2017年05月23日

オリンピック開催都市契約にそっと蒔かれているかもしれない「共謀罪のタネ」



「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が本日(23日)、衆院本会議で自民、公明、日本維新の会などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。政府・与党は今国会での成立を目指す考え。(朝日新聞デジタル)

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「共謀罪」の趣意を以下の観点で考察したい。

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(Exakta RTL1000 / filmed by Carl Zeiss Flektogon 2.8 / 35, Ilford Delta 400 )

これまで非開示とされてきた第32回オリンピック競技大会(2020/東京)開催都市契約が公開された。非開示の理由とされた契約に盛られた守秘義務は以下の規定である(一部抜粋)。

「本契約の各当事者は、開示が財務的、法的、または政府の手続きのために必要である場合と範囲を除き、本契約および本契約の交渉、締結および履行に関連して一方の当事者が他方の当事者から提供された機密データおよび情報すべての秘密を守ることに同意する。(契約 XII. その他 第85項)」

かかる守秘義務の規定は少なくとも過去二大会では存在せず、2020大会の契約で初めてIOCから開催都市である東京都に示されたもので、その理由を都は確認していないが、IOCと守秘義務規定を見直す(契約を開示する)ことで都が合意したことを受けて、2017年5月10日付で開示に至った。

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契約原本写し(英文)と日本語の参考訳が開示されている。

ちなみに、前回(2016)夏期オリンピック競技大会が開催されたリオデジャネイロの開催都市契約(英文)は既に公開されているので<VII.知的財産権に関連する事項>で両者を見比べてみた。2020開催都市契約に新たな文言や規定が追加されていることが確認できる。

この中で特に私の目を惹いたのは、41項d)の<無許諾使用に対する措置>での新たな文言の追加である。参考訳で以下引用すると、

無許諾使用に対する措置OCOGは、商標権を含む(ただし、それには限定されない)本大会に関する財産の無許諾使用について監視するものとする。OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しそうであることを知った場合、OCOGは、(@)その旨を即刻IOCに通知し、(A)IOCの要求および指示に基づき、当該無許諾使用(または、本大会に関する知的財産を侵害するその他の行為)を防止および阻止するために必要なすべての合理的な措置を即座に講じるものとする。その措置には、当該無許諾使用に関与している団体または機関に対して、その使用がIOCの権利を侵害していることを通知すること、また、開催国内にて、政府が、当該無許諾使用を防止または阻止するための適切な措置を取るようにすることが含まれるが、これらには限定されない。上述の財産の無許諾使用に関する開催国における措置は、IOCと協議のうえOCOGにより、OCOGの費用にて行うものとする。上述の財産の無許諾使用に関する開催国外での措置は、OCOGの費用で、OCOGと協議のうえIOCにより、またはIOCの要請に従いOCOG自身が行うものとする。OCOGが、上述の措置を講じることができず、またはこれを拒否した場合、IOCが本契約、コモンローまたは衡平法に基づいて有する権利に加えて、IOCは、OCOGの名義でかかる措置を講じることができる(ただし、それは義務ではない)。 」

下線部(筆者追加)が新たな文言となる。

ここでは、契約当事者たるOCOG(オリンピック組織委員会)つまり、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の法的義務(shall)が元の英文契約から確認できる。「○○するものとする」なる訳は「○○しなければならない」という意味となり、最後の段落にある「講じることができず、またはこれを拒否した場合、」は元の英文ではshall failとあるので組織委員会の支配を超える事由(不可抗力事由)に起因する場合という意味である。

この規定の中で、「OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しそうであることを知った場合、」は対応する英文は
“In the event that OCOG learns that any such unauthorized use has occurred or is about to occur,”である。ここで、私は”learns” と”is about to occur”に着目した。

