2022年03月27日

彼はKreshchatykのいくつかの木にぶら下がるだろう



" 独自の調査ジャーナリズムと分析を専門とする独立したニュースWebサイト、グレイゾーン(Grayzone)は受賞歴のあるジャーナリストで作家のマックス・ブルーメンタールによって設立された。2016年1月から2018年1月まで、AlterNet.orgはグレイゾーンプロジェクトを後援しました。それ以来、グレイゾーンは完全に独立している。グレイゾーンは独立したジャーナリズムのイニシアチブであり、政府や政府が支援するグループや個人から金を受け取ることはない。私たちの仕事は読者のサポートに依存する。私たちのジャーナリズムを維持するために、PayPalまたはPatreonで私たちをサポートすることを検討して欲しい。" (The Grayzone)

そのグレイゾーン2022年3月5日付記事『ウクライナ ゼレンスキーとファシストたち。"彼はKreshchatykのいくつかの木にぶら下がるだろう" 』(筆者:Alexander RubinsteinとMax Blumenthal)はグレイゾーンサイトに今は存在しない。備忘として私自身が書き留めておいた内容(サマリー)と記事中で参照のあった関連画像を併せて、以下紹介したい(プーチンの言う「正当性」(関連記事参照)とも符合する、以下内容の真偽については一切コメントしない)。

注)Kreshchatyk:ウクライナの首都キエフにある大通り

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Alexander RubinsteinとMax Blumenthalは、Zelenskyが選挙前に約束した平和主義者から、ファシストの「超国家的」民兵の積極的な支持者に転じたという記事を掲載している。彼らはその転機を、2019年秋に行われたゼレンスキーと民兵の戦闘員との最前線での会談に突き止めている。

ドンパス戦争に係る)ゼレンスキーの和平イニシアチブに対して、ネオナチ・アゾフ大隊は頑として「降伏に反対」と唱えた。ゼレンスキーはカメラを前にネオナチ・アゾフ大隊の民兵との直接対決に臨んだ。しかし、ゼレンスキーは頑強な壁にぶつかった。

前線からの離脱を(ゼレンスキーは)訴えるも拒絶され、ゼレンスキーはカメラに向かって憮然とした表情を浮かべた。「私はこの国の大統領だ。41歳だ。私は敗者ではない。私は、あなた方のところに行き、武器を捨てろと言ったのだ」と、ゼレンスキーは戦闘員たちに訴えた。



この時の映像がウクライナのSNSで拡散されると、ゼレンスキーは怒りの反撃の的になった。

「世界の白色人種を率いて、セム人主導のUntermenschenに対する最後の聖戦を行う」と誓うファシスト・アゾフ大隊の指導者であるアンドリー・ビレツキーは、「ゼレンスキーがこれ以上迫れば、数千人の戦闘員をZoloteに連れて来る」と宣言した。一方、ウクライナの前大統領ペトロ・ポロシェンコの政党の国会議員は、ゼレンスキーが過激派の手榴弾で吹き飛ばされることを公然と妄想していた。

注)セム人:アーリア族との対比で、ユダヤ主義を「セム主義」と呼ぶ(人種差別用語)
Untermenschen:劣等人種(ドイツ語)(人種差別用語)
Zolote:ウクライナのルハンシク州(地域)のポパスナライオンにある町

ゼレンスキーはある程度の(戦闘員の前線)離脱を達成したものの、ネオナチ準軍事組織は「ノー・キャピタレーション」キャンペーンをエスカレートさせた。そして、数カ月もしないうちに、Zoloteで再び戦闘が過熱し始め、ミンスク協定違反の新たな連鎖を引き起こしたのである。

この時点で、アゾフは正式にウクライナ軍に編入され、国家隊と呼ばれる街頭自警団がウクライナ内務省の監視のもと、国家警察とともに全国に展開された。2021年12月、ゼレンスキーはウクライナ議会での式典で、ファシズム右翼セクターの指導者(Dmytro Kotsyubaylo)に「ウクライナの英雄」賞を授与した。


(Dmytro Kotsyubayloへの「ウクライナの英雄」賞授与/Focus.ua記事引用)

