2020年03月01日

安倍首相会見への脱力感



”韓国で新型コロナウイルスの感染者が29日、3000人を超え、文政権がジレンマに陥っている。防疫対策を徹底するほど感染者が増え、政権批判が強まっているのだ。4月には総選挙が控える。事態を早期に収拾できないと、政権基盤が揺らぎかねない。・・・皮肉にも徹底検査で判明する感染者の急増が韓国社会の不安感を増幅させ、批判の矛先が文政権に向かっている。”(「韓国の感染者3000人超す 検査徹底でジレンマ」2020年2月29日付日本経済新聞記事より)

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徹底したウィルス対策は、かえって社会不安を増大させ経済活動を滞らせ、政権基盤を揺るがす。早期に事態を収拾することは防疫上も政治上も果たさなくてはならないというジレンマがある。だからと言って期限を切って政治的に収拾を図れば、ウィルス対策は等閑となる。国民あっての国家なのか、国家あっての国民なのか、新型コロナウィルスは問いを投げかけているのかもしれない。ウィルス禍自体を早期に収拾させることが最適解であることは言うまでもない。

初動で全てが決まる。滑りやすい凍結した道路を歩行するとき、いきなり大股で踏み出すと顛倒することに似ている。新型コロナウィルスに対しては、初動に於いて打つ手は巨大強力にせざるを得ない。ゆえに大股で踏み出し結果として顛倒する=社会不安を増大させ経済活動を滞らせることとなる。しかし、それが奏功しウィルス禍に収拾の目処がつけば、打った手の大きさ相当に顛倒から起き上がる反力も強い。上述のジレンマは初動のゲイン(打つ手の大きさ・強さ)を最大化させれば、自ずと解消されることでもある。「そこまでするか・・」と傍目に驚く、武漢や台湾の事例がそうなのだろう。

”この種の問題は、最初に断固として対処しないと、経済へのリスクが、かえって大幅に上昇してしまうことがあります。いま対策を打つほうが、あとで対策を打つよりも安くつくのです。私は「どうせパニックするなら、いまパニックしろ」という自作の警句で自分を戒めています。”(【新型コロナウイルス】「不確実なときはパニックせよ」リスクの専門家“知の巨人”が緊急提言 / COURIER JAPON 2020年3月1日記事より)

顛倒しないことばかりを考えて小股でいると、初動を逃す。凍りついてしまう。それが日本の今の状況ではないか?

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2020年2月29日午後6時から安倍首相は記者会見を行った。

経済や政治が顛倒しないことばかりを考えて何もしていなかった。そして、あたかも現在が初動にあるかに取り繕うことに終始した。戦略的に破綻し負けている状況を直視しようとしない大本営発表である。

「ご負担をおかけする」を連発する。「おかけする」でその先は誰それに「お願いする」といった投げる話ばかりが続いた。なぜ「(これこれの範囲では)一切おかけしない」と言えないのか?「(全国民)一丸となって」と言うに至っては、政権が第一に持つべき当事者能力を丸投げし精神論に傾斜するばかりで、「打ちてし止まん」「銃後の守り」と言っているに等しい。アナクロに過ぎる。

韓国大統領のように政権を投げ打つ程の対策への気迫や本気も見せない。相も変わらず「やってる感・やってた感」のダラダラとした発散であった。

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その「ご負担をおかけすること」になるばかりの公立校全校休校措置については、そもそも新型コロナウィルスについては基礎疾患保有者や高齢者などが感染弱者であって、若年層に特異に感染者が多いわけではない。学童の集団感染がもっとも顕著に見られるとの傾向もない。ゆえに感染なる結果責任を伴う可能性の低い対象を選んで(課題への自らのハードルを下げ)「子供たちを守る・断腸の思い」と世情に訴えるかに巧みな言葉を用い「ハードルの高い課題」を言わずして「やってる感」を発散したに過ぎない

その最大の感染懸念(ハードルの高い課題)は大都市圏の経済活動にあるのに「テレワークを全職種に広げ」などと、接客業や物流など職種によってはテレワークが採用できない場合などは想定しないなど、実現性の根拠(財源も含め・本年度予算予備費だけでは到底足らない)を一切示さないなどうわべだけをあたかも綺麗に飾った言葉の羅列であった。

