
「1946年11月3日 曇
新憲法の発布日である。家々の軒先に日章旗が掲げてあるのが珍しく思われる。何年ぶりかだと云う気がする。
何処となく生気が満ちて来たとも云う感じだ。食糧事情も大いに影響しているのであろうが。三時半の汽車で芦屋へ帰る。父より半紙の初取引の端書が来た。こっちは何とか頑張りますからご安心下さいとある。一寸悲しい。来年は六十と云う。あの八・一五が無ければ自動車で往復していた重役さんであるのに。あれ程行きたいと思っていた学校も亦考え直して見た。(父の日誌)」
その日から70年。
「しかるにそこの貧乏オヤジは泥棒きたるべしとダンビラを買いこみ朝な夕な寝刃を合わせ、そのために十八人の子供のオマンマは益々半減し、豊富なのは天井のクモの巣だけ、そのクモの巣をすかして屋根の諸方の孔から東西南北の空が見えるという小屋の中でダンビラだけ光ってやがる。
ここのウチへ間抜け泥棒が忍びこむよりも、このオヤジが殺人強盗に転ずる率が多いのは分りきった話じゃないか。十八人の子供に武術を仕込んでめいめいにダンビラを握らせて荒稼ぎするうちに天晴れ野武士海賊の頭となりついに大名となってメデタシメデタシということは、個人的にも国家的にもない話ではなかった。今日の紳士や紳士国の中の少からぬ数が、こういう風にして成り上った旦那かその子孫かであることも確かである。(中略)
人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。四等国が超Aクラスの軍備をととのえて目の玉だけギョロつかせて威張り返って睨めまわしているのも滑稽だが、四等国が四等国なみの軍備をととのえそれで一人前の体裁がととのったつもりでいるのも同じように滑稽である。日本ばかりではないのだ。軍備をととのえ、敵なる者と一戦を辞せずの考えに憑かれている国という国がみんな滑稽なのさ。彼らはみんなキツネ憑きなのさ。(中略)
どの国よりも先にキツネを落す機会にめぐまれているのも日本だけだということは確かであろう。(坂口安吾「もう軍備なんかいらない」から)」

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憲法(第9条)なるキツネを落とす法を世界で唯一持つ国が日本である。

