2016年11月12日

「普通の人間ではない」こと


今から150年も前のこと。フランスの片田舎、ある郵便局員が仕事の帰り道で石に蹴つまずいた。その石を拾って見ると不思議な形をしていた。それから来る日も来る日も彼は変わった形をした石を拾い続けた。それを夜な夜な積み上げ始めた。村の住人たちは一人で奇怪な建築を造り続ける彼を馬鹿者呼ばわりした。上司である郵便局長からも行動を問いただされたものの、彼はその趣味に情熱を燃やすのをやめることはなかった。



同じ頃、オーストリアの片田舎、ある作曲家は数を数える癖に取り憑かれていた。家々の窓、石、砂粒を数え、時計を集めてはその数を数える等、世の中数えられるものは何でも数えずにいられない程病的であった。事故や火事で非業な死に方をした人の遺体にも異常な興味を示し、仕事場の隣で大火事があったときも焼け跡に出かけて死体を眺めていたという。彼は交響曲を書いたが、作った際から、弟子たちの意見の数分、都度改訂してしまう癖まであった。そしてその作品は奇怪茫洋としており誰もその通り演奏しようとしなかった(演奏困難であった)。



フェルディナント・シュヴァルアントン・ブルックナーである。

シュヴァルの建築物(理想宮)は20世紀になってから文化財と評価され今に残り、ブルックナーの交響曲(習作・00番から未完の9番迄)は今やコンサートで普通に聴けるようになった。

その第8交響曲。1887年に完成した第1稿(初稿)は信頼を置いていた指揮者レーヴィからも難解困難な譜面ゆえに演奏を拒否されブルックナーは意気消沈したといわれている。そこで改訂した第2稿は1892年H.リヒター指揮ウィーン・フィルにより初演され大成功を収めたこともあり、改訂版や弟子たちや指揮者の筆の加わった改作(悪)版でブルックナーは長らく理解されてきた。しかし、近年ブルックナーの当初の意思が反映した原典版への再評価が高まり、代表作である第8交響曲も第1稿(初稿)での演奏が行われるようになった。

オーストラリアの女流指揮者シモーネ・ヤングがハンブルク・フィルハーモニーを振って録音した第8交響曲・第1稿(初稿)。いままで耳に親しんできた演奏版とは至るところで曲想が異なり新鮮極まりない。まるでシュヴァルの新たな理想宮が森の中から発掘されたかのようである。そして演奏もブルックナーの野人ぶりを余すところなく伝える剛毅さで細腕(?)でオケからこれほどの音価を引き出す力量は並大抵ではないと恐れいった。功芳さんの同盤のレコ芸記事は読んでいないが辛口評でなかったに違いない。第一楽章終結部などはこれまで聴いたこともないような展開で腰を抜かしそうになった。この部分、鬼面の大魔神が突如現れ人間を蟻かの如くに踏み潰す例のシーンを思い出させるような異様な雰囲気である。作曲当時の聴き手には刺激(デモーニッシュ)に過ぎたのだろう。第2稿ではカットされていた。第三楽章アダージェットも今まで聴き知っていたしみじみした悲しさではなく人目も憚らぬ号泣を思わせる慟哭である。釜の底が抜けんばかりの最終楽章エンディングの煉獄。そんな大展開があちこちに仕組まれている。



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変人・奇人といった「普通の人間ではない」は、芸術家として一つの優れた資質である。が、政治家にそれを求めるとどうなるか。そういうデモーニッシュな世の中になりつつある。危険だ。

(おわり)
posted by ihagee at 12:54| 音楽