事が起こってから、あわててその対策に手を着けている、その泥縄的慌てぶりは、いつもの場当たり・思いつきの範囲であって、公立校全校休校措置については、事前に文科省にも感染症の専門家にも諮っていなかったことが明らかになった。この対策は今井内閣総理大臣補佐官の提案と報道されている。今井補佐官には、 G7伊勢志摩サミット時に何の客観的根拠もなく世界経済に関して「リーマン・ショック級前夜」と安倍首相に言わしめ、消費税増税の公約反故の言質を各国首脳に取り付けようとして失敗した前科がある。政権の保身のためであれば、科学を必要としない。その保身に今回も「協力を」と我々は願われていることになる。

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クルーズ船検疫の大事故についても「頑張った現場に敬意」と余計な言葉を添える。死亡した乗客に英国人が含まれているが、感染環境にある船舶を隔離停留に敢えて用い、検疫・感染防護に関して感染症の専門家(外部)から杜撰が指摘されるなど業務上の瑕疵過失まで問われているのに、頑張ったから敬意を払うという精神論はその精神社会を共有しない英国民には理解されないことだろう。頑張ったなどという主観は排し、客観に即して検証すると言うに止めるべきである。

”新興感染症が発生しているわけですから、怖くないはずがありません。ただ、そのなかで継続して頑張っている人たちがいることは、ぜひ理解してほしいと思います。ちなみに、私は明日も船に入ります。(高山医師)”

科学をすべき専門家すら現場で精神論に加担していれば、失敗することは目に見えていた。頑張っている人間の気持ちなど、ウィルスは一つとして理解はしない。

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日本が今後パンデミックの一大拠点(ダイヤモンド・プリンセス号に続く巨大なウィルス培養シャーレ)となるのではないかと国際社会では懸念されている。

百田氏の言うような中国全土からの入国禁止は、水際防疫が失敗した現状では意味を失っている。それどころか、その中国から逆に日本人の入国が禁じられるかもしれない。初動を過ち見逃した日本国=汚染国の国際社会の現状認識を安倍首相は共有すべきである。経済や政治が顛倒しないことばかりを考えて何もしていなかった。その不作為たる過ちと見逃しは一義に安倍首相に責任が問われる。

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クルーズ船検疫の大事故共々、海外メディアが一様に我が国の危機管理を含めた感染病対策に不審をもっているにも関わらず、外国特派員協会で安倍首相は記者会見を開こうとしない(安倍首相は外国特派員協会での会見を拒み続けている)。国際問題化しているのに、首相記者会見は「やってます・やってました感」創出だけの国内向けの印象操作に終始し、国際社会に何一つ発信していないに等しい(今後も首相は外国メディアとの記者会見は行わないだろう・予稿のない質疑応答は能力的にできないからである)。

日本人記者中心の質疑は予稿の通り、そのあらかじめ書かれた答弁を読み上げるばかりで(プロンプター="あんちょこ" が恥ずかしげもなく置いてある)、それすら正しく質問に対応した答えとなっていない。予稿すら緻密な論理も科学もない。一体誰が作文したのだろうか(今井補佐官か)?いずれにせよ、他の先進諸国では当たり前の丁々発止と記者と首相が言葉を交わす場面の一切ない朗読劇のような異様さだけは正しく国際社会に発信されたに違いない。あれだけ大勢の内外記者が詰めかけ挙手をしているのにタイムアウトと切り上げ、そそくさと自宅に帰ってしまった。危難と自ら言っておきながらその身勝手な姿に、首相としての矜持を一つとして持ち合わせていないことは誰の目にも明らかである。

韓国の大統領、台湾の総統が今の瞬間、何をしているか(少なくとも無駄口は叩かず行動を起こしている)比較すら不可能な周回遅れの「これからします」のオンパレード。「これからします」では遅い。いや、「これまでにしなかった」ゆえ、もう数万人単位の国内感染者が存在している事実を秘匿している可能性すらある。そう勘繰りを入れたくなるだけ、この政権は国民の知る権利を阻害し続けてきた。

未来志向という名の過去の不都合な事実の切り捨てに「これまでしなかった」結果が責任ごとシュレッダーされる

韓国・台湾を含め海外の専門家の叡智や手段方法を結集し「しています」となぜ言わないのか?巧言令色のみの空疎さに全く呆れ果てた。放置された国民は主体的に意識・思考判断・対策するしかない。その意を強くする。



(おわり)


posted by ihagee at 06:56| 日記