2017年02月27日

「ビジネスドクター」芦屋 暁(あしや さとる)氏の視点


東京商工リサーチのウエブサイトには、倒産情報が日々更新掲載されている。週に一度程度、私はここに目を通している。

先々週も野沢那智さん(故人)が創業したタレント養成所「パフォーミング・アート・センター」が破産開始決定となったとの情報が載っていた。アラン・ドロンのアテレコ(声優)として、そして、ラジオ番組「パックイン・ミュージック」のパーソナリティの中でも白石冬実さんと組んだ「ナッチャコ・パック」で多くの若いリスナー(深夜の「金瓶梅」のコーナーはラジオの音を小さくして聴いたものだ)を惹きつけたナッちゃんが後進育成の為に遺した会社であった。演出家としての「野沢那智」は、後進への演劇指導(特に彼の劇団・薔薇座)に於いて「修羅」と形容される程、激しいものだったようだ。パフォーミング・アート・センターにおける講義の際、竹刀を持って指導していたという。まさに命を懸けた場所だったのだろう。

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そして先週も、明治24年創業の折り紙の老舗・大與紙工が破産開始決定と報じられている。「ダイヨ」の商品名の教育折り紙のセットに入っていた金紙・銀紙が勿体なくて折れなかった遠い昔の記憶が蘇ってきた。表のツルツルした感触とは異なる裏面のザラッとした指当たりに表裏逆にしても折りやすいと子供心に発見したものだった。

何事も最初から仕掛けだらけのバーチャルな世の中で、折り紙という素朴な実物のそのささやかな身の置き所すら社会は許さなくなったのか。

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このように、企業倒産(過去)に指標を定めて国内経済の「今」を冷静に定点観測するサイトである。

前政権のことはしきりと比較したがるのに、自らの施政の結果については今日のことすら明日には忘失し、過去を総括しようとしない現政権の「逃げ水」のような経済観に置き去りにされたかの如く、数多くの企業が倒産や廃業の憂き目にあっている。

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このサイトに掲載されている「時局レポート」は経済評論家である芦屋暁(あしやさとる)氏の筆によるものだが、その内容には頷首することが多い。

自身「ビジネスドクター」と称されているようだが、その通り診立てに甘さや忌憚はなく弱肉強食の資本主義経済も否定しない。経済弱者敗者の側にもそうなった病理をみつけ指摘する。同時に経済弱者敗者の側に立つと、強者勝者と呼ばれる側にも深刻な病が見え隠れするようである。その辺りの指摘が厳しい。

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「ビジネスドクター」に関連して、話は多少脇に逸れるが、この強者勝者と思い込んでいた側が、自ら病に冒されていることに気付いた例がある。

米国クリーブランド・クリニックのCEOが学生との懇談会の席でその一人から「クリーブランド・クリニックは、長年、高度な医療レベルと優れた経営で高い評価を得てきた病院のようですが、入院患者は同院での体験をあまり高く評価していませんよ…」と聞かされた。「医療レベルが高いとわかっていても、患者はできれば同クリニックを選びたくない」とも。

CEOは学生のこの言葉に非常に驚いたそうである。どこにも負けない医療レベルを誇る病院として強者勝者を自認していたのに、当の患者からは評価されていない現実を知る。そして、医師の視点から患者の視点に切り替えて医療改革を始めた(2009年)。

先ず以て病んでいたのは病院という心身(意識と組織)であり、その下で個々の患者の悩みや苦しみなど判る筈がないと強者勝者の側に潜む病理にメスを入れ、今では患者の推すベストホスピタル・トップ10にランクされるようになった。ここでは医師も看護師も事務職も全て「スタッフ」と称し、「先生」と崇め崇められるような関係を病院内・スタッフと患者相互から排除している。それまでの「強者勝者」という、それとは逆の立場の者(患者)を利用した相対観念を捨てることにあるようだ。

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アベノミクスという御旗の下に国家ぐるみの虚飾粉飾が行われ、昨日の強者勝者ですらその身飾りが剥がれればおしまいとなるのは東芝の例を挙げるまでもない。安倍総理自ら掲げる「アンダーコントロール」なる言葉に国家ぐるみの虚飾粉飾が隠されていると私は考える。(拙稿『国家ぐるみの壮大な「粉飾決算」』)

この言葉の上に進める国策としての原発事業。その原発事業を「チャンレンジ」として取り込んだ東芝が、まさに言葉に隠された意味通りの企業本質(虚飾粉飾)となった。

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不正経理問題(粉飾)に始まり、あたかも原発が社会貢献であるかのプロパガンダ(虚飾)、そして本業を捨ててまでも(拙稿「炭火アイロンに想う」)原発事業に猪突猛進した結果、子会社の巨額損失を招き未だに損失額が確定できない存亡の危機に陥っている。この国の縮図を見る気がしてならない。

「アンダーコントロール」という言葉にはクリーブランド・クリニックのように自らが病んでいるといった自覚や自己反省のかけらもない。それどころか、虚飾粉飾(特に原発事故)を画策し、一部の強者勝者、饗応するマスコミなどと一緒になって、似非実体経済の上澄みにこの世の春を謳歌しているようだ。

その強者勝者の相対に置かれるのは我々一般庶民である。「トリクルダウン」なる「(貧民への)お恵み」はこの関係を如実に示し、それが核心だと言うアベノミクスならば、所詮、上から目線の論理でしかない。「いま、地球上で最も重要な仕事を任されていると思います。」もその目線。福島での原発事故を見れば、それは思い上がりでしかない。後始末一つできない経済活動を行ってなぜ「地球上で最も重要な仕事」と言うのだろうか?

そして、彼らが強者勝者となるためには、原発利権に拠らざるを得ない地方の経済弱者がいなければならない。差別社会や人権侵害を前提として成り立つ経済システムが原発なのだろう。人権が最大限尊重され、差別のない社会を目指す国では斜陽となるが必然の産業とも言える。

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翻れば、現憲法が発布された時代は誰もが弱者・敗者ばかり。もう戦争など懲り懲りだと実感した時代だからこそ、第9条の不戦の誓いが敗戦から唯一勝ち取った真実に見えていた筈である。父の日誌にもこう書かれている。

「新憲法の発布日である。家々の軒先に日章旗が掲げてあるのが珍しく思われる。何年ぶりかだと云う気がする。
何処となく生気が満ちて来たとも云う感じだ。(1946年11月3日)」

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それから70年余、たった一握りの者たちの病んだ経済観・歴史観に我々は再び巻かれようとしているのかもしれない。「最高責任者」と自称し、「私がそう思えばそれが法律だ」と言い、民族差別も教育と言って憚らぬ者に肩入れし、経済政策に飽きたらず学校にも自分の名前を冠することを臆さない人物に、クリーブランド・クリニックのCEOのような謙虚な自省自戒を求めることはできないだろう。病んだ「最高責任者」の下で健全な経済や社会の発展など望むべくもない。この国の経済を賭博に委ねる「IR推進(カジノ)法案」然りである。院内感染すると判っているのに、わざと病原菌を振り撒き、患者を別の病気に晒してまでもがっぽり医療費を稼ごうとする病院に喩えれば、この賭博法の筋の悪さがわかる。悪貨は悪貨しか生まない。

そして、その「アンダーコントロール」を標榜する安倍総理大臣その人の、まさにその言葉に隠された意味通りの本質(虚飾粉飾)が森友学園にかかわる諸疑惑で表出しようとしている。極めて象徴的だと感じる。

そのあたりの病理も読み解くことができるか?まずは一読をお勧めしたい。

(おわり)

posted by ihagee at 04:01| 政治