目標として武装蜂起したデカプリストの乱の中心となったロシアの貴族革命家集団の中にアリャービエフがいたために、同乱が鎮定されるや彼は冤罪を着せられ極寒のシベリア(即ち死地)に送られる目に遭った。そのような境遇にあって「ナイチンゲール」は生まれた。
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うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ、/おまえはどこへ飛んでいく?/夜通しどこで鳴くのかい?/うぐいすよ、わたしのうぐいす/美声の鳥よ
飛んでいけ、私のうぐいす/どんなに遠くまでも、/青海原の上、/異国の岸辺までも、/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ
おまえが訪れるどんな国でも、/どんな村や町でも、/どこにも見つかりはしまい/私ほど不幸せなものは!/うぐいすよ、私のうぐいす/美声の鳥よ
(訳詞:樋口久子)
訳詞では「うぐいす」となっている。
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アリャービエフの「ナイチンゲール」の収められたレコード(LP盤)は私のレコード・ライブラリーの中でも最も古いもので、1970年代池袋西武百貨店10階に当時あったレコード売場で買い求めたものだ。
メロディア、メジクニーガなど共産圏の音源は当時、新世界レコード=メロディアやシャン・デュ・モンドの直輸入盤か、ビクター音楽産業の国内プレス盤で日本では商品化され、売り場でもそれら赤い音源のレコードはコーナーを別にしていたように記憶している。ラーザリ・ベルマンのポスターが高々と掲げられていたのはビクター音楽産業のコーナーだった。

(Lazar Berman)
彫りの深い特異なマスクの写真には「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」といったようなキャッチコピーが仰々しく添えられていたことも覚えている。鉄のカーテンの向こうから突如出現したベルマンはすでに宣伝上は伝説化していたが、リヒテルもギレリスもそのピアノ演奏の技量を私はその当時知らず、そう宣伝されても比較できないのでリヒテルのレコードを買ったものだ。
その同じビクター音楽産業の棚に、美しいロシアの情景がはめ込まれたジャケットのシリーズでロシア民謡集が売られていた。その一枚にアリャービエフの「ナイチンゲール」が収められていた(アラ・ソレンコワ歌唱)。

ロシアモノのレコードを買ったその足で8階にあった白樺(ベリョースカ)にもよく立ち寄ったものだ(銀座には本店があった)。熱々のピロシキとかボルシチを提供するビュッフェだった。テープが伸び切りワウだらけのソ連観光局提供の「いかにも」なビデオを見させられながら、手をベタベタにしてピロシキをほおばったものだ。ちなみに、その白樺はソ連邦崩壊より前に閉店、渋谷のロゴスキーが営業を引き継いで東武百貨店の地階に店が移動した後、白樺時代からの常連を置き去りにしたまま消えてしまった。白樺が閉店した頃、ソ連の絵画を扱っていた銀座の月光荘(先般惜しくも亡くなったピアニスト・中村紘子さんの御母堂が経営されていた)も倒産した。今もヤフオクなどで月光荘の鑑定が付いたソ連時代の絵画を見つけることがある。
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アリャービエフの「ナイチンゲール」は、そのナイチンゲールの鳴き声を模倣したカデンツァなどコロラトゥーラソプラノの高い技巧が要求される。「ソレンコワと言えばナイチンゲール」とソ連時代この曲を自家薬篭中の物としていたのがアラ・ソレンコワだった。
「ソレンコワの声は人間の出せるものではない、化学だ」と評された超絶技巧の持ち主で、ある意味「リヒテルとギレリスの両手を合わしても敵わない」のベルマンと双璧のキャッチコピーかもしれない。しかし、ベルマン同様看板に偽りなしで、「ソレンコワ=ソ連恐」、と思わずダジャレを飛ばす程の凄味をレコードから知ったものだ。
先だって、YouTubeで久しぶりにその「ソレンコワ=ソ連恐」を観賞したが、こちらの感性が鈍くなったのか今一つに聴こえる。
(アラ・ソレンコワの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」)
アリャービエフの「ナイチンゲール」=Александр Алябьев - Соловейとして<お勧め>にロシア放送民族楽器オーケストラをバックにラマーラ・チコニアの歌唱の動画がアップされていた。
(ロシア放送民族楽器オーケストラの演奏/チコニアの歌うアリャービエフの「ナイチンゲール」が途中に挿入されている。)
1970年代と思しき古い動画だが、この演奏には十分堪能した。バラライカを中心とする民族楽器の重く沈潜していくような合奏だからこそコロラトゥーラソプラノの輝きが映えるのだろう。黒地に赤や金のラッカーで紋様を配したホフロマ塗りやパレフの小箱のような濃密なコントラストと喩えれば良いかもしれない。ロシアはその領土の東側に行くほど民謡の宝庫となり心の機微に食い込むようなポリフォニーが頻出するが、そのねちっこさを存分に表すことができるのは民族楽器であると改めて認識した。

(ホフロマ塗り)
そういえば、演歌の神様・古賀政男がその演歌のルーツを朝鮮とロシア(当時:ソ連)の国境付近に探すテレビ番組かラジオ番組を大昔に観たか聴いたかした覚えがある。古賀がマンドリンの音色を愛したのもその楽器の出自たるイタリアなど西欧音楽への憧憬などではなく、その音色に近いバラライカが奏でる演歌のルーツに思いを馳せたからなのかもしれない(これは私見に過ぎないことを断っておく)。
ちなみに、このロシア放送民族楽器オーケストラの指揮者からキャリアを積み上げ今やクラシック音楽界を代表するマエストロとなったのが、ウラジーミル・フェドセーエフ(このビデオに登場する指揮者の前任者に当たるのかもしれない)。ロシアにおいてクラシックの世界と民族音楽の世界の垣根は案外低いということなのだろうか。
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ナイチンゲール考はここまで。
昨年末にメンバーの殆どを航空機事故によって失ったロシア軍所属の演奏集団「アレキサンドロフ・歌と踊りのアンサンブル(通称・赤軍合唱団)」だが(拙稿「ロシア機墜落で失われたもの」)、悲しみの中からようやく立ち上がって、新たなメンバーで見事に復活演奏を遂げたと報じられている。リタイアしたOBを呼び戻したり、同列の他のアンサンブルからメンバーを借り受けたりしているのかもしれないが、同アンサンブル創立90周年に当たる来年に向けて着実にレベルを取り戻しつつあるようだ。
(おわり)