”learns”を参考訳は「知った」としているが、英語の意味するところは「習得する(to gain knowledge or information of)」又は「調査などに突き止める (to ascertain by inquiry, study, or investigation)」の意味だろう(Black’s Law Dictionary参照)。また、”is about to occur”は「発生しそうであること」は、今の時点では実際には発生していないが「これから発生しようとすること」の意で、安倍首相の口癖「今まさに」に近いニュアンスがある(念のために指摘するが、首相は「今まさに○○議員が言われたことはですね..」などと、現在進行形で使うべきところを過去時制と併せて誤用している、正しくは「今まさに○○議員が言わんとしていることはですね…」であろう)。

従って、上述のフレーズは意味の上では「OCOGが、かかる無許諾使用が発生した、または発生しようとしていると突き止めた場合、」と理解することができる。

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この新たに追加された文言は無許諾使用、つまり、アンブッシュ・マーケティング(オリンピック・パラリンピックマーク等の無断使用、不正使用ないし流用)への対応措置と関連しているが、大会組織委員会が主体的に法的義務を遂行するのは現実的には難しい(能力的・人的)のだろう。同委員会のネット上のサイトでは、「オリンピック・パラリンピックマーク等の保護とアンブッシュ・マーケティングの防止にご協力いただきますようお願い申し上げます。」と記載がある。そして、その協力に実効性を持たせるために、「マーク等の使用等に関する確認書」の特記事項において、以下の条件の厳守の確認を「当団体」すなわち、申請事業者に求めている。「確認書」は当事者の合意事項を書面にしたもので法的証拠力としては「契約書」と同じ扱いと思われる。

「18.特記事項 (略)また、当団体は、本アクションの実施会場において、第三者によるアンブッシュマーケティングを防止するためにあらゆる合理的な措置を講じるものとし、アンブッシュマーケティングが行われていることを把握した場合には直ちに、貴法人に対し書面により通知し、必要な調査を行うことを承諾します。また、貴法人の要求があれば、当団体は自らがアンブッシュマーケティングの解決に向けてあらゆる措置を講じることを承諾します。(略)」(下線は筆者)

大会組織委員会(「貴法人」)ではなく、申請事業者(「当団体」)が「第三者によるアンブッシュマーケティング」に対する「あらゆる措置を講じること」を承諾する内容である。

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上述の「お願い」は「行われていること」、即ち、無許諾使用(犯罪)が発生していること、または無許諾使用(犯罪)を行おうとしている者を知りながら注意義務を果たさず犯罪に至らしめること(不作為による幇助)を前提としているように読めるが、いずれも既遂を処罰の原則とする刑法上の犯罪の概念の範囲内である。しかし、IOCとの契約上では大会組織委員会は、今の時点では実際には発生していないが「発生しそうであること」にまでも措置を講じることを義務付けられていると読むのなら、既遂を処罰の原則とする刑法上の犯罪の概念と相違することになる

「第三者によるアンブッシュマーケティング」に対する「あらゆる措置を講じること」はスポンサーシップに立つIOCの最大課題であり、その法的義務は大会組織委員会に課されているゆえに、かかるアンブッシュ・マーケティングの合意の段階から処罰する為に<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案を与党は成立させようとしているのではないだろうか?

安倍首相は、「テロ等準備罪(共謀罪)を成立させなければ、テロ対策で各国と連携する『国際組織犯罪防止条約』が締結されず、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催できない」と主張しているが、テロ対策であれば現行法で対応可能であることは明白であることから(拙稿『「五月蠅(うるさい)と共謀罪』で記載の通り)、「オリンピックが開催できない」という理由は、開催都市契約上のアンブッシュ・マーケティングの実行には至らない準備行為に対する措置への法的整備にあるとも言える。首相の主張する「テロ等準備罪(共謀罪)を成立させなければ、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催できない」はその限りに於いては正しいことになる。

アンブッシュ・マーケティング対策であれば、2012年ロンドン大会から開催都市国ではその目的に特化した<アンブッシュ・マーケティング規制法>が時限立法化されているが、我が国は既存の法体系(商標法・著作権法・不正競争防止法)で対応可能であることを理由に2020大会に向けて<アンブッシュ・マーケティング規制法>立法化の必要性はないという立場を取っている。その代わりが<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法ということなのだろうか。

