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拙稿『オリンピック開催都市契約にそっと蒔かれているかもしれない「共謀罪のタネ」』、『<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案と知的財産権侵害』の続き。
開催都市契約に蒔かれた「共謀罪のタネ」は本当か?
もう一度、様々な角度から考え直してみたい。
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<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が成立した。
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共謀罪については一般的規定としてその犯罪類型が歴史的に定着している米国での適用の範囲を知る必要がある。連邦法の共謀罪規定は合衆国法典第 18 編第 371 条(18 U.S.C. § 371.)にある。
米国における共謀罪の機能についてのサマリーは「司法取引の材料として拡張されてきた米国の共謀罪の威力(法と経済のジャーナル・2014/05/28掲載)」記事を参照されたい。
共謀罪の構成要件のうち、行為者の客観的行為に関する要件(客観的構成要件)については判例法によって犯罪に向けた合意(agreement)の立証があれば足りる(合意を促進する顕示行為=over actの立証は不要)とされ、また、行為者の認識に関する要件(主観的構成要件)については、自ら合意に加わることを認識して合意に参加したに違いないことと、犯罪目的の達成を助けることを意図して違法な合意に加わったに違いないこと、の二つが要件であり、内心を直接立証できる証拠(物証)が存在することは稀であるため、状況証拠による立証が認められている。認識そのものの要件については、直接且つ明確な現実の認識(違法であると知っていた)でなくとも、意識的且つ意図的に、違法な行為であることを知ることを避けようとする認識であれば足りるとされている。
この「認識」に関する要件は、米国輸出管理規則(EAR)に違反する行為について行為者の認識に関する要件(主観的構成要件)と比較することができる。
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米国における共謀罪が域外適用されることは前回ブログ記事でも記した通りである。そして、米国の輸出管理関連の法規も同様に域外適用される。
即ち、米国の輸出管理関連の法規は、米国の企業のみならず米国外の企業であっても米国の行政制裁の対象となり、米国や米国以外の国から米国製の貨物や技術を輸出入することが不可能になることがある。関連法規の中で、米国輸出管理規則(Export Administration Regulations “EAR”)は日本の対米輸出企業にとって対応すべき規則となっている。
この米国輸出管理規則(EAR)に違反する行為については、行為者の認識に関する要件(主観的構成要件)がSec 764.2に定められている。
その中の(d)謀議と(e)違反と知りながら行動すること、については特に留意を要する。
(d) 謀議
何人も、いかなる方法又は目的においても、EAA、EAR 又はこれらのもとに発行された命令、輸出許可若しくは認可に対して違反となる行為を、引き起こしたり、行なうことを一人以上の者と協力して共謀したり、実行してはならない。
“(d) Conspiracy
No person may conspire or act in concert with one or more persons in any manner or for any purpose to bring about or to do any act that constitutes a violation of the EAA, the EAR, or any order, license or authorization issued thereunder.”
(e) 違反と知りながら行動すること
何人も、米国から輸出される品目若しくは米国から輸出される予定の品目又は別途 EAR の規制を受ける品目に関連して、EAA、EAR 又はこれらのもとに発行された命令、輸出許可若しくは認可に対する違反が発生したこと、今にも発生しようとしていること、或いは発生する意図があることを知りながら、これらの品目の一部又は全部について、発注、購入、移動、隠匿、貯蔵、使用、販売、貸与、処分、譲渡、輸送、融資、発送、又はその他の役務を行なってはならない。
“(e) Acting with knowledge of a violation
No person may order, buy, remove, conceal, store, use, sell, loan, dispose of, transfer, transport, finance, forward, or otherwise service, in whole or in part, any item exported or to be exported from the United States, or that is otherwise subject to the EAR, with knowledge that a violation of the EAA, the EAR, or any order, license or authorization issued thereunder, has occurred, is about to occur, or is intended to
occur in connection with the item.”
