2016年10月28日

明治31年・32年・34年・函館


古写真を三枚
明治34年(1901年)6月20日、函館蓬莱町の小泉写真館で撮られた写真。
左端は私の祖母(当時9歳)。その兄弟。函館商人の家に生まれた。祖母は昭和60年に92歳で亡くなったが、生前祖母から昔の話を色々聞く機会があった(思い出しながらいずれ記事にするつもりである)。

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もう一枚は明治32年(1899年)に撮影された。函館・小泉森一(大和座向)写真館。大和座という芝居小屋でもあったのだろうか。その向かいの写真館だろうか。先の写真と背景が同じなので、同じ写真館だろう。
左の人物は「一抹の航跡(函館・筑紫丸(ちくしまる))」「巴(ともゑ)の酒(函館・菅谷善司伝)』「一枚の舌と二個の耳」で触れた、私の曽祖父。曽祖父は祖母とその兄弟を養子とした。抱かれているのは上述の祖母の弟。この大伯父にも何かと私は可愛がられた。囲碁が好きな人だった。

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そして、明治31年(1898年)函館蓬莱町の小泉写真館で撮られた写真。祖母(6歳)。多難な人生が待ち受けていようとは知る由もない。

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(おわり)

追記:
本稿にて大和座という芝居小屋について触れたが、明治期、音羽町に酒造場(清酒)を建てた菅谷善司は音羽町を歓楽街(色街)にするつもりだったらしい。菅谷が亡くなった後、丸善菅谷(丸善酒造場)が出資してその音羽町に<音羽館>という活動写真小屋を建てられたようだ。大正4年7月に開設された音羽館(音羽町)は、1400人も収容する規模だった。その周辺にも写真館があったのだろう。(拙稿「巴(ともゑ)の酒(函館・菅谷善司伝)」)


(音羽館)

posted by ihagee at 19:22| 古写真