2020年11月30日

サイアノタイプ - その110(引き伸ばし機)




銀塩プリントの代替手段としてサイアノタイプの可能性を本稿ではテーマとしている。

アナログのデータソース(アナログフィルム・乾板)に記録されている情報をそのまま紙に焼き付けること、一般的なコンタクトプリントでは難しい階調や細部の表現にチャレンジすること、その過程はシンプルで且つ費用がかからないこと、そして過去の資源(フィルムなど記録媒体・引き伸ばし機など暗室用品)を再利用できることに理があると勝手に思っている。

感光剤を紙に塗布する段階でいくつか工夫を施すことでプリントに深みと奥行きを与えることができるということも次第に判ってきた。

----

前回に引き続き由来のある写真乾板(4x5インチ)でプリントを行った。

1 (47).jpg


カンザス・ジャクソンシティーを本拠に活動した写真家 Joseph J. Pennell (1866-1923)の乾板である。1891年から没年の1923年迄に撮影された約30,000枚の写真乾板はカンザス大学に遺贈されているが、この一枚は個人の蒐集家が売りに出した一枚を私が購入したものである。

----

昭和11年(1936)製乾板用ハンザ特許引き伸ばし機(Anastigmat F=125, 1:6.3)の手札判サイズ(8×10.5cm)原板枠を使わず、直接枠穴に乾板を差し込んでバストアップのプリントを作製した。

1 (45).jpg

(Cotman Water Colour Paper (B5/ Smooth)に約五時間露光しジャスミン茶でトーニング)
morphing (glass negative transferred to cyanotype)

(モーフィング:写真乾板→プリント)

写真乾板はフィルムよりも俄然平面性に優れ銀の含有量も多いので、本稿の引き伸ばし機でのプリントに好適である。

さらにサイアノタイプ 液剤(Potassium Ferricyanide & Ferric Ammonium Citrate)を豆乳(無調整)で希釈し紙に塗布したプリント例:
1 (48).jpg


タンパク質(豆乳)が紙の繊維に絡んでプリントに深みを与える(繊細さは損なわれるが)。

(おわり)


posted by ihagee at 06:48| サイアノタイプ

2020年11月21日

サイアノタイプ - その109(引き伸ばし機)




銀塩プリントの代替手段としてサイアノタイプの可能性を本稿ではテーマとしている。

アナログのデータソース(アナログフィルム・乾板)に記録されている情報をそのまま紙に焼き付けること、一般的なコンタクトプリントでは難しい階調や細部の表現にチャレンジすること、その過程はシンプルで且つ費用がかからないこと、そして過去の資源(フィルムなど記録媒体・引き伸ばし機など暗室用品)を再利用できることに理があると勝手に思っている。

感光剤を紙に塗布する段階でいくつか工夫を施すことでプリントに深みと奥行きを与えることができるということも次第に判ってきた。

----

1860年代に創業し英国ビクトリア朝時代、当時の王室や著名人(チャーチル、オスカー・ワイルドなど)を顧客にソーシャルフォトグラファーとして名を馳せたHills&SaundersのHarrow-on-the-Hillスタジオで撮影された希少な写真乾板(5x7インチ)を偶然手に入れた。
s-l1600.jpg

s-l1600-1.jpg

(タグのある乳剤面を上にスキャンしたもの)

No. 15783の被写体はMrs Williamsで撮影年度は1898年とある。同スタジオでは再注文(ダゲレオ又はアルビュメンプリント)に備えて被写体毎に番号で乾板を分類管理していたようである(番号簿はネットで公開されている)。

蒐集家 Tim Boswell氏の下にあった数万枚のアーカイブスは同氏の新たな事業の資金調達の為に2016年2月頃全て売りに出されたようである(ネット資料)。手に入れた乾板はその一部であろう。

----

手に入れた乾板は横向きのポートレイトの顎に一部剥離がある以外は概ね状態が良い。またフィルムと比較して乾板は銀を多く含むので引き伸ばし機のプリントでは階調を整えやすい。

しかし、5x7インチ(13x18cm)の乾板は、私の昭和11年(1936)製乾板用ハンザ特許引き伸ばし機(Anastigmat F=125, 1:6.3)の手札判サイズ(8×10.5cm)原板枠に収まらない。
46708452325_11bde62e56_k.jpg

手札判以上のサイズでは枠を使わず直接乾板を枠穴に差し込めるが、その場合は全体をプリントすることはできない。バストアップのプリントを作製した。

1 (37).jpg

1 (36).jpg


Cotman Water Colour Paper (B5/ Smooth)に約五時間露光しジャスミン茶でトーニングを施した。乳剤面を下にしたので上掲の乾板とは鏡像となる。

1 (34).jpg

(テクスチャーに変化を求めて、豆乳でプリコートしその上に感光剤を塗布した紙にプリントした例)