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(d) 謀議は、<共謀>のことで、行為者の認識に関する要件(主観的構成要件)が(e) 違反と知りながら行動すること、である。
この認識に関する要件については、Morrison Forrester事務所の「米国輸出規制法および特許問題」での説明を以下引用したい。
『状況についての認識(「知る」、「知る理由」「信じる理由」等言い方は多様である)とは、状況が存在する、または状況が発生する可能性が非常に高いことを積極的に知っているというだけでなく、状況の存在または将来発生する可能性が非常に高いことを意識することも含まれる。このような意識は、或る者が知っている事実を意識して無視したという証拠、または、或る者が事実を意図的に避けたことから推定される。』
EAR Sec 764.2(e)で定めている行為者(=輸出者)の認識に関する要件(主観的構成要件)は米連邦法の<共謀罪>の認識に関する要件(主観的構成要件)と重なる点がある。
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さて、開催都市契約(第32回オリンピック競技大会・2020/東京)の41項d)の<無許諾使用に対する措置>、46項<入場チケット、流通システム>及び53項c)の<放送契約・法的行為>には、
「(無許諾使用が)が発生した、または発生しそうであることを知った場合、“In the event that OCOG learns that any such unauthorized use has occurred or is about to occur,”」
というフレーズが登場している。
このフレーズについては拙稿「<共謀罪>が必要とされる本当の理由とは?」で、「発生しそうであること “is about to occur,”」に、未遂以前の予備行為を読み取り、<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法との関連で「共謀罪のタネ」と考える旨を記した。上述の行為者の認識に関する要件は、その考えの下敷きになっている。
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さて、「(無許諾使用が)が発生した、または発生しそうであることを知った場合、“In the event that OCOG learns that any such unauthorized use has occurred or is about to occur,”」については、<公益通報者保護法>の観点から開催都市契約に盛り込んだとの理解もある。
<公益通報者保護法>
第2条
この法律において「公益通報」とは、労働者(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第九条に規定する労働者をいう。以下同じ。)が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先(次のいずれかに掲げる事業者(法人その他の団体及び事業を行う個人をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労務提供先等」という。)、当該通報対象事実について処分(命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為をいう。以下同じ。)若しくは勧告等(勧告その他処分に当たらない行為をいう。以下同じ。)をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。次条第三号において同じ。)に通報することをいう。
一 当該労働者を自ら使用する事業者(次号に掲げる事業者を除く。)
二 当該労働者が派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号。第四条において「労働者派遣法」という。)第二条第二号に規定する派遣労働者をいう。以下同じ。)である場合において、当該派遣労働者に係る労働者派遣(同条第一号に規定する労働者派遣をいう。第五条第二項において同じ。)の役務の提供を受ける事業者
三 前二号に掲げる事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該労働者が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者
2 この法律において「公益通報者」とは、公益通報をした労働者をいう。
3 この法律において「通報対象事実」とは、次のいずれかの事実をいう。
一 個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として別表に掲げるもの(これらの法律に基づく命令を含む。次号において同じ。)に規定する罪の犯罪行為の事実
二 別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実(当該処分の理由とされている事実が同表に掲げる法律の規定に基づく他の処分に違反し、又は勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分又は勧告等の理由とされている事実を含む。)
4 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
一 内閣府、宮内庁、内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項若しくは第二項に規定する機関、国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関、法律の規定に基づき内閣の所轄の下に置かれる機関若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
二 地方公共団体の機関(議会を除く。)
同法の逐条解説に拠ると、通報の主体は、
ア「労働者」=「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者を言う(労働基準法第9条)」つまり、労働契約関係にある者を指す。
イ「公務員」=一般職の国家公務員及び一般職の地方公務員
ウ (以後省略)
公益通報の対象となる事実が規定されている法律には、別表第8号の法律を定める政令で、
特許法、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争防止法とともに、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律が挙げられている。
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一般に公益財団法人に於いて、<公益通報者保護法>に基づき公益通報の受付に対応するために<通報窓口>を設置する場合は、<公益通報の事実=生じている・まさに生じようとしている><通報内容=いつ・どこで・何を・どのように・何のために・なぜ生じたか><対象となる法令違反等=例:不正競争防止法違反><通報対象事実を知った経緯><証拠書類等の有無><通報者の身分=役員・職員・派遣労働者・委託業務従事者・その他>などの通報様式を定めている。(公益財団法人 東京都保険医療公社の例)
開催都市契約(第32回オリンピック競技大会・2020/東京)の契約当事者たる、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)及び公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(大会組織委員会)ではかかる公益通報の受付はいかなる様式となっているのか?
