2022年03月17日

戦争に戦うのであって、戦争で戦うのではない



ゼレンスキー・ウクライナ大統領の米議会演説。(ゼレンスキー大統領は16日午前、日本時間の16日午後10時すぎから、アメリカ連邦議会の上下両院の議員を前にオンラインで演説)

ロシア軍機による攻撃から国土を防衛するためウクライナ上空に飛行禁止区域を設定するよう求め、それが難しい場合は、防空システムや戦闘機を供与してほしいと、ゼレンスキーは演説した。

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ウクライナ上空の飛行禁止区域を設定とは、アメリカおよびNATO諸国とロシアとの直接の軍事衝突を意味するし、その代わりが戦闘機とは、ゼレンスキーとして戦う一択に完全に傾斜し切っているということである。バイデン米大統領は、その要請を受けてウクライナへ追加武器供与=対戦車ミサイルなど総額8億ドル供与を決定。まさに火に油を注ぐことである。

英国議会でのビデオ演説では「われわれは決して屈しない。海で、空で、畑や道の上で、どんな犠牲を払っても、われわれの土地を守るために最後まで戦う」とハムレットの一節まで引用して、やはり、戦う一択である。

どんな犠牲を払ってもと言うが、その「犠牲」はすなわち自国民。一億総火の玉・玉砕と叫ぶ為政者の下でもっぱら死んでいくのは一般市民で、そう叫ぶ者は愛国者を気取った偽善者であることは、我々は歴史に学んでいる。

その犠牲もウクライナ国民の総意であれば仕方ないが、数百万の人々がウクライナの国境を超えて避難している現状は、必ずしもゼレンスキーに命を託すウクライナ国民ばかりではないということだ。自衛隊を「わが軍」と言った総理大臣が日本にもいたが、同様に自国民の生殺与奪までわがもの扱いにする辺り、プーチンと同類である。

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このように「目には目を歯には歯を」、要するに「やられたらやり返す」とゼレンスキーは各国議会で復讐を誓っているが、なぜ停戦に向けて「戦争戦う」と言えないのか?誰でも良いから間に入って調停して欲しい、食料や医薬品を提供して欲しい、となぜ言わないのだろうか。

「やられたらやり返す」との軍事的復讐を誓うかの演説は、世界に要らぬ怨讐を撒き散らす唾吐き(ヘイト)だ。事実、唾吐きの文脈に呼応してインスタグラムやFacebookを運営する米メタ社はロシア兵への暴力を呼びかける投稿(ヘイト)を「容認」した(その後、撤回)。

ヘイトを根付かせたり寛容化した国ほど戦争を招くばかりか、戦争を呼びかける。ロシアもウクライナもこの点において互いに血は争えないようだが、その兄弟にして血で血を洗い、さらに兄弟揃って、世界中に汚い唾吐き(ヘイト)や中指立てをしているようにしか見えない。夫婦喧嘩は犬も食わぬとは言うが、この兄弟喧嘩だけは誰かが入って仲裁しなければ、世界大戦に発展する可能性が大きい。間違っても、どちらかに助太刀などしたらダメだ。どっちも化け狐だから取り憑かれることになる(ちなみにアメリカは狐の御大将である)。

ゼレンスキー大統領は、我が国の国会でのビデオ演説を売り込んでいるらしい。パールハーバーに代えてピカドンと脚本を書き換えて、さて、多くの国民がその狐感に冒されては堪らない。丁重にお断りしたら良い。

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「軍備をととのえ、敵なる者と一戦を辞せずの考えに憑かれている国という国がみんな滑稽なのさ。彼らはみんなキツネ憑きなのさ。(坂口安吾「もう軍備なんかいらない」から)」

関連記事:キツネ憑きの話(「戦争に戦う」が「戦争で戦う」になる)

(おわり)

posted by ihagee at 14:07| 政治

2022年03月14日

国連での民族的不寛容非難決議に唯一反対票を投じた米国とウクライナ(2020年)