ファシストによるゼレンスキーへの殺害予告は、もっと前から行われていたことを以下のように指摘できる。

ゼレンスキーの大統領就任から1週間後の2019年5月27日、ウクライナのインターネットニュースサイト「Obozrevatel」は、右派セクターの共同創設者で、当時ウクライナ義勇軍の司令官だったドミトロ・アナトリーヨビッチ・ヤロシュへのロングインタビューを掲載した(以下、ヤロシュ:Y, インタビュアー:I)。ゼレンスキーは平和とミンスク協定の実施を約束していた。他方、ヤロシュや彼のような人たちは、国会議員になろうとしたときにはほとんど支持を得られなかったが、マイダン革命で明らかなように彼らは銃でその支持を得ようとしている。

Y) もしゼレンスキーがウクライナを裏切ったら、彼は地位ではなく人生を失うだろう
I) どういう意味ですか?
Y) ミンスク方式は--私はいつもこの話をしているのですが--、時間をかけて勝負し、軍隊を武装させ、国家安全保障と防衛のシステムにおいて世界最高の基準に切り替える機会なのです。これは作戦のチャンスなのです。しかし、これ以上はない。ミンスク協定の履行は、わが国家の死である。この戦争で死んだ男や女、男や女の血の一滴にも値しない。一滴もだ。我々はこの外交ゲームの間に、ロシアの大規模な侵攻の可能性に対してより良い準備をした。
I) あなたは「ミンスク」を放棄する時期が来たとお考えですか?
Y) 間違いなく。
I) しかしゼレンスキーは選挙直後から「(放棄?遵守?)他に選択肢はない」と言われていた。
Y) 「言われていた?」...ゼレンスキー自身は何も言わなかったんですか?
I) はい。
Y) 怖いですね。全く何も言わない最高司令官。なんだか空しい。それに、とても不思議な感じがする。
I) 新しく選ばれた大統領が何を言うか待っている?
Y) それだけじゃない。戦おう、準備しよう。私たちは、彼が何を言うか、そして最も重要なのは、彼がどう行動するかを待っているのです。聖書には、「その実によって、あなたがたは彼らを知る」とある。秋のどこかで「実」を見ることができるだろう。ゼレンスキーは未熟な政治家だ。そして、従者が王を作る。そして、「従者には」誰がいるのか、すでに見えはじめている。それは、楽観主義を加えるものではない。なぜなら、ゼレンスキーは有権者(私はゼレンスキーの有権者ではない)に、寡頭制を打破すると約束したからだ。しかし、すでに最初の人事から、寡頭政治体制が生き続け、繁栄していることがわかる。そして、明らかに、今後もそうであろう。ただ、流れが移されるだけだ。

ウクライナの「超国家主義者」にとって、ミンスク合意は常に再武装のための時間を確保するためのイチジク葉に過ぎなかった。ミンスク合意から5年後の2019年、彼らはすでにドンバスの反乱軍を再び攻撃し、圧倒する能力と準備ができていると感じていた。

ゼレンスキーとオリガルヒについてのヤロシュの発言は間違ってはいない。ウクライナ人や外国の篤志家から吸い上げた金の流れは、ゼレンスキー政権下で、彼を支持したオリガルヒ、とりわけイゴール・コロモイスキーの利益のために振り向けられたのである。

そして、インタビュアーはヤロシュに、ドンバス紛争を内戦と呼んだコロモイスキーとの関係について質問する。ヤロシはコロモイスキーのことは気にしていないが、「内戦」の主張は否定する。

Y) おそらく、何かが彼をそのような発言に駆り立てているのでしょう。どうやら、ある種のビジネス上の利害関係があるようです。これが、私としては、寡頭政治の主な危険性です。彼ら、寡頭政治家は才能のある人たちです。才能がなければ、そのようなビジネスを構築し、何十億も稼ぐことは不可能だからです。しかし、オリガルヒの危険性は、彼らがコンプラドールであるということだ。彼らは祖国のことなどどうでもよいのだ。金さえあればいいのだ。利益はすべて見て見ぬふりをする。そうすれば、ロシアとどんな条件でも交渉できる。だからゼレンスキーは我々ウクライナ人にとって非常に危険な存在なのだ。私はそれを感じています。
I) その危険性とは?
Y) どんな犠牲を払っても平和になるという彼の発言は、我々にとって危険だ。彼は単にこの世の代償を知らないだけだ。彼は前線の近くでコンサートをしていたのかもしれない。しかし、私の息子たちがロシアの砲弾で細かく引き裂かれ、その破片を集めて母親に送らなければならなかったとき、その値段はどういうわけか全く違って見えるのです。
I) 今、彼に会おうとしてるんですか?
Y) はい。もう何度もメッセージを送ったんだけど、彼は沈黙しているんだ。もしかしたら届いてないかもしれない。彼は忙しい人だから......。でも、たとえこの出会いが実現しなくても、大丈夫。彼はただ一つの真実を理解する必要がある。ウクライナ人は屈辱を受けることはできない。700年にわたる植民地支配の後、ウクライナ人は国家を建設する方法をまだ完全に学んでいないかもしれません。しかし、我々は蜂起の仕方をよく学び、ウクライナ人の汗と血に寄生しようとする「ワシ」どもをすべて射殺したのだ。ゼレンスキーは就任演説で、視聴率、人気、地位を失う覚悟があると言ったが、いや、彼は命を失うだろう。ウクライナと革命と戦争で死んだ人々を裏切れば、彼はフレシャティクの木にぶら下がるだろう

