ドイツの鉄道が<信用乗車方式>を採用していることは、先のブログ記事「<音>から考える - プラスとマイナス」で触れた。そして、その背景には考える社会があるとも記した。
大多数の乗客がモラルを守り不正をしない中で、ごく僅かな不正者(薩摩の守)の為に多額の設備投資をしてフラップゲートなど改札システムを構築することは不合理・不公平であるとの考え方である。
(スイス・グリンデルヴァルト / 筆者撮影)
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・考えない社会
日本でもし<信用乗車方式>を導入して無改札(自己改札)にしたら、乗客からは「オレはズルするかもしれないから、ゲートを設けてくれ。」とか「無札者対策にはゲートは必要だ。」と鉄道事業者に対して声が上がるだろう。
不正をしないという社会生活上の自己のモラル(意識)の管理まで他者に安易に預けてしまう。ゲートがなければ約束もできないという意識薄弱。まともに信用されると途端に自信を失くし、自動=機械を信用した方が公平であると最適解をサラッと見つけてしまう社会に我々日本人はどっぷり浸かってしまっているようだ。一人一人の意識の問題に立ち返るよりも、事務的・機械的に仕分けしてもらった方が楽だという社会である。
<事務的・機械的仕分け>には人間の意識が介在しない。人間の意識に問うことも問われることも面倒だとシステム化して、無意識に従うことを前提とする。そんな<仕分け>が、社会の隅々にまで「スマート」に広まりつつある。
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・センサに従う社会
「あなたは入場できません。直ちに退去してください。」
日本製の<仕分け>装置が2016リオ・オリンピック・パラリンピック大会関連施設(Tokyo2020 JAPAN HOUSE)で大活躍したと報道されていた( NECの「ウォークスルー顔認証システム」)。
「事前に撮影・登録したメディア関係者の顔画像と、ゲートに設置したカメラで撮影した顔画像を照合して本人確認を行います。ゲートへ近付く間に顔を撮影しており、IDカード(プレスパス)を読み取り機に着券後、即座に顔認証を行います。そのため、カメラの前で正対して立ち止まる必要がなく、歩きながらスムーズな認証が可能です。「ウォークスルー顔認証システム」を活用することで、IDカードの貸し借りや盗難によるなりすまし入場、IDカード偽装による不正入場の防止を実現します。」とのこと。
最新の<顔認証>技術では、眼鏡をかけたりマスクをするなどの部分的な遮蔽に対しても認識可能なアルゴリズムを有しているようである。
人間が人間に問うのではなく、センサやコンピュータがデータ同士を見比べて判断を下す。まさに問答無用であるが、これも無意識に従うことを前提とする<仕分け>である。
オリンピック憲章では「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。 オリンピズムはスポーツを文化、 教育と融合させ、 生き方の創造を探求するものである。 その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、 社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。(根本原則)」と高らかに謳われているが、その基盤すらも人間同士信じることができない時代をクーベルタンは予想もしていなかったことだろう。
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・追いかけまわす社会
ポケモンGO(Pokémon GO)。当初のフィーバーも収まりつつある。現実世界の景色とキャラクターのリアルタイムの融合に新味があるのだろう。
同じ新味はすでにGoogle Mapのストリートビューにある。そこに映し出された景色は今のところリアルタイムではなく、偶然写りこんだ人も顔はぼかしてある。
しかし、上述の<顔認証>技術はスマートフォン上の幾つものアプリでは実現しており、見知らぬ人の顔を撮影して数秒後にはその人の名前、誕生日、社会保障番号などの情報が表示され、顔写真から個人情報を引き出すことも可能となった。( クローズアップ現代「顔から個人情報が流出する〜広がる“顔認証”技術〜」)
原則匿名アカウントを禁止するFacebookなどのソーシャル・メディアで名前、誕生日などをポートレート写真とともに登録してネット上に公開すると<顔認証>技術でグルーピングが可能となる。つまり、ネット上の無数の画像の中に偶然写り込んだ自分を他の誰かは容易に探し出し、特定することができるという危険性である。
マイナンバー制度では、個人情報カード(マイナンバーカード)は写真付きの個人情報であり、将来的には様々なサービスと紐付けられて利用されることを政府が勧奨している節がある。カード(現物)を紛失すれば、悪用する者は顔写真ごと個人情報をネット上に流出させるだろう。また、総務省のマイナンバーのシステムがハッキングでもされれば、膨大な個人情報が顔写真共々ネットに流出する可能性もある。
こうなると、スマートフォンはポケモンを追いかけ回すよりも、実世界の特定の人間を追い回したり、監視したり、排除したりすることに使われるようになるだろう。人権が危機に瀕する。
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・人間不信の社会
<顔認証>なる<意識なきシステム>が社会の隅々まで行きわたり、事務的・機械的に人を仕分けした結果、人権が侵害され人間同士互いに信じられない社会が到来するかもしれない。
そんな時代、街頭で人に向けて写真を撮ったらどうなるだろうか?ある人はノッペラボウ(予めブロックされている)、またある人は個人情報が次々と吹き出しのように表示され、またある人には撮った翌日から付け回されるかもしれない。
科学万能・技術礼賛という一億総予定調和(安全神話)(拙稿「反博の塔(岡本太郎)」)が如何に脆いものかは原発事故で判った(拙稿「運命でかたづける国民性」「紙は最強なり」)。だから、<顔認証>技術が防犯や犯罪捜査だけに利用されるから安全などいう神話は有り得ない。
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・信用(自己の意識)を必要としない政治
まともに信用されると途端に自信を失くし、自動=機械を信用した方が公平であると最適解をサラッと見つけてしまう我々の他律性。先進諸国の中でも抜きん出ている。そんな意識薄弱さを知ってか、総務省は<顔認証>に将来適応するマイナンバー制度を導入し、<意識なきシステム>で<人権>を管理・監視しようとしている。
マイナンバー制度に「NO!」を突き付けて廃止とした英国の国民性の底には人権は<意識なきシステム>に決して委ねないという強固な意志がある。人権の為なら、人間の意識をどこまでも通わせようとする努力を惜しまない。
英国では当たり前の、人間社会の基本を人間同士の信用(例:信用乗車方式)に求める努力をさっさと放棄し、<意識なきシステム>が支配するゲート(仕分け)だらけの世の中がさも「スマート」であるかの如く賞揚して止まないのがアベノミクスである。その<この道しかない>の先には(拙稿「<綴るという行為>」)、信用(自己の意識)を必要としない独裁政治と、<一億総○○>で括り上げる国家統制社会が待ち受けている。
「個人」を「人」と言い換える(自民党憲法草案)ことで、我々は「自ずとは存在し得ない」とする。つまり自己の意識を否定し専ら従う存在とする。(「個人」か「人」か(憲法第13条))
解釈改憲・TPP・特定秘密保護法等々、「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうか(麻生副総理)」。TPPなどは<意識なきシステム>の典型である。仕分けすら明確でなく、ただ従えと言うばかり。
閣僚の白紙領収書問題。身内の信用があれば問題はなく、法律にも反していないと強弁する。マスコミもそのことを問おうとしない。
(おわり)
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