「ナチズムの賛美、ネオナチズム、および現代の人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容を煽ることに寄与する慣行との闘い(Combating glorification of Nazism, neo-Nazism and other practices that contribute to fuelling contemporary forms of racism, racial discrimination, xenophobia and related intolerance)」と題された国連決議(2020年12月16日 国連総会)

賛成: 130カ国
反対: 2カ国(アメリカ、ウクライナ)
棄権: 51カ国(日本含む)
無投票:10カ国
総投票:193カ国

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この決議への直接の言及ではないが、2020年国連決議に先立つ、2014年国連決議「ナチズムの賛美、ネオナチズム、および現代の人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容を煽ることに寄与する慣行との闘い("Combating glorification of Nazism, neo-Nazism and other practices that contribute to fuelling contemporary forms of racism, racial discrimination, xenophobia and related intolerance")」決議(反対票を投じたのはアメリカ、ウクライナ、カナダ、パラオのみ)および2016年の同様の決議(この時は、アメリカ、ウクライナ、パラオの三ヶ国が反対票)について、アメリカ側からは以下の見解が示されている。

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経済社会理事会のステファニー・アマデオ米国副代表は、米国の投票について、「私たちは、あらゆる形態の宗教的および民族的不寛容または憎悪を国内および世界中で無条件に非難する。しかし、この決議の範囲が狭すぎて政治化されているため、そして表現の基本的な自由に容認できない制限を要求しているため、米国はそれを支持できない。」と述べた。

アマデオ米国副代表はまた、米国は、世界中でのヘイトスピーチの台頭についての懸念を共有している間でさえ、表現の自由を制限するという決議の意欲に同意しないとし、「表現の自由、結社の自由、および平和的集会の権利を制限するというこの決議の勧告は、世界人権宣言に定められた原則に違反しており、反対しなければならない」と続けた。

以上、2016年11月17日付CBS NEWS記事引用

(ロシアが決議案を提出したから、アメリカとウクライナにとってはこの決議は「政治化」しているとでも言うのだろうか?)

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アゾフは極右の全ボランティア歩兵部隊であり、そのメンバーは推定900人で、超国家主義者であり、ネオナチと白人至上主義のイデオロギーを抱いていると非難されている。アゾフは、2014年5月、超国家主義者であるウクライナの愛国者ギャングとネオナチ社会民族会議(SNA)グループからボランティアグループとして結成された。両方のグループは、外国人排斥とネオナチの理想に従事している。グループはウクライナの東部地域であるドネツクで親ロシアの分離主義者と最前線で戦った。ロシアの支援を受けた分離主義者から戦略的な港湾都市マリウポリを奪還してから数か月後、この部隊は2014年11月12日にウクライナ国家親衛隊に正式に統合され、当時のペトロ・ポロシェンコ大統領から高い評価を得た。

政府は自国の軍隊が弱すぎて親ロシアの分離主義者と戦うことができず、準軍組織のボランティア部隊に依存していることを政府が認識していたため、この部隊は2014年にウクライナの内務大臣から支援を受けた。2015年、当時の連隊のスポークスマンであるAndriy Diachenkoは、Azovの新兵の10〜20パーセントがナチスであると述べている。アゾフはそれが全体としてナチのイデオロギーに固執することを否定するが、卍やSSレガリアのようなナチのシンボルはアゾフのメンバーのユニフォームとなっている。たとえば、ユニフォームにはネオナチのヴォルフスアンゲルのシンボルがあり、黄色の背景に黒い卍を配している。アゾフは、これは「国民的思想」を表す「N」と「I」の文字の単なる融合であるとする。


(「アゾフ大隊」wikipediaより引用)