Khreshchatykはキエフのメインストリートである。ゼレンスキーに対するこれらの脅威は、彼を平和主義者から温情主義者、そして様々な「超国家的」民兵組織の友人へと変えるのに確実に役立った。

2021年春、ゼレンスキーは、ウクライナがクリミアを武力で奪還すると発表した。その後、ロシアは大規模な軍事演習を行い、ゼレンスキーは引き下がった。2021年11月になると、ウクライナは再び騒ぎ出し、ドンバスを力づくで奪還すると言い出した。ロシアは再び武力示威として軍事演習を行ったが、今度はさらに状況が悪化した。2月中旬からドンバス周辺のOSCEオブザーバーは、日報で停戦違反や爆発が強くなっていることを指摘した。

注)OSCE: Organization for Security and Co-operation in Europe:欧州安全保障協力機構

違反行為のほとんどはウクライナ側からのもので、発射された砲弾やミサイルの爆発はドンバス側の敷地内で起きている。その最中の2月19日、ゼレンスキーはミュンヘン安全保障会議で演説を行った。彼は、ウクライナがソ連から受け継いだ核兵器を放棄したブダペスト覚書について以下言及した。

「2014年以降、ウクライナはブダペスト・メモの保証国との協議を3度招集しようとした。3回とも成功せず。今日、ウクライナはそれを4回目に行います。大統領である私は、初めてこれを行うことになります。しかし、ウクライナも私も、これを最後にするのだ。私はブダペスト・メモの枠組みで協議を始めている。外務大臣に召集を依頼した。協議が再開されなかったり、協議の結果、わが国の安全が保証されない場合、ウクライナはブダペスト・メモランダムが機能していないと考えるのが当然であり、1994年のパッケージ決定のすべてが疑問視されることになるのです。」

1994年にウクライナが行ったパッケージ決定の1つは、ウクライナの核兵器不拡散条約への加盟であった。

ロシアは、ミュンヘンでのゼレンスキー氏の発言を、ウクライナによる核兵器獲得の脅しと理解した。ロシアとの国境に核兵器を持つファシスト政権が存在することは、ロシア政府は到底容認できない。ドンバスでの新たな戦争のための砲撃準備とあわせて、この脅威が、ロシア政府にウクライナへの武力介入を確信させることになった。2月22日、ロシアはドンバス共和国を独立国家として承認し、2月24日、ロシア軍は国境を越えてウクライナに侵攻した。ロシア軍の狙いは、ウクライナの非軍事化、脱ナチス化である。前者は分かりやすい。ロシア軍はウクライナの持つ重火器をすべて破壊、あるいは無効化するだけである。第二の目的は、上記のドミトリー・ヤロシュへのインタビューでの言葉にわかる通りである。

そして、2021年11月、そのウクライナで最も著名な超国家主義的民兵の一人であるドミトロ・アナトリーヨビッチ・ヤロシュが、ウクライナ軍総司令官の顧問に任命された。ヤロシュは、2013年から2015年まで右派セクターを率いたナチス協力者バンデラの信奉者で、ウクライナの「脱ロシア化」を主導すると公言している。

ファシストたちの脅威によって、ウクライナの政治家は誰も、国の平和につながるまともな政策を実行することができなくなっている。ウクライナのファシストは比較的少数である。しかし、彼らは銃を持っており、彼らと彼らの目的に反対する者は誰でも殺す。彼らは国家の重要な地位に就いている。(その上、コロモイスキーのようなオリガルヒが彼らに金を払い、自分たちの目的のために使っている)。