凛とした面差しはこの時代の人物写真に概ね共通する。Mrs Williamsもその一人だった。

----

赤外線(熱線)や有害な紫外線(UV-B)を含む白熱球光源や太陽光と比較すれば、UV SMD光源(50W)の照射(露光)は長時間であっても乾板にダメージを与えない。乾板はコンタクトプリントが可能な大きさなので、太陽光を用いてプリントしたくなるがこれは乾板にダメージを与えるので止めた方が良い。

(おわり)


posted by ihagee at 09:42| サイアノタイプ

2020年11月20日

神のみぞ知る(西村康稔・経済再生相)



経済成長感じない人は「よほど運がない」。

"麻生太郎・財務相(発言録)政権の安定があったからこそ、これまでの経済成長がずっと継続性を持たせられたのは間違いない事実であって、5年前より今の方が悪いという人は、よほど運がなかったか、経営能力に難があるか、なにかですよ。ほとんどの(経済統計の)数字は上がってますから。(吉田博美参院幹事長のパーティーのあいさつで)"

以上、朝日新聞デジタル 2018年4月17日報 引用

----

「感染がどうなるかっていうのは、本当に神のみぞ知る……」。政府で新型コロナウイルス対策を担う西村康稔・経済再生相は19日夜の記者会見で、今後の感染者数の動向をめぐり、こう語った。「これはいつも、(政府の分科会会長の)尾身(茂)先生も言われています」と付け加えながら。

以上、朝日新聞デジタル 2020年11月19日報 引用

----

”自然災害の範疇であれば、社会的に許容せざるを得ないリスクというものも存在するだろう。火山・地震・活断層・台風など。しかしそれら(原発事故)を「運命」とあっさりと住民に諦めさせるならそもそも政治も行政も要らない。運・不運でかたづけるなら神仏の世界である。”

拙稿:運・不運でかたづけるなら神仏の世界

----

感染極大期に関わらず火に油を注ぐかのGoToキャンペーン。そのキャンペーンの当事者(菅政権・与党)は感染拡大のトリガー(きっかけ)を敢えて想像しないかに、コロナウイルスに感染する人は「よほど運がない」かに「神のみぞ知る」などとサラリと言ってのける(「尾身(茂)先生も言われています」などと、分科会の文脈を政治の方便に利用する)。

異次元金融緩和による粉飾経済(アベノミクス)は我々国民を鉄火場に連れ込み遊び人の「ツキ」に喩えるかに「運がない人もいる」と言い、そしてGoToキャンペーンも同様に国民を弄ぶ。「政治は結果」と責任を取るべきを、神を持ち出して「運」とか言い出すようではもはや政治ではない。

GoToキャンペーンで救済に躍起の飲食・観光業だけがこの国の経済ではない。特定の業界に特定の国民しか恩恵を受けられない特恵を与えるために莫大な税金を使うことは税使途の公平性に著しく欠ける。なぜ国民一律に現金給付を行わないのか?せめて寒空の下、住む場所を失わないで済む「公助」を国民に等しく欧米並みに講じるべきであろう。それを自助・自己責任と突き放し、片やGoToに拘ることは何かしら別の思惑や利害が菅政権・与党にあるとしか思えない。

感染極大にもかかわらず、火に油となるようなことを菅政権はやっていながらその結果責任はことごとく個人に押し付け(「静かに食事」など個々人の行動様式に問題を帰する)、挙句に「神のみぞ知る」などと早々に政治的に予防線を張って今から責任逃れに終始する。神を持ち出し感染も「運命」と諦めさせるその油を注ぐ所業も天災同様の神の仕業なのか?いつから政権は神に成り代わったのか?

「感染のきっかけに違いない」と日本医師会も含め国民の大多数が反対するGoToキャンペーンを敢えて強行する菅政権の姿勢に、確信犯的に感染を広めようとしている、又は、何か別の意図があるのかと疑いたくなる。自国民に対するジェノサイド、高齢世代の合法的な姥捨なのだと言う識者もいる。その通り、高齢層の感染死亡者が増大しつつある。

そして来年は東京オリンピックで「ラッパが高らかに鳴る」(安倍晋三氏)だそうだ。科学を捨て神仏の世界に生きるしかないこの国の成れの果ては「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く」<森喜朗元首相の神の国発言>。

過去の時代のグロテスクな精神主義が政治権力に三度化体し国民に歴史の轍を踏ませる。先人が失敗したことと同じ失敗をまた繰り返すのである。歴史に学ばずそんなことをやすやす許す我々国民に「国民、クオリティー高い」(麻生太郎・財務相)はけだし至言かもしれぬ。なにせ "世界に冠たる"(Deutschland über alles)「ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ」(同氏)ゆえ不幸なりに辻褄は合っている。

(おわり)


posted by ihagee at 04:05| 日記