ウクライナは、その軍隊にネオナチの形成を持っている世界で唯一の国である」と、米国を拠点とする雑誌、ネイションの特派員 は、2019年に記事で述べている。

国連人権高等弁務官事務所(OCHA)による2016年の報告書は、アゾフ連隊が国際人道法に違反していると非難した。報告書は、2015年11月から2016年2月までの期間に、アゾフが使用済みの民間の建物に武器と軍隊を埋め込み、民間の財産を略奪した後に住民を追放した事件の詳細を示している。報告書はまた、ドンバス地域で被拘禁者を強姦し拷問した大隊を非難した。

2015年6月、カナダと米国の両方が、ネオナチのつながりを理由に、自国の軍隊がアゾフ連隊を支援または訓練しないことを発表した。

しかし翌年、米国は国防総省からの圧力を受けて禁止を解除した関連記事)。

2019年10月、マックス・ローズ議員が率いる米国議会の40人の議員が、アゾフを「外国のテロ組織」(FTO)として指定するよう米国国務省に求める書簡に署名した。昨年4月、エリッサ・スロットキン下院議員は、他の白人至上主義者グループを含む、バイデン政権への要請を繰り返した(関連記事)。

アゾフに対する国境を越えた支援は広く、ウクライナは世界中の極右の新しいハブとして台頭してきた。

2016年、Facebookは最初にアゾフ連隊を「危険な組織」に指定した

同社の危険な個人および組織のポリシーに基づき、2019年、アゾフは、クークラックスクランやISIL(ISIS)などのグループを含むFacebookのTier1指定の下に置かれる。Tier 1グループの称賛は禁止されている。

しかし、ロシアが侵攻を開始した2月24日、Facebookはその禁止を覆しアゾフを称賛することを認めた

Facebookの親会社である米メタ社のスポークスマンは、「当面の間、ウクライナを守るという文脈で、またはウクライナ国家親衛隊の一部としての役割において、アゾフ連隊を称賛するための狭い例外を設けている」とコメントした(関連記事)。

「Facebookユーザーは現在、ロシアに対するアゾフ兵士による将来の戦場での行動を称賛することができるが、新しいポリシーは、グループによって行われた「暴力の称賛」は依然として禁止されていると述べている。会社がどのような非暴力戦争を予想しているのかは不明だ」と米国を拠点とするウェブサイトであるインターセプトは懸念を表明している(関連記事)。

以上、2022年3月1日付アルジャジーラ記事引用

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『ロシア兵への暴力呼びかける投稿、メタが「容認」 ロシアは対抗措置』

ウクライナ侵攻をめぐり、米メタがロシアやウクライナでロシア兵への暴力行為を呼びかける投稿を容認すると報じられたことについて、同社の渉外担当幹部のニック・クレッグ氏は11日のツイートで、容認するのは「ウクライナ国内だけだ」と釈明した。ロシアの通信監督当局は11日、米メタの写真投稿アプリ「インスタグラム」へのアクセスを制限すると発表した。

クレッグ氏は今回の対応について「従来の規定を修正せずに適用すれば、軍による侵略行為に対し、一般のウクライナ国民が反対や怒りを表明する投稿も排除することになる」と説明。「ロシアの人々とけんかをするわけではない」としたうえで、「ロシアへの嫌悪やロシア人へのいかなる差別も許容しない」と述べた。

ロシアの通信当局は、メタが「先例のない判断をした」と指摘。検察当局からの要請を受け、アクセス制限を決めたとした。利用者がインスタ上の写真などを他のSNSに移すには時間がかかるとして、アクセス制限は14日未明から実施するとしている。

ロイター通信は10日、ロシアやウクライナとその周辺国で、メタがヘイトスピーチに関する規定を一時的に緩め、「ロシアの侵略者に死を」などと呼びかける投稿を容認すると報じた。ロシアの検察当局は11日、インスタにロシア国民への暴力行為を呼びかける情報が掲載されているとして、メタを「過激派組織」と認定するよう裁判所に申し立てていた。

メタはコミュニティー規定で、ヘイトスピーチを「人種、民族、国籍などに基づいた、人々に対する直接的な攻撃」などと定義して、許容しない方針を示している。

以上、2022年3月12日付朝日新聞記事引用

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「ナチズムの賛美、ネオナチズム、および現代の人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容を煽ることに寄与する慣行との闘い」国連決議に反対してまで「表現の自由」を尊重しなければならない政治的理由をこの決議に反対したアメリカとウクライナは共有しているということなのだろうか(2020年時点)?