問題は、このようなイデオロギー集団は、いったんしっかりと確立されると、大きくなる傾向があるということである。右派はウクライナの若者のために「愛国的」サマーキャンプを開催しており、ウクライナ国家はそれに資金を提供している。彼らは成功し、ウクライナの若者たちは彼らを尊敬している。ロシアが恐れているのは、こうした動きである。プーチンが言っているのは、ソ連が1933年以降に行おうとしたこと、つまりヒトラーが動き出す前に止めようとしたことだ。今回は、ロシアはそれを行なっている。つまり、プーチンは1941年6月を阻止するために先制攻撃をしているのだと考えているのです。これは実に重大なことで、ロシアは安全に止められると思うまで続けるつもりであることを示している。ロシア軍は、現在マリウポルの人々を人質にしている右翼セクターやアゾフ大隊のような民兵組織を壊滅させるだろう。生死を問わず、すべての指導者を捕らえようとするだろう。その任務が完了したら、ロシア軍はウクライナから撤退する。強力なファシストから解放されることで、ウクライナの政治家は再びまともな政策をとることができるようになる。それが計画だ。

注)1941年6月:第二次世界大戦中の1941年6月22日に開始されたナチス・ドイツとその同盟国の一部によるソビエト連邦への侵攻

しかし、うまくいくのだろうか?

それはおそらく間違った質問だ。どの程度、どの程度の期間、それが機能するのかを問うべきだろう。ウクライナの独立後、「超国家主義者」が権力を握るまでに22年、CIAの力を借りた。一旦、排除された後、彼らは這い上がってくるかもしれないが、それには時間がかかるだろう。ウクライナは経済復興に忙殺される。武器に使う金はほとんどないだろう。 30年後、ロシアは再び対立を繰り返すかもしれない。しかし、30年というのは、かなり長い時間だ。

(おわり)

追記:「戦争戦う平和主義」と、「戦争戦う平和主義」は互いに全く異なる概念にも関わらず、同義と次第に錯覚し後者に傾斜していく(定義主義的誤謬 Definist fallacy)。そう傾斜する背景(「従者が王を作る」)がゼレンスキー大統領にあったのだろうか?上掲の記事はその背景(従者)の存在を示唆するが、デニス・キレーエフ氏(対露交渉団のウクライナ側メンバー)は、ゆえにKreshchatykの木に吊るされたのか(ウクライナ保安庁(SBU)によって殺害された)、私にはわからない。

関連記事:戦争戦うのであって、戦争戦うのではない

posted by ihagee at 06:22| 政治

2022年03月26日

Tim Morozovの寡黙





廃墟系パラノーマルチャネル(YouTube)で世界的に人気の高いTim Morozov(ロシア)の最新動画。

この最新動画の異変が話題になっている。それまでの動画と打って変わって Timが一切喋らない。各国の視聴者から理由を問うコメントが多数寄せられているが、本人はその理由を一切明かさない。

” ティムさん、こんにちは。動画ありがとうございました 一言もしゃべらずに見ているのは珍しいですが、それには理由があると思うんです。多くの人が現状を理由にし、その背景にはコメントで対立をあおろうとするものが多くあります。みんなもっと優しくしてください。誰がどの国の人かは関係なく、私たちはまず第一に人間なのです。ティムは議論を見たり、他人を中傷したりするのが好きではないと思うんです。皆さん、ごきげんよう。ティムさんいつもありがとうございます。(ポリーナ・フェドロワ)”

