西欧アンティーク雑貨の一つに20世紀初頭のポストカードがある。景色や風物など様々を写真やリトグラフで表したカードの中でポートレイトものは特にコレクターに人気のようだ。未使用のものばかりでなく切手を貼って実際に使われたものもコレクションの対象として流通している。一世紀を経てもなお被写体の人々はカードの中で時を止めたまま眼差しをこちらに向けて生き続けているわけである。
当時のコスチュームや髪型、顔立ち、背景などの装置に時代考証的に興味が惹かれることもあって、ポートレイトのポストカードを私も何枚かeBayを通じて買い求めた。フランス、イギリスには蒐集家やトレーダーが多く売買も盛んでネット上でも膨大な数のカードが取引されているので、手を伸ばして集めようと思えば左程苦労を要しない。
前時代の肖像写真家の職業的な表現形式故か、ポートレイトの人物たちはフレームに絵画的表現形式(人工的なシルエット)で静物のように収まって見える。


後年(1920年代以降)エドワード・スタインケンやセシル・ビートンによって商業写真の一分野として<ファッション・フォトグラフ>が確立されるが、ポストカードの静物のようなポートレイトは、感覚的なムーブマンを基調とする<ファッション・フォトグラフ>の前駆体なのかもしれない。
私の手元にあるカードの殆どはそんな静物のようなポートレイトだが、その中の一枚だけが全く違って見えた。

1905年2月15日と実際に消印と日付があり使われたイギリスのカードだが、そのポートレイトの女性は静物になることもなくヴィヴィッドに写し込まれている。写真が撮られたエドワード朝時代(1901-1910)、ベル・エポックなコスチュームの人々の中に、ラフなパジャマ姿と表情の現代のタイム・トラベラーが混ざっていたかの錯覚に陥る。
女性のラフなありのままの自然さが寛容されなかった時代であるのに、ポストカードなる通信媒体にスナップ的にその自然さが撮られている。現代のデジタル写真の殆どがアマチュアからプロに至るまでスナップが大勢なので尚更、そのスタイルが今風に見えるわけだ。昨日撮影した写真だと言ってFlickrに投稿したところで誰も疑わないだろう。しかし、じっと眺めていると、この女性の放つインスピレーションが肖像写真家を動かして<ファッション・フォトグラフ>を予見させるような写真を撮らせたのではないかとも思えてくる。
カードの文面は「この写真のスィートな女の子のようだ」と男性が女性に宛てた内容だが、その「女の子」はGabrielle Rayとクレジットがあった。
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Wikipediaによるとガブリエル・レイ(Gabrielle Ray)は(20世紀初頭)イギリスで最も美しい女性とマスメディアで賞賛され、その美貌ゆえにエドワード朝時代(1901-1910)に世界で最も多く写真に撮られた舞台女優であったことが判った。ポストカードのポートレイトにはその為だけの無名なモデルが多い中で、舞台女優が本職である彼女を用いたポストカードはブロマイド的に大衆の人気を博したのかもしれない。
レイ(次回以降 "ギャビィ"と呼ぶ)の短く波乱に満ちたキャリアを数回に亘って綴ってみようと思う。パジャマ姿とその美貌の秘密もそこにある。
(つづく)