たとえ「ウクライナを守るという文脈」であろうとヘイトスピーチを「表現の自由」を以って正当化することは、「〇〇を守る」という前提さえあればヘイトスピーチに意義を与えることである。

ウクライナは、その軍隊にネオナチの形成を持っている世界で唯一の国」という事実、ネオナチのつながりを否定しないアゾフをアメリカが軍事支援している事実から考えると、2020年の国連決議へのアメリカ・ウクライナの反対票と、侵攻後の米メタ社がヘイトへの寛容という流れは、「ウクライナを守るという文脈」があたかもロシアの軍事侵攻以前から用意されていたかの薄気味悪さがある

インスタグラムではロシア兵への暴力行為を呼びかける情報は「表現の自由」として、たとえその裏返しがナチズムの肯定であろうと、ロシア兵のみならずロシア人に対する民族ヘイトであろうと(ヘイトの相手はロシア兵に留まる筈がない)、Facebookおよびインスタグラムを運営する米メタ社は「ウクライナ国内に限って」寛容する(ヘイトがウクライナ国内に留まる筈はない)。それがウクライナへの支援とセットになった、結果として見境のないロシアへのヘイトということになる。

戦争はどんな大義をつけようと「暴力・殺人行為」に他ならない。ロシアだろうとウクライナだろうとやっていることは同じだ。その行為を任務としている軍隊・兵隊でもない一般市民に向かって「暴力行為」を呼びかけて良いのだろうか?それこそゼレンスキーの言う「盾」=ロシア軍の狙撃対象となる。一般市民の犠牲もFacebookやインスタグラムの「ロシア兵死ね」という投稿の見返りとしてもたらされ、その結果すらもロシア軍のせいだと言うことは、あまりにもムシが良すぎる。
(注:ゼレンスキー政権の「盾」作戦は、このような事態を招くために集合住宅の中や屋上に兵器を置き、民間人に迷彩服を着せAK-47を持たせ、武装した人間を見たら撃つように訓練されているロシア軍に銃口を向けさせ、結果、罪のない市民をロシア軍が殺害したと主張するかもしれない。YouTubeで具体的に「盾」作戦の実在を証言する現地アメリカ人もいる。)

レジスタンスと言えば聞こえは良いが、ウクライナの一般市民に国際社会が避難を呼びかけるとは正反対の、罵りの言葉を与え、戦い一択を嗾ける、そんな権限がなぜ、戦争の当事者でもない米メタ社にあるのだろうか?無責任にも程がある。

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国連憲章のルールを無視し現状変更のためにウクライナに軍事侵攻したロシアは決して許されるものではない。それは厳しく糾弾されるべきである。しかし、「ウクライナを守るという文脈だから」と言って民族ヘイトを寛容化することも許されるべきではない。民族ヘイトの部分的寛容化など絵空事であって、「ウクライナを守るという文脈だから」と言って全てに波及していく。事実、「ウクライナ国内に限って・ロシア兵に限って」ではなく、世界中でロシア人へのヘイトおよび国際社会からの排斥行為(スポーツ・文化芸能の世界まで)が横行している。

他方、「ナチズムの賛美、ネオナチズム、および現代の人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容を煽ることに寄与する慣行との闘い」国連決議に反対する政治的理由をアメリカとウクライナの関係が必要とするということを、メディアは一切報じない。

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先のブログ記事で触れた、『ロシアは正しい選択を迫る。右翼過激派の抑止とウクライナの核施設に対する脅威の防止に向けて』(2022年3月7日 Evgeny Pashentsev)に描かれているロシアなりの理由は、上述のアメリカとウクライナとの間の不可解な言動(国連決議への反対票・軍事およびメディアでの協力関係)に少なからず裏打ちされていると考えざるを得ない。