ところが、その憲法発布以来70年間落としてきたキツネにわざわざ憑かれようと懸命になっているのが現政権である。憑かれずにきた憲法を憑かれるように改正しようと言うのである。憲法に縛られるべき行政府が逆に憲法を縛りにかかり盗みにかかる(拙稿「説教泥棒・憲法泥棒」)。
そして、この国の自称最高責任者はキツネ憑きの「旦那のその子孫」で、生まれつき不思議な言葉を吐くようだ。「十八人の子供」を「わが軍」と言ってみたり、「駆けつけ警護」も「自衛」の内だとしたり、自らを「立法府の長」と言ったりする。「アンダーコントロール」は事故原発の影響はすべて制御下にあるという意味では明らかに不都合を煙に巻く論であるが、「政府による情報・思想統制」の意味であればその通りのことをしている。そんな二重話法も使う。
国連やNGO職員などが武装集団などに襲われた際に、武器を持って助けに行く任務が駆けつけ警護らしいが、そうなれば助け・助けられる相手に米軍兵士が含まれることなど判り切った話。硝煙と混乱の中、誰が誰などと一々識別できる状況などある筈がない。つまり、米軍の戦闘作戦に合流し、「オヤジ」ならぬ自称最高責任者がやがては目の前に不意に現れた者は一般市民であっても全て武装集団とみなして条件反射的に撃てと「わが軍」に命じることになる。まさに「このオヤジが殺人強盗に転ずる率が多いのは分りきった話」。
「時代に合わせて改憲が必要(自民党・経団連)」の「時代」が戦争やテロであれば、憲法はその戦争やテロ(2.26など)があった時代、即ち、戦前に戻ることになる。その時代(の政治)は過ちでなかった、戦争は他国への侵略ではなく諸国民の開放であった等と嘘八百の大義を持ち出して歴史観まで修整にかかり、ナチスの政治手法までも肯定評価する。キツネの旦那がこんな観念だから、女の子にまでナチスの将校の恰好させ、尾っぽを振らせている。
そして、キツネ憑きのこの国の自称最高責任者は「この道しかない」とその狐感で大衆を道連れにしようとする。「(狐感とは)夜中道を歩くに、道なき所を道のあるように覚えて歩き回り、あるいは水なき所を水あるように思い、また水ある所を水なきように心得て歩きおる(井上円了「迷信解」より)」。これまで70年間歩き固めてきた道を捨てて、方向観念が狂ったままの「この道しかない」の「この道」の下見にすら普段は勇ましいことばかり言う女狐が二の足を踏む程、あてどない。
「薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。(中略)かつて私は、長く住んでいた家の廻まわりを、塀に添うて何十回もぐるぐると廻り歩いたことがあった。方向観念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかったのである。家人は私が、まさしく狐に化かされたのだと言った。狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。(萩原朔太郎「猫町」から)」
「あるときより精神の異状をきたし、われは何々の狐なりと自らいい出だし、その身振りはおのずから狐のごとく、その声も狐をまねるようになり、「われに小豆飯、油揚げを与えよ」と呼ぶからこれを与うれば、二、三人前くらいを食して人を驚かし、狐のおらざるに狐の友達が来たりたりとてこれに向かって話を交え、あるいは人の秘密をあばき、あるいは未来のことを告げ、人をしてますます不思議に思わしむるものである。(井上円了「迷信解」より)」
霊験あらたかな薬でそうなったのか、キツネ憑きのこの国の自称最高責任者は今やキツネの友達としか話をしない。そして遂に精神にも異状をきたし「狐憑きにかかるものは、狐のおらざるに常に目に狐の形を見、耳に狐の声を聞き(中略)狐憑きは、狐の夢を実現するものと心得てよろしい。(同上)」
どうやら、世間も同じキツネに見え反対の声まで賛成の声に聞こえるらしい。油揚げで手懐けたキツネの友達を使って、あたかもキツネの見方が公論かの如く、テレビ、新聞、ネットを駆使して輿論(よろん)化するが、公論たる論考・論証もない為、言葉で論理だって説明することができない。稚拙なポンチ絵の紙芝居を見せるのが限界。学者に噛みつかれると尻尾を巻いて逃げ、正々堂々と向かい合って論じ合うことはしない。
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キツネ憑きにキツネにされる我々一般庶民。それが心根は優しい「ごん」であっても、キツネにされてしまえば(「ごん」は擬人)、同じくキツネに憑かれた相手に猜疑され、しまいは「ドン」と撃たれる。どちらかが憑かれていなければそうはならない。
「そのあくる日もごんは、栗をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄をなっていました。それでごんは家の裏口から、こっそり中へはいりました。
そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が家の中へはいったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。
「ようし。」
兵十は立ちあがって、納屋にかけてある火縄銃をとって、火薬をつめました。
そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。
「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。(新実南吉「ごん狐」より)」
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<戦争に戦うこと=戦争放棄>は、戦争で戦う(普通の国になる=キツネ憑きになる)よりも格段に難しいが、その使命を世界で唯一戦争の惨禍から学び自ら課してきたのは我が国であることを忘れてはならない。そんな日本は世界中のキツネに憑かれた「普通の国々」から羨望の的である。今の世界、どんなに望んでも決して得られない戦争放棄の憲法を千載一遇に得(幣原喜重郎からの発案であり、米国からの押し付けでないことは歴史上の事実として明白となっている=キツネ憑きの唱える「押し付け憲法」ゆえの「自主憲法」には論拠がない)、戦争に直接的に加担できない最高法規上の足枷は、同盟国である米国でさえその鍵を外すことはできないからである。

(東京新聞・2016年11月6日朝刊第一面)
数多の犠牲の上にようやく得た戦争放棄という尊い使命を帯びた憲法である。その使命の重みをキツネ憑きにヒョイと油揚げをさらわれるように取られて良いものなのだろうか。
(おわり)
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