「戦車で湯を沸かす」の喩えのように、その目的には不釣り合いな法内容であるが、湯を沸かす、つまり、オリンピックを開催することを口実に戦車=<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が調達できれば与党は願ったり叶ったりだと勘ぐってみたくもなる。

上述の「マーク等の使用等に関する確認書」で言えば、無許諾使用(犯罪)が発生しておらず、その実行行為も準備行為も行われていない段階でも、確認書で「承諾した」申請事業者がツィッターなどSNS上で許諾を受けていないがオリンピックのマークを使って一儲けしたいといった一般市民同士のツィートを発見すれば、未遂以前の予備段階でのそのような「意志の合意」を大会組織委員会に「見つけました」と通告することになる。それは「湯を沸かす」ことに過ぎないのかもしれないが、市民同士の監視・通告が常態化することだろう。

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<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案が成立すれば、オリンピックという大イベントを控え、アンブッシュ・マーケティング対策が開催都市契約で大会組織委員会に法的義務として課されている以上、申請事業者に限らず、警察もネットや電信電話上の情報を網羅的に監視することになるだろう。「狙った魚以外は網にはひっかからない」と同じ詭弁を与党は弄するが、大海に網を投げれば雑魚もかかるのは常識。つまり一応に内偵・捜査することで、憲法に保障されている、個人の内心の自由が侵されることになる。プライバシーもあったものではない。

アンブッシュ・マーケティングだけに留まらず、適用範囲が市民団体の各種抗議行動の立案(合意)などに広がり、組織的な威力業務妨害の共謀と見なすことも可能で、集会・結社・表現の自由が現場(警察)の判断で如何様にも制約を受けることになる。この目的ならば「戦車」、即ち、<共謀罪の趣旨を含む>改正組織犯罪処罰法が必要であり、それが与党の主張する必要性の本旨なのだろう。

「正当な争議行為・合法な市民運動は刑法35条によって違法性が阻却され処罰されない」と、一般市民への適用はない旨を与党は説明するが、元々、「グレーゾーンが多い(グレーゾーンが多いからアンブッシュ=藪に隠れて待ち伏せて不意打ちを食らわせる、と呼ばれる)」アンブッシュ・マーケティングを抱き込むことは、捜査の糸口を広げることにつながりかねない。<アンブッシュ・マーケティング規制法>のように時限立法でなく、恒久的な<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法であれば、2020年以降もオリンピックが続く限り、アンブッシュ・マーケティングを口実にした一般市民への当局の監視は続けられることになる。

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「犯罪をあたかも自然災害同様に未然に防止すべきとする一般的な犯罪についての理解が、共謀罪を容認しかねない世論の背景にある」との指摘もなされている。

テロ対策理由では<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案に神経をとがらせる人々も、オリンピックという祭典でのアンブッシュ・マーケティングへの対策が理由でならば、植物検疫などと同じく水際(未遂以前の予備段階)での取り締まりと同じと納得し<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案に賛成と言いそうである。しかし、いかなる政治的理由を与党が持ち出そうと、既遂処罰の原則を大きく突き崩し、犯罪の概念に大転回をもたらす法案であることに変わりはない。目先のあたかもそれらしい理由だけで我々が自然災害同様に未然防止が必要などと合点し賛成することで、将来に禍根(集会・結社・表現の自由が奪われること)を残すことがあってはならない。

「共謀罪のタネ」はアンブッシュなる藪の中にそっと蒔かれているかもしれない。その藪から集会・結社・表現の自由が思わぬ不意打ちを食らう可能性をここで指摘しておく(私以外、誰一人指摘していないが、この可能性が杞憂であることを願う)。

(おわり)



posted by ihagee at 17:57| 東京オリンピック