2017年06月19日

企業犯罪(独占禁止法違反)が犯罪類型として含まれていない<共謀罪>



<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が成立した。

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(連邦法の共謀罪規定の域外適用の事例)


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共謀罪については一般的規定としてその犯罪類型が歴史的に定着している米国での適用の範囲を知る必要がある。連邦法の共謀罪規定は合衆国法典第 18 編第 371 条(18 U.S.C. § 371.)にある。

米国における共謀罪の機能についてのサマリーは「司法取引の材料として拡張されてきた米国の共謀罪の威力(法と経済のジャーナル・2014/05/28掲載)」記事を参照されたい。

共謀罪の構成要件のうち、行為者の客観的行為に関する要件(客観的構成要件)については判例法によって犯罪に向けた合意(agreement)の立証があれば足りる(合意を促進する顕示行為=over actの立証は不要)とされ、また、行為者の認識に関する要件(主観的構成要件)については、自ら合意に加わることを認識して合意に参加したに違いないことと、犯罪目的の達成を助けることを意図して違法な合意に加わったに違いないこと、の二つが要件であり、内心を直接立証できる証拠(物証)が存在することは稀であるため、状況証拠による立証が認められている。認識そのものの要件については、直接且つ明確な現実の認識(違法であると知っていた)でなくとも、意識的且つ意図的に、違法な行為であることを知ることを避けようとする認識であれば足りるとされている。

共謀罪の実際の適用の範囲は組織犯罪が関与する強盗や殺人等の粗暴犯から、一般企業が関与する犯罪まで広く活発に適用されており、企業犯罪(たとえばカルテル)に共謀罪を適用する際には、共謀罪に加担した者に対して情報を提供することを条件とする司法取引(罰条の加減の合意)を捜査当局が採用する場合が多い。

かかる米国法令の域外適用は、独占禁止法やFCPA(海外腐敗行為防止法)の分野で顕著であり、海外に子会社や営業拠点を持つわが国の企業にも共謀罪(特にカルテル)が適用される。カルテルは競合相手との価格や販売条件、市場割り当て及び生産制限に関する協定や、契約入札プロセスの結果を左右する取り決めを目的とした交流(参加又は参加しているという印象)を指す。

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<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法で示されている277の犯罪類型は、大別すると、ハイジャックなどテロの実行に関する犯罪=110、覚醒剤の輸入等を含む薬物犯罪=29、強制わいせつなど人身に関する搾取犯罪=28、保安林の区域内での森林窃盗など、その他資金源犯罪=101、偽証など司法妨害に関する犯罪=9。

特別公務員職権乱用(刑法)、多数人買収および多数人利害誘導(公職選挙法)、届け出前の政治団体による寄付受け、支出(政治資金規正法)や、偽りその他不正な行為による政党交付金の受交付(政党助成法)など公権力の関わる犯罪は悉く除かれている。また、カルテルといった企業犯罪(独占禁止法)も含まれていない。

他方、昨年5月24日に成立(6月3日公布)された刑事訴訟法等の一部を改正する法律(改正刑事訴訟法)で、合意制度(司法取引)が導入された。即ち、通信事業者の立会人なしでの通信傍受や、他人の犯罪事実を明らかにするなどした容疑者の起訴を見送る司法取引(協議・合意制度)が可能になった(捜査当局が武器を得た)。この司法取引の対象となる犯罪には、独占禁止法違反、<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法違反等が含まれている。

米国での共謀罪の実際の適用(域外適用含め)は独占禁止法の分野で顕著であり捜査手法として司法取引が採用されているのに、わが国での共謀罪を適用する犯罪類型に肝心の独占禁止法に違反する犯罪は含まれていない。改正刑事訴訟法での合意制度(司法取引)導入の趣旨は、談合(カルテル)で、内部者の捜査協力にあるにも拘わらず、その談合(カルテル)なる企業犯罪(独占禁止法)そのものは<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法の対象ではない。即ち、改正刑事訴訟法での合意制度(司法取引)が<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法で採用される場面は、上述のように公権力に関わる犯罪や企業犯罪(独占禁止法違反)を除く、277の犯罪類型となれば、それは国民の日常活動での軽い罪責の共謀までも対象とし、捜査機関による国民の監視の常態化と密告の奨励につながる。

「対象犯罪の選び方が恣意的なうえ、一般の個人や事業者が対象になる犯罪をこれだけ多く対象にすることが問題」という法曹界からの指摘は、通信傍受や司法取引といった捜査機関の武器(改正刑事訴訟法)は<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法での犯罪類型を対象としており、その中で最も数多く類型化されている一般の個人や事業者の共謀に照準を合わせることになり兼ねない危険にある。思想でなく行為を処罰する刑事法体系の基本原則との矛盾、憲法上の内心の自由や表現の自由を脅かす(又は委縮させる)懸念は言うまでもない。

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<共謀罪>が登場する現実世界の場面は、<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が成立したばかりのわが国では事例がないように思うかもしれないが、連邦法の共謀罪規定の域外適用の事例がトヨタ自動車の米国で発生したリコール問題であった。MWF(Mail Fraud及びWire Fraud)含む刑事罰に共謀罪が加重された例である。米国の<共謀罪>の威力が最大限発揮されるのは、企業犯罪に於いてである。サマリーは『米司法省のトヨタ摘発でも使われた「郵便・通信詐欺」とは何か(法と経済のジャーナル・2014/05/14掲載)』記事を参照されたい。

ハイジャックなどテロの実行に関する犯罪と、詐欺(Fraud)スキームやカルテル(独占禁止法違反)での企業犯罪と、どちらが社会の不安や国益の逸失に繋がるのか考えるべきであろう。<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が後者の為でない(同法に独占禁止法違反犯罪が犯罪類型として含まれていない)となれば、企業犯罪に於いて最も威力を発揮している連邦法の共謀罪規定の域外適用と法的均衡を欠くことではなかろうか?

(おわり)


posted by ihagee at 18:00| 政治