開催都市契約の41項d)の<無許諾使用に対する措置>、46項<入場チケット、流通システム>及び53項c)の<放送契約・法的行為>での義務主体は大会組織委員会である為、公益通報の受付については、たとえば、<無許諾使用に対する措置>について同委員会のウエブ上(知的財産権の保護)では、「オリンピック・パラリンピックマーク等の保護とアンブッシュ・マーケティングの防止にご協力いただきますようお願い申し上げます」とあり、<公益通報者保護法>に基づき公益通報の受付に対応しているとの明示はない。
「マーク等の使用等に関する確認書」の特記事項において、以下の条件の厳守の確認を「当団体」すなわち、申請事業者に求めている。「確認書」は当事者の合意事項を書面にしたもので法的証拠力としては「契約書」と同じ扱いと思われる。これは、<公益通報者保護法>に基づく公益通報の様式でないことは明らかである(主体・客体・対象となる法令など)。
「18.特記事項 (略)また、当団体は、本アクションの実施会場において、第三者によるアンブッシュマーケティングを防止するためにあらゆる合理的な措置を講じるものとし、アンブッシュマーケティングが行われていることを把握した場合には直ちに、貴法人に対し書面により通知し、必要な調査を行うことを承諾します。また、貴法人の要求があれば、当団体は自らがアンブッシュマーケティングの解決に向けてあらゆる措置を講じることを承諾します。(略)」
開催都市契約の当事者たる大会組織委員会が負うべき<無許諾使用に対する措置>についての義務を申請事業者に負わせている点、問題があるのでは?
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大会組織員会のサイト内を「公益通報者保護法」で検索すると、「公益通報外部窓口の設置」として幾つかのページがヒットするが、「(サプライチェーンの)調達コードの不遵守に関する通報を受け付ける窓口を設置することと、通報を受けた場合は、事実確認の上で解決に向けた対策を行う(詳細な仕組みは今後検討)」とある程度で(平成29年度事業計画書)、「オリンピック・パラリンピックマーク等の保護とアンブッシュ・マーケティングの防止にご協力いただきますようお願い申し上げます」と関係していないことが判る。
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開催都市契約 VII.知的財産権に関連する事項 41.大会に関するIOCの独占的権利、条件付での権利の移転のa)IOCの独占的権利に於いて、
「開催都市、NOC、およびOCOGは、IOCに代わって、また、IOCの利益のために、これらの権利を保護する目的で、IOCが満足するかたちで適切な法律およびその他の保護対策(アンブッシュ・マーケティング対策を含む)が開催国にて整備されるようにするものとする。」
The City, the NOC and the OCOG shall ensure that appropriate legislation and other protection satisfactory to the IOC are put in place in the Host Country in order to protect these rights on behalf and for the benefit of the IOC, including protection against ambush marketing activities.
と、下線部のように義務規定となっている。
開催都市契約の当事者たる大会組織委員会が負うべきアンブッシュ・マーケティング対策を含む<無許諾使用に対する措置>についての義務を申請事業者に負わせているところをみると(丸投げ)、「するものとする」なる大会組織委員会に課された保護義務を到底満たすものではない。
「IOCが満足するかたちで適切な法律およびその他の保護対策」であれば、やはり、開催都市契約の41項d)の<無許諾使用に対する措置>、46項<入場チケット、流通システム>及び53項c)の<放送契約・法的行為>での「発生しそうであること “is about to occur,”」を以て、未遂以前の予備行為のことであると理解し、<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法との関連で捜査機関が知的財産権法違反犯罪を処罰対象とすることを以て、「IOCが満足するかたち」にしたとしか思えない。
開催都市契約に蒔かれた「共謀罪のタネ」は本当だろう。
(おわり)
タグ:公益社団法人 組織犯罪処罰法 EAR 大会組織委員会 アンブッシュ・マーケティング 共謀罪 開催都市契約 合衆国法典第 18 編第 371 条 米国輸出管理規則 謀議 公益通報者保護法 通報窓口 申請事業者 予備行為
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