2016年09月24日

小さいアルバム

太宰治 小さいアルバム から

「(略)私は、どうも、写真そのものに、どだい興味がないのです。撮影する事にも、撮影される事にも、ちっとも興味がない。写真というものを、まるで信用していないのです。だから、自分の写真でも、ひとの写真でも、大事に保存しているというようなことは無い。たいてい、こんな、机の引出しなんかへ容れっ放なしにして置くので、大掃除や転居の度毎に少しずつ散逸して、残っているのは、ごくわずかになってしまいました。先日、家内が、その残っているわずかな写真を整理して、こんなアルバムを作って、はじめは私も、大袈裟な事をする、と言って不賛成だったのですが、でも、こうして出来上ったのを、ゆっくり見ているうちに、ちょっとした感慨も湧いて来ました。けれどもそれは、私ひとりに限られたひそかな感慨で、よその人が見たって、こんなもの、ちっとも面白くもなんとも無いかも知れません。(略)」

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太宰本人は写真に左程興味がなかったようだ。しかし、林忠彦氏がその太宰を撮った一枚(銀座《バー・ルパン》昭和21年11月25日)は、その「よその人」である我々にとって最も感興の湧く写真であり続けているから何とも皮肉である。此の時は雑誌の座談会があり、酩酊気味の大宰が撮れよと自ら言い出したそうだ。当人が認める写真はその通り後世に残る作品になった。そこらの飲んだくれの親父を撮ったところでそうはいかない。名がある人と無い人の違いである。

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「私のアルバムをお見せしましょう。面白い写真も、あるかも知れない。お客の接待にアルバムを出すというのは、こいつあ、よっぽど情熱の無い証拠なのだ。いい加減にあしらって、ていよく追い帰そうとしている時に、この、アルバムというやつが出るものだ。」

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これには頷首するところがある。親子でない限り、親戚筋であっても、ましてや他人様のその家のアルバムを見せられ感想を求められれば、居心地が悪くなってその場を「おいとま致します」となるだろう。人物の写真は特にそうだ。アルバムでなくとも、旅先の民宿でたまに遭遇するあの座敷の鴨井に居並ぶ紋付き袴姿の遺影などは不気味以外の何物でもない。その下に床を敷いて「どうぞお休みください」と言われて夜な夜なうなされそうになる。

他人のアルバムであってもそれなりに感慨が湧く対象があるとすれば、時代性が読み取れるような風物・時事・景色が写りこんでいる場合だろう。その時代に自分と同い年だった子供を見つけた場合は親近感がある。いずれにせよ写真でしか偲ぶことができない時代性であって且つ自分の記憶に照らすことができる場合に「懐かしい・面白い」と思うことはある。

写真を散逸するばかりであった太宰ではないが、ヤフオクなどでしばしば他人様のアルバムやフィルムがまとめて出品されているのを見かける。まとまって出品されているということは、太宰のように不精にどこかに失くした場合もあるかもしれないが、多くは不要と判断して処分したものだろう。それか、フィルムに興味のない家人(大抵は撮影者ではなくその子息)がゴミに出してしまったのか。それを誰かが拾って骨董市やヤフオクに出ることもある。何とも悲しいものである。

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先日、そのヤフオクで昭和30年代の名古屋の景色が写っているという35mmネガフィルム(白黒)のスリーブが70本ほど出品されているのを発見した(コマ数にするとおよそ2000コマ)。 ほぼ同じ時代、名古屋で過ごした懐かしさ(子供であったが)も手伝って二千円程で落札した。何本かフィルムスキャンしてこのフィルムの元の持ち主が判った。出品者にフィルムの由来を訊ねると、骨董市での拾い物だと言う。「普通に廃棄されたものだと思う」とのこと。旧車に興味があって写り込みを期待したものの、大して写っていなかったので持っていてもしょうがないとヤフオクに出品したそうだ。

人物主体の写真であるが、時代性が看取できる「懐かしい・面白い」内容だった。しかし、なにぶんにもプライベートな他人様の想い出の塊である。私の感覚では到底「普通に廃棄する」ようなものではない。とは言っても私が持っていて良いのか判断できないので返却の要否も兼ねていずれその持ち主に連絡してみようと思う。「何かの手違いで失くしたものです。大切なものゆえ返してください。」と言われるか、「返してください。こちらで《処分》しますから」と言われるか?前者なら喜んでお返ししたい。後者なら・・・少し考えたい。いくら他人様であっても《時代の記録》である。「ひとの写真でも、大事に保存しているというようなことは無い。(大宰)」とまで私は時代の記録に薄情ではない。

返すにせよ手元に残すにせよ、どのコマもとても良く撮れているので、できれば風景だけの写真、人物があっても特定できない写真(子供や後ろ姿・点景)であれば、フィルムスキャンを許していただきこのブログで使っても構わないかも訊いてみようと思う。

シェー.jpeg
(シェーをする私(右)・昭和42年頃)

(おわり)

追記:
プリントがあるから・データ化したから、とかさ張るネガフィルムを《処分》することが多い。カメラ好きだった亡き父もフィルムスキャナーでせっせとネガフィルムをデータ化しては、ネガフィルム自体は棄てていた。遺品として私の手元に残るは、仕事で使っていた写真、新婚旅行の写真のネガフィルム程度である。

mother.jpg
(1961年都ホテルでの母・ネガフィルムからスキャンしたもの)

tokyo1950_2.jpg
(昭和30年代初めの新橋界隈・富士フィルムネオパン・ネガフィルムからスキャンしたもの)

tokyo1950.jpg
(フィルムスリーブ)

「写真というものを、まるで信用していないのです。」と大宰。今の時代、私なりに言い換えると「電子データというものを、まるで信用していないのです。」となる。なぜなら、父がデータ化した写真は今は読み取れなくなっている。フォーマットが古くなって互換・変換ができない、データにエラーが生じて一切読み出しができない、バックアップ(再保存・変換)を繰り返しているうちにデータ自体が劣化して読めなくなったからである。デジタル写真時代にあってもプリントを勧める理由はここにある。

アナログ・フィルムのオリジナリティはネガフィルムにこそある。ネガという現物はプリントや電子データに比較にならない保存性を持っている。ガラス乾板に至っては百年を超えても鑑賞に耐える情報量を有している。プリント以上の情報量が写し込まれている。上述のヤフオクで入手したネガフィルムも半世紀以上経過し人手を幾つも渡っているにもかかわらず非常に状態が良い。だから「普通に廃棄する」のは間違いだと私は思う。
タグ:太宰治
posted by ihagee at 00:13| 古写真