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ロシアの電気通信規制当局であるRoskomnadzorは、AlphabetのニュースアグリゲーターサービスであるGoogleニュースを禁止し、ウクライナで進行中の戦争に関する「信頼できない情報」へのアクセスを提供するためにnews.google.comドメインへのアクセスをブロックした。
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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナでのロシア軍の作戦に関する「故意に偽のニュース」を広めることを違法にする新しい法律に署名し 、最長15年の懲役を導入。
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今月初め、RoskomnadzorはGoogleに、ロシアのウクライナ侵攻に関する誤った情報をYouTube動画に広める広告キャンペーンを停止するよう要請。
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これに応じて、Googleはロシアの侵入に関する偽情報キャンペーンに対して措置を講じ 、欧州連合の要請に応じて、ロシアトゥデイ(RT)とヨーロッパのスプートニクに属するYouTubeチャンネルをブロック。
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2月26日、電気通信規制当局は、 ロシアの独立系メディア (Ekho Moskvy、InoSMI、Mediazona、New Times、Dozhd、Svobodnaya Pressa、Krym。Realii、Novaya Gazeta、Journalist、Lenizdatnotなど)に砲撃に関する誤った情報を広めないよう通知。ウクライナの都市の、そしてウクライナでの「進行中の軍事作戦」を攻撃または侵略と呼ぶのをやめるよう要請。
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今月初め、ロシアは 、検察庁の要求に応じて、FacebookとTwitterのソーシャルネットワークをブロックし1週間後に Instagramも禁止。
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Facebookを禁止する決定は、プラットフォームのプロクレムリンメディアアウトレットと通信社(たとえば、RIA Novosti、Sputnik、Russia Today)を起動するMetaによって動機付けられ、Instagramブロックは、Metaが一部の暴力の呼びかけを許可することを決定したことに拠る(その後Metaは許可を撤回)。
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Roskomnadzorはまた、Voice of America、BBC、DW、Radio Free Europe / Radio Libertyなど、外国エージェントとして指定された複数の外国の報道機関へのアクセスをブロックし、進行中のウクライナ侵攻に関する偽のニュースを広めたと非難。

以上、Sergiu Gatlanのレポート記事引用(2022年3月22日付)

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戦争は言葉(言論)を封じる(タイトルでの彼の指がそれを示している)。

コメント欄での対立を避けるためなのか、それともロシア政府への暗黙の抗議なのか、寡黙にして語らない。

(おわり)


posted by ihagee at 09:47| 政治

2022年03月24日

バビ・ヤール "Babi Yar" の意味すること


千万の言葉よりも音楽は時として遥かに雄弁である。

ウクライナに関連して先の記事ではピョートル・イリイチ・チャイコフスキーの第2交響曲に触れた。ウクライナの美しい民謡を散りばめた楽曲がかつて「小ロシア」と呼ばれていたことなどである。ウクライナが小ロシアであった時代(帝政ロシア)から時代が下って、ウクライナがウクライナ・ソビエト社会主義共和国であった時代(ソ連邦)、ドミートリイ・ショスタコーヴィチは第13交響曲を作曲した(1962年)。

『バビ・ヤール "Babi Yar"』と通称されるこの楽曲はその名の通り、ウクライナの地(キエフ近郊バビヤール渓谷)での民族浄化・殲滅(ホロコースト)を歌詞と音符を以って表現している。

第一楽章:バビ・ヤールでのナチのユダヤ人虐殺や、帝政ロシア時代末期の反ユダヤ団体「ロシア民族同盟」によるユダヤ人排斥運動、ドレフュス事件、そしてアンネ・フランクなどに触れつつ、未だロシアや世界に蔓延る反ユダヤ主義を激しく糾弾する。

バビ・ヤールに記念碑はない。
切り立つ崖が粗末な墓標だ。
私は恐ろしい。
今日、私は年老いたように感じるのだ、
あのユダヤ民族と同様に。

今、私は自分がユダヤ人だと思えるのだ。
ほら、私は今古代エジプトを彷徨っている。
ほら、私は十字架に釘付けされて死ぬのだ、
そして今も私に残る釘の痕。
ドレフェスは私である、と思える。
俗物根性が私の密告者、そして裁判官。
私は孤立無援。
私は鉄格子の中、痛めつけられ、罵られ、辱しめられて。
ブラック・レースの夫人たちが、
かなきり声で、傘で顔を突く。
そして、ベロストークの少年は私のことだと思うのだ。

血が流れ、床に広がる。
酒場のゴロツキ達が暴れ周り
ウオッカとねぎが匂う。

長靴で蹴飛ばされた、力ない私は、
ユダヤ人集団虐殺者達に虚しく頼む。

「ユダ公を殺せ、ロシアを救え!」
喚きの中で粉屋が自分の母を叩きのめす。

おお、我がロシア民族よ! 私は知っている
お前は元来、国際的なのだ。
しかし、汚い手をした奴らが、
お前の清らかな名を唱えたのだ。
私は知っている、この土地の優しさを。
だが、何たる卑屈、反ユダヤ主義者達は、
厚かましくも、自らをこう名乗ったのだ。

「ロシア民族同盟!」

私は思う、自分がアンネ・フランクであると、
4月の小枝のように清純なアンネであると。
そして私は愛することをするし、私に飾り文句は要らない。
だが、必要なのは私たちが見つめあうこと。
何と僅かしか見たり、嗅いだり出来ないものだろうか!
木の葉も私たちには禁止
空も私たちには禁止。
しかし、とてもたくさん出来ることがある
それは優しく部屋で抱き合うこと。

ここへやってくるのか?