ウクライナへの善意の声援が、民族ヘイトまでも「ウクライナを守るという文脈だから」と寛容化することになることもわれわれは知っておく必要がある。ヘイトスクラムがさらなる戦争を招く。ヘイトスクラム紛いの「ロシア憎し」「ロシア人が国際社会から排除されて当然(スポーツ・文化芸能の世界)」との感情に任せた報道を連日繰り返すメディアの責任は重い。

ヘイトを根付かせたり寛容化した国ほど戦争を招くことを、アメリカとウクライナとの関係に我々は学ぶべきではないのか?

(おわり)

追記:
ロシアのウクライナ軍事侵攻から18日が経過した。
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ロシア軍の見境のない攻撃でウクライナ市民が大勢犠牲になっている様子をマスコミは連日報道している。しかし、その攻撃対象の多くは軍事施設およびその周辺である。民間居住区を見境もなく攻撃しているようには見えない。ウクライナ・マリウポリの民間人の死傷者が報道されるが、同地にはアゾフの本拠がある。
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YouTubeなど現地の様子をライブで伝える映像からはキエフを含めウクライナの主要都市がロシア軍によって攻撃されている様子はない。湾岸戦争時(2003年)、雨霰とミサイルがイラクの首都バグダッドに落ちるような、所謂、相手の戦意を挫く「衝撃と畏怖(“shock and awe” )」作戦と比較しても、同じ「戦争」とは言いながらやや違うイメージである。しかし、マスコミの報道ぶりは「衝撃と畏怖(“shock and awe” )」を我々に大いに印象付けるものである(そのような映像ばかりを繋げて流している)。
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キエフに迫るロシアの戦車大隊がウクライナ軍のドローン攻撃に為す術もなく破壊される様子をテレビで目にしても、ウクライナとロシアの軍隊との間で市民までも巻き込んだ激しい市街戦を我々は未だ目にしていない。
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ゼレンスキーはロシア軍側の死者数を1万2千人前後、自軍の死者数は約1300人と見積もっている。ロシア攻撃によるウクライナの民間人犠牲者数が1300人程度と国連発表が発表しているから、死者・犠牲者数で比較すればロシア側の方が多いと推測される。
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ロシア軍兵士の士気の低下や兵站の途絶などが、電撃戦とならない様相の原因とする見方もある。ロシア軍があたかも死地に入り込み進軍が行き詰まっているようにも見える。
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首都キエフでは、制空権を握っている筈のロシアであれば難無く破壊可能な筈の電気や水道といったインフラも未だ攻撃を受けておらず、戦時下というのに夜でもキエフには煌々と照明が灯り、マイダン広場前の大通りは一般車両が行き来している。時折、キエフ中心部に空襲警報が鳴り渡るものの空爆もない。小鳥の囀りが時折背景から聞こえる何とも不思議な光景をYouTubeのライブ映像は映し出している。
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ロシアが言うように、ロシア軍は軍事施設とウクライナ軍(アゾフを含む)の前線を破壊することを目的化し、「衝撃と畏怖(“shock and awe” )」とは異なる「深淵な戦争(“deep war”)」をロシアが展開しているとしても、マスコミはそれを伝えることはない。
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ある紛争がヨーロッパの地で起きているという理由で相対的に重要視されるということは、その紛争の犠牲者がヨーロッパ人であるという理由で私たちがより同情的になるべきだという考えと混同されるべきではない(拙稿「同情の度合いは目の色に応じてはならない」)。しかし、マスコミの報道ぶりは世界の他の地域の爆撃の民間人犠牲者と比較して、明らかに目の色に応じている。「ヨーロッパの犠牲者に対する視聴者の感情的なつながりを高めようとする報道は、彼らがヨーロッパ人であるからもっと評価すべきだというシグナルを送ることになる。」の通り、マスコミには差別バイアスが潜んでいる。それこそが、アゾフが傾斜している碧眼金髪のアーリア人が優れているというかつてのナチスの優生思想に繋がりかねない差別バイアスである。
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[一辺倒な視点]・[正義 vs. 悪という単純な二値化]・[感情に過度に訴える]・[異論他論を排する] ・[共感や意見の一致を求める]が顕著な報道にはメディア・バイアスが過分に働いている場合が多い(その報道内容に客観性が疑われる)。そういうものはプロ・ジャーナリズムとは無縁のプロパガンダである(拙稿「メディア・バイアスを知ること」)。
posted by ihagee at 06:58| 政治

