2017年04月21日

「チェキ」の横恋慕





富士フィルムの「写るんです」が誕生して30周年を迎えたのは去年だった。フィルム毎にカメラが付いているという逆転の発想は今なお斬新であるとともに現役のフィルムカメラとして地味ながら根強い人気がある。デジカメやスマホなどデジタル端末の画像データの扱いに四苦八苦するお年寄りには、写してカメラ毎プリントに出せるシステムは大変重宝なのだろう。そしてネガフィルムという現物(オリジナル)が手元にあるという安心感は代えがたいそうだ。それは、祖父の代のフィルムから今もプリントができるというモノとしての確実さが証明している。2011年の東北地方太平洋沖地震でも津波に流され塩水に浸かったネガやプリントといった現物から家族の思い出が復元されている(「富士フィルムの写真救済プロジェクト」)。



それとは対照的に被災したパソコンやデジタル端末から画像をレスキューすることは難しかったようだ。このことからも、経年や災害・事故にアナログ媒体は強いと実感する。メモリー上のモノに非ざる電気にはこの強さがない。

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「写るんです」と同じくニッチな人気があるフィルムカメラに富士フィルムの「チェキ」がある。フィルムを使うトイカメラのブームや、スマートフォンで撮った写真を加工してシェアできるSNS「Instagram」の登場と時期的に重なったこともあって、インスタント写真システムならではのキッチュさはカラフルな筐体共々若者に受けているようだ。ポラロイドがこの分野から消えインスタント写真は今や富士フィルムの独壇場である。「チェキの販売台数、ついにデジカメを逆転へアジアや欧米で人気が拡大・300万台の販売計画」と伝えられて久しい。



その「チェキ」用のインスタントフィルムを使ったモバイルプリンターが「スマホdeチェキ」で、スマホのデジタル写真をワイヤレスでプリンターに送信し、インスタントフィルム上に有機EL(発光ダイオード)で露光し同時にプリントアウト(現像)という仕組みだ。



フィルム自体は現像液をセットしたアナログフィルムだが、「チェキ」ではレンズからの外光をフィルム面に当てて現像する(アナログ・プリント)のに対して、「スマホdeチェキ」は最初からデジタルデータの色情報を3色(RGB)の点に置き換え有機ELで露光するので外光を使わないデジタル・プリントということになる。

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「写るんです」は、カメラ店に頼んでプリントをする段ではネガフィルムの情報をデジタルデータ化した上でのデジタル・プリントとなるので、ネガに光を当てて印画紙に露光する昔ながらの銀塩写真プリント(アナログ・プリント)ではない。引伸ばし機を使って自家焼きするマニアを除けば、アナログ・プリントと言えるのは今や「チェキ」だけとなっている。レンズを通しての自然光が情報の全てだから、失敗もするし(二重露光を除いて)撮り直しもできないが、ときに思いも寄らない写真ができたりもする。その不確実さが創造性を掻き立てるアナログ的魅力となって「チェキ」は若者の感性に応えているようだ。世界でたった一枚というオリジナリティは、オリジナルとは何なのかわからなくなりつつあるデジタル写真とは反対の方向性だろう。

著作権の観点からはこんな指摘もある
「従来は写真家がフィルムさえ確保しておけば、作品が無断で利用される事態をある程度予防することができた。しかし、写真がデジタル化された場合、データさえあれば写真はいくらでも複製・加工でき、無断利用も容易になってしまう。しかも、委託する側がデジタル化を希望するのは、上述のとおり、複製・加工が簡便だからからである。その背景には写真を一つの作品としてではなく、単なる素材として捉える考えがある。容易さに加えて、そのようなメンタリティーからも、委託する側は無断利用に陥りやすいのである。(中略)デジタル先進国のアメリカでも、デジタル技術で制作された映画をアセットとして管理する際には、あえてフィルムを使用するアナログ方式が採られている。これは、フィルムの褐色や損傷がデジタル技術で容易に復元できることもあって、安全性に問題のあるデジタル方式を避けた結果といわれている。写真についても、委託者が保管・管理を希望する場合にはアナログ方式(フィルム)を選択し、デジタル情報は廃棄するか、回収して写真家が自ら管理することが望ましい。」(「デジタル時代―浮き彫りになる写真著作権問題」(桑野雄一郎 弁護士)から抜粋)