怖がるな、あれは春の轟き
春がここへやって来る。
私のところまで来て、早く口付けを。

ドアを壊しているのか?

いや、あれは春の流氷…

バビ・ヤールに雑草が茂る。
木々は裁判官のようにいかめしく見つめる。
全てが無音の叫びを挙げるここで、
脱帽した私は次第に白髪になって行く。

そしてこの私は、無音の叫びの塊として、
数万の虐殺された人々の上にいる。
私はここで銃殺された老人だ。
私はここで銃殺された子供だ。
私の中の如何なるものも、それを忘れはしない!

「インターナショナル」を轟かせろ、
地上最後の反ユダヤ主義者が
永遠に葬られる時に。

私の身体の中に、ユダヤの血はない。
だが激しい敵意を込めて私は憎まれる
全ての反ユダヤ主義者達に、ユダヤ人として。

だから、私は真のロシア人なのだ!

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その第一楽章に使われた詞「バビ・ヤール」は初演後、その改変をフルシチョフ(当時:書記長)は作詞者(エフゲニー・エフトゥシェンコ)に命じた(楽曲の改変も命じたがショスタコーヴィッチは応じなかった=ヘブライの音楽的イデオムは一切改変されていない)。

民族主義・分離主義運動は連邦の崩壊に繋がるとし「ソビエト連邦には人種・民族問題は存在しない」を建前としてきたモスクワ政府にとって、特定の民族(ユダヤ)の問題を「虐殺」という言葉で表現するこの第一楽章は到底許すことができなかったのである。(「交響曲第13番 (ショスタコーヴィチ)」wikipedia記事参考)


(初演者による1967年スタジオ録音版・殺気に満ちている)


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「バビ・ヤールに記念碑はない。切り立つ崖が粗末な墓標だ…」(第13交響曲第一楽章歌詞から)

『ユダヤ人が殺された渓谷に博物館建設へ 被害と加害が絡む歴史(東京新聞 2020年7月27日付記事以下引用』

” ウクライナに、第2次大戦中にナチス・ドイツによってユダヤ人が銃殺された渓谷「バビ・ヤール」がある。この地で今年、犠牲者を悼むための博物館建設が決まった。ウクライナはホロコーストの舞台になる一方、一部の民族主義者がユダヤ人迫害に協力した側面もある。被害と加害が絡む歴史の清算は進むのか。(中略)ソ連は戦後、バビ・ヤールを「ナチスによってソ連人が殺された場所」とし、主な標的がユダヤ人であったことは伏せた。諸民族から構成されるソ連では、諸民族の団結が優先され、特定の民族の犠牲については触れづらい風潮があった。
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ソ連末期になると全体主義の呪縛が解けて、バビ・ヤールの記憶継承の動きが盛んに。5年ほど前から博物館建設の機運も高まってきた。
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ゼレンスキー大統領は今年1月、訪問先のイスラエルで年内の博物館建設着手を表明。自身もユダヤ系であることを踏まえ、同国のネタニヤフ首相に「ウクライナ国民はホロコーストの悲劇を誰よりも理解している」と伝えた。
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ナチス占領期の犠牲を強調するウクライナだが、国外からはナチスに協力した科を問う声も上がり始めている。バビ・ヤールの虐殺などに一部のウクライナ人が関わっていたからだ。問題視されるのが第2次大戦前に結成されたウクライナ民族主義者組織(OUN)の指導者ステパン・バンデラ(1909〜59年)。ウクライナを支配していたソ連、ポーランドからの独立を期し、武力闘争を展開した。ユダヤ人を迫害するナチスにも協力し、欧州では極右勢力と目された。
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ウクライナでは大戦前、ソ連政府の穀物徴発で大飢饉が起き、ナチスをソ連の強権支配からの解放者と期待する向きもあった。ウクライナでは、バンデラを愛国者としてたたえるパレードが10年ほど前から定着。イスラエルとポーランドの駐ウクライナ大使はこの1月、「民族浄化を掲げた人間を顕彰するのは許されない」と非難声明を出した。チェコのゼマン大統領もウクライナ人のバンデラ崇拝を糾弾している。
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ただゼレンスキー氏は国内の民族主義者に配慮し、バンデラの歴史的評価を明らかにしていない。ウクライナの政治学者ポグレビンスキー氏は「バビ・ヤールに追悼施設を造る一方で、国内の排外的な国粋主義を放置するのは矛盾している」と辛口な評価を下す。