2022年03月12日

プーチンの野望はどこにあるのか?



ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは生涯6つの交響曲を作曲した。第4番から第6番(悲愴)までがよく知られているが、ウクライナの民謡を散りばめた初期の第2番もその美しい旋律で大変魅力があり捨て難い。それでもなぜか知られていないし、演奏の頻度は格段に低い。実は、この第2番、作曲者自身が付けたわけではないが「小ロシア」という標題が付けられている。

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13世紀半ば、ウクライナ付近にあったキエフ大公国(ルーシ)で農業を営んでいたロシア人たちはモンゴル帝国の侵略に合いモンゴルに同化したり北に逃げたりした。北に逃げたロシア人が後にロシア帝国を築くことになる。したがって、ロシア人にとってウクライナの地はロシアのルーツということになる。

「小ロシア」は教区を区別するための教会用語から発し、ウクライナ・コサックの国家の住民は「小ロシア人」、彼らの言語は「小ロシア語」と呼ばれ、17世紀以降のロシア帝国の政治概念では「小ロシア」はウクライナの蔑称となった(wikipedia「小ロシア」参照)。

その「小ロシア人」、つまりウクライナ人の民謡をモチーフにしたのだから第2番は「小ロシア」とロシア人は名付けた。他意はないにせよ蔑称であることには他ならず、現在は標題無しまたは「第2番(ウクライナ)」と呼ばれている。

「第2番」は朝比奈隆が指揮した大フィルのCD(ポニーキャニオン)が手元にあるが、滅多に聴かない。聴くとなればどうしても以下となる。




血は争えないと言うが、ウクライナ人であろうとロシア人であろうと、こと歌について語り口(唇)は同じになる。ビブラートを効かせた憂いのあるホルンの響きがそうだと私は感じている。朝比奈、そしてたとえカラヤンであろうとこの血筋にない。

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しかし、今般のロシアのウクライナへの軍事侵攻は、血は争えないはずの兄弟(カインとアベル)なのに、カインがアベルを殺すが如く、血で血を争う様相を帯びている。たとえ、ロシア人にとってのルーツがそこにあろうと、ウクライナという小国への覇権のためにロシアという超大国が命運を賭けるのか?と、そもそもの疑問が私にはある。

ウクライナとの間にいかなる歴史的理由があるにせよ、国連憲章のルールを無視し現状変更のためにウクライナに軍事侵攻したロシアは決して許されるものではない。厳しく糾弾されるべきであり、その通りの状況となっている。

国際社会が一致して非難し対露経済制裁を最大化することを予想もせずに軍事侵攻を始めたとしたらプーチンはまさしく狂人である。ウクライナの軍事施設のみ標的にしているといくらロシアが言おうと、戦地では一般市民も巻き添えになるのは当然であり、すでに国際世論(および情報戦略)に於いてロシアは大敗北を喫している。
(注:ゼレンスキー政権の「盾」作戦は、このような事態を招くために集合住宅の中や屋上に兵器を置き、民間人に迷彩服を着せAK-47を持たせ、武装した人間を見たら撃つように訓練されているロシア軍に銃口を向けさせ、結果、罪のない市民をロシア軍が殺害したと主張するかもしれない。YouTubeで具体的に「盾」作戦の実在を証言する現地アメリカ人もいる。たとえ、この市民を非道にも「盾」に使うデコイ(欺瞞)行為があるとしてもロシアの侵略あっての話であり、偽旗作戦も同様である。ロシアは自らの侵略行為を棚に上げてそれらを卑怯な行為とは到底言えず、人道回廊で「盾」の数が減ることを期待するしかない。)