デジタル写真の利便性が却って災いして著作権上問題となる場面が多いが、現物主義のアナログ写真では予防可能という不可思議さは、拙稿「紙は最強なり」で述べた通りだ。

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さて、その「チェキ」にハイブリッドインスタントカメラ「instax SQUARE SQ10」なる新商品が加わった(実勢価格3万円程度)。

300

このSQ10は従来からある「スマホdeチェキ」のプリンターにデジタルカメラ(デジタルイメージセンサー)を載せたもので実質はプリンター付デジタルカメラだが、インスタントフィルムを用いる点が富士フィルムに言わせると「ハイブリッド」であり、他者製品との差別化らしい。しかし、露光は「スマホdeチェキ」と同じく外光を直接使わないデジタル・プリントなので従来の「チェキ」のアナログ的魅力であったアナログ・プリント部分は無くなってしまっている。LCDモニター、メモリーや編集機能があることから、最初からイメージング可能で何枚も同じ写真がプリントアウトできる点、インスタントフィルムを用いる以外は組み合わせの上での目新しさはないと思う。



SQ10専用のインスタントフィルムはスクエアフォーマットフィルム「instax SQUARE Film」でその名前の通り、62mm×62mmのプリント画面サイズの「ましかくプリント」という点が唯一の目新しさかもしれない(参照:拙稿「ましかくプリント」)。なお、SQ10に採用されているイメージセンサー(撮影素子)は主に携帯電話やスマートフォンに使われるセンサーと同じ1/4型(4.00mm×3.00mm(12.00平方mm))のCMOSのようだ。富士フィルムの最高級・中判ミラーレスデジタルカメラ「GFX50S」に搭載されているような中判サイズ43.8×32.9mm(有効画素数5140万画素)の大型CMOSセンサーではない。従って、クオリティー的にはSNS「Instagram」に応じたレベルで価格相当の妥協をしている。

若者には斬新に受け止められているスクエアフォーマットも、アナログ・120フィルム(有効画面サイズ56mm×56mm)ではすでに百年余の歴史がある。フィルムの粒子を単純にデジタル画素数に換算するのは条件が違い過ぎて難しいが、デジタルフィルムスキャナー(商用ドラムスキャナー)で120フィルムをスキャンする際に経験的に要求される画素数が5000万画素以上と知られている(スキャナーのスペックが許すのであれば1億画素とも言われている)ようなので、最新の大型CMOSセンサーで扱う以上のリアルな情報をすでに百年以上前に先人たちはフィルムという技術で得ていたことになる。基板上に配列した受光素子(フォトダイオード)よりも、所望感度に応じてフィルムに積層し得る銀粒子であれば当然といえば当然の話だろう。

rolleiflex-sl66-with-ttl-meter-finder--filmed-by-carl-zeiss-s-planar-156-f120mm--kodak-tri-x-400-partly-transfer-processed--tokyo-bayside-park-tsubasa-koen-near-haneda-airport-may-6-2016_26953442906_o.jpg
(120フィルム作例:Rolleiflex SL66 with TTL meter finder / filmed by Carl Zeiss S-Planar 1:5.6 f=120mm,
Kodak TRI-X 400)

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実物を手にせず感想を述べるのは良くないのかもしれないが、アナログ的魅力がSQ10から一掃されて何が魅力として残るのか気になるところである。

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アナログフィルムがアナログたる所以は「現像」にあるが、その「現像」を誰もが気軽に楽しめるようになればアナログ的魅力を更に開拓できるかもしれない。潜像が顕像となるプロセスの体験は新鮮である上、増感・減感などの次第で結果が大きく変わるという趣味性はマニアを除けば未だ知られていないと言える。従来、「現像」のプロセスはそれなりに大がかりで素人が始めるに当たって敷居が高かったが、フィルムを使うトイカメラのブームは「現像」にまでその関心が及び、トイ的解決方法を最近以下の商品が示して話題となっている。

LAB-BOXなるワンボックスの現像システムがそれである。



昼光の下、フィルムの引き出しから現像までの一連の処理が一つの箱の中で行える画期的な商品だそうだ。



35mmパトローネフィルムと120mmフィルム(モノクローム・カラーのいずれも可)に対応している。今流行のクラウドファンディングでの企画で残念ながら今年の3月末で一旦ファンディングの受付は終了した。当初の目標額を大幅に超える資金が集まったようなので、いずれ一般に商品化されて買えるようになるかもしれない。

ついでにアナログ・プリントにも同様にトイ的解決を期待したいところだ。その暁にはデジタルへの横恋慕は不要となることだろう。

(おわり)

posted by ihagee at 19:33| エッセイ