1941年のバビ・ヤールで撮影されたとされる記録写真。銃殺前にユダヤ人が脱いだ服が散乱する=モスクワのユダヤ博物館で(小柳悠志撮影)


2019年10月、バビ・ヤールを訪れたゼレンスキー大統領(中央)=ウクライナ大統領府サイトから

(引用終わり)

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その一部が加害者として加わったウクライナ人の名前をバビ・ヤールの虐殺から消し、バビ・ヤールから続くナチズムに染まった民族主義者による自国東部地区でのロシア人への暴力を伴う迫害をゼレンスキーは放置し続けている。

「私たちはさまざまな国にさまざまな条件で住んでいますが、両方の人々が脅威にさらされています。2月24日-ロシアのウクライナ侵攻について考えてみてください。1920年2月24日、数百万人を殺害したナチ党がドイツで設立されました。ロシア軍は数千人を殺害した。何百万人ものホームレス。私たちの人々は、あなたの人々が求めていたように、世界をさまよって平和に暮らすことを求めています。これは不当な戦争であり、ロシアの人々は破壊している-そして世界は見守っている。クレムリンの話を聞いてください、彼らはナチ党のように聞こえます。ナチスはそれを最終的な解決策と呼んだ、あなたは覚えている。「今モスクワでも、彼らは 『最終解決策』を言っているが、今回はウクライナの人々について話している。イスラエルの人々-あなたはロシアのミサイルがホロコーストの犠牲者の記念碑であるキエフ、バビ・ヤールを攻撃するのを見ましたか?ロシアのミサイルもウマニを攻撃しました、戦後のウクライナの都市には何が残るのでしょうか?無関心を説明することは可能ですか?パーティーを選んでみませんか?無関心は殺します。イスラエルは、アイアンドームシステムが世界で最も優れていることを知っています。なぜイスラエルから武器を入手できないのかと疑問に思うかもしれません。なぜイスラエルはロシアに深刻な制裁を課さなかったのですか?イスラエルの人々は、今あなたの選択です。」(イスラエルでのゼレンスキー大統領演説)。

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「ウクライナ大統領に感謝し、ウクライナの人々を心から支援しますが、ホロコーストの恐ろしい歴史を書き直すことは不可能です。虐殺もウクライナの地で犯されました。戦争はひどいですが、ホロコーストの恐怖と最終的な解決策との比較は法外です(ヨアズ・ヘンデル・イスラエル通信相)」

”イスラエルの立法府の126人の議員、大臣および副大臣がゼレンスキーの発言を見守った。世界中の議会とは対照的にイスラエルの立法府は立ったり拍手したりすることを控えた。最後に数人の議員が拍手をした。”(kolhazman/イスラエル 2022年3月21日付記事から引用)

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クレムリンの『最終解決策』を、ナチスの最終的な解決策に関連付け(異なる文脈の二つの言葉を並べて連想を引き起こし)さらに感情に訴えることによって、ウクライナへの軍事侵攻はナチスの行なった民族殲滅=「ホロコースト」と等価であるとゼレンスキーは主張する(無関係な連想によって、あるものの性質は本質的に別のものの性質であると主張すること / 関連付けの誤謬 Association fallacy)。

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バビ・ヤールに記念碑を立て、ドンパス(ウクライナのドネツィク州とルハーンシク州)での過去8年に渡る民族紛争(ドンバス戦争)の犠牲者には「粗末な墓標」という矛盾。そのいずれの加害者もウクライナ人ではあるがロシア人ではない。そしてそのいずれの被害者にもウクライナ人とロシア人が含まれている。

「ソビエト連邦には人種・民族問題は存在しない」を建前とし「バビ・ヤール」の歌詞をフルシチョフ(ウクライナ人)は書き直させた。

そして「国内の民族主義者に配慮」しあたかも「ウクライナ国内には人種・民族問題は存在しない」を建前とするが如く、ゼレンスキーは今「ホロコースト」を加害者の名前共々全く異なる文脈に書き直そうしている。事実までもなかったことにする歴史修正主義者(Revisionist)の演説に拍手は要らない。

(おわり)




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