ロシア帝国の地図を取り戻そうと領土的野望でウクライナに軍事侵攻したとすれば、あまりに前時代的な世界観だ。それが戦争の本体であるなら、ロシアは国際的信用をはじめとして失うものが多すぎる。それがプーチンおよびその政権の個人的気質(狂人)に拠っており、ロシアの国益を損なうものなら、ロシア人自身が政権を変える必要があろう。

「ロシアがいないのに、なぜ世界が必要なのか?(“Why do we need a world if Russia is not in it?”)」ようなことをプーチンは語っている(The Moscow Times 2022年2月28日付記事)。それがどのような文脈での発言なのか定かでない。しかし、もし地図の上で語っているとすれば、ロシアを含め勝者が一人もいない全面核戦争を示唆するまさに狂人の言い草である。

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ロシアの外交内政に詳しい元外務省主任分析官・作家の佐藤優氏は、「プーチンは狂人でもナショナリストでもない(週刊新潮 2022年3月10日号記事)」とプーチンの中にある独自の価値(善悪)基準に行動原理があると指摘している。

世の中の基準に従えば、今般のウクライナへの軍事侵攻は明確な悪であり、佐藤氏が言うようなウクライナへの覇権・ドンスク(ドネツク・ルガンスク)のロシア人保護・ウクライナでの傀儡政権樹立だけが軍事侵攻を以て行う目的であり、国際社会でロシアが失う信用の大きさを推してみれば、それすら顧みず「善」と言うプーチンはやはり「狂人」となる。

「24時間、国のために働くことができる国益主義者であり、典型的なケース・オフィサー(工作担当者)」と佐藤氏が評するプーチンが、小国ウクライナのために国益をかなぐり捨てるような「狂人」と呼ばれることをするのだろうか?

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国連安保理でのロシア軍の即時撤退を求める決議の採決では、15カ国中、11カ国が賛成し、反対したのはロシア1国、中国、アラブ首長国連邦(UAE)、そしてインドの3カ国が棄権した。

棄権した国々はいずれも資源大国であり、中国とインドは巨大な経済市場を擁する。ロシアの思惑が旧ソ連邦時代の「社会主義共同体」から社会主義を外した経済共同体にあるのなら、ウクライナへの軍事侵攻への対露経済制裁はプーチンにとって最初から折り込み、むしろそれを奇貨として、ロシア由来の資源を一斉に引き上げることで、それらに頼らざるを得ない資源を持たざる国の利害を以って米欧の一枚岩を揺さぶり、基軸通貨ドルの信用を失墜させ、経済のブロック化を促し、中国、インドとの経済共同体・経済および軍事安全保障体制を構築することこそがロシアにとっての国益であるという見方もある。事実、対露経済制裁では、ドイツはエネルギー分野での対露制裁(パイプライン「ノルドストリーム1」よる天然ガス供給)には同調しないなど米欧間で足並みが乱れつつある。ウクライナ侵攻という軍事的緊張が長く続くほど揺さぶられるのはロシアではなく、米国の覇権、NATOの存在意義ということになる。キエフ攻略などせずともロシアの大隊が包囲し続けるだけで良い。

ロシアのウクライナ軍事侵攻にのみ耳目を奪われ、それが戦争の本体であるとわれわれは思っていて良いのだろうか?プーチンの「針路を決めるための海図(佐藤優氏)」にあるのは地図上のウクライナなどではなく、中国、インドを含む経済安全保障上の資源を持てる国々の枠組みであるとすれば、すでにその海図上の見えない戦争に日本も巻き込まれているということになる。

「狂人」なのか「天才」なのか、その戦果をもって歴史家ならば記述することだろう。

(おわり)




posted by ihagee at 13:04| 政治