2019年10月08日

台風19号



「運命でかたづける国民性」と先にブログで述べた。

自然災害の範疇であれば、社会的に許容せざるを得ないリスクというものも存在するだろう。火山・地震・活断層・台風など。しかしそれらを「運命」とあっさりと住民に諦めさせるならそもそも政治も行政も要らない。運・不運でかたづけるなら神仏の世界である。

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台風19号が日本列島に迫りつつある。大型且つ非常に強い勢力のまま伊勢湾以東のどこかに上陸する可能性が高くなった。小学生の時分、名古屋に住んでいたが伊勢湾台風(1959年9月26日)の記憶が生々しく残っていた頃ゆえに、その恐ろしさを担任の教諭から何度も聞かされた覚えがある。

その伊勢湾台風を超える甚大な被害を台風19号が日本列島にもたらす可能性がある。そうわかっていながら、台風が近付くより前にリスクを最小化するための減災=避難を予め呼びかける様子はない。それらを呼びかけるのは大抵、直前か只中ということになっている。それでは外に出ることも避難も儘ならないが、さりとてまだ台風が遠方にある時点で予め市民を避難させるには都市(東京の場合)が巨大過ぎる。一極集中の都市構造が自然災害に人為の要素を加えてしまう。

米国ではハリケーン用避難経路を準備し直近の安全な都市まで避難させている。人為の要素に対策を施すのが政治であり行政なのだろう。翻って我が国では、大掛かりな台風用避難経路を準備することもなく、「家回りを点検して」と呼びかけ災害発生拠点内に「避難所」を設置・誘導する程度で、政治・行政が未必の故意を決め込み国民の生命財産を「運・不運」に預けているのではないか?


(年々熾烈化する台風にこれで済むのだろうか?)


救援(人命)と復旧(インフラなど)を被災地で同時に行うことがいかに困難かは先の台風15号での千葉県下の状況からも判ることだ。減災=避難(一時疎開)は結果として被災地の復旧を早めることにもなる。ふるさと納税はこういう場合を想定したものであっても良いと思う。名産品をもらうよりもいざという時に屋根を借りる・屋根を借すという意味である。検討の余地はないのだろうか?


(2017年、カテゴリー5のハリケーン・イルマでは、65万人のフロリダ市民に避難勧告が出され、直近の安全な都市まで避難した)

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吉事・凶事を改元の理由にしていた時代があった。元号を時代を区切る単位と見なし、改元は新たな時代の創造などとさらりと理解する国民性には、何事もお上(他者)に預けたり、運・不運(神仏)で片付けてしまう気質が隠されている。

"麻生太郎・財務相(発言録)
政権の安定があったからこそ、これまでの経済成長がずっと継続性を持たせられたのは間違いない事実であって、5年前より今の方が悪いという人は、よほど運がなかったか、経営能力に難があるか、なにかですよ。ほとんどの(経済統計の)数字は上がってますから。(吉田博美参院幹事長のパーティーのあいさつで)"

こんな事を政治に言わせて、その口曲がりに政権の安定・経済成長・経済統計の「うそぶき」を許す国民性でもある。自らに主体的な判断軸を持たなければ、自然災害のみならず物事全て「運がなかった」と済まされてしまう。「うそぶき」を許す国民性ゆえに、原発事故(人為の要素)を未だ国民が主体的に考察・総括していない。それどころか実害さえ風評被害と言い換え思考自体を停止する。

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その台風が近付く中、「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く」と言った森喜朗元首相肝煎りのラグビーワールドカップに連日テレビでは沸き立っている。

台風一過の後、いかなる状況になっても即位の大典は行われるのであろうか?それが象徴天皇のあり方なら、その元号に表されるは神の国の時代になるのかもしれない。新元号に法を縛り神を騙って支配しようとする者たちの願いが込められていないかと懸念する。その神に天皇を担いだあの時代である。運命とばかりに翻弄され塗炭の苦しみに喘いだ過去を忘れてはいまいか?

(おわり)


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(迫る台風19号、ベランダにトンボ。しばらくして居なくなった。水いろめがねでまた青い空を見ることができるだろうか?)

追記:
台風被害がいかなる規模になるか現時点で判らないが最大限の備えと身の安全を計られたい。今はそのことだけである。

おそらく過去に例をみない甚大な爪痕を首都圏に残すと思われる。その大きさに我々は震撼することになるかもしれない。不安な国民感情に乗って、安倍政権のことゆえ「災害対策を目的に緊急事態条項を憲法に盛り込む必要がある」と改憲論議を加速し、おそらく大多数の国民は「災害対策であれば」と納得するだろう。自民党憲法改正草案の「緊急事態条項」は、戦前の緊急勅令の主体者(命令する者)を天皇から内閣総理大臣に置き換えるだけでなく、その戦前の緊急勅令よりも格段に権限を主体者に集中させる内容となっている。「その他の法律で定める緊急事態」とすることで、自然災害以外の事態にまで「緊急性」の範囲を広げられるなど、実質、政府に対して広範な権限を付与する全権委任(授権)法的性質を帯びているのが、この自民党憲法改正草案の「緊急事態条項」であると言える。自然災害以外の事態こそ、戦前の緊急勅令の目的であったことを忘れてはなるまい。法による統治を停止し全権を為政者に委任することが想定するのは戦争である。緊急事態条項の命令の「令」を以て「和衷協同」すべしを元号とその時代の意味にしてはならない
(拙稿 「れいわ・澪和」と書く

posted by ihagee at 03:33| 日記