
(1950年代・名古屋)
化学実験で用いられる<純水>。薬局で誰でも購入できる不純物が一切ない<H2O>である。純水をそのまま飲んだことがある人は少ないかもしれないが、不味い。純水にはミネラル分など体内の代謝に必要な要素が含まれていない為、食味がないばかりか、ミネラルによるイオン交換作用が働かない為、体に吸収されにくく、逆に体からミネラル分を奪って体内の生理バランスを崩す毒にもなると言われている。
世の中、ピュア(純化)がもてはやされている。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に象徴されるように多様性を放棄し均一化へとこの国は動いている。あるかないか・白か黒かの二元論はとても判りやすい。右か左かという政治イデオロギーと同じで勝ち馬の側に乗れば他者を忖度する必要がなくなる。勝ち組負け組なる厭味な言葉を皆が平気で使う、それがピュア(純化)なのである。ヴェルサイユのフランス庭園のように、人間の意図や都合に合わない草は草とみなさずに刈り取ってしまって数学的・幾何学的にさっぱりさせることが二元論の美意識である。
2011年7月24日、テレビのアナログ放送が完全に停波し完全デジタル化となった。壊れてもいないブラウン管は壮大なゴミとなった。そして映画館もいつの間にかフィルム投影機から、デジタルプロジェクションに代わり大勢の映写技師が消えた。そして、マイナンバーが付与され国民は名前でなく数字(ディジット)で呼ばれるようになった。経済的事情などでマイナンバーが付かない人々、思想信条によってマイナンバー付与を拒む人々は、ブラウン管や映写技師のようにひっそり消えるしかないのだろうか。
デジタルとは量子化のことだそうだ。その反対は連続した量を表すアナログである。アナログがありのままの草ぼうぼうの庵であるとするなら、デジタルは割り切り・単純化されたフランス庭園ということになる。
つまり、デジタル社会にどっぷり浸かるということは、その人の思考も行動様式も割り切り・単純化されていくということである。しかし、生身の体は正直にアナログのままである。遺伝も細胞分裂も排泄も老化も生死も全てありのままでしかない。そんな内側は草ぼうぼうの庵に毎日、割り切り・単純化を是とするデジタルなる客人が応接に暇なく訪ねてくるのである。客人は来る度に、こんなところに雑草が生えていると云いながらアナログ的なるものを刈取っていくのである。
世の中、見るもの食べるもの聞くものの大方がデジタル=<純水>と喩えれば、その体に草ぼうぼうなりに蓄えていた創造力、平衡感覚や倫理観といったミネラルは次々と、この<純水>が奪っていく。そういう<純水>は誰が作っているのだろうか?自然の摂理でも神さまの思し召しでもない。生身の人間にどう作用するかなど知ったことではない市場主義経済である。遺伝子操作された食物は純化の最たる例である。人間の経済活動の都合以外に存在理由が全くないように生死が完全にコントロールされた植物・動物を、我々は近い将来、その市場主義経済の下で喰わされることになる。「貧乏人は麦ならぬ安価な輸入遺伝子操作食物を喰え」と焚き付けられ、金持ちだけがジャパンブランドの遺伝子操作されない自然食品にありつける仕組みである。
「雑草という名の草は無い」と、御所の生い茂った草を刈り取った侍従を戒めたのは先の天皇である。名もない草にもその草なりの存在理由があり、人間の意図や都合に合わないからと<雑>と呼んで、根絶やしにしてはならない。この<雑>なるものこそ、<純水>H2Oをして飲用水に為さしめるミネラルなのだろう。飲用水たるも、身体に良いのも<雑>なるものあってのことである。その<雑>なるものこそ自然の摂理であり神さまの思し召しなのである。
私がフィルム撮影に安堵するのも、身体が本能的になにか<雑>なるものを要求しているからかもしれない。デジタル社会に囲まれて日々刈り取られていく要素を、ピュアとは凡そ相反する<雑>なる塊りたる、写真フィルム、真空管ラジオ、ゼンマイ時計、アナログレコードなどから補っているのである。それら雑趣味については、追